第5.5話 デジャブしかないね!!!
本日6本目
それから間話です!
ここは飛ばしても楽しめると思うので、おまけ程度に読んでくださると、嬉しいです。
今学期が終わって夏休みに入った日。 昼下がりの僕の部屋は、エアコンの風が心地よく、静かな時間が流れていた。
手元のスマホには、昨夜白樺さんから届いたメッセージが開かれている。
“白樺”「まずはこれから読んでほしいな」
添えられていたURLは、「小説家にな○う」。 ついに来たか……白樺さんの小説を読むの、楽しみだったんだよなぁ……。
「ねえ、投稿してみていい? な○うに」
あの時は冗談交じりかと思って流したけれど、本当に投稿してたんだなと、実物を見て改めて思ったよね。
タイトルは『不器用な君と、世界で一番綺麗な午後』(短編)。 表紙画像もなく、淡々としたページに、累計ポイントは「8pt」と表示されている。 処女作みたいだし、短編だから、頑張ってるな。
僕はページを開き、読み始めた。
◇
物語は、無愛想で口数の少ない男子高校生「中田くん」と、明るくてお節介な「花乃さん」の物語。
始まりは、廊下で花乃さんが落とした消しゴムを、中田くんが無言で拾って差し出す場面からだった。
『ありがとう!』
『……別に』
中田くんは、素っ気ない態度だけど、読んでいくうちに分かる。 彼は不器用なだけで、実はとても優しい。
(あ〜、こういうの、女子は好きそうだなぁ。まあ、かくいう僕も好物だけど)
白樺さんと好みが一致したら嬉しいな――なんて考えながら、僕はページをスクロールしながら、軽く笑った。
そして、物語が進み、二人が放課後にクレープを食べに行くシーンに差しかかる。
『あっ、中田くん、ほっぺたにクリームついてるよ』 『……え、マジ』
『ふふっ、取ってあげよっか?』
『いい、自分で拭く』
……ん?
僕は、眉をひそめた。 あれ? なんかこの場面――なんだか、ものすごく既視感がある。
(これ……)
一度読み進める指を止め、思考の奥底を探る。
(どこかで、似たようなことが……)
物凄いデジャブを感じて、ふっと頭の中に浮かんできたのは――1年の夏休み前、まだ白樺さんが好きだと自覚していない頃。
委員会帰りの夕方、僕と白樺さんは、駅前の新しく出来たクレープ屋に並んでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆回想に入ります――。
「えっと……僕は、バナナチョコでお願いします」
「私は、いちごクレープ! でお願いします」
列に並びながら、白樺さんは嬉しそうに声を弾ませた。
その横顔は、ちょっとだけ子どもみたいで――どこか無邪気だった。
僕はというと、正直クレープよりも、隣で楽しそうにメニューを覗き込む白樺さんの方が気になっていた。
(なんでだろうな……別にこの時、好きとか意識してたわけじゃないはずなのに)
あの日の僕は、白樺さんのことを「友達」だと思ってた。少なくとも、自分ではそう思い込んでた。
注文を終えて、店先のベンチに並んで腰掛ける。目の前に差し出されたクレープは、想像以上に生クリームが盛られていて、見るからに甘そうだった。
「ねえねえ、見て見て! クリームの量、めっちゃ多くない?」
「ほんとだ。いちご、ぎっしりだね」
白樺さんは、嬉しそうにクレープを持ち上げると、遠慮なくがぶりと一口かじった。
その頬がほんのり赤くて、クリームの甘さが移ったみたいに見えた。
僕も釣られるように、自分のクレープをかじる。
口の中いっぱいに広がるチョコとバナナの甘さ。
けれど、それ以上に胸の奥が、なんだかざわついていた。
(あの時は、ただの「友達」だと思ってたけど――)
「あっ、天野くん」
「ん?」
「ほっぺた、クリームついてるよ」
突然指摘されて、僕はハッとして手の甲で頬を拭った。
でも、ぬぐった感触はなくて、どこかを探るように指先が彷徨う。
「え、どこどこ?」 「ふはっ……左だよー」
白樺さんは、楽しそうに笑いながら、僕の顔を指差した。
言われるままに手を動かすけど、なかなか当たらない。
「え? 本当にどこ?」 「ふふふ……だから、左だって。結構上の方だよ。もう、つむが取ろうか?」
「いいから!」と、思わずむきになって、もう一度自分で拭う。
ようやく、冷たい生クリームの感触が指先に伝わった。
僕が軽く睨むと、白樺さんはくすくすと笑っていた。
その笑顔は、なんてことないいたずらの後みたいで――でも、どうしようもなく楽しそうだった。
「か、からかわないでよ……」
「ふふ、ごめんごめん。でも、そういうとこ、可愛いよね」
その一言で、心臓がほんの少し跳ねた。当時は、そのわけが分からなくて、反射的に目を逸らした。
(この頃は、本気で何とも思ってなかったのに)
でも、今になって思い返せば分かる。あの時、もう始まっていたんだ。
何気ない放課後の空気と、クレープの甘さと、白樺さんの笑顔。それが全部、僕にとって特別だったってことに。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スマホの画面に戻って、僕は小さく息を吐く。
(完全に、あの日のことじゃん……)
あまりにもそっくりすぎて、読んでいる間ずっと心臓が落ち着かなかった。
これ、偶然なわけないよな。
ページをスクロールして、物語の終盤。
そこには――
『あの時、消しゴムを拾ってくれた君が、世界で一番優しいって、私は知ってるよ』
……とか、そんな花乃さんの独白があって。
(いやいやいや、なにこれ……え? これ、僕なの?)
スマホの画面に映るのは、白樺さんが創った物語のはずなのに、読めば読むほど、そこにいる「中田くん」が、自分にしか思えなくなる。
(でも、これ……ラスト、完全に両想いじゃん……)
小説の最後、花乃さんは中田くんに「好きだよ」って、はっきり伝えてる。
中田くんは、最後まで不器用なまま、「……知ってた」なんて言って、物語は終わる。
(は……?)
僕は、スマホを持ったまま固まる。
(なにこの、爆弾みたいな小説……いや、気のせいかもしれない。たまたま、似てるだけで……)
そうやって自分に言い聞かせようとするけど、心臓がバクバクうるさい。
顔がじんわり熱くなるのを止められない。
(え、なにこれ、白樺さん、どういうつもりでこれ送ってきたの……)
じっとスマホを見つめたまま、思わずひとりごちた。
「……デジャブどころじゃないんだけど」
でも、不思議とその困惑は、嫌じゃなかった。