26夜月の日の美しき涙と転機
元々は公爵家のご令嬢。しかしながら10代の頃、反国王派の手により誘拐事件に巻き込まれた。事件後の現在は平民となり、王都の高級娼館の支配人をしているのがシャルロットである。
そんな反王政派・反国王派たちの犯罪がついに詳らかに暴かれ大粛清された。シャルロットははやる気持ちを抑えて、いの一番に王都を発ち、ディアーナのいる海辺の街へ向かう。
過去、反国王派は国王を始め、王妃や側妃に毒を盛り、流産に至らせたり、亡き者にしようなどと非道を尽くした。現在に至っても王太子に、毒を混入させ弱体させていた。先日の日食の際には、反国王派を引導する国王の義弟のジャハラムード自らが、王太子に手をかけようとした。
この大悪党を見事現行犯で捕らえ、余罪等を自白させるべく、ベラドンナ酒を摂取させると聞いたシャルロットは、彼女とっても往年の敵の顔を見るべく地下牢へとやって来た。
「・・・ざまあないわね」
シャルロットが異臭漂う地下牢前で、悪口雑言を叫びまくる酩酊状態のジャハラムードの姿に眉をひそめて吐き捨てた。
「誰だ」
「誰だ、ねぇ・・・アンタのせいで人生台無しにされたと言うのに、覚えてないとは。
でもそうよね。アンタの欲望のために、売られたり、いたぶれたり、殺されたりした子女も少なくないんでしょうよ。
そんな数多くの中のひとり、なんて覚えているわけないわよね。
アンタにとっちゃ、私たちなんて、虫けら以下なんでしょうから」
シャルロットは国王の婚約者候補であったある日、武闘派勢力に誘拐され、高級娼館送りにされた遠い過去を逡巡した。
当時公爵令嬢だったシャルロットが、表立って客を取ることはもちろんない。シャルロットは高級娼館に拘禁されたのだ。
目的は高級娼館に通う貴族たちを脅し、活動資金を巻き上げ、さらには反王政派の一味にすること。
娼館にお忍びでやってきた貴族男性に、実は大物貴族令嬢の娼婦がいるのだと、男性たちに高額料金を支払わせ、シャルロットを引き合わせた。その直後に武闘派の手下たちが現れて、貴族を暴力等で脅し、勢力に加えていったのだ。
令嬢シャルロットは当初は自分の運命を呪っていたが、その内に、シャルロット自身も娼館で力をつけていき、娼館を乗っ取るように支配人に成り上がった。
「いつの時代も、どこの国でも跡目争いは生じるものだけど、アンタたちの国王家に対する恨みや執着は尋常じゃないわね」
「国王は我こそが相応しい」
「アンタほど国王に相応しくない男もいないわよ。
アンタは側妃に洗脳された、ただのマザコンクズ男じゃない」
「黙れ!売女!!母上は完璧だ!母上こそが正妃に相応しかったのだ!」
ジャハラムードは唾を飛ばして怒鳴りつけた。
「我以外の王族はみんな死ね!!死ね!死ねっ!」
「・・・頭がイカれてんのね。こんな男の言いなりになって身を滅ぼした連中も大馬鹿者だわ」
☆☆☆
「・・・こんな具合に、ジャハラムードとはまともな会話が成り立たなかったのよね。刑の執行時も無様なものだったわ」
「そうだったんですね・・・」
シャルロットの突然の訪問に、たいそう驚いたディアーナは、大きな息をついた。
大粛清によって、ひとまず収束といったところだろうか。
正直、反王政派を撲滅することは不可能なのである。
それよりも今は王妃殿下のご懐妊で、国中が喜びに沸いているのだ。
「王妃の懐妊は、絶対にあの夜のおかげよね」
シャルロットが愉快そうにディアーナを見たが、ディアーナは肩をすくめるだけであった。
「いい加減、王都に戻りなさいよ」
「商売がいい時なんですよ・・・」
シャルロットの誘いに、ディアーナは困ったように首を振る。
「・・・ジャハラムードの敗因はね。王太子殿下にあなたたち、凄い味方がついた事に限るわ」
「そんな事はありません。そういうタイミングだったのですよ」
「良いタイミングを引き寄せるのも、また才能よ」
困惑極まりないディアーナに、シャルロットは大きく頷いた。
「ジャハラムードは自滅したと言っていいわ。引き際、諦め時を誤ったから。おまけにたくさんの犠牲を出した。
貴族たちの大粛正に武闘派たちは大喜びでしょうよ。
元々、貴族を嫌う庶民は多いもの。
大体、貴族なんかより、庶民の数が圧倒的に多いのに、庶民には権力とお金がない。
貴族って何のために存在するの?
自治を行うのは貴族でなく、有能な庶民でもいいじゃない?そう考える庶民も多いのよ」
いずれ・・・いずれこの国も貴族は廃れていくと思う。異世界人のディアーナはそんな言葉を飲み込んだ。
「そんな世にあって、王太子は素晴らしい仲間に出会えたわ。人間のありとあらゆる醜さを見てきたから言えるわ。ディアーナ。結局はね。憎悪は純真な想いに敵わないのよ。
「シャルロット先生・・・」
シャルロットは意を決したように、ディアーナの手を握った。
「ディアーナのここでの商売、うちの嬢たちに任せてもらえないかしら?」
「え?」
ディアーナは握られた手を見てから、シャルロットを見る。
「うちの娼館に自ら望んで来る娘なんて、ただのひとりもいないわ。親兄弟に売られ、運命に翻弄され、泣く泣く連れて来られるの。うちの嬢たちは本当に頑張っている素晴らしい娘たちよ。そして何より、ディアーナ、月読みレディー・ディーの大ファン。
あの娘たちの新たな生き場として、任せてくれないかしら?
もちろん私が責任を持つわ」
「・・・それって」
ディアーナが言葉を詰まらせる。
「ええ。私も支配人を引退よ。娼館は取り潰し、王都を出て、ここを終の住処にするわ」
シャルロットの手のひらに力がこもった。
「・・・シャルロット先生は、国王陛下を愛していたのですか?」
ディアーナの思いがけない質問に、シャルロットはピクリと片眉を上げたが、ふっと目を細めた。
「・・・そんな昔の話、忘れてしまったわ」
固く握られた手を解き、ディアーナはシャルロットの手のひらを見た。
「・・・呆れるくらい波瀾万丈の運命線ですね。ああ、だけど運気の大転換を迎えます。晩婚の線も持っています。
シャルロット先生はきっとここで、運命の相手と出会いますね」
ディアーナの言葉にシャルロットは息を飲む。そしてその意味を理解すると、その瞳からポタリと涙が落ちた。
☆☆☆
ディアーナが王都へ戻り、シャルロットが海辺へ移住する話が、あっという間に海辺の街に広まった。
女たちを中心に連日、送別会が催される。
手相占い会も催され、冬のビーチが異様に盛り上がった。焚き火の周りでは、ダンスに興じる姿もある。
「ディーちゃん」
ずっとご厄介になっていたブラン家の夫人が、占いにひと段落ついたディアーナの傍らにやって来た。
「ブランさん。本当に長いことお世話になりました」
ディアーナは立ってお辞儀をした。
「いやだ。お世話になったのはこっちよ。街をこんなに活気づけてくれて。それに・・・」
ブラン夫人は一瞬、口を噤んでから、再び開く。
「シャルロット嬢のこと、感謝してもしきれないわ。
誘拐事件の当時、私たち高位貴族は何もできなくて、とても歯がゆい思いだったの。
武闘派に拉致されて、娼館落ちしたと噂された娘を、王家と公爵家は無慈悲に切り捨てたわ。
私はその現実に衝撃を受けたの。
高位貴族なんて力があるようで、まるでない。
ずっとずっと心の奥に疑問と罪悪感があって・・・
・・・でも、女は流されっぱなしの、か弱い人間ではないって、ディーちゃんとシャルロット嬢に教えられたわ」
「ブランさん・・・」
「だからね。そんなディーちゃんと、シャルロット嬢にはちゃんと幸せになって欲しいと願っているの」
ふたりはきゃいきゃいはしゃぐ住民たちを眺める。
「そして民たちがいつまでも平穏でいられるよう、それぞれの場所で尽力しましょう。
ディーちゃんのその場所は王城よ」
とんでもなく遅い更新にも関わらず、お読み下さり、本当に感謝でいっぱいです。
申し訳ありません。
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