三日月の朝の女男爵の総回診
ざっざっざっ。
ディアーナ・ディーセブン女男爵を筆頭に、数名の男女が神妙な面持ちで、王太子殿下の私室に向かうギャラリーを歩いている。
前世で言うところの大学病院での、
『○○教授の総回診です』みたいなアレ。
それを意識してか、しないでか、ディアーナは白いローブを羽織っている。ローブの胸元には、セブンとディーの刺繍入り。その刺繍はカトリーヌの記事を読んだ例の刺繍の得意な男爵令嬢が、お祝いにと贈ってくれた品。タペストリーの作成もあって忙しいのに、ローブに刺繍を入れてくれたのだ。
「ディーディー女男爵様がお越しになりました」
執事が王太子に声を掛けて、身体を起こすのを手伝う。
「ご機嫌はいかがでございますか、王太子殿下。
朝食のパン粥とジュースをお持ちいたしました」
ディアーナとその仲間たちがズラリと並ぶ。
女男爵家の侍女頭、ルナ、侍女のスージー、護衛官トレイシー、主にバラが専門だが、植物研究家のエド、医師、先日一緒にガーデン巡りをした中年女性、実は王太子殿下の乳母だと言う。
ディアーナに対して、かなり懐疑的で警戒していたようだが、真摯な態度と並々ならぬ覚悟を見て、信用してくれたようであった。
☆☆☆
「この毒を盛った人物の特定は、当然しなくてはならない事ですが、私たちのチームは、何よりも殿下の健康回復に全力で務めていきたいと思います」
医療、祈祷チームが結成されて、初めての顔合わせの時、ディアーナは開口一番に言った。
「ヒトの血液が回復するのに、数日から数ヶ月。皮膚が1ヶ月、内臓は数ヶ月から数年は掛かると言われています。まず目標は2週間。2週間後に殿下がどの程度回復されるか・・・皆さまご協力お願いします」
エドが手を上げて発言した。
「毒については、症状から見て、ディーさんの見立て通り、ジギタリスで間違いないと思います。
ジギタリスは薬効としては強心の効果がありますが、反面副作用も強いので、最悪の場合は死に至ります」
続いて新顔の若い医師が言う。この医師の選定は王妃殿下が行っていた。
「幸い、心臓に影響は及んでいません。しかし、頭痛や吐き気、めまいが起きているので、慎重に診ていきたいと思います」
医師の言葉にエドも頷いた。
「ジギタリスの解毒法は、まだ解明されていません。対症療法で進めて頂きたいと思います」
「そうね。まずは対症療法で行きましょう。吐き気が落ち着いたら、体力回復も併せたいですね。体力がなければ始まりませんから」
ディアーナが同意すると医師に言う。
「もし薬師が必要でしたら、遠慮なくおっしゃってくださいね?」
「今のところはこのメンバーで問題ないと思います。
ディーディー様も薬草についてはお詳しいようですし、植物研究家のエド様もいらっしゃるので」
「分かりました。皆さんも何か気になること、必要なもの等、ありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいね。今回は一切の妥協はなしです」
「「「承知いたしました」」」
☆☆☆
頼もしい人材が集まったとディアーナは思う。エドやトレイシーとは集団デートでも会っていたし、不思議な縁を感じるざるを得ない。
「・・・このパン粥、凄くおいしいね。病人食とは思えない」
王太子が感心したように言う。
「ハチミツとラズベリージャムを混ぜています。胃腸に優しいので、安心してお召し上がりください」
ディアーナが答えると、王太子は拗ねた口調で、
「ディー、食べさせて」
とねだった。
「・・・え?」
ディアーナが困惑したように眉を寄せる。
「食べさせてくれないといやだ」
また始まった、とルナとスージーが顔を見合わせる。
ディアーナが伯爵籍から抜けて、女男爵を叙爵してからというもの、ディアーナに対する王太子の執着が目に余る。
先日などは、ディアーナにお城に泊まれ、などとしつこく食い下がっていたのだ。
「お食事が終わらないと、ディーとセブンがお側に来れないですよ?」
ディアーナは執務室で待っている兄妹猫をダシにしたものの、王太子には通用しなかった。
「だから、早く食べさせて」
便利な『だから』だこと。
ディアーナは苦笑しつつも、はいはい、と返事をして、王太子の口元にスプーンを運ぶ。
王太子の気持ちが不安定になっているのが、よく分かるのだ。
毒物の混入など、腹黒陰険貴族社会では、ありがちなこと。
でも護衛がしっかりしているはずの王城ですら、誰が味方か、裏切り者か、一見だけでは分からない。そこが恐怖である。
だからこその医療、祈祷チームなのだ。
当然、祈祷を率先して行うのはディアーナである。
占い師であって、祈祷師ではないのだか、占いも、呪ないも、呪いも似たようなものだ。
祈願も祈祷も似たようなものであろう。
食事と健康ジュースを摂った後は、大真面目にディアーナが祈祷を捧げる。
祈祷時は、皆引いた感じで眺めているのだが、ただひとり、王太子の乳母だけは一緒になって、熱心に祈祷を捧げていた。
祈祷も終わり、薬草園で薬草の調達と、チームのミーティングを行うため、王太子の寝室を出ようとすると、王太子に咎め立てられた。
「傷心の僕を置いて、さっさと出て行くんだ?」
「殿下のために、薬草を摘みに行って、ミーティングをするのですよ?」
ディアーナが優しい口調で言う。
「僕はひとりきりで。みんなは集まって」
それから王太子は面白くなさそうに、
「いいよね。トレイシーのペニー氏だとか、エドのペニー・キノコ氏だとか。楽しそうで」
嫌味をタラタラこぼす。
ディアーナはギョッとした。
誰よ、この話を殿下にしたのは。
毒物混入も言語道断だが、病人にペニー氏の話はナンセンスである。
「僕をひとりのけ者にして・・・」
ブツブツ文句を言い続けるので、ディアーナはやれやれ、とため息をつきつつ、王太子の耳元で囁いた。
途端に王太子が真っ赤になる。
「では、行って参りますね」
頬を染めた王太子を残して、ディアーナの朝の総回診は終了した。
扉越しに、執事のうろたえた声と殿下のパニックになっている聞こえる。
「殿下っ、どうされました?」
「僕の、僕が、いや、僕のペニー氏を、ディーがっ!」
ディアーナが小さく笑っていると、ルナが興味深々に尋ねてくる。
「お嬢・・・いや、女男爵様、何と言ったんです?」
「それは、殿下と私のヒミツよ」
「えー、ケチ」
ルナが唇を尖らせた。
いつもありがとうございます!
申し訳ありません。
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