更待月の初対面
アナスタシア公爵令嬢。王太子殿下のいとこで元婚約者で、国王の年の離れた弟・大公殿下の現恋人。
目の覚めるような美貌。そして物凄いオーラがある。
生粋の公爵令嬢って、ケタが違うのね、などとこれまで社交とは無縁だったディアーナは内心考えていた。
でも、ディアーナは彼女がキライだ。
「ご挨拶をさせて頂くのは初めてです。当サロンの女主人、ディアーナでございます」
「・・・ノースリッチ公爵家のアナスタシアよ。
コーヒーを頂ける?今日一日紅茶ばかり飲んでいたので」
アナスタシアは王妃殿下の側仕えが引いた豪華な椅子に、無駄のない美しい所作で腰を下ろす。
「・・・かしこまりました。お茶菓子はいかがなさいますか?」
普段なら黙って記録している側仕えが、自ら動いているのも、ディアーナは何だかなーと釈然としない。
公爵令嬢相手だから、ルナなどには任せられないとでも言うのだろうか。
だが、当のルナはガチコチに緊張していて、棒のように突っ立っていた。
「マカロンをお願い」
「かしこまりました」
側仕えが素早くパントリーに消える。
アナスタシアがシンプルなマカロンを選んだのが、少々意外であった。
この王国のマカロンは、前世にあったような可愛くて、色鮮やかなマカロンではないからだ。卵白とアーモンドと砂糖を混ぜた素朴な焼き菓子。
・・・それでもキライには変わりないけど。
「ディアーナ様、単刀直入に申し上げますわ。こちらのサロン、わたくし達、公爵家に任せて頂けないかしら?」
ディアーナは無言でアナスタシアを見つめた。
「貴女の評判は聞いていますわ。でもたったひとつ、大きな問題がありますわよね」
相変わらず無言のまま、ディアーナは先を促す。
「公爵家や侯爵家のご令嬢たちが来られませんのよ」
ディアーナはウンザリ気味に目を細めた。
確かに、たまに来る侯爵令嬢は、虐げられた令嬢など、ワケありがほとんど。そして公爵令嬢は来訪したことがない。
それはもちろんディアーナが拒否しているわけではない。そっちが見栄だかプライドだか知らないが、抽選会に参加しないだけだ。
「公爵家が責任者になれば、もっと層が厚くなりますわ」
「・・・そういうお話は王妃殿下へされて下さい。
王妃殿下が公爵家に任せると判断されたら、私はその指示に従います」
ディアーナがやっと口を開く。
「貴女が自ら辞退して頂かなくては、話が通りませんわ」
アナスタシアが冷たい口調で言うと、
「王妃殿下の指示に従うまでです」
同じように無表情にディアーナが返した。
存在感もオーラもあるけれど、最低最悪の自己中心的ぶり。
お金も権力もある公爵令嬢なのだから、勝手にサロンでも何でも開けばいい。そこに超セレブ令嬢を呼べばいいではないか。
でもそれでは意味がないのだろう。
王妃殿下直々のサロンであることが、きっと彼女たちのステイタスなのだ。なんて意地汚いのかしら。
「・・・ローマンの言う通り、すっかり嫌われているみたいですわ」
ローマンの名前に、ディアーナはピクリと反応した。例の貞操帯、許すまじ。
「みたい、ではなくキライです」
ディアーナがピシャリと言うと、アナスタシアが息を飲んだ。
王城で働くお父様には悪いけど、私は権力には屈しないのよね。
そもそも我が伯爵家は代々どこの派閥にも属さない中立層にいるのだ。そう、権力には媚びません、絶対。
「舞踏会で嫌味なカラーに身を包むやり方も、パーティーにハニートラップを仕込むやり口も、卑怯すぎて無理です」
「・・・高位であればあるほど、父兄の力は絶対ですわ。女なんて、本当に非力ですの。
あれは、わたくしなりの反抗心でしたのよ」
「だとしても、王太子殿下を貶め、傷つけた貴女のことは嫌いだし、指示に従う気もありません」
「王太子を好いていらっしゃるのね」
え?と言うように、ディアーナはキョトンとした表情になった。
なんだか、アナスタシアには言われたくない気がする。
「お願い、ディアーナ様。このサロンを公爵家に任せて頂けないかしら?
深く深く傷ついて、悩んでいる公爵家や侯爵家のご令嬢も少なくないのです。
でもどうしても伯爵家の貴女には、格上の矜持が邪魔をして頼れないのです」
アナスタシアが懇願するのを、ディアーナは冷めた目で見つつも、コテンと小首を傾げて言った。
「でしたら、アナスタシア様が公爵家の財力と権力にモノを言わせて、公爵家、侯爵家令嬢の専用サロンでもお作りになったら、良いのではないでしょうか。
深く深く傷ついているご令嬢の力に、本気でなりたいとでもおっしゃるのですか?」
「・・・もちろん、力になれたら良いと思っていますわ。でもここでやらないと意味がありませんの」
アナスタシアはキッパリと言った。
「だって、ディアーナ様には登城して頂かなくては」
「え・・・なんかそのサロンへの異常な執着が怖いのですが・・・」
「「え?はっ!?」」
ディアーナとアナスタシア、両方の声が揃った。
「私がお城へ行くって・・・?」
「・・・実は、王太子が床に伏せっておりますの。
殿下はうわ言で「ディー、ディー」と呼んでいらっしゃるのです」
「まさか・・・え?そんなに具合悪いのですか?
でも・・・王妃殿下はそんな事、ひと言も・・・」
「王妃命になることを危惧されたのでしょう」
アナスタシアは目を伏せた。
「どうか王太子殿下のお側に・・・今は小康状態ですわ」
するとどこからともなく、白猫ディーが現れた。
そう。この子だって『ディー』だ。
ディアーナが抱き上げると、逃げることもなくされるがままとなっている。
「貴女がお城に通っている間、しっかりサロンを守らせて頂きますわ」
「・・・何だか、とても紛らわしい言い方をされたのですね」
ディアーナは色々な意味で疲労を感じた。
いけ好かないセレブお嬢様による、サロン乗っ取りだと思っていたからだ。どうも誤解だったらしい。
考えてみたら、今朝、側仕えの彼女が『余業がある』と言っていたではないか。
王妃殿下がアナスタシアのサロン訪問を許可したのだろう。
「サロンへ異常な執着はございませんが・・・
わたくしも、王妃殿下と貴女と同じ思いでおります。
女性たちの境遇の改善。選択の自由を広げること。
だから、どうぞわたくし達に任せて、ディアーナ様はお城に上がって、殿下のお側にいらして下さい」
ディアーナがそれでも返事をためらっていると、ディーが
「ニャア!」
と代わりに返事をしたのだった。
いつもありがとうございます!
申し訳ありません。
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