居待月にブスが叫ぶ!?婚約破棄されたのは不細工だから?
「いいわよねぇ、美人って」
この客人はサロンに現れるなり、挨拶も端折って女性陣を舐めるように見つめると、唐突に言った。
「あ。あなたは地味だけどね」
と、オフホワイトのシースドレスのディアーナを一瞥すると、冷やかに言う。確かに派手さもなく、シンプルな鞘のようなドレス。胸元が寂しいので、レースがあしらわれているが、ふんわりしたデイドレスのルナ達の方が華やかに見える。ブロンドストレートのヘアスタイルと青い瞳は、この王国貴族令嬢だと珍しいわけではなく、普通である。
一方、客人である男爵家のご令嬢。肌が白いので、顔に散らばるソバカスが目立っている。明るい赤色のカールっ毛は大きく膨らんでいる。前世で言うところの控えめなアフロヘアというところか。
「・・・ご注文をどうぞ」
刺々しい口調でルナがメニューを差し出した。主が見くびられて不快なのだ。
「何よ、その言い草。見かけは可愛いらしくても、感じ悪いわね」
男爵令嬢はさらに刺々しい態度で言い返す。
「こっちはれっきとした貴族のお客様よ」
「それは大変失礼いたしました。本日は朝採れのミントティーがお勧めでございます」
ディアーナがおっとりのんびり詫びた。
「地味おばさんは、ちっとも反省している感じじゃないけど、まぁ、いいわ。わたしは寛大な貴族令嬢だから」
そうしてメニューを見もせずに、
「この店で一番高いお茶とお菓子を出してちょうだい」
などとのたまった。
青筋を立てるルナを、ディアーナが目の端で捉える。おばさんと呼ばれたものの、多分、同世代か、ディアーナよりも少し年上ぐらいだろう。
「当サロンは王妃殿下のご厚意により運営されているので、商品に値段はついておりません」
「客は無料でも、仕入れには価格があるでしょう。一番高い食材のものを出して」
男爵令嬢はスッパリと言い放った。
「そうですね・・・オーガニック栽培のカモミールティーなどはいかかでしょう」
ディアーナが尋ねた。
「カモミール?そんなに高いものじゃないじゃない。そこら辺にも生えているでしょ」
「王宮の薬草園で採れた新鮮かつ、高品質のカモミールです」
ディアーナがぽやぽやした表情でしれっと答える。
「ふうん、じゃあそれで。お菓子は一番高いケーキにしてね」
ルナは笑いそうになったのを堪え、かしこまりましたとメニューを受け取った。とんだ高級カモミールね、そんな悪い顔をしている。値段で言えば、この男爵令嬢の言う通り、安価なハーブだからだ。
「・・・わたしはブスだからと言う理由で、婚約破棄されたの」
ムスッとした表情で令嬢は愚痴り始める。
「小さい頃から、ブスブス言われて。貴族社会は見た目重視だから、ほんと肩身が狭かったわ。やっと商家の嫡男と婚約したものの、浮気されて婚約破棄。
『ブスなお前には結婚なんてもう無理だろうな!
と言うより、俺がブスなお前が無理なんだけどな!』
が、最後の言葉だったわ」
「・・・さっきから、ブス、ブスって、どこがブスだと思うのですか?」
コテン、といつもの様に首を傾げて、ディアーナがさらっと聞いた。
「はあ?何言ってんの?このソバカスも、釣り上がった目も、しゃくれ気味の顎も、暴発したようなくるくる髪も、ブスを全部、揃えましたって顔でしょうが!」
「・・・じゃあ、あなたはソバカスのある人はブサイク、って言うのですね?
釣り上がった目の人もブサイクだし?
顎がしゃくれていたら、その人はブス認定ですか?
きつい癖毛もブスなんですよね?」
「え・・・」
男爵令嬢はディアーナの言葉に勢いが削がれた。
「私はあなたの容姿については何とも思わないし、興味もありませんが、性格はめちゃくちゃ失礼で、ブサイクだと思います」
ディアーナはトコトコやって来た白猫のセブンを膝に乗せた。
「貴族社会が見た目を重視しているのは事実だし、見た目が美しい人はその時点で、他の人よりリードはしているでしょう。
でも、ただそれだけです。
リードしているから、自慢になるかも知れないし、利を得るのかも知れませんが、それが絶対的成功なのか、幸福なのか、と問われたら、そうとも言えないのではないでしょうか」
「そ、そうだけど!ブスよりはよっぽどマシよ」
「確かに、あなたと話していてもつまらないので、マシかも知れません」
「つ、つまらない?」
男爵令嬢が声を上擦らせた。
「はい。さっきから、二言目にはブス、ブスって。
その言葉しか知らないのですか?と思うくらい、つまらないです」
ディアーナがほうっと、小さなため息をつくと、よしよしと言わんばかりに、セブンがペロリと手を舐めた。ぱあっとディアーナが小さく喜ぶ。先日、セブンの関心を平民のつわもの少女に取られて、ひどい敗北感を抱いたからだ。
「な、なによ、それっ。見た目もブスで、性格もブスで、話もつまらなかったら救いようがないじゃない」
令嬢が言った。ディアーナも頷く。
「確かに。救いようがないですね」
ポケッとした表情で、しれっと過激なことを言うので、言われた方は、ポカンとするしかない。
「ところで、誰がブスと言うのですか?元婚約者の他に」
「ち、父とか、母とか、ゆ、友人たちも・・・」
少し戦意を消失した令嬢が答えた。
「親はともかく、そんな人たちは友人ではないのでは?相手が傷つくと分かっていて、そんな言葉を敢えて選ぶのですよね?
それは友情なのでしょうか?
単なるマウント取りだと思いますが・・・」
「じゃ、じゃあ、わたしがずっと傷つけられたこの気持ちは、どうすれば・・・」
令嬢が縋るようにディアーナを見た。
「あくまで、私でしたら・・・」
ディアーナは念を押して言った。
「まずはその阿呆な婚約者との婚約が破棄されたことを歓喜して、ひとりで踊ります。
それから、毎日鏡を見て『親は私をブスと言うけれど、私は私自身を大事にするよ』と、語ります。
自分の言った言葉を一番先に聞くのは、自分の耳ですからね。
自分で自分をブスブス言ったところで、美人になるわけがなく、気分も落ち込んで、よりブスになるだけです。
だったら自分自身を褒めた方がよほど良いです。
そして、自分をやたらと傷つける人たちとの付き合いを辞めます。
その結果、おひとり様になったとしても、心の安定が保てるのなら天国です。
その後、街へ出掛けます」
サロンの全員が、じっと耳を傾けていた。
そこで話を途切れさせるディアーナに、それから?と皆で訴えかける。
「私は気づくことになるでしょう。
私をブスと言う人より、言わない人たちの方がはるかに数が多いことを」
男爵令嬢がハッとして、ディアーナを凝視した。
「貴方こそ、数多くいる常識人を見た目でジャッジしていて、気づかないでいるのではないですか?
なぜ悪意ばかりに注意を向けるのです?
いくら美しくても悪意にまみれていたら、一緒にいても楽しくないし、辛いだけなのでは?」
ほのかにフルーティの香りがするカモミールティーと、チョコレートケーキが運ばれてきた。
男爵令嬢は、はぁっと長く息を吐いた。
「・・・あなたの言う通りかもね」
チョコレートケーキをひと口食べてから、カモミールティーを含む。
「あら。チョコレートケーキにカモミールは合わないと思ったけど・・・凄く合うし、とても美味しいわ」
男爵令嬢の言葉にディアーナは微笑んだ。
「ベースはミントです。ミントの清涼感が濃厚なチョコレートを中和します。そこにカモミール。それからオレンジピールを少々。チョコレートの味を引き立て、落ち着いた味になります。カモミールミントティーですね。
どれも王宮の薬草園で採れた一級品です」
「・・・強気で立ち向かっていたけど、なんかバカみたいだわ」
令嬢がポツリと呟いた。
そしてサロンにでかでか掲げてある標語を見る。
『幸せは他人に与えられるものではない』
令嬢の視線を辿り、ディアーナも標語を見た。
「この標語の横には、ある令嬢の絵画を飾るんですよ。最近、描き始めたと連絡がありました」
「へえ・・・」
「貴方は何が得意なのですか?」
「わたしは刺繍よ。刺繍だけは、元婚約者も褒めてくれたわ」
「では、こちらの猫・・・あら、ディーも来たの」
いつの間にか、セブンの妹猫ディーが足元にやって来ている。ディアーナはディーも膝に乗せた。珍しい。大人しく膝の上に乗るなんて。
「こちらの兄妹猫の刺繍タペストリーを作ってくださいませんか?
お代は作品に見合っただけの金額をお支払いします」
「え・・・」
令嬢が呆気に取られて、ディアーナと膝の上で窮屈そうにしている兄妹猫を交互に見た。
「王妃殿下のサロンに貴方の作成した壁掛けが飾られるなんて、商人の阿呆と婚約するよりも、よっぽど名誉な事です。
貴方はその腕を買われて、依頼が殺到するでしょう。
あくまでも貴方の刺繍の腕前が確かならば、の話ですが。
ボロボロに傷ついたプライドと心を癒し、コンプレックスを克服するには、それ以上に自信の持てる『何か』を持つしかないと思いませんか?」
「不細工を克服できる、それ以上の自信になる何か・・・」
男爵令嬢が繰り返した。そしてディアーナを真剣な面持ちで見つめ、
「タペストリーの件、ぜひ受けさせてください。
それから、地味だと蔑んで申し訳ありませんでした」
椅子から立ち上がると、ディアーナに頭を下げた。
それから手相占いを所望した。
「貴方の謝罪を受け入れますね。
親御さんに対しては、しかるべき時期が来たら、貴方の気持ちをはっきりと伝えるべきです。
そして、貴方が母になった時には、決して同じ過ちを犯さないで下さい。
皆への最大の復讐は、貴方が自尊心を取り戻して、幸せになることです。
でも大丈夫。貴方は手先が器用で、センスがありますから。
早い段階で結婚もするでしょう。
子ども、は・・・ふたりかしら」
ディアーナは優しく手のひらを握りしめた。
☆☆☆
数ヶ月後、セブンとディーが顔を寄せ合って、こちらを見ているそれはそれは美しい刺繍が施された、大判のタペストリーが届けられることになる。どこの方向から見ても、魅惑的なオッドアイと視線が合う不思議なデザインとなっていた。
その美しい刺繍がきっかけで、作成者の男爵令嬢は、良縁にも恵まれることになる。
だが、そのタペストリーを一番最初に手にしたのは、ディアーナではなかった。
いつもありがとうございます!
申し訳ありません。
感想フォームは閉じさせて頂いております。
m(_ _)m




