本格的な冬が来る前に・下弦の月の大粛清
イライライライラ・・・
王城の王太子殿下の執務室。
王太子は貧乏ゆすりしては、ハタ、と気づいて止め、そしてまた貧乏ゆすりをして、またハタ、と気づいて止める。その繰り返しをしていて、王城の庭師見習いから、前代未聞の大出世、側仕えに昇格したエドに呆れられていた。
「・・・そんなに気になるなら手放さなきゃ良かったのに・・・」
エドはボソリと呟いた。
王太子殿下を、宿敵であった叔父のジャハラムードから、身体を張って守り、捕らえたディアーナの仲間のエドは、すっかり時の人である。
近々一代限りの男爵位を賜る予定。実のところ、爵位に興味はないのだが。
それより、王都の一等地に、婚約者であるスージーと住むための小さな屋敷を建設中で、そちらの方が大事だ。平民とはいえ大商家の嫡男なので、実家に住んでも良いのだが、エドはディアーナと関わっていくうちに、植物の奥深さとバラの品種改良にますますのめり込み、多種多様な植物を育てている王城の近くに居を構えたくなったのだ。住居はそこまで大きくなくても、庭はそれなりの広さが欲しい。そんなこだわりの植物邸にしたい。そんな夢を抱けたのも、女男爵ディアーナと知り合ったからこそ。
そんなディアーナのことが大好きなのに、王城内に蔓延る悪意や陰謀に彼女を晒したくなくて、手放した王太子殿下だったが、タブロイド紙記者・カトリーヌがこれ見よがしに始めた『海辺の月読み』の連載記事を読んでは、日々イライラしているのだ。
『海辺の月読み』
貴族たちの別荘地でも有名な、王都より南に位置する海辺の街に移り住んでいるディアーナが、不定期に寄稿している、いかにも女の子が好みそうなおまじないや占いの記事である。
ここ最近は、ディアーナと街の女性たちで売り出した『恋守り』チャームが大ヒットし、海の向こうの国からの注文も増えて、納品が追いつかないおわび記事が多い。
有名なエピソードとして、商いで当国に訪れたとある貿易商人が、半信半疑で想い人との恋愛成就を願ってチャームを購入した話があった。
その商人は、購入したそれを得意先の貴族令嬢に贈ったという。
するとなんと、ご令嬢も商人が好きだったことが判明。晴れて婚約に至ったのだと大きな話題になった。
美しき貴族令嬢と一介の商人の恋。
ロマンス好き乙女たちのハートをくすぐるように、カトリーヌが盛りに盛った海外ラブストーリーを展開させていた。
さらにディアーナのコメントとして、【『恋守り』チャームには魔力のようなものはない。持つ人に勇気を与え、夢を見させるアイテムにすぎない。成就する恋もあれば、破れる恋もある。破れた場合、それは相手に嫌われたと落ち込むのではなく、単に『縁がなかった』のだと心得て、次の恋に繋げるべし。ところで、この商人の場合、彼が購入したチャームはお相手が好きなパールのチャームだった。これがダイヤモンドであったなら、彼女との恋は成就しなかったかもしれない】などと茶目っ気あるひと言が加えられていた。
「・・・とまぁ、こんな具合で、なんとも楽しそうなディーさんの様子に、殿下のイライラはMAXなんですよね・・・きっと、寂しがって欲しいんでしょう」
エドはブラン夫妻のお屋敷の応接間で、紅茶を飲みながら肩をすくめた。
「・・・そう言われても・・・」
ディアーナは久しぶりに再会したエドの愚痴を聞きながら、困ったように小首を傾げた。
「それこそ『縁がなかった』のだと納得するしかないでしょうね」
「縁がない、ねえ・・・」
あんまりウジウジ、グダグダする王太子に呆れ果て、近況報告も兼ねてエドは海辺の街にやって来たのだ。
「・・・殿下のお見合いは進んでいないの?」
先日こちらに訪れたベティに、王太子妃候補を見定める夜会やらが頻発していると聞いていたから尋ねてみる。
「・・・進んでいると思います?」
エドはじっとりとディアーナを見た。
「・・・そう睨まれても・・・」
ディアーナはポン!と手を叩いて唐突に話題を変えた。
「ジャハラムードはどうなっているの?」
「相変わらず地下牢にいますよ。斬首刑か薬殺刑かで議会の意見が割れているようです。なんせ何も喋らないそうなので」
「毒杯ねぇ・・・」
ディアーナはちょっと考えてから、
「斬首や薬殺が決定ならば、その前にベラドンナ使ってみたらどうかしら?上手くいけば自白するかも知れないわよ」
「・・・ベラドンナ。毒草ですね」
エドの瞳がキラリ、と光る。
「ジギタリスが内臓に作用するなら、ベラドンナは脳に来るわ。毒耐性があったら、あんまり期待はできないけれど、もしかしたら興奮して色々喋るかも知れないでしょう?エドなら配分調整できるだろうし」
ディアーナの言葉にエドは感心したように息をついた。
「この世は弱肉強食で、男尊女卑、格差社会なのに、どうやら女性の方が逞しいようです。殿下はあんなにへたっているのに、あなたはこっちの生活にすっかり馴染んでいる。
ジャハラムードもそうです。
いつまでも王家を恨んでいて馬鹿ですよ」
ディアーナは何とも言えない表情を浮かべる。
「ジャハラムードの場合は側妃による洗脳もあるかもしれないけど」
「でもどうせ極刑なのだから、やってみる価値はありそうです。やはりここに来て良かったです」
エドは微笑んだ。
「スージーも待っていますよ。早く王都に戻って来て下さいね。ルナなんて、王太子殿下以上にしょげていますから」
☆☆☆
それから数日後、王城では大粛清が執行された。
反対派の存在はあっていい。
だが、犯罪まがいの反対行為は、許さないと強気の姿勢で、先代王の側妃暗殺に関わった貴族や使用人、その派閥下で現在もスパイ活動や資金集めのために人身売買などに携わっていた貴族やその関係者が薬殺刑や流刑などに処せられた。
その前からも武闘派による貴族邸放火など混乱を極めていたので、貴族社会はさらに混沌とした。上位貴族が一夜にして没落するなど激変が起き、一気に世代交代も進む。
ジャハラムードは母親である先代王側妃から、怨念まがいの洗脳教育を施されていたことが、本人の自白により明らかにされた。
最後まで王族たちへの罵詈雑言、恨み節を吐いていたようだが、斬首刑に処せられ、憎悪まみれの生涯に幕を閉じた。
「前世で言う毒親ってやつね・・・こわ。でもベラドンナがいい役割したみたいね」
ディアーナはタブロイド紙を読みながら、どこか他人事のように受け止めていた。
海辺に来て数ヶ月。
王城の喧騒とは無縁の平和な日々。
海辺の街の住民たちは、王家や貴族を崇め奉るわけでもなく、自分たちの生活を淡々と送っている。
願うのは自分と自分の周りのささやかな幸せのみ。
これが資源も食糧もない地域だったら全然違う話だろうが、ここは貿易交流も盛んだし、食糧にも富んでいる。物質的にも心にも余裕があるのだ。
そしてそれは、海辺の街の領主が良い仕事をしている証でもある。
そう。クニのトップは有能でなくてはならない。
だが、王都とて、暗い話ばかりではなかった。
なんと王妃殿下が懐妊されたというではないか。
十数年ぶりの妊娠に、国王陛下も驚き戸惑っているようである。
これから本格的な冬に入る。
王妃殿下、くれぐれも御身を冷やさないようにと月に願うディアーナであった。
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