第8話 こればかりは、好きになっても悪くないと思います!!!
本日3本目の投稿です
「ここ、見て行ってもいい?」
白樺さんが足を止めたのは、女性向けの服屋だった。
シンプルで落ち着いたデザインが並ぶ店内には、いくつかマネキンが飾られている。
「もちろん。ゆっくり見てきなよ」
僕がそう言うと、白樺さんは嬉しそうに頷いた。
でも、その次の瞬間――。
「うーん……これと、これかな」
爆速で服を選び、試着室へと消えていった。
「は、早い……」
服を選ぶ時間って、もっとかかるものじゃないのか?
というか、僕も一緒に意見求められる流れじゃなかった?
そんなことを考えていると、試着室のカーテンがさっと開く。
「どう、かな?」
白樺さんが、おそるおそる姿を見せる。
一着目は、ふわっとしたシルエットのブラウスに、淡い色のスカート。
フリルやリボンがあしらわれていて、なんというか――少し子供っぽい雰囲気だった。
「あ……」
「ん?」
「ちょっと、子供っぽく見えるかなって……」
「そっか……うーん……」
白樺さんは少し悩んだ顔をすると、すぐに「じゃあ、次!」と言って試着室へ戻っていった。
「決断、早いな……」
感心しつつ、試着室に背を向けると、再びカーテンが開く。いや――全体的にテンポ早いな!
「これは、どう?」
二着目は、シンプルな紺色のワンピース。
肩が少しだけ開いていて、裾は長め。
派手ではないけど、落ち着いた大人っぽさがあった。
「あ、結構いいかも。万人受けする感じで……」
「ふーん」
白樺さんが、少し拗ねたような声を出す。
「え、なんかまずかった?」
「……別に」
そっけなく言ったあと、また試着室へと戻っていった。
(え、ちょっと待って、何か地雷踏んだ……?)
白樺さんの態度の変化に戸惑いながら、次の試着を待つ僕だった。
そして、数分後――
「……どう?」
カーテンが開き、白樺さんが少し恥ずかしそうに姿を見せる。
「おお……!」
思わず声が漏れた。
三着目は、これまでとガラッと雰囲気の違うストリート風のコーデだった。
オーバーサイズのパーカーに、ショートパンツ。
普段のふわふわした印象とは違って、どこかクールで今っぽい雰囲気がある。
「普段とのギャップ、良いね。うん、良い変化球になるよ」
「……そっか」
白樺さんは小さく頷いた後、少し躊躇いながら、僕をじっと見つめる。
「天野くんは、どれが好きだった?」
「え?」
まさか、自分の好みを聞かれるとは思っていなかった。
突然の質問に戸惑いながら、僕は考える。
「うーん……」
選べない。
いや、本当に全部似合っていたし、どれもそれぞれの魅力があった。それに、白樺さんがどんだけダサい服着ても、「似合ってるね」という自信がある。
だから、正直に答えるしかない。
「全部かな!」
「はい、ダメ〜。ノットモテポイント」
「ト○・ブラウン!?」
謎のダメ出しを食らい、僕はガクッと肩を落とす。
「……じゃあ、強いて言うなら?」
「強いて言うなら……三着目が好きだったかな」
僕がそう言うと、白樺さんの動きがピタッと止まった。
そして、次の瞬間――。
「……えっち」
「なんで!?」
僕は思わず叫んだ。だって、素直な感想だもん。
「一番露出多いから」
「いや、違うよ!? そういう理由じゃなくて!」
「ふふっ、冗談」
白樺さんはくすくす笑いながら、試着室へと戻っていった。
――あれ? これ、からかわれてる?
僕の心臓は、白樺さんのたまに出る小悪魔様な一面に振り回されっぱなしだった。
「それで……買うの?」
「うんっ! 買う!」
◇
買い物を終えた後、僕たちはショッピングモールを歩きながら、なんとなくゲームセンターの前で足を止めた。
店内からは、クレーンゲームの電子音や、リズムゲームの軽快なビートが響いてくる。
「ねえ、プリとろ!」
隣で白樺さんが、パッと明るい顔で僕を見上げる。
「え?」
「プ○クラ撮ろう!」
「……プ○クラ?」
思わぬ提案に、僕は目を瞬いた。
プリクラなんて、男子同士でふざけて撮ったことはあるけど、女の子と撮るのは初めてだ。
「いいよ」
断る理由もないので、僕は素直に頷いた。
白樺さんは嬉しそうに小さくガッツポーズをする。
「じゃあ、お金は半分こね!」
「お、おう」
白樺さんの提案で、お互いに半額ずつ出し合うことに。
機械にお金を入れると、画面が明るく光り、撮影ブースへと案内される。
中に入ると、白樺さんが手慣れた手つきで画面を操作して、直ぐに撮影が始まり、そして――ポーズ指定があるタイプだった。
『可愛くにゃんにゃん猫ちゃんポーズ』
「……え?」
「やったー! これ楽しそう!」
白樺さんはノリノリで、両手を猫のように曲げて、にゃんっと可愛くポーズを決める。
一方の僕は……。
(まじか……これ、やるのか……!?)
恥ずかしさに耐えながらも、ぎこちなく手をあげる。
白樺さんが隣でニコニコしているのを見て、僕も思わず笑ってしまった。
「ほらほら、天野くんもちゃんとやって!」
「……お、おう……にゃん……」
カシャッ!
シャッター音が鳴り、画面に映し出された僕たちの姿は――。
(……うわぁ、僕、めっちゃ照れてるな……)
白樺さんは完璧な猫ポーズ、僕は照れくさそうに目を逸らしながら半端な手つきでポーズをとっている。
――こういうのがまだ続くの?
「えへへ、可愛い写真撮れたね!」
「白樺さんはな……」
「天野くんも可愛かったよ?」
満足げに微笑む白樺さんを見て、僕は何も言えなくなる。
――照れくさ。
『全力可愛くぶりっ子ポーズ』
「……ぶりっ子?」
僕は思わず眉をひそめる。
「やったー! こういうの待ってた!」
白樺さんは嬉しそうに、両手を頬の横に添えて、上目遣いで可愛くポーズを決める。
一方、僕は――
(いやいや、これは無理があるだろ!?)
自分で想像しても、絶望的に似合わない未来しか見えない。
でも、横を見ると白樺さんが満面の笑みでこちらを見ている。
「天野くんも、早く!」
「え、いや……」
「撮っちゃうよ~?」
「……ぐっ」
白樺さんのキラキラした期待の眼差しに抗えず、僕はしぶしぶ握り拳を顎に添えて、ぎこちなく上目遣いを作る。
カシャッ!
(うわぁぁぁぁ!! やばい! これは黒歴史すぎる!!)
画面に映し出された僕の姿は、限界ギリギリのぎこちないぶりっ子ポーズ。
一方で白樺さんは完璧な可愛さを振りまいていた。
「えへへ、天野くん、なんか微妙に照れが残ってるよ?」
「無理だって! 僕にはこの可愛さの才能はない!」
「じゃあ、次のポーズで挽回しよう!」
「え、次!?」
『片手でほっぺをツンっ』
「ん?」
画面の指示を見ていると、突然、ほっぺに柔らかい感触があった。
「ねえ、天野くん」
「へ?」
気づけば、白樺さんの指が僕の頬に触れている。
(ちょ、近い近い近い!!)
白樺さんはいたずらっぽく笑いながら、僕のほっぺをツンツンと突いてくる。
天使というより、小悪魔だなぁ……。
(あと、今日やたら距離感近いな!?)
心臓が跳ねるのを自覚しつつ、僕もおそるおそる白樺さんの頬に指を伸ばし、ツンと触れる。
カシャッ!
写真が撮られると、白樺さんは満足げに微笑んだ。
「ふふ、今のいい感じだったね!」
「……白樺さん、意外とこういうの好きだよね?」
「うん! 楽しいもん!」
無邪気に笑う白樺さんを見て、僕はもう何も言えなかった。
「さあ、次!」
『顎の下でピース』
「……はいはい、もうここまで来たらやるしかないね」
「さすが、天野くん!」
僕たちは並んで、顎の下でピースサインを作り、笑顔を向けた。
カシャッ!
シャッター音が切られる間、僕はふと考えた。
(……これ、もうカップルのノリじゃん……)
「さあ、次が最後のポーズだよ!」
白樺さんが楽しそうに画面を覗き込む。
『最後は今世紀一可愛いポーズ!』
そうアナウンスされると、白樺さんは「うーん」と少し考えて――
「腕でハート作るやつ、しよ!」
と、元気よく提案してきた。
「お、おうよ……」
(……おうよ、じゃないんだよ僕!!)
なぜか勢いで返事をしてしまったが、心の中では大混乱だった。
腕でハートを作る――つまり、白樺さんと二人で、息を合わせてポーズを決めるわけで……。
僕が逡巡している間に、白樺さんはもうポーズの準備に入っていた。
右腕を曲げ、手で半分のハートの形を作りながら、僕をじっと見つめる。
「ほら、天野くんも!」
「え、えっと……こう?」
僕もぎこちなく左腕を曲げ、ハートのもう半分を作る。
(近い! 距離が近すぎる!!)
腕の位置を合わせようとすると、自然と顔の距離も縮まる。
白樺さんのふんわりとしたシャンプーの香りが、すぐそばに感じられる。
「……ん、もうちょっとこうかな?」
白樺さんが微調整するように僕の手をそっと動かす。
指先がふれるたび、心臓が跳ねそうになるのを必死に抑える。
(これはもう……アウトじゃないですかね……?)
「はい、完璧! 天野くん、笑って!」
「え、笑うの!? こんな状況で!?」
「ほらほら、カウント始まるよー?」
「ぐっ……!!」
3……2……1……。
カシャッ!
シャッターが切られた瞬間、僕の顔はたぶん引きつった笑顔だったと思う。
一方の白樺さんは――めちゃくちゃいい笑顔だった。
「えへへ、やったー! めっちゃ可愛いポーズできたね!」
「……まぁ、うん。白樺さんは、ね」
「天野くんもちゃんと可愛かったよ?」
「それ、褒めてる……?」
なんとも言えない表情でプリクラの仕上がりを見ていると、白樺さんがふと写真を指でなぞりながら、ぽつりと呟いた。
「……ねえ、天野くん」
「ん?」
「また、一緒に撮ろうね?」
その言葉に、不意打ちを食らった僕は、思わず一瞬固まる。
「……ま、まあ、機会があればね」
「ふふ、絶対だよ?」
白樺さんは満足げに微笑んだ。
――僕は、真っ赤になった顔を隠すように、そっぽを向いた。
(こればかりは……好きになっても僕は悪くないと思います!)
「さ、落書きしよ〜」
「はいよ〜」
気疲れした僕を尻目に、滑空するみたいに両手を広げて、プリ機を出た白樺さんの背中を追った。