三日月の夜の女たちの会合
ディアーナ・ディーセブン女男爵が叙爵後、大きな問題に直面したのが住居である。
社交嫌いではあったものの、将来はどこかで小さな占いカフェを開こうと思っていたので、占術やおまじないグッズ販売などで、へそくりを貯めてはいたし、資産はあると言えばある。
王都にまあまあ近い、郊外のどこかに小さな屋敷を買うことはできるかも知れないが、王城へ朝から通うことを考えると、効率が非常に悪い。
王太子殿下が、私費でタウンハウスを購入してくれるとも言ってくれたが、それはいずれは愛妾などになることを意味するので丁重にお断りした。
王宮に使用人たちの住居もあるが、偵察には良いが、逆に監視されることにもなるので、ディアーナが断固拒否した。せっかくの叙爵で自由を謳歌できるのだから、のびのび生活したい。
やはり、郊外に小さな屋敷を買うしかないか・・・
そう考えていたところ、ローマン大公殿下が、自身のタウンハウスの客間のワンフロアを貸してくれると申し出てきた。
出た、ローマン大公殿下。
ディアーナは眉をひそめる。何だかちょいちょいディアーナの前に現れては、厄介事の発端となる人物。
そもそも満月の舞踏会で、こやつがダンスに誘って来なかったら、王太子殿下の婚約破棄茶番劇を見ることはなかったし、こやつが海辺の保養地にいる王太子の様子伺いをしてくれ、なんて頼んでこなければ、現在のディアーナはいないのだ。
本当だったら、姉が伯爵家を継いだ時点で、どこか自然溢れるステキな街の一角で、占いカフェを開いて、呑気に暮らす予定だった。
こやつと関わって、メリットがあったとしたら、海辺の保養地が想像以上に過ごしやすいと知ったことだけだ。
「余計な出費をする必要はないだろう?医療・祈祷チームだって、ディアーナ嬢のボランティアみたいなものだし」
そうなのだ。命が下ったわけではなく、どっちかと言うと、ディアーナが自ら言い出したので、お給金などが発生するわけではない。
もちろん、王太子が健康を回復した暁には、ご褒美的なものはあるかも知れないが。
実際、乳母と医師とエドとトレイシーは、王太子サイドの人間なのでいいとしても、ルナやスージーのお給金は、ディアーナが支払う立場にある。
「自腹を切り続けていると、色々と嫌になってくるぞ」
ローマン大公が迷うディアーナを諭すように言った。
「貴族の不満なんて、みんな似たようなもんだ。同じ道を歩みたいのか?」
「・・・なぜそこまでして、私に関わるのです?」
ディアーナが探るように聞いたら、
「面白いから」
そうアッサリ言われて、ガクッと脱力してしまった。
「舞踏会の時から、貴族令嬢らしかぬ物言いと奇天烈な発想で、ドキドキワクワクさせてくれる」
「・・・大公殿下の生活を刺激するためじゃないのですが・・・?」
ディアーナは口を尖らせる。
「誰よりも早く、ディアーナ嬢に出会っていたら、君に恋してたと思う。アナスタシアには絶対敵わないから、現実、あり得ないけど」
「はぁ・・・言い方」
ディアーナはそれでも迷って、ルナとスージーに相談した。
結果、ディアーナとルナとスージーは、大公殿下のタウンハウスのワンフロアを無償で借りている。
部屋が多すぎて余るくらいだし、食事も出してくれるし、馬車も貸してくれるので、至れり尽せり状態なのであった。
タダより怖いものはないのだけど・・・
☆☆☆
ディアーナがたちが居候しているということで、アナスタシアも頻繁に訪問してくるし、カトリーヌもやって来る。
「今回の記事には、王太子殿下の健康状態には触れずに、祈祷について突っ込んでいこうと思うの」
カトリーヌがメモを取りながら言った。
「ディーディー女男爵の祈祷を邪魔した者は、呪われる、って切り口で」
「まぁ、怖い」
アナスタシアがくすくす笑いながら紅茶を含む。
「人の想いや祈りは重いものですから、それを邪魔したり、穢すことは、かなりの重罪ですよ?」
大真面目にカトリーヌが言ったので、ディアーナも頷いた。ディアーナが医療だけでなく、祈祷を取り入れたのはそこにある。
ヒトというのは、見えない力に畏れを抱くものだ。
チームを見えざる力で守る。実際に守られているかは別として、無闇に手を出されないようにする。
聖職者になんかしたらバチが当たりそう、的なソレ。
「実際、私の存在を疎んじている貴族たちもいるのね。だから今日、仕込んでやったわ」
ディアーナがしたり顔で言ったので、アナスタシアとカトリーヌがディアーナを見た。
「仕込んだって何を?」
「チームをバカにしたら、どうなるかって仕込み。私たちを見ると舌打ちする文官オヤジがいたので、今日すれ違いざまに・・・」
「すれ違いざまに?」
カトリーヌが目を蘭々とさせて、聞いてきた。
「毒蛾の幼虫の毛を首筋に仕込んだわ。今頃、謎の痒みに悩まされているはず。皮膚が弱かったら、さらにかぶれるでしょうね。ふふふ。お気の毒さま」
アナスタシアとカトリーヌがキョトンとして、それからカトリーヌはゲラゲラ笑い出した。
「いい!それいい!『祈祷なんて効果あるのか?時間の無駄では?疑惑を抱いた官職、謎の発疹』なんてどう?」
「貴女、いつもボケッとしているし、虫も殺しません、なんて顔している割に、大胆なことをしますのね」
アナスタシアが半分呆れたように言う。
「・・・言い方。やはり恋人も似るものなのですね。
殺しませんよ。ちょっと毛を抜いただけ。
たまたまガーデンを歩いていたら、毒蛾の幼虫がいたのです」
「・・・毛虫を触れるの?」
恐々聞いてくるアナスタシアに、
「そりゃあ、植物と虫は切っても切れない関係ですから。もちろん、素手では触りませんよ?私のおててまでかぶれちゃう」
ディアーナが肩をすくめ、茶化すように頷いた。
「・・・ずっと考えていたことなのですが、王妃様も毒を盛られていたかも知れませんわ」
アナスタシアが神妙な顔をする。
「ここだけの話にして下さいませね・・・
王妃殿下は・・・第二子を流産されて・・・」
「「えっ」」
ディアーナとカトリーヌが同時に声を上げた。
「公にはなっていませんわ。でも順調に育って出産されていたら、王太子には弟か妹君がいたってことになりますわね」
「・・・もう王妃殿下にはお子は望めないのですか?」
ディアーナがアナスタシアに尋ねると、カトリーヌは目を見開いた。
「え、ちょ、な、何言ってるの?ディアーナ?まさか、この期に及んで、王妃殿下がご懐妊すれば、とでも?」
「王妃殿下は現在35、6歳でしょう?出産経験があるなら、特別難儀ってことにはならないのでは?」
いつものように、コテンと首を傾げて、ディアーナは事もなげに言う。
「・・・そうだけど、体を常に動かしている農婦じゃあるまいし・・・」
アナスタシアが不安そうな目をして、カトリーヌは疑わし気に呟く。
「まあまあ、ただのいち個人の願望です。お子は天からの授かりものですから」
ディアーナはそう言って、のんびりと紅茶を口にした。
少し離れたところで、女性たちの話を本を読みながら聞いていたローマンは、くすりと笑って、
「やっぱりディアーナは突拍子もなくて面白い。もし、仮に王妃殿下が懐妊したら、凄いことになるぞ。
まあ、考えられないけどな」
と独りごちた。




