上弦の月夜!前代未聞の集団デート①・まずは自己紹介から
今日は夕方から、別荘で療養中の王太子殿下と、デートの約束をしているディアーナだが、今朝もビーチでジュースを販売している。
「おはよう、ディーちゃん」
すっかり常連客となっているブラン夫妻が散歩の途中で立ち寄ってくれた。
「今日のジュースは何かしら」
ブラン夫人の問いに、ディアーナはうふふ、と意味深に笑顔を浮かべる。
「本日はアイスココアです」
「アイスココア!!」
ブラン夫妻の目が見開いた。
この国では、庶民がココアを飲む習慣がない。
上流貴族が薬効を期待して嗜んでいる。しかもホットココアで苦味が強い。
だけどディアーナは前世でココアが大好きだった。何とか美味しく飲みたいと考えていたので、ペースト状にしたカカオマスをお湯でしっかりと溶いてから、鍋でミルクと共に温め、砂糖やバニラビーンズ、そしてブランデーを少々加えてみた。
それを常温まで冷ましてから、氷を入れて完成させる。
ブラン夫妻はゆっくりと、ひと口飲んでみる。
「「・・・おいしい!」」
「良かったです。カカオには血液や脳に良い効果が期待できます。でも高級品なので、今回限りのドリンクとなりますが」
「ココアにしたのは、殿下のためかい?」
ブラン氏の言葉に、ディアーナはあら、と小首を傾げ、
「ブランさん達、やはり大公殿下からの指示で私を見張ってたんですねぇ」
とのんびりした口調で言う。
「隠居したお貴族様か、どちらかとは思っていましたが」
「隠居したのも合っているし、様子を見守って欲しいと頼まれたのも合ってるけど・・・でも、それがなくても私たちはディーちゃんと、ディーちゃんの作るジュースの大ファンよ」
ブラン夫人が申し訳なさそうな顔をしてから、でもキッパリと言った。
「殿下とディーちゃんたちが来てくれて、毎日が刺激的だったわ。でもそろそろ殿下は王宮へ戻られるみたいね。意外と早いお戻りで、ちょっとびっくりしているわ。だけど想像以上の回復ぶりよ。
ここに来た初日なんて、悲壮感たっぷりで、すっかり気力を失くしていたんだから。
その数日後にディーちゃんが来て、ジューススタンドなんて始めるから、もっとびっくりしちゃったけど」
おかしそうに夫人が言うと、ブラン氏も頷いた。
「貴族のお嬢様がこんな簡易小屋で、何を始めるんだろう、ってね」
ディアーナとしては、前世の海の家をイメージして作ってもらったのだが、まさかそんな事は言えない。
「殿下はともかく、ディーちゃんまで王都へ戻ってしまったら寂しくなるわ。本当に街でカフェを開いて欲しいくらいよ。でも・・・」
事はそう単純には進まないかも知れない、夫人の最後の言葉は波の音に消されてしまった。
☆☆☆
上弦の月が空の真上に昇る頃、本人たち曰く、史上最大のオシャレをした伯爵家の侍女たちは、ディアーナと共に王家のプライベートビーチにやって来た。
なんだ。プライベートビーチなんてあったのか、とディアーナとルナが顔を見合わせたのは言うまでもない。
ビーチにはゲルが設置されていて、すでに火が起こされていた。
「こんないい所があるのに、殿下がわざわざ、お嬢様のジューススタンドのところまで来てたのかって話ですよね」
ルナがディアーナの耳元で囁いた。ディアーナはボーッとしながら、白い半月を仰ぎ見た。まだ日没前だから明るい。
「策を講じていた気になっていたけど、手のひらで踊らされていた・・・まだまだ甘ちゃんってことかしら」
ぼそり、とディアーナが呟いた時、ガヤガヤと王太子サイドの面々が現れる。
ルナが頬を赤らめるのを、ディアーナは見逃さなかった。
広いゲルの中で、全員で円座になった。ディアーナの要望で女性と男性に別れている。
「今日は僕に付き合ってもらって感謝する。既婚者の護衛がしっかりついているから、安心して楽しむといい。本日は無礼講でお願いしたい」
王太子が宣言した後、ディアーナが続いた。
「こうして準備、参加してくださったみなさんに、心から感謝いたします」
ディアーナはギャザーの入ったハイネックで長袖の白いロングワンピースを身にまとい、頭にユーカリのかんむりをつけていて、まるで女神のようであった。分け隔てなくお礼を言う姿に、一同が感嘆し、うっとりした表情で見つめる。
「本日は職業身分関係なしの無礼講なので、全員名前を忘れて頂きます。これから番号を割り当てますね」
そうして穴の空いた箱を、隣りに座る殿下に渡して、中に入っているカードを引いてもらう。
「7だ」
と殿下が言った。
「ではあなたはセブンさんです。セブンさん、そのカードを首にかけて下さい」
カードには紐がついていて、首からかけられるようになっている。殿下は素直に首にかけた。今日の装いは、金刺繍の入った白シャツに黒のスラックス姿である。
「ではそのまま男性陣に箱を回して下さい。それから女性陣はこちらを」
と別の箱を反対隣りに座っているルナに渡した。ルナがカードを引くと『E』と書かれている。
「あなたはEさんです。Eさんもカードを首にかけて、箱は隣りに回して下さい」
そうして男性は数字、女性はアルファベットが当てがわれた。最後にカードを引いたディアーナは、偶然にも『D』であった。
「では本日はカードに書かれているのが、皆さんのお名前となります。
まずは自己紹介から始めましょう。名前、年齢、趣味や夢や目標など、お好きなようにご自分をアピールして下さい。
レディーファーストでAさんから」
ラベンダー色のワンピースを着たAは、えっ!と戸惑いの声を上げたものの、立ち上がった。
「えっと・・・Aです。15歳です。レース編みが好きです。夢は殿下の御子様にレースのお帽子を作って差し上げることです。よろしくお願いいたします」
「「「よろしく」」」
と拍手と共に声が上がる。
「Bです。16歳です。趣味は寝ることです。夢は洗濯が楽になることです。よろしくお願いいたします」
「・・・洗濯が楽になる、とは?」
ディアーナがBに尋ねる。
「冬の洗濯が冷たくて辛くて・・・」
と正直に言うと、伯爵家のランドリー担当があら、と声を上げる。
「伯爵家ではぬるま湯で洗っているので苦にはなりませんよ」
ディアーナがチラリ、と王太子を見た。王太子は頷いて
「善処しよう」
そう答えると、パチパチと拍手が鳴る。
「ではCさん」
「Cです。17歳です。お花が好きです。夢はお嫁さんです。よろしくお願いいたします」
拍手の後、Dが立ち上がる。ディアーナだ。スリットの入ったロングワンピースから足首が見えて、王太子が眉をちょっと吊り上げた。
「Dです。16歳です。趣味は月や星を見ること。夢はオッドアイの白猫ちゃんとカフェを開くことです。よろしくお願いいたします」
「オッドアイの白猫?」
7が尋ねた。
「オッドアイの白猫ちゃんを探しているのです。見つけてカフェを開きたいです」
ざわざわしてきたので、ディアーナが座るとEが立ち上がった。ルナである。
「Eです。崖っぷち18歳です。趣味はスイーツを食べることです。夢は特大ケーキを食べることです」
どっ、と笑いが起きた。
「Fです。同じく18歳です。趣味はキノコ狩りです。目標は新種のキノコを見つけることです。よろしくお願いいたします」
「毒キノコに当たるなよー」
男性陣から声が上がり、皆がうんうんと頷く。
「Gです」
女性陣のラストが立ち上がった。レモンイエローのワンピースがふんわりと揺れる。ダイナマイトボディに男性陣がゴクリと唾を飲み込んだ。
「17歳です。ステーキが大好きです。美味しい料理をたくさん作って、みんなにおいしいと言ってもらいたいです。よろしくお願いいたします」
パチパチと拍手をする一同。
次は男性の番である。トップバッターの1番が立ち上がる。
「1です。17歳です。趣味は読書です。目標は生家を盛り立てることです。よろしくお願いします」
パチパチと拍手の中、ディアーナは、この人、先日王太子がいなくなったと大騒ぎして、別荘の部屋に乗り込んで来た人だ、と気づいた。
「2です。16歳です。趣味は植物観察です。夢は新種のバラを開発することです。よろしくお願いします」
2とキノコ狩りが趣味のFと視線が合った。ディアーナとルナが目配せをする。
「3です。15歳です。趣味はチェスです。目標はチェス大会で勝つことです。よろしくお願いします」
ギャンブラーかぁ、と女性陣が拍手をしながら、冷めた視線を向けている。ディアーナは苦笑した。
「4です。19歳です。趣味は乗馬です。夢は優秀な筆頭護衛になることです。よろしくお願いします」
護衛服を身に着けた4は、女性陣ににっこりと笑顔を向けた。結構女たらしかも、などと女性陣の目が光る。
「5です。18歳です。趣味は鍛錬です。目標は騎士団長です。よろしくお願いいたします」
先日、ルナを支えていた美丈夫が片手を胸に当てる。白い護衛服姿だが、立派な筋肉が伺える。ルナがジッと見つめていた。
「6です。19歳です。趣味は外国語です。夢は執事頭になることです。どうぞよろしくお願いいたします」
パチパチと拍手しながら、女性陣が舐めるように見つめている。見定めしているのだろう。
「7です。」
男性陣のラスト、王太子が立ち上がった。ディアーナは、さすが、シャトンは立ち居振る舞いが上品だわぁ、などとボンヤリ考えていた。
「18歳です。趣味は読書。みんなが幸せになる国作りに励みたい。どうぞよろしく」
ひときわ大きな拍手が鳴り響き、満足そうに王太子が座った。
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