上弦の月・怪しい女たちによる勉強会①
さっさっさっ。
衣擦れの音が耳に心地よく響く。
今日も無事にディーディー女男爵とその仲間たちは、王太子殿下の回診を終えた。(総回診ごっこはやめた)
ギャラリーで文官たちとすれ違うが、以前のような刺々しさはなく、目を合わせないようにそっぽを向かれる。
「もう毛虫の毒毛なんて渡さないで下さいよ?バレないように近づくのは大変なんですから」
大商会の息子で、庭師見習いで、植物研究家でディアーナの侍女、スージーの恋人のエドが小さな声で囁く。
「私が直接、刺しても良かったけど、それだと、ホラ、あの文官に接近しなくてはならないでしょう?」
ディアーナは絶対ゴメンだわ、と眉をひそめる。
「・・・私だけならともかく、私の大切な仲間を悪く言うのは許せなかったのよね」
エドはディアーナらしい物言いに、ふっと頬を緩めた。
「例の文官は謎の発疹に悩まされたそうですよ」
「あらあら、お気の毒様。あの蛾の毒毛はタチが悪くて、風に乗って刺してくる場合もあるのよね。私も何回かヤラれてるのよ?実は」
ディアーナが肩をすくめると、その後ろを歩いていたベールを被って、香炉を持った背の高い女が小突いてきた。
「あの・・・あんまり、無駄口は・・・」
「はいはい」
気のない返事をするディアーナに、エドは苦笑を浮かべる。
「さっさとお城を出て、公爵家でミーティングしましょう」
明るい口調でディアーナが言った。
☆☆☆
王太子殿下の回診後、王太子の執務室で打ち合わせをしていたディアーナ達であったが、最近では、居候させてもらっている王弟の大公殿下の屋敷に移動する事が多い。
なぜなら・・・
「ふーっ。ベールってほんと、暑い。女性たちは苦労しているんだな」
そう言いながら、王太子殿下がベールを脱ぎ、放り投げた。それをスージーが器用にキャッチする。
「顔や髪を隠す女性は蒸れと暑さの戦いですよ」
ディアーナはのんびりと言うと、殿下にハイビスカスティーを勧めた。
「ハイビスカスは放熱効果も期待できます。暑い日には、ぴったりのティーです」
氷穴の氷で冷えたハイビスカスティーを、王太子は一気に飲んだ。
「うん。凄くおいしい」
実は王太子は、すぐに体調を回復させていた。
頭痛も嘔吐も目眩も、ディアーナの出す飲食しか摂らなくなると、治っていたのである。
さすが若さ溢れるぴちぴちの18歳。
だが、まだ騎士団もジギタリス混入の実行犯の特定ができていないので、しばらくは小康状態だと城内外には流していた。
執務室での書類仕事は再開する一方、こうしてたまに城を抜け出しているのだ。
しかも女装をして。これがなかなかの美女に化ける。
もちろん国王夫妻は了承済み。案外、大公殿下の屋敷の方が安全かも知れないと思っているようだ。
「ところで、病み上がりなのに本当に良いのですか?」
ディアーナが訝しげに王太子に尋ねる。
「かなり刺激が強いですよ?絶対にお勧めできません」
「うん。大丈夫。何事も勉強だから」
王太子は自信ありげに答えるが、ディアーナはあまり信用していないようだった。
☆☆☆
その日の夕方、大公殿下の屋敷の広間には、7名ほどの貴族女性と、ローマンの屋敷で仕えている未婚の侍女たちと、ルナ、スージーが並べられた椅子に、そわそわした面持ちで座っている。
その左端には、ローマン大公とひとりの白衣の男性が壁を背に座り、右端の壁際には、王妃とアナスタシア公爵令嬢、そして謎の大柄美女2人が座っている。
女装した王太子とエドだ。
彼らは女性たちの横顔を見るような配置。
そして前方には、女性たちと向かい合うように、年配の女性と、王妃殿下と同じ年くらいの女性が並んで座り、少し間を開けて、ディーディー女男爵と、タブロイド紙の記者、カトリーヌが並んで座っている。
「それでは、これから『女性のための、男と女の心と身体についての勉強会』を開始したいと思います」
カトリーヌが宣言する。
「企画主催はディアーナ女男爵。協賛が私、タブロイド記者のカトリーヌ、後援はローマン大公殿下とアナスタシア公爵令嬢であります。司会進行は私が務めさせて頂きます。
まずはディーディー女男爵、ご挨拶をお願いします」
「皆さま、こんばんは。本日は『女性のための、男と女の心と身体についての勉強会』へようこそお越し下さいました。今回はその分野のスペシャリスト、そして素晴らしい先生をお呼びしております。今まで聞きたくても聞きにくかったこと、目から鱗な情報など知ることができると思います。皆さまにとって、有意義なひとときであることを願います」
姿勢良く立っているディアーナがにっこりと微笑むと、大公殿下や王妃殿下、公爵令嬢とお偉方に見つめられ、固くなっていた女性たちが、少し緊張がほぐれたような雰囲気になる。
「ディーディー女男爵、ありがとうございます。
そしてこの素晴らしい勉強会のために力を貸して下さった、ローマン大公殿下からご挨拶を賜ります」
カトリーヌがローマン大公に向かって、頷いてみせた。
再び、ピリッとした緊張感が漂う。
「こんばんは、ミセス方。どうか緊張なさらずに、この素晴らしい勉強会を楽しんで頂きたい」
あっさりとした挨拶に、女性たちはホッとしたような表情をした。
「それでは先生方の紹介です。こちらがアルマ先生。もしかしたら、この中にもお世話になった方がいるかも知れませんね。この界隈では有名な助産師さんです」
年配の女性のことを、カトリーヌが紹介する。
「そしてこちらが、シャルロット先生。悩める女性たちの強い味方です」
胸元までの黒髪ストレートヘアと、シックな藍色のドレスに身を包んだシャルロットは、立ち上がってお辞儀をした。
「本日は男子禁制の女性のための勉強会ですが、総監督としてローマン大公殿下と万が一のための男性医師も同席されますので、ご理解お願いします」
カトリーヌは慣れたような滑らかな口調で、会を進行させて行く。
「では、まず私からアルマ先生に質問させて頂きます。女性にとって日々、心がけるべきことは何でしょうか?」
ディアーナが一番端のアルマに尋ねた。
「そうさね・・・丈夫な心と、しなやかな身体作りかね」
ゆったりとしたグレーのワンピース姿のアルマが即答した。
「・・・何となく、丈夫な身体としなやかな心、のような感じがしますが、逆なのですね?」
ディアーナが小首を傾げた。
「女性が子を宿し、産み落とすまで、誰もが順調であれ、安産であれと望む。
だけど、現状、出産は命がけで、出産のダメージで亡くなる婦女は少なくない。
亡くなる原因は多量の出血、高熱、激痛、そして原因不明の突然死。
でもそれは身体が丈夫な産婦にでも起こる。
身体は丈夫さだけではなく、しなやかさも必要なのだと、経験上、私は思う」
「・・・この王国の女性たちの出産がいかに大変なのかが分かりますね」
カトリーヌが言った。司会進行をこなしつつ、メモを取っているのでかなり忙しい。
「その一方、心は強く持っていなくてはならん。母は強くあれ。強くないと、子だけではなく、自分も守れなくなってしまう。
出産云々ではなく、心を病む婦女は多い」
「・・・どんな理由で、心を病むのでしょうか」
前世は占い師で、最近までサロンでお悩み相談を受けていたディアーナが、回答を分かっていて尋ねる。
「それは・・・それぞれさ。女の心は底なし沼のようなものだからね」
アルマは女性たちを見回して言った。女性の中には、首をすくめている者がいる。
「もし誰にも打ち明けられない悩みがある方は、こちらのアナスタシア公爵令嬢のサロンへ行くことをお勧めして、今回の勉強会は夫婦関係、その中でも夫婦生活について取り上げたいと思います」
カトリーヌがそう仕切ると、一瞬、広間にざわめきが起こった。
「夫婦生活の円満の秘訣は何だと思いますか?」
ディアーナが少し離れた横に座るシャルロットに聞いた。
「肌が合う、気が合う、それ以外にはないですね」
シャルロットがそう断言した。
「この世は相反するもので成り立っています。
天と地、光と影、昼と夜、静と動、男と女。
それはどれも相反するものであり、どちらが強いとか、偉いとか比べるものではありません。
もし、昼の方が偉いなどと言い出して、夜がなくなったらどうなるでしょう?
男の方が強いと言って、女がいなくなったら?
滅亡するのではないでしょうか。
・・・この世に必要だから、全て存在するのです。
なので、女性だからと我慢する必要はありません。
どんなに理屈を捏ねようとも、肌が合わない男、気が合わない男とは永遠に『合わない』のです」
ざわめきが大きくなる。
「とは言え、貴族社会は政略結婚ありきで、肌が合う、気が合う以前の問題ですよね」
ディアーナが残念そうな顔をして言った。
「ちなみに私は政略結婚反対派ですが」
そのディアーナの言葉に、カトリーヌも、
「あたしも政略結婚には疑問を持ってるわ。
ただそう遠くない未来は廃れて行くとも思う。
ま、一部の保守派は血統だなんだと続けるでしょうけど」
ディアーナはすっかり感心したように、カトリーヌを見た。なかなか鋭い観点を持っている。さすがは記者。ゴシップ記事ばかり書いているのがもったいない。
ただ残念ながら、現在は政略結婚で結ばれるのがほとんどで、なかなか夫婦仲を深めていけない。
現に今回、勉強会に参加した婦女たちのパートナーは全員愛人持ちだ。
しかも、まさに今この時間、ある子爵家ではパーティーが開催されていて、この婦女たちのパートナーは愛人を同伴させると宣言していた。
正直、高位貴族は参加しないパーティーだし、ハメを外せる絶好のチャンスだとでも思っていたのだろう。
これでもだいぶ、愛人を優先する旦那衆の人数は減ったのよ?
と、カトリーヌは勉強会の人選の際、笑っていた。
例の子爵家の離婚騒動で夫たちはかなり警戒をしているらしい。
「少しでも夫婦仲を深めていけるテクニックを、シャルロット先生に伝授して頂きましょう」
ディアーナが意味深な笑みを浮かべた。
いつもありがとうございます!
申し訳ありません。
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