上弦の月・怪しい女たちによる勉強会②
ディアーナ・ディーセブン女男爵が、居候させてもらっている王弟・ローマン大公殿下のお屋敷の広間で、訳あり女性と未婚女性を相手に、『女性のための男と女の心と身体についての勉強会』を開催していた。
ゴシップ記事専門のタブロイド紙記者、カトリーヌと共に、その道のスペシャリストを招いてのインタビュー形式の勉強会。
目的はふたつ。女性たちの意識改革。
ディアーナは無闇やたらと政略結婚を否定しているわけではない。
国家や家格の健全な血筋形成のために必要なシステムだとは思う。
しかし政略相手だからこそ、慮ることが必要不可欠なのに、何を勘違いしているのか、女性を卑下する男性が数多存在するし、女性も女性で、政略だから仕方がないと我慢している。
アホか、とディアーナは思う。
政略ならば、きちんと完遂しなくてはならない。それが上に立つ者としての責務だろう。
『政略』を履き違えている低能男性と無力と思い込む女性にやるせなさを感じるのだ。その下で働く民たちの事を考えて欲しい。あまりに気の毒すぎる。
それに、とディアーナは思う。
転生者故に分かること。
何事にもおいて、粗末にしていると、必ずしっぺ返しは来る。
遅かれ早かれ必ず来るのだ。
反乱か革命か戦争か天変地異か。それは分からないけれど。
それにシャルロットが素晴らしいことを言っていた。
『男と女は相反する存在』そもそも同列ではない。
優劣を比べる対象ではあり得ないのだ。
それが温室育ちのお貴族様に、どこまで響くかどうかは謎だけれど・・・
それより何より、最大の目的はそこではない。
ディアーナは女装する王太子たちの席をちらりと盗み見た。
・・・それにしても美しいわね。
王太子もエドも、この勉強会に参加したいと意気込んだばかりに、嬉々としたメイドたちの手によって美しい姫君に変装させられた。淡いグリーンのドレスの王太子とオレンジ色のドレスのエド。
神妙な顔つきで扇で口元を覆っている姿は、滑稽でもあり、健気でもあった。
兎にも角にも、私はこの勉強会を完遂させましょう。
「ズバリ、男性は出す、女性は受ける、これに尽きます」
シャルロットは淡々と説いた。
「女性は体調や情緒によって、受け入れが整わないのに対し、男性は日々『出す』衝動に駆られます。もちろん、男性たち『同列』の中には優劣・強弱があり、そういう衝動が弱い男性はいます」
まぁ・・・と女性たちの囁き声がする。
「それは人類が滅亡の道を辿らないよう、天が与えた采配であります。そこを相反する女性がやいやい言っても愚の骨頂。ムダなことです」
シャルロットは息をついて、
「そういう男性の性質を理解した上で・・・」
と、妖艶な笑みを浮かべる。
「本日、ここに参加された皆さんに、殿方が歓喜する極上テクニックをお教えいたしましょう・・・」
ゴクリ、と一同がシャルロットに注視した。
シャルロットはおもむろに胸元から、イエローズッキーニを覗かせ、お胸でこう、と実践してみせた。
バッターン!!
案の定、ローマン大公のお屋敷で仕える未婚女性が失神して椅子から転げ落ちた。
端に控えていた男性医師が急いで介助に入る。
シャルロットは意にも介さず続ける。
「お胸が貧弱な方の場合はこう・・・」
ポタリ、と誰かが鼻血を垂らした。
男性医師がすかさず手拭いを渡す。
うーん、医師不足だったかしら?
ディアーナは想像以上に初心な女性たちを目にして、心配になってきた。まだまだ序の口なんだけど?
冷静なディアーナに対し、カトリーヌはペンを手に打ち震えているし、ルナなどは真っ赤になって、口をハクハクさせている。
大丈夫だろうか?酸欠にならないでよ?
その後も失神者、鼻血の女性を出しつつも、シャルロットによる実践は続き、何とか本日の勉強会を終えた。
意外だったのが、倒れたりしたのは、全てローマン側のメイドたちであり、すでに夫や婚約者のいる貴族女性たちは真剣に耳を傾けていた。
「シャルロット先生、素晴らしいご教授をいただき、誠にありがとうございました。こういう学びは他では得られることができませんから、大変ためになりました」
皆がグッタリする中、ディアーナはケロリとした表情で言ったため、シャルロットは意味あり気な笑みを浮かべた。
「こちらこそ、このような大変珍しい機会を頂き、ありがとうございます」
「さて、今日の勉強会にいらした皆様には、特別プレゼントをご用意しております」
ディアーナのひと言に、ルナとスージーがハッと覚醒する。
「マカッサルの油。イランイランの香油でございます。実はこの香油には催淫効果が期待できます。ここぞという時に、お肌に塗り込んで、お相手との濃密なひとときにお役立て下さいませ。
ただし先ほど、シャルロット先生がおっしゃっていたように、女性は体調や気分によって、その気にならない場合が多々あります。
その際には、この香油はかなりキツい匂いと感じるかも知れません。
この香油を嗅いで、気分が高揚した時、それは『そういうタイミング』であると言うことです。
それから、稀に発疹など皮膚異常が現れる方がいらっしゃいます。そういう方は即刻、ご使用をやめて下さいね」
ルナとスージーが女性たちに可愛いリボンつきの小瓶に詰められた、マカッサルの油を配る。
「・・・なんか・・・ちょっと・・・淫らな気分に・・・」
「ええ・・・なんだか、お腹の辺りがムズムズして・・・」
「・・・わたくしはお胸が・・・疼・・・いて・・・」
しばらくして、トロンと目を潤ませた婦女たちが多数現れた。
カトリーヌとシャルロットが驚きの目でディアーナを見る。ディアーナはうふ、と小首を傾げて、
「先程、こっそり香油を焚いてみたの。シャルロット先生の女性教育と、私の秘伝の香油の相乗効果で妖しい気分になってしまったみたいね。
もしかしたから、今夜お子を宿す夫人たちがいるかも知れないわ。
と言うか、この香油、絶対売れるわね」
ブツブツ言うディアーナに、シャルロットは豪快に笑った。
「ディー女男爵!あなた、最高ね!」
☆☆☆
気分高揚とした7人のご婦人たちを、それぞれのお屋敷に送って行こうと使用人たちに申しつけようとすれば、なんと、愛人と子爵家のパーティーに行ったはずの夫や婚約者たちが、別の応接間で待機していた。
事はそれぞれのパートナーが子爵家へ愛人を伴って、パーティーへ向かおうとした正にその時、婦人たちがディアーナの指示通り、とある招待状を見せて、自分もこれから大公殿下のお屋敷で勉強会へ向かうと告げたことに遡る。
意気揚々と愛人と共に馬車に乗り込みかけた夫や婚約者たちは、格上の大公殿下のお屋敷へ向かうというパートナーたちに驚愕する。
そしてその招待状を見て、賢い貴族ならば、その意味を察知するのだ。
ディアーナ・ディーセブン女男爵。
カトリーヌタブロイド紙記者。
そしてローマン大公殿下とアナスタシア公爵令嬢。
これまでの妻や婚約者に対する粗雑な振る舞いなどが、格上に知られていて、今後の振る舞いによっては、離婚、婚約破棄、爵位返上などなど、社会的な死を招くことになるのだと。
愛人と子爵家のパーティーに行っている場合ではないのだ。
パートナーを追いかけるように大公殿下のお屋敷に来てみれば、強靭な護衛たちに連れられ、全員が応接室で待機を命じられた。
妻や婚約者が妖しい勉強会で気分が高揚している最中に、男性たちは今までの自分の行いを振り返り、どんな鉄槌が下されるのだろうかと、青ざめた表情で恐々とした時間を過ごしていたのであった。
「えー、なんだ。今回は全員、迎えが来たの。
誰も漁船、鉱山送りにならないじゃないの、つまらなーい」
カトリーヌが無遠慮に叫んで、男性たちを震えさせた。
しかも我がパートナーが今まで見たこともないような潤わせた瞳で、
「「「あら、旦那様、愛人と子爵家のパーティーに行ったのでは?」」」
などと言ってきたものだから、
「「「すまない!俺を捨てないでくれ!」」」
とスライディング土下座をするしかなかったのである。
ちなみにこの土下座もディアーナとカトリーヌによって広まった『膝をついて謝罪するよりも、もっと深い謝罪の意を現す』として広まった新しい習慣である。
☆☆☆
勉強会へ参加した全員を見送った後、スージーとエドは部屋へと消えて行った。
大公殿下とアナスタシアはだいぶ前から、部屋に戻っている。
王妃殿下も勉強会が終了した時点で、お城へ戻って行った。
女性よりも男性の方が、刺激は強かっただろうこの勉強会。
王太子も扇の下の表情は悶々としているようであった。
前世の私だったらね・・・
いや、このままだと、シャルロットが王太子の放熱の手伝いを買って出そうである。
それは、なんか、イヤだ。と言うより絶対にイヤだ。
「殿下」
ディアーナは耳元で囁いた。
「大丈夫ですか?」
「うん・・・いいや・・・う、うん」
「だから刺激が強いと、お止めしたのに」
王太子は切なげに目を瞬かさせた。
ディアーナには慣れている香油も、他の人は慣れないものだ。しかもディアーナ秘伝のブレンド香油。さらにシャルロットの刺激的なレクチャーとあってはたまらない。
「・・・お手伝いしましょうか?」
えっ!!と、王太子が目を見開く。
「シャルロット先生のように、胸を貸すことはできませんが・・・そ、その・・・手とか、でなら・・・」
ディアーナが真っ赤になりつつもそう言うと、王太子はその手を取った。
「・・・その言葉の責任は取ってよね」
白いローブとグリーンのドレスの人影が手を繋いで、階段を登って行くのが、シャルロットやルナの目に止まった。
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