上弦の月。それぞれの新しい生活
『新たな真実!【皆既日食王太子殺害未遂事件】前、王城の護衛が買収されていた!』
タブロイド紙記者・カトリーヌの記事を読んでいたディアーナは、眉をひそめた。
日食以来、タブロイド紙はお城と貴族のゴシップに事欠かない。
カトリーヌが命名したこの【皆既日食王太子殺害未遂事件】は歴史書にもそのまま載るのではないかと思わせるほど、この事件の記事を見ない日はなかった。
ただ港街へ届くタブロイド紙は数日経っているものなので、最新情報とは言えないのではあるが。
例の日食が始まる直前、王妃殿下が王太子殿下の執務室へやって来たというのは、でっち上げだったこともカトリーヌによって暴露されてしまっていた。
多大な防衛費をかけているくせに、王家は何をしているんだという印象が民の間では強い。
もっともローブの男とCちゃんが、あんなに簡単に執務室まで来られたのが違和感ありまくりだったが、護衛達がジャハラムードによって買収されていたというのなら納得できた。買収に応じなかった護衛もいたようだが、最終的には家族が人質にされ、嫌々応じざるを得なかったようなのだ。
それにしても・・・ディアーナは息をついた。
ディアーナと対峙した、あの恰幅の良い黒ローブの男が、当のジャハラムードだったとは。
現在子爵のジャハラムードは、そう簡単に登城などできないはずだから、城内に蔓延る反王政派と繋がっていた可能性が濃厚である。
どこまで宮仕えの貴族達の化けの皮を剥がせるのかが、今後の課題だろう。
ディアーナは王城を去る前に、一度だけ地下の貴族牢へと降りて行き、ジャハラムードを窺い見た。
想像とは違い、くたびれた様子の『おじさん』にしか見えなかった。
あんな中年男が長年、王家に恨みを持ち続け、王太子を亡き者にしようとしていたとは。
若者たちの失敗が続き、どうしても最後の最後は自分で手を下したかったのだろうか。
「ディーちゃん、居間でお茶にしない?」
ブラン夫人がテラスのディアーナに声を掛けて来た。
「ありがとうございます」
タブロイド紙を折りたたみ、ディアーナが執事の誘導で席を立つ。
ディアーナは王太子と別れた後、王弟・ローマン大公殿下のお屋敷からも引き上げて、海辺のブラン夫妻のお屋敷で厄介になっていた。
これもローマン大公殿下の差し金である。
身体を張って王太子殿下を守ったのだから、それなりの褒賞を与えないととか、しばらくは静養しないと、とか何とか言っていたっけ。
でも良い機会だと思ったディアーナは、ルナをマシューに、ミリアムをトレイシーに、スージーをエドにそれぞれ託してきたのだ。さっさと結婚なりすればいい。
専属侍女のルナはディアーナと別れることになって、散々ごねてはいたが。
残念なのが、オッドアイの白猫兄妹を王太子に預けてしまったことである。
そもそもオッドアイの白猫は、ディアーナが夢見で招き入れたのだ。ディアーナが育てなくてどうする。
しかし、事件後の王太子の憔悴ぶりは、アナスタシア公爵令嬢との婚約破棄の比ではなく、また病気で伏せってしまうのでは、と周囲が心配していた。
だから、後ろ髪を引かれる思いで、猫たちを王太子の元へ残してきたのだった。
ブラン夫妻と居間で紅茶を楽しみながら、
「午後は雑貨屋さんに行ってきますね」
とディアーナが言うと、ブラン夫人は頷いた。
「すっかり市場の名物となったわね」
「ありがたい限りです」
ディアーナは笑顔になる。
王都の一部女性たちの間で話題の占い・呪い師『月読みレディー・ディー』がついに海辺へやって来たと、王都以上の盛り上がりを見せていた。
外国との貿易も盛んな港街で、レディー・ディーの新商品『恋守り』のチャームが空前の大ヒットとなったのだ。
貴族は扇やパラソルに、平民は鍵やカバンなどにつけて、恋愛成就や永遠の愛を願うことが流行となりつつある。
しかもある貿易商人が恋人へのお土産に買っていったところ大好評で、外国でも話題となり、注文が早々に入っているのだ。
三日月型や星型のゴールドやシルバーのチャームに、安価な貝がらや手頃価格のガラス玉、果ては高価なダイヤモンドまで、多種多様な石などがあしらわれた可愛らしいお守りだ。
元気なのに、静養目的でブラン夫妻のご厄介になり、申し訳なく思ったディアーナが、着いて早々にチャームを数個作り出したのが事の始まり。
『月読みレディー・ディー』の話題性との相乗効果で、作って早々に売り切れてしまった。
そこから街の工房、雑貨店、宝石店などが名乗りを上げてくれ、領主の指揮の下、合同商品開発チームが立ち上がったのが数日前の話。
ディアーナもクリスタルがついた三日月チャームをポーチにつけている。
街の工房では、注文がひっきりなしに入り、嬉しい悲鳴が上がっているそうだ。
☆☆☆
ブラン夫妻とのティータイムを過ごした後、ディアーナは馬車で港へやって来た。
恋守りチャームを取り扱っている馴染みの雑貨店へ顔を出すと意外な人物がそこにいるではないか。
「ベティ!?」
ディアーナが驚きの声を上げる。ベティはかつて遠方の村から、他人様の物置や馬屋で雨風を凌ぎながら半月ほどかけて徒歩で王都までやって来て、教会で保護された平民の少女である。
「ディーさん!」
ベティがチャームを手に歓喜の声を上げた。
「この恋守りチャーム、超カワイイ!お土産に買うの」
「そ、それはいいけど。あなた、まさか教会を抜け出して来たのではないでしょうね?」
ベティは悪戯っぽくニヤリと笑った。
「さて、どうでしょう〜?」
「ベティったら」
ディアーナは肩をすくめる。その様子では抜け出したわけではなさそうだ。
「実はね。アンナ様に仕えることになったの」
「えっ!?あの幼妻アンナ様の子爵邸に?」
頷くベティにディアーナはさらに仰天した。
「うん。そう。ディアーナ・サロン繋がりで。王妃様が子爵様に打診してくれたようなの。せっかくだから、ディーさんに報告してくるといいってアンナ様がお休みくれたんだ。宿もちゃんと取ってあるよ」
「まぁ。そうだったの」
ディアーナは胸が熱くなった。王妃殿下肝入りのあのティーサロンがきっかけで、そんなご縁が結ばれていたとは。
「でも今じゃ、あのサロンは高位のお貴族様が仕切っているから、なんかつまんなそうだよ?占いできる人もいないから、抽選会もそれほど混雑してないし」
「女性なら当たれば無料でサロンが利用ができるのよ?高位貴族と関われる貴重な機会なのだから、どんどん抽選会に行くといいのに」
ディアーナが首を傾げると、ベティは分かってないなぁ、と小馬鹿にするように鼻を膨らませた。
「平民がみんな貴族に憧れると思ったら大間違いだよ。少なくとも高飛車で自慢話ばかりの令嬢や、説教くさいお嬢様の話なんて、いくらタダでも聞きたくないよ。銀貨くれるなら、我慢して聞いてやってもいいけど」
それから、チャームをひとつ手に取り、
「あたしはコレ!アンナ様には・・・旦那様の目の色と同じのがいいかなぁ」
と、ショーケースを覗き込んだ。高価なチャームはガラスケースに収まっているのだ。
「・・・子爵夫妻は仲良くしてるの?」
ディアーナが尋ねると、ベティはまたもニヤニヤする。
「もー、目のやり場に困るくらい、イチャイチャしてるよ。ディーさんに会いに行くってことで、子爵様がお小遣いも奮発してくれたし」
「それは良かったわ」
「ね、ね!港街を案内してよ」
ベティは無邪気に笑い、ディアーナも笑顔で頷いた。
☆☆☆
海を見たことのないというベティと海岸へやってくると、ベティは靴を脱いで波打ち際で大はしゃぎしている。
「気持ちいい!楽しい!」
波がくると、ベティはきゃー!と声を上げながら、海水がかからないよう逃げるものの、下半身はすでにびっしょりと濡れていた。
「海、いいねぇー。ディーさんはずっとここに住むの?王都には戻らないの?」
「今のところは静養って名目なんだけど・・・」
海辺の生活は穏やかで、かつてのディアーナが抱いていた理想そのものである。
「・・・永住するかもしれないわね。恋守りチャームのビジネスが大掛かりになってきたし」
「ふーん。命懸けで守った王子様のことはいいんだ?」
ベティが探るように、じっと見つめてきた。
「いいも悪いもなにも・・・」
王太子殿下と苦楽を分かち合おうと覚悟を決めた時に、あちらから拒絶されてしまったのだ。
要はディアーナはフラれたのである。
「まぁ確かに、いくら要人とは言え、年頃の男子が女子に守られるのって格好がつかないよねぇ。プライドズタズタだよ」
ディアーナはギクリとした。
「そのせいなのか、シーズンオフに入ったのに、王都では夜会が頻繁に催されてるらしいよ。
反王政派の貴族たちが武闘派組織に殺されたり、軍に捕まったりして、全体的に貴族社会がガタついてきてるでしょ?ここぞとばかりに日陰貴族たちが売り込んでいるんだよね。単細胞すぎて笑える」
この王国では社交シーズンがあるとはいえ、冬以外は大なり小なりパーティーがどこかで催されている。家門のアピールや人脈形成にはパーティーを開くのは手っ取り早いやり方だ。
「でもいくらパーティー開いても、客層がイマイチだったら、金のムダ遣いじゃないの?子爵様たちみたいに地道な領地経営をしていれば、領地は安泰。領民も幸せなんだけどねぇ?どこまで貪欲なんだろうね。お貴族様ってのは」
まだ12、3歳なのに、ベティは随分と辛辣なことを言う。かつての村での暮らしがよほど大変だったのだろう。
「確かに贅沢ばかりにかまけていてはダメね。まだまだ王国は問題が山積みだし。それに外国と商売を始めると、外交の重要性をひしひしと感じるわ」
ディアーナは同意した。
「そうだよ。内部分裂してる場合じゃないよ。
ま、分裂を敢えて望む勢力は今後も消えてなくなりはしないだろうけどさ。
お貴族サマは権力大好きだものね。
事件や災厄は今後も繰り返されるだろうし。
かと言って国力が弱まれば、外国からは狙われるだろうし。
王族ってたいへーん。王子様って過酷ぅ」
ディアーナはベティの話を聞きながら、海を眺めた。
この子、絶対に政とかに向いていると思う。
アンナたち子爵夫妻は、とてつもない『才』を手に入れたわね・・・
子爵領は今後も繁栄するに違いない。
例えあらゆる困難に直面したとしても、乗り越えられるだけの力が彼らにはあるだろう。
王家はどうなのかしら?
今まで隠されてきたことが表に出てきている。
例えば、先代王の第三側妃の御子が産まれた直後に亡くなり、その後を追うように側妃も死亡した疑惑の過去も浮上してきた。毒殺された第一側妃に次いでの大事件である。さらに王妃殿下が流産したことも暴露されてしまっている。王太子殿下のかつての婚約者候補で、行方不明とされていた侯爵令嬢が、侍女に扮してお城に紛れ込み、情報を集めていたことも発覚した。
この侯爵家は謀反の罪で爵位返上、領地没収が決定している。
その内、ジャハラムードの死刑も執行されるに違いない。
お城はまだまだ混乱が続きそうだ。
あらゆる欲と愛憎が渦巻く王城。
でも浄化には良い機会だろう。領地問題、王宮人事などを含めて、見直しをする時期だったのだ。
「ねぇ、王子様が他の女と結婚しちゃっていいの?」
ベティが食い下がってきたが、ディアーナは曖昧に微笑むだけであった。
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