新月!女男爵爆誕!その名とは?
ディアーナは一気に老け込んだ気分に陥った。
王城のプライベートゾーンなど、足を踏み入れたくはなかったからである。
アウェイ感を抱きつつ、王太子殿下の私室に向かうギャラリーを、護衛や付き人たち御一行と歩いているだけで疲れてきた。
当然ながら、ここまで来たことがない。せいぜい王宮庭園と大広間くらいまで。
・・・ところで、私、生きて帰れるわよね?
本日のディアーナは珍しくダークグリーンのドレス姿。ストレートのブロンドヘアは上品に編み込んである。ルナ達渾身のメイクは、どこからどう見ても優美な伯爵令嬢そのもの。
・・・ほんと、我ながら化けたと思うわ。
そのルナもディアーナの後ろから、兄妹猫が入ったバスケットを手に、しゃなりしゃなりとついて来る。
・・・ああ、やだ帰りたい。帰ってドレスを脱ぎ捨てて、香を焚いていたい。
もちろん、私がお見舞いに来ると決めたんだけど。
そうこうしている内に、王太子の私室前に着いた。まずは護衛に声を掛け、執事が入室する。廊下で待っている間、御一行の中にいた護衛官のトレイシーとディアーナがチラリと目を見交わした。
ふうん。トレイシー様のペニー氏ね。いや、見ないけど。
ようやく王太子の私室に入る。豪華ながらも落ち着いた執務室。そして重厚な扉の向こうの寝室には、静かに横たわる王太子殿下の姿があった。
「でん・・・」
ディアーナが声を掛けるより先に、ルナが開けたバスケットから白猫ディーが飛び出して、ベッドに駆けていく。
なんか、デジャヴ・・・
ディーが元気にピョン、ピョンと椅子、ベッドに飛び乗ると、王太子は目を細めた。
「ディー、しばらく見ない内に、大きくなった?」
ニャア!と鳴いて、ゴロゴロ甘えている。
執事たちの手を借りて、王太子は上半身を起こした。
「ディーもここへ」
今度はディアーナを手招きする。ディアーナは簡単に挨拶をすると、ベッド横に置かれた椅子に座った。
「体調は・・・いかがですか?」
「頭痛と吐き気が続いていてね・・・動き回ると目眩を起こすから、静養させてもらっている。城に戻ったらこのあり様だよ。情けない」
「・・・あとで薬草園とガーデンを見てもよろしいでしょうか?」
「うん。好きにするといいよ。一緒に行けないのが残念だけど。でも来てくれて嬉しい」
片手で妹猫ディーを抱き、空いた手をディアーナに差し出す。ディアーナはそっと両手で包み込み、さりげなく相を見た。
・・・水分が足りてないわね。吐き気がするって言っていたから、飲食を控えているのだろうか。
「ディーのジュースが飲みたい」
ボソリと王太子が呟いて、ディアーナの手を握る。ディアーナはぐるりと寝室を見回して、
「殿下の私室にはミニキッチンつきパントリーがあるので、ここでジュースを作ることは可能ですよ」
と頷いた。
「ホント?」
王太子が嬉しそうに言う。
「後で薬草園と果樹園で見繕ってきますね」
そうしてしばらく王太子はディーと、それから気まぐれにベッドへやってきた兄猫セブンと戯れ合う。
「海辺にいた時は、凄く体調が良かったのに」
王太子がため息をつく。
「・・・ちょっと、薬草園へ行ってきます」
おもむろにディアーナが立ち上がって、トレイシーを見た。
「一緒に来て頂けるかしら?」
「もちろん。お供いたします」
ディアーナはトレイシーとルナと付き人と4人で、季節のガーデンへと向かった。ディアーナがじっくり眺めていると、やっぱり、と呟く。
「何がやっぱり、なんです?」
「王太子殿下は毒を盛られているわ」
「「えっ!!」」
トレイシーとルナが声を上げた。
「毒、と言うと語弊があるわね。薬としても使えるから。でも使用量を誤ると毒になるわ」
ディアーナは付き人の中年女性をチラリと見て、
「多分、殿下はここ最近、コレを盛られていたと思うわ。善意なのか、悪意があってのことなのかは分からないけど。でも具合を悪くしているのだから、善意とは考えられないわね」
付き人はディアーナの話を聞いても、少しも表情を変えなかった。
「その、毒?薬?って、何なんです?」
ルナがディアーナに尋ねると、ディアーナは一部葉の切られた鈴なりの植物を指した。
「・・・ジギタリス?」
ルナが言った。
「そう、ジギタリス。旬は春だけど、手入れ次第では夏越しもできるわ。強心としての薬効もあるけど、猛毒植物よね」
それから薬草園、ローズガーデン、温室、果樹園等々を巡り、バスケットにレモングラスやラズベリー、ラズベリーリーフを詰めて、再び王太子の私室へ戻って行く。
ガーデンからの回廊を歩いていると、向こうから見知った顔がやってきた。
ディアーナたちを確認するや否や破顔する。
「ディー様っ!」
海辺の別荘地で集団デートに参加していた、王太子側のメイドだった。
「お久しぶりね。Aちゃん。ご機嫌いかが?」
「ありがとうございます。おかげさまで何とか。ディー様、わたし達、ディー様がお城へ上がられることを心待ちにしていたんです」
「あら、そうなの?」
ディアーナは意外そうに言った。王太子側の人間だから、どこの馬の骨とも分からない令嬢など、嫌なものだと思っていたのだが。
「あの時の3人は全員、月の女神ディー様の大ファンですよ」
付き人が訝しげにディアーナとメイドを交互に見ていた。メイドが馴れ馴れしく伯爵令嬢を愛称で呼んでいるのに、本人はおろか、誰も咎め立てないからだろう。
ディアーナとしては、あの集団デートの内容を外部に漏らさなければ何だっていい。
外野って色々とうるさくて面倒だから。
「うふふ。ありがとうございます。私も貴女方が大好きです」
にっこりと笑顔で応じると、Aちゃんは撃ち抜かれたように頬を染めた。
「・・・だから、どこでそういうの覚えたんです」
背後でルナがブツクサ呟いている。
Aちゃんは颯爽と自分の持ち場へと戻って行った。
☆☆☆
毒味役に出した後、ディアーナはラズベリーリーフとレモングラスのデトックスブレンドティーと、お茶請けにラズベリーを王太子に出した。
「これから毎日、殿下は、私たちが作ったもの以外、飲食なさらないで下さい。プロジェクト名『海辺の健康よ、もう一度。パーフェクトデトックスの巻』です」
「毎日?」
様子を見に来た王妃殿下が目を丸くする。
「はい。朝昼晩、毎日三食、おやつまで、です。
せっかく生命線を100歳まで伸ばしたのに、台無しにしてくれて。健康な100歳でないと意味ないのに」
ディアーナが心底ガッカリしたように言ったが、一同は呆気に取られている。
「毎日朝昼晩って、言うほど簡単ではないのよ?」
王妃殿下が念を押す。
「前に言ったわよね?できない約束はしないようにって」
「・・・お言葉ですが、現状で、王太子殿下の命より、大事なものってなんでございましょう?」
ディアーナは小首を傾げると、逆に聞き返した。
「サロンはアナスタシア様にお任せしてあるし、学園はとうに卒業済み。懸念があるとしたら、伯爵家のことです。
万が一、王太子殿下に不測の事態が生じましたら、私は刑に処されるのもいとわないのですが、伯爵家に迷惑をかけるわけにはいきません。
なので、王妃殿下。ワタクシ、一代限りの男爵籍を賜りたくお願い申し上げます。
ちょうど王太子殿下の婚約破棄茶番劇、いえ解消の際に、なんちゃって愛人役のさげまん男爵令嬢がいましたよね?
あちらの男爵籍、空いていると思いますが」
淡々と話すディアーナを王妃と王太子はまじまじと見つめている。
「確かに例の騒動で爵位返上していたわ」
王妃はそう言ってから、またまた笑い出した。
「ディアーナ!あなたって本当に面白いわね!いいわね!女男爵!」
「私もその方が誰にも気兼ねなく、自由に動けます。名前はディアーナ・ディー男爵。ディーディーでお願いします」
登城の際は、あんなに憂鬱そうにしていたディアーナが、突然、男爵籍を賜りたい、などと言い出して、ルナは腰が抜けそうになっていた。
ディアーナはとにかく許せなかったのだ。
社交を嫌っていたのは、こういうところ。
貴族なのに陰湿なイジメ。嫌がらせ。犯罪まがいのこと。
そして人を弱らせるために、植物を悪用することが許せない。
しかも相手はイケメン王太子。
爵位を購入しても良かったけれど、まぁ、アレよ。
へそくりは海辺のカフェの開業資金にしたいし。
別荘地やサロンでそこそこ頑張ったから、ね?
ご褒美を頂いてもバチは当たらないわよね?
ディアーナが王太子に誠心誠意、仕えることを示したものの、当の王太子は複雑な心境だった。
伯爵籍から抜けるということは、婚約者候補を固辞する、という意志表示のようにも受け取れる。
☆☆☆
1週間ほど経った新月の日、カトリーヌのゴシップ記事が載ったタブロイド紙が、史上最高の売り上げを叩き出した。
D . D女男爵爆誕!
医療・祈祷チームを結成!
王太子殿下は毒殺されるところだった?
メイドは語る!『王太子殿下は健康でした。段々と弱っていったんです』
王太子を巡る陰謀を正義の女男爵は暴けるのか!?
カトリーヌ、やりすぎ、盛りすぎと、ディアーナ女男爵がタブロイド紙を読んで、眉をひそめたのは言うまでもない。
ちなみに、ディアーナ・ディーで申請しようとしたところ、兄猫セブンが拗ねてしまったため、正式女男爵名はディアーナ・ディーセブンとなった。
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