ガールズトーク!6日月
昼近くの閑散としているビーチ。
太陽はだいぶ高くなり、光が波にキラキラと反射している。
ディアーナはスタンドでのジュースを完売させると、王家の別荘で療養中の王太子殿下の分を従者に託した。
今日はオレンジレモネード。
オレンジやレモンは風邪予防にも、病後回復にも役立ってくれる。ハチミツは滋養強壮で言わずもがな。
朝のレモン摂取は、シミを誘発するので肌に良くないと、前世では一部で言われていたが、オレンジレモネードとして飲む分には影響はない。大体、今の状況で王太子殿下が外に出て紫外線を浴びることは考えにくい。
今日も日がな一日、ベッドの上で書類仕事をすることだろう。
「・・・今日も従者に託すのですか?お嬢様は行かれないのですか?」
あれほど淑女たるもの、などと説教をたれていた侍女のルナが、矛盾とも取れる発言をする。
「人前であんなイチャコラしていたのに、2日も会わずにいられるなんて・・・」
「イチャコラ?あれはただの看病の一貫よ。それにね、毎日毎日、愛だの恋だのとうつつを抜かしていても、飽きて冷めるのを早めるだけよ。
何事も八分目まで。物足りないくらいがちょうどいいの」
「・・・だから、いつそんな術を覚えたのです・・・」
ディアーナの言い草に、ルナが疑いの眼差しを向ける。
「私ね、シャトンにはここにいる間だけ、まっさらな自分でいて欲しいのよ」
スタンドのカウンターを丁寧に拭きながら、ディアーナが言った。
「舞踏会での愛人もどきを連れての婚約破棄。あんな苦しそうな表情で破棄宣言する殿方を初めて見たわ。浮気の上で婚約破棄や解消を申し渡す男の顔って、たいてい、悪い顔しているものよ」
「はぁ・・・」
「シャトンに幸福感を味わって欲しいの。人生捨てたもんじゃない、って思って欲しいだけ。それがほんのひとときだとしても」
「・・・ミイラ取りがミイラになったらどうするのです?擬似体験が本気になってしまったら?」
ルナが眉をひそめた。
「お互いに辛くなるだけでは?
また殿下に辛い思いをさせるつもりですか?」
「それよね・・・」
ディアーナはうーん、と考える。
「辛い思いはさせたくないけど・・・こればっかりは、ねぇ?
侯爵家のご令嬢との婚約は決定事項だし。
王家に政略結婚は絶対だし。
かと言って、私の結婚願望はゼロだし。
愛妾なんて絶対イヤだから。
・・・この役目、侯爵令嬢に頼むべきだったわよね」
「・・・だから別に疑似恋愛なんかしなくても」
ルナがぶつぶつ言っている。
「天然のんびりで、自分は平凡な見目。殿方の恋愛対象になるだなんて、とてもとても、などとお嬢様は謙遜しているのでしょうが、普通に魅力的ですから。
我が伯爵家のご令嬢、ディアーナ様は。
殿方が惹かれるのは至極当然です。
上のお姉様方が派手なお顔のつくりなので、どうしても霞がちなのは否定できませんが」
「あら、褒め言葉をありがとう」
ディアーナはちょっと笑った。
「取り敢えず『今』を楽しみましょ。明日のデートは7対7よ。はい、これはルナに。明日のドレスコードも書いてあるから、必要なら午後から街へ買い物に行くといいわよ。ちゃんと必要経費で出すから」
ルナは仕事終わりのオレンジレモネードを飲みながら、カードを受け取り、読んだ途端、ぶほっ!と吹き出した。
「『海岸デート上弦の月の巻。男女14人それぞれ物語。学祭定番!フィーリングカップル6対6』なんですか、コレは!?」
「シャトンとのデートプランよ」
「でぇどぷらん・・・?」
ルナが田舎の方言みたいな発音をした。
「一から十まで、一挙一動、覗かれるなら、たまには若者みんな一緒にまとめたっていいじゃない。
うちの侍女と使用人の女性たちと、シャトン側の女性使用人たちも借りて、女子6人。
そしてシャトン側の護衛や使用人たちを集めて男子6人。総勢14人の集団ビーチデートよ」
「え・・・わ、若者?」
ルナが目をパチクリさせる。
「そそ。婚約者のいない独身のみ参加可能よ」
「あの、その、学祭定番って何ですか?」
「あー、コレは気にしないで。貴族学校のパーティーにはないものなんだけれど、ぜんせ・・・いえ、面白い企画だから楽しみにしていてちょうだい」
ディアーナの言葉にルナは絶句する。
前代未聞である。
王太子と伯爵令嬢が、王家と伯爵家の使用人たちと集団デート?
カードをよくよく見ると、
【招待状】
海岸デート上弦の月の巻にお越しください
趣旨:未来への眺望座談会・親睦会
内容:男女14人それぞれ物語
学祭定番!フィーリングカップル6対6(MCふたり)
キャンプファイヤー
ドレスコード:男性は自由・女性は仕事着不可。動きやすい自分に似合うビーチ装い。
などなど書かれている。
「まさかとは思いますが、殿下は了承されているのですか?」
ルナは恐る恐る尋ねる。
「もちろんよ。昨日、ジュースに手紙添えたのよ。そうしたらノリノリでお返事が返ってきたわ。このカードを作ったのもシャトンサイドよ」
「・・・なぜ、男性の服装は自由なのです」
「そりゃあ、護衛の人たちは、万が一の時はシャトンとご婦人方を守らなくてはならないでしょう?
ビーチには平民だって来るわけだし。
海水浴シーズンではないから、そんなに人出はないけれど。
でも侍女たちはワンピースでも仕事はできるわけよ。
今頃、あちらの侍女たちは大忙しでしょうね。
軽食の準備に動線や安全確保に。色々と。
こっちは提案しただけだから」
「・・・あのう。もし、万が一のことがあったら断罪とか、お家断絶とかになりませんか?」
ルナが汗を浮かべながら言う。心配なのは最もである。
「大丈夫よ。一番下に、一切の責任は王太子殿下が負うものとする、ってあるでしょう?
だからみんな、万が一がないように必死よ。
それに占い上は、不測の事態は起きないわ。
あくまでも占い上だけど。
あ、ロマンスはありそうだけど」
そしてディアーナは目を細めて、
「例えば、ルナと護衛殿のラブロマンスとか。先日、ルナを支えていてくれた方、美丈夫だったわよねぇ」
ギクリした顔のルナの手を取り、ディアーナはふむふむと手のひらを眺めた。
「やっぱり!出会いがあるって出てる」
「え!ウソっ!ルナの手相に!?」
ルナの素が出た。
「出てるわよ。ホラ、このビーナスライン。恋の兆し。もしかしたら結婚まで行くかも知れないわ」
「け、け、け、けっ、結婚!?」
素っ頓狂な声を上げるルナに、ディアーナは首をコクコク左右に傾げて、
「まぁ・・・『たかが手相占い』なんだけども。当たるも八卦、当たらぬも八卦」
「結婚って人生の一大事を『たかが』のひと言で済ませないで下さいっ!
あぁ・・・でも、結婚なんて事になったら、どうしましょう。
お嬢様のような天然で胡散臭い占い好きの貴族令嬢をルナ以外の他の誰が面倒見られるというのよ・・・」
「・・・最後のくだりはルナの心の声なのかしら?」
頬を赤らめ、腰をくねくねくねらせているルナに、ディアーナは小首を傾げたまま尋ねた。
「それで、買い物へは行くの?行かないの?」
「もちろん行きますとも!街のドレス店に!」
☆☆☆
別荘で昼食を摂ったディアーナは、専属侍女ルナ、さらにルナを補助する侍女と、ランドリー・アメニティ専門の使用人、調理補助の使用人の独身女子4人を連れ、男性従者と共に、港街の市にやって来た。
普段は野菜や果物を扱う市場にしか訪れないディアーナも興味深々で、王都とは違う賑わいに、瞳を蘭々と輝かせている。
港街で貿易も盛んな土地柄、外国製品を扱う店も多い。
レースや陶器、香水、石鹸、ワインなど専門店を覗いた後、ドレスショップで各々、服を選び出した。
ディアーナは購入予定がないため、椅子に座って待つことにする。
「ルナはこれにしようかな・・・」
ルナが選んだのは、ブルーのAラインワンピース。
ウエストで切り返しになっていて、身ごろはフリルがあしらわれた無地のダークブルー。少しふんわりしたスカートは青と白のストライプ仕様で、白ストライプ部分には、ブルーの小花が散っている。
「「「可愛い・・・」」」
女性陣の声が揃う。普段は黒の制服に白のエプロンドレスなので、青色が新鮮である。
「綺麗なブルー。いいわね」
ディアーナがにこにこしながら頷いている。他の3人もオレンジやレモンイエロー、グリーンなどの服を選んで満足気であった。
ディアーナが白を選ぶので、みんなで被らないようにする。
不安と心配しかなかったルナも、新しい服を手にすると、明日の集団デートが楽しみになってきたようだ。
カフェでゆっくりお茶でも、と言いたいところだが、明日の用意も考えて、早々に別荘へ引き上げることにした。
「・・・それにしても、どうしてまた集団デートなんて思いついたんです?」
帰路の馬車の中で、ルナがディアーナに尋ねた。
「この王国で誰も思いつかないイベントを開きたかったの」
ディアーナは指を立てて唇に当てた。
「人は残念ながら、思い出だけでは生きていけないのだけど、でも楽しい思い出はいくつかあった方がいいわ。心が温かくなるでしょう?
そろそろ殿下は王宮へ戻らなくてはならないだろうから、最後に派手な思い出作りしましょうよ」
「「「わかりました」」」
そして、これはきっと私たちの秘密になるわね、とディアーナはいたずらっぽくウインクをした。
いつもありがとうございます!
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