上弦の月・怪しい女たちによる勉強会③
王太子がディアーナのベッドで静かな寝息を立てている。ディアーナは音を立てないよう、暗がりの中、身繕いをして、そっと部屋を出た。階段を降りて応接間に向かうと、カトリーヌとシャルロットがルナの注いだカモミールティーを飲んでのんびりしていた。
応接間に入って来たディアーナに、シャルロットが
「ついてるわよ」
などと言ったので、咄嗟に口元を指先で拭ってみたが、シャルロットの不敵な笑みに、しまった、まんまと嵌められた、とディアーナは思う。
しっかり身だしなみを整えてきたのだ。
「あなたって、見かけによらず独占欲が強いのね」
シャルロットが興味深そうな目をした。
「あの方は、独占欲を出して良い相手ではないのよ?私だったら『仕事』としてできたのに」
「・・・・・・」
ディアーナもカトリーヌも無言のままである。
「それとも」
シャルロットは続けた。
「覚悟ができた、って事かしら?」
「覚悟・・・」
ディアーナはゆっくりと繰り返す。
「私はずっと貴族の特権を安穏と受けてきました。
貴族が担うべき、政には向かないから、いずれは早々に隠居生活を送る予定で、当然、政略結婚もしないつもりでした。
でも戦争も大災害もない、比較的平和な王国にも暗部がある事を知ってしまったんです。
政を疎かにする、軽んじる貴族の下で、犠牲になる人、踏み台にされる人、まるで物のように扱われる人たちの存在を知るにつけ、知らないふりはできなくなりました。
覚悟・・・は正直十分ではありません。
でも・・・何もしないで、自分だけ呑気に暮らすのは卑怯だと思っています」
シャルロットは立ち上がると、そっとディアーナを抱きしめる。
「バカね。あなたはまだ16歳でしょう。そんなに無理をすることはないのよ。
それに何においても力の源は愛よ。愛なくして行動は起こせない。私は愛する覚悟ができたのかと、聞いたのよ」
シャルロットはディアーナを座らせ、ルナにお茶のおかわりを頼むと、ディアーナとカトリーヌを交互に見た。
「2人とも、私の話をぜひ聞いてちょうだい。
私は国王陛下の元婚約者候補・元サウスリッチ公爵令嬢で、ある日、誘拐に遭って娼館送りにされた現在は平民で高級娼館の支配人よ」
カトリーヌがごくり、と唾を飲み込んだ音が聞こえた。
ほぼカトリーヌの極秘取材の通りであったからだ。
「私を娼館送りにしたのは、国王陛下の腹違いの弟で、子爵令嬢と政略結婚をしたジャハラムード子爵。
あいつは過去、国王陛下にも王妃殿下にも毒殺未遂事件を起こしてるわ。直接手は下してないから、お咎めもなかったけど。
今までの王太子殿下への毒物混入もあいつが一枚噛んでいると見てるわ」
カトリーヌはシャルロットの話を、凄い集中力で書き起こしている。
「ジャハラムードは武闘派勢力を味方につけて、汚れ仕事を命じてきた。
私を誘拐した連中もそう。あいつは絶対に証拠を残さない狡猾な外道なのよ」
「・・・彼らの目的はなんです?」
ディアーナが尋ねた。
「ジャハラムードの当初の目的は玉座だったけれど、今となってはもう無理ね。王になる器ではないもの。
だからこそ国王は早々に、息子に王位継承を叙任させたのよ。
王太子殿下を亡き者にした暁には、アナスタシア嬢のお父上を担ぎ上げるのではないかしらね。
元々、先々王の弟筋の血統だから。
ローマン大公は早くから継承権を放棄しているから除外でいいと思うわ。
先々代の時代は御子も多かったけれど、先代王妃は身体が弱くて、国王おひとりしかお産みにならなかったから、側妃が3人になったのよ。
でも10年近く経ってから、王弟のローマン殿下がお生まれになったから、虚弱体質説も怪しいものよね。
それと、一番初めの側妃はすぐに亡くなったわ。
第二側妃の息子がジャハラムードで、あの一派が相当厄介なの。無慈悲で強欲」
「・・・ややこしいですね。王家は血が濃いとは言われてましたけど・・・」
ディアーナは頭を抱えた。そのアナスタシア様の父君は王妃の妹君と結婚したのだから、いかに血統にこだわっているのかが良く分かる。
「どこの上流貴族も王家の内戚外戚になりたくて必死なのよ」
カトリーヌはやれやれ、と首を振った。
「なんか、イヤな想像しちゃったんだけど、そのジャハラムードって野郎は、ゆくゆくはアナスタシア様を娶ろうなんて魂胆じゃないでしょうね?」
「え?だって結婚しているのではないの?」
ディアーナがギョッとして聞くと、
「そんな強欲野郎がまともな結婚生活なんてできるワケないでしょ」
カトリーヌは文字でびっしりのメモ書きを見て息をついた。
「とにかく、あたしは王太子の命を狙っているのは、ジャハラムード一派だと思ってる。後は証拠よね・・・
それか現行犯を捕らえられたら一番いいんだけど」
カトリーヌがジャハラムードの名前を丸で囲む。
「・・・それなら、ちょっと思うことがあるわ」
ディアーナがシャルロットとカトリーヌを見た。
「次の満月に、皆既日食が起こるとみてるの」
「「皆既日食?」」
シャルロットとカトリーヌが声を揃えた。
「この前、文官たちがヒソヒソ話しているのを聞いたのね。だから私も城内の図書室で調べてみたの。
確かに、計算上は今年皆既日食が起こるのよ。
皆既日食は月が太陽に重なるから、昼間なのに、真っ暗になるの」
「昼なのに真っ暗・・・」
ディアーナはカトリーヌの呟きに頷いた。
「そう。でも時間にしたらほんの一時よ。
だけど人ひとり亡き者にするには十分だと思うし、祟りとか呪いとかの災厄にすり替えるには絶好の機会だと思う」
「・・・次の満月が皆既日食とやらなのね?」
シャルロットが尋ねた。
「正直、正確な計算は割出せませんが、占い師の私が、そう感じています」
「・・・占い師?」
シャルロットが眉をひそめた。
「もしかして、あなた『月読みレディー・ディー』?」
「あ、はい、そうです」
ディアーナがアッサリ答えたので、シャルロットは先程の時のように、大声で笑った。
「え!やだわ。ウチの嬢たちが、月読みレディー・ディーの大ファンなのよ」
貴族ゴシップ記事専門のカトリーヌは、占いや呪いを信用していないし、興味がないので取材対象外であったが、なんと巷の娘たちの間で人気の占い・呪い師の正体がディアーナだというではないか。
カトリーヌは思わぬ真実に愕然とした。
月読みレディー・ディーはあちこちのカフェや孤児院を拠点にした、神出鬼没の出張占い師である。
風の向くまま、気の向くまま、突然現れて占いを希望する顧客に占術を行う。
そして呪いグッズのひとつ、願掛けミサンガが安価で効果が高いとして、市井の娘たちに人気があった。
何でも色によって、願い事を変えるのだとか。
そのミサンガも突如、レディー・ディーが孤児院に現れては、孤児たちに製作を依頼し、出来高で支払いをするのだと、孤児院でもちょっとした話題になっていた。ミサンガ作成ノウハウを得た孤児院は、レディー・ディーの許可の下、直接販売もしていて、良い収入源になっているらしい。
ただ最近では模造品も多く、それらは効果があまりないとの噂である。
「ウチの嬢たちは、香油や香草を購入して、雰囲気作りや感染症予防に役立てているのよ。
臭い客も多いしね。たまたまそんな悩みを聞いてくれた月読みレディー・ディーから香油を購入したと聞いていたのよ」
「呪いグッズだけでなく、まぁ、色々と手広くやってますので・・・新月のソルトや満月水なんかも人気です。あちこちに出現させてもらっていますが、固定取引のある商店もあります」
「まあ」
シャルロットは唸った。
「これで色々と謎が解けてきたわね。なぜあなたが女男爵籍を授爵した時に、前男爵の土地屋敷も一緒に受けなかったのか不思議だったのよ。
多分、王妃殿下は先々を見越していたのだと思うわ。
あなたの事を知るにつけ、絶対に協力しよう、味方になろう、いや味方にしようと思うもの」
「いいえ。そもそも前男爵の土地屋敷なんて、邪気まみれなので、私が拒否します」
ディアーナは心底嫌そうな顔をした。シャルロットとカトリーヌが顔を見合わせる。
「とにかく、その日食とやらはキーポイントになりそうね」
カトリーヌが言うと、ディアーナとシャルロットは頷いた。
☆☆☆
「・・・あの、こんなこと聞いて良いのか分かりませんが、今後の記事のために聞かせて下さい。
高級とは言え、娼館に売り飛ばされて、酷い目に遭いませんでしたか?」
帰宅するため、エントランスホールに出たところで、カトリーヌは、申し訳なさそうに、でも思い切ってシャルロットに尋ねた。
「・・・酷い目、には遭ったとも、難を逃れたとも言えるわね。
私はいわゆるコマだったから、娼婦として働いたわけではなかったの。
スパイ要員だったのよ。でもそれも酷いものだったわ。
人間不信に陥って、気が狂いそうになったの。
特に王家と上流貴族には恨みを抱いたわ。
だから敢えて、私はここの支配人になった。
せめてここの嬢たちを守りたいと思ったのよ。
女の子たちは様々な理由で娼館にやって来るから」
カトリーヌが顔を歪める。シャルロットはポンポン、とカトリーヌの肩を叩いて、
「でもあなた達のおかげで、私の苦労もようやく報われる時が来たかも知れないわ」
シャルロットは複雑そうな微笑みをうかべた。
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