更待月(ふけまちづき)の日!ついに高位貴族令嬢登場!
「本日は余業をして頂きます」
朝の打ち合わせで、王妃殿下の側仕えの女性が、くいっと眼鏡を直しながら、居残りをしてもらうと淡々と言った。
何事か、と目を見交わすディアーナとディアーナの専属侍女、ルナ。
どうしてだろう。こういう時って、イヤな予感しかしない。
そのせいかどうか、看板猫たちはどこかへ雲隠れしている。隠れるところは、パントリーか控え室なんだけど。
☆☆☆
本日のお客の中に、タブロイド紙の記者がいた。
自己紹介カード、前世でいう名刺をもらう。
カトリーヌという名前と、出版社名が書かれていた。
サロンを度々記事にして紹介しているから、こんなに大人気なのだと、カトリーヌにドヤ顔で言われたので、ディアーナとしては隠れ家的にひっそりと運営したいと言ったら、大層驚かれた。
「王妃殿下お抱えなんて、普通は自慢しまくると思うけど」
カトリーヌは物珍し気にディアーナを見つめ、
「まぁ、だからこその人気なのかも」
そうしてモカコーヒーとパンケーキを口にしながら、
「バカ売れしたのは、王太子殿下と公爵令嬢の婚約破棄の時と、子爵夫妻の離婚劇の記事よ。
みんなヒトの不幸が大好物ねー。
そうそう、漁船で海に出た元子爵がその後、どうなったか知ってる?」
いいえ、とディアーナが首を振れば、カトリーヌはクスクス笑いながら、
「すぐに船酔い。それから重労働に根を上げて、港の近くに来たら、海に飛び込んで、泳いで逃げたらしい」
「まぁ」
「現在、港町の未亡人に囲われているって情報が入ったわ。ゴキブリ並みの生命力よね。裏が取れたら後日談として記事にするつもり」
確かに、子爵夫人も『夫が労働なんてできるわけない』と言っていたが、あの体たらくでは、結局、女の世話、いやヒモになるしかないのだろう。だったらもっと女性を大事にすれば良いのに。
ひとしきり、新聞社の不平不満、愚痴、を言いまくった後、カトリーヌはディアーナの手を両手でぎゅっと握り締めた。
「あたしは断然、ディアーナ派だからね」
「・・・ディアーナ派?」
ディアーナが怪訝な顔をして聞き返した。
「王太子の婚約者候補に、あなたがトップで立ってるの。伯爵以下の貴族令嬢と平民は、ほぼディアーナ派だと言っても過言でないよ」
「ええっ!!なんでそんな事に・・・」
戸惑い気味のディアーナ。
カトリーヌは別にそんな事をする必要がないのに、声を潜めた。
「前まで一番候補だった侯爵令嬢なんだけど・・・
実は今、行方不明なのよね」
「えっ!どうして?」
ディアーナは仰天して尋ねた。
「王太子殿下が侯爵家との関わりを拒絶した後、侯爵は怒りに任せて、ご令嬢を修道院へ送ろうとしたみたい。
よっぽど王家と外戚関係を築きたかったんでしょう。
だけど、護送中に人攫いにあったようなの」
「ひ、人攫い?」
心臓がドクン、と嫌な音を立てた。
「高位貴族令嬢だからねぇ?外国へ売られるかも知れない。娼館・・・は、足がつきやすいからないかな。バレたら、娼館ごと潰されちゃう。でもこっそり匿われる可能性はあるかも」
淡々と話すカトリーヌに対して、ディアーナは冷や汗が流れていた。
「・・・人身売買って頻繁にあることなのかしら?」
「あるもなにも」
カトリーヌは指を立てて、口元に当てる。
「黒幕は絶対に大物貴族だと思う」
「貴族・・・」
「孤児院、救護院、教会、修道院、学校、街中、どこでだって誘拐、人身売買は起こっているわ。お金を得たい、愛玩として囲いたい、奴隷として使い潰したい、それから・・・」
カトリーヌはディアーナの耳元に唇を寄せて囁く。
「儀式で使いたい」
「・・・・・・」
「どこにでも頭のネジがぶっ飛んでいる人っているのよね。若返りたいから、処女の血を飲むとか、病気を治したいから、子どもの内臓食べるとか、人柱にしたり、生け贄にしたりとか、ね・・・」
目眩がしそうになってディアーナは息を吐いた。
どこの世界でも同じような事が起きている。
平和な王国だと思っていたのに。
違う点は、移植手術まで医学が発達してないところか。
前世では、性ビジネス、労働、儀式の他に、臓器売買も横行しての人身売買だったから。
「・・・他人の血を飲んでも、病気になることはあっても、若返ることはないわ」
そう言いながら、よくぞベティは無事に王都まで来てくれたとディアーナは内心、天に感謝した。
「あたしもそう思うけど、思考のヘンな人はヘンだから・・・」
「・・・カトリーヌさんは、この国の一番の問題点って何だと思う?」
ディアーナが尋ねると、カトリーヌは目を細めた。
「カトリーヌ、でいいわ。
・・・全てにおいてアンバランスでしょう。
王都と地方。王家と貴族。貴族と平民。男と女。
地方には中央の目が届いていないし、地方領主、武力派貴族は結構、力をつけている。格差差別は広がる一方だし、女は力も権利もない」
「はぁ・・・」
ディアーナは肩を落とした。せっかくのお気楽ニートライフがなんだか遠ざかって行くようだ。
「でも少しずつ変化もしてきてるよ。
まずはあたしのような伯爵令嬢が記者になった。
すっかりガサツになっちゃって、全然令嬢らしくはないけど。
それから、このサロン。
雇われ責任者はこれまた伯爵家のご令嬢。
そしてこのサロンに来た女性たちの選択肢は広がった。
女性の終着点は結婚や修道院だけでない、って教えてもらえるようになったの」
「まるで亀の歩みよね・・・気が遠くなりそう」
カトリーヌはポンポンと、ディアーナの腕を叩き、
「まずば自分が幸せであること。
それから身近な人たちを幸せにする。
それをどんどん広げて行くしかないわ。
あたしはペンで人の心を動かす。
ディアーナは語ることで人を動かす。
あたし達、とても感覚は似ていると思う」
そうして、掲げてある標語を指した。
「いいよね。これ。
『尊ばれぬ者、誠の貴族にあらず』
『幸せは他人に与えられるものではない』
本当にその通りだと思うわ。
この標語、今回の紹介記事に載せるね」
ディアーナは頷いて了承した。
これからも文のやり取りなどで、交流を深めていこうと互いに約束もし合った。
☆☆☆
ラストのお客が帰り、皆で片付けをしていると、控え室側にある奥の扉が開いた。
王妃殿下や王太子殿下が来訪の際、その扉が使用されるので、てっきり王妃殿下がやって来たのだと思っていた。
だが、現れたのは、銀髪ロングヘアをなびかせ、深い赤色のドレスに身を包んだご令嬢。つんとした佇まいは圧倒的な存在感がある。
ルナが驚きで目を見開き、そして小さな声を上げた。
「・・・初めまして、よね?ディアーナ様」
なんと王太子殿下の元婚約者、アナスタシア公爵令嬢がサロンにやって来たのだった。
いつもありがとうございます!
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