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4日月のキスは酸味の効いたトマト味

侍女のルナは何度目かのため息をついた。


「もう。ため息ばっかりつかないでよ」


ディアーナがぷうと頬をふくらませる。


「そんなかわいこぶって、ほっぺたふくらませても、ルナは騙されませんから!」


ルナはキッとディアーナを睨みつけ、


「王太子殿下の頼みとは言え、軽々しく愛人になることを引き受けるなんて・・・!」


と、ぎゅうぎゅうエプロンドレスを握り締める。


「愛人じゃなくて、期間限定のガールフレンド、かっこ恋人未満かっことじ、ね」


「そんなふざけた言い方したってダメです!愛人だろうとガールフレンドだろうと、かっこつきの恋人未満だろうと同じことです!

ああ!旦那様や奥様に何と言い訳したら良いのやら・・・!」


ルナはギリギリと奥歯を噛み締める。


「お嬢様はのんびりで天然ですが、ここまでボヤッとしていたなんて・・・!

万が一、間違いでも起きたらどうするのです?お嫁に行けなくなりますよ!

ルナは・・・ルナはお嬢様を『奥様』とお呼びすることを心待ちにしていると言うのに・・・!」


「大丈夫、ダイジョーブよ。玉の輿線はないけれど、ホラ、ここにちゃんと結婚線あるから」


ディアーナは手のひらをルナに見せると、反対の指で示した。


「『たかが占い』と、いつもお嬢様が言っているのではありませんか!ルナは騙されませんから!」


とルナはさっきと同じセリフを言う。


「まあまあ、落ち着いて。そんなにイライラしていると、小じわと白髪ができるわよ」


ディアーナが余計なひと言をのたまったせいで、ルナはますます熱り立(いきりだ)った。


「ルナに小じわと白髪がでてきたら、お嬢様のせいですから!!ああ・・・伯爵令嬢が愛人契約だなんて、嘆かわしい!あの時、ルナもスタンドへ入れば良かった・・・!」


侍女のルナは、ディアーナの前では、自分のことを名前で言う。

可愛い名前だし、月の女神(ディアーナ)(ルナ)ということで、何だかんだととても相性が良いのだ。


「心配してくれてありがとう、ルナ。でも私は本当に大丈夫よ」


「・・・お嬢様が傷つかないか、それだけが心配なんです」


ルナがまた大きなため息をついた。


「まぁまぁ」


と他の侍女が助け船を出す。


「王太子殿下相手ですから、仕方ありませんよ」


「そうよねー。やっぱりそうよね。何と言っても王子様だし。イケメンだし。断るのはもったいないわよね」


ディアーナがポロッと本音をこぼすと、ルナの目が吊り上がった。


「お嬢様っ!もっとご自分を大切に!伯爵令嬢としての自覚をお持ち下さい・・・!」


そうして、ルナの説教がこんこんと続くのであった。



ルナの淑女たるもの・・・云々かんぬんの長話から、ようやく解放されたディアーナは天蓋つきのベッドに横になると、息をついた。


「ルナは下弦の月生まれだから、真面目なのよね」


ルナは遠縁の男爵家の妾腹の娘だった。歳はディアーナより2、3歳年上だったはず。

ルナだって、縁があれば嫁に行けば良いのだ。

ディアーナに生涯尽くす必要はない。


「それに・・・心配してくれるルナには申し訳ないけど、ワクワクしちゃうのよね・・・シャトンって、めちゃイケメンだし。

どんなお付き合いをしようかしら・・・前世で読んだ少女マンガみたいに、思い切り甘々にしましょ」


ルナの心配をよそに、ディアーナはうふうふと笑みをこぼしつつ、眠りについたのであった。



☆☆☆



翌朝、ディアーナがジューススタンドを開店させると、常連の老夫婦が散歩の途中に立ち寄ってくれた。


「おはよう、ディーちゃん。今日のジュースは何かな?」


簡素な小屋なので、ジュースは毎日1種類しか置かない。しかも午前中で完売御礼となる。


「いらっしゃいませ。ブランさん。今日はトマトジュースです。アクセントにオリーブオイル、ハチミツ、レモンが入っていますよ」


「はい、2杯分」


とブラン氏が差し出してきた銅貨。正直、破格の料金で、商売敵が知れば、市場価値が崩壊すると怒り狂うのではないだろうか。

ディアーナを始め、侍女や使用人たちが朝から手絞りしたり、煮詰めたり、すりおろしてくれる手間賃として少々頂いているだけである。

でもこれで良い。商売をしているのではないから。

期間限定のスタンドであるし、どちらかと言うとお試しで、趣味的な意味合いの方が大きい。


「ディーちゃんのジュースを飲んでから、体調が良くてね」


ブラン夫人が言うと、


「ホント、期間限定なんて寂しいね。ずっとやってくれたらいいのに」


ブラン氏も頷く。ディアーナはトマトジュースのグラスをふたつカウンターに置きながら答えた。


「ビーチでのスタンドは畳むんですが、いずれ街にカフェを開きたいと思ってます」


「まぁ!それは嬉しいニュースね!」


「看板猫も連れてくる予定なのですが、猫はお好きですか?」


ディアーナは尋ねた。


「あらあら!猫も」


夫人はコクコクジュースを飲みながら、


「特別大好きってわけではないけど、嫌いではないわ」


そうして、カフェが楽しみ、などと話しながら、ジュースを飲み終えたふたりは、また散歩へと歩き出した。

ディアーナが手を振って見送っていると、ルナが奥から顔を出し、


「お嬢様・・・また調子の良いことを言って!」


とプリプリ怒った。


「カフェ開きたいのは本当よ?王太子殿下とお別れしたら、傷心の私は港街でカフェを開くの。

看板猫ちゃんは、白猫でオッドアイよ。

裏メニューで占いするのはどうかしら?

ルナはカフェの看板娘。可愛いから、お客様にモテモテになるわね」


「ぐっ・・・!」


可愛いもの好きのルナは、自分のことを『可愛い』と言われて、怒りを飲みこんだ。

どこぞの貴族の屋敷に嫁いだディアーナの専属侍女として働くのと、ディアーナと港街でのんびりカフェを経営するのと、どちらが良いのか考える。


「・・・生活の保証があるのなら、港街カフェかしら。

大体、貴族社会は気が抜けないし、お屋敷生活は天然ディアーナお嬢様には正直、向いていないわ。

夫に浮気されて、蔑ろにされるのがオチよね。

この際、王家から莫大な報奨金を頂いて・・・」


「ルナ、何かよからぬ事を考えてる?心の声がダダ漏れなんだけど・・・」


ディアーナが小首を傾げている。

ルナはハッとして、慌てて口を押さえた。


「王家からの莫大な報奨金やお手当は期待できないけれど、カフェを開く資金なら何とかなるわよ。

問題は看板猫のオッドアイの白猫ちゃんよね・・・」


「え?そこが問題なのですか!?普通は開業資金でしょう・・・」


「まぁ、それは置いておきましょ。まだ先の話だし。

さてこれから、シャトンのところへ向かうことにするわ」


「え、シャ・・・殿下ですか・・・?もうすぐこちらに来られるのでは?」


愛称呼びの許可を得られたのは、ディアーナだけである。ルナは言い直して聞いてきた。


「いいえ。多分寝込んでいると思うわよ。ルナ、ジュースを持って行けるようにして」



☆☆☆



馬車で数十分。超高級別荘地にやって来た。

護衛のひとりが、屋敷の家令へと伝達に行っている間、ディアーナとルナは感動したように、キョロキョロと辺りを見回していた。

海辺から少し離れた高台。

森林に囲まれた白亜のお屋敷が威風堂々と佇んでいる。


「さすが王族の別荘地ですね。敷地が広いです」


「・・・森林は防波堤も兼ねているのね」


ふむふむと感心したようにディアーナは呟いている。


よくやく案内がついて、王太子殿下の部屋に通されたディアーナ達。

ディアーナはベッドから顔を出している殿下にため息をついた。


「やはり風邪引いたのですね。シャトン」


「ご、ごめん・・・熱が出て」


殿下が申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「喉の痛みや咳、鼻水は?」


「い、咽頭痛が少し。他の症状はないよ」


ディアーナの問いに、殿下が答える。


「トマトジュースを持って来ましたの。お飲みになりますか?悪寒のする発熱には良くはありませんが、トマトには熱を発散させたり、喉の痛みを和らげる効果が期待できますよ」


「・・・僕のために作ってくれたの?」


「そうですね」


ディアーナは頷き、ルナがピッチャーからグラスにジュースを注ぎ、毒味役に手渡すのをディアーナと殿下が眺めていた。

ディアーナは断りを入れてから、ベッドの端に座ると


「風邪を治す最も効果的な方法ってご存知ですか?」


と殿下に尋ねる。殿下は首を横に振った。


「誰かに移してしまうことです」


ディアーナはグラスからジュースをひと口含むと、寝ている殿下に、口移しで含ませた。サラリとディアーナの髪が落ちる。


「「「!!!!!」」」


殿下本人を始め、お付きの家令や侍女たち、ルナが声にならない叫び声を上げた。

ルナは卒倒しそうになり、殿下の護衛に素早く支えられる。


「・・・こうすればホラ、毒味役もいらない。シャトンは寝たままでいられる。私にも風邪が移る。一石三鳥ですね」


真っ赤になっている殿下の唇を、ディアーナは指先で拭って、耳元で囁く。


「シャトン、その悪い気を私に移すといいですよ。そうしたらすぐに熱も下がって、痛みも消えます。ちなみに私にはその邪気(かぜ)はへっちゃらです」


「・・・もうひと口」


殿下が言って、ディアーナはくしゃりと笑顔を作る。

もうひと口、もうひと口と、殿下のリクエストが続くため、甘い雰囲気が漂い、その場に居合わせた面々が頬を上気させ、居たたまれない気持ちにさせられた。


「・・・ご自分で飲まれた方が早いような・・・」


「シッ!」


誰かが背後で言っているが、にかわガールフレンド、ボーイフレンドにはお構いないようである。


「え・・・コレって、かっこ恋人未満なん・・・?」


護衛に支えて貰っているルナは、プルプルと顔から湯気を出さんばかりに真っ赤になっていく。


「ありがとう、ディー。なんだかすごく力が湧いてくる」


殿下が瞳を潤ませながら言った。


「それは良かったです。上弦の月の日にデートができるよう、この3日間で元気になって下さいね」


「わ、分かった・・・!」


殿下が力強く答えた。


「では長居をするとお身体に障るので、私達はお暇いたしましょう」


ディアーナがベッドから立ち上がる。


「ではシャトン。お大事にしてくださいね」


瞳を潤ませ名残惜しそうな殿下と、呆気に取られている家令たちをよそに、ディアーナは何事もなかったようにケロリとした表情をして、お屋敷を後にした。



帰りの馬車の中、ルナが烈火の如く怒って、


「な、な、なんなんですか!アレは!

は、はく、伯爵令嬢たるお方がっ!

どっ、どこであんな、て、手練手管を覚えたんです!」


などと迫られ、ロマンスの余韻もあったものじゃないわ、とゲンナリするディアーナであった。


いつもありがとうございます!

申し訳ありません。

感想フォームは閉じさせて頂いております。

m(_ _)m

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