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小望月の夜明け前。いざない人は夫か元恋人か

ディアーナはボンヤリと考え込みながら、本日のサロンの準備をしていた。


「・・・大丈夫ですか?」


ディアーナの専属侍女、ルナが心配そうに聞く。

昨日、王妃殿下が来訪してからというもの、ディアーナはずっとこんな調子である。じっと考えていたり、思い詰めていたり。


「大丈夫と言えば大丈夫なような、大丈夫でないと言えば大丈夫でないような・・・」


「・・・そのちゃらんぽらんな答えでしたら、まぁ、大丈夫なのかな、と」


ルナはホッと息をついた。


「確かに昨日は男爵様が言い出したとはいえ、褒められたことではありませんよね・・・」


そうなのだ、とディアーナも頷く。インチキ占い師だった前世だったら、まだあの様な()()はアリかも知れない・・・うーん。いや、コンプライアンスに引っかかるかしら。


「人の話を聞くのが、ほんのちょっと怖くなってきたのよね・・・」


ヒトとは何ぞや、と突き詰めて行ったら、絶望しかない気がする。

何かもう、こう、自分も含めて、ヒトって誰も彼もが愚かだな、小っさいなと・・・


「そんな弱気なことを」


ルナがオロオロとブルーのデイドレスをぎゅっと握り締めた。


「お嬢様とお話したことで、気持ちが明るくなった人も、心が軽くなった人もいますから」


「うーん・・・別に私はそんな殊勝な事、望んでないのよねぇ・・・やはり、海辺の別荘地に引っ込んで、カフェでも開いた方がお気楽で良いかも知れないわ」


「でた!『なんかメンドクサイ』病。バツが悪くなると、すぐ逃げようとして・・・ルナは了承できかねますからね!」


むう!と頬を膨らませるルナに、ディアーナは苦笑を浮かべる。


「だって、ほんとにメンドクサイ・・・曇りなきまなこで断言できるわ」


目を思い切り見開いて、ルナを呆れさせた。

インチキ占い師として荒稼ぎしていた前世の異世界から、何の因果か分からないが、せっかく貴族令嬢に転生してきたのだから、わざわざ苦労する必要ないじゃないの。

毎朝10時くらいまで寝て、ブランチ食べて、占いに興じて、香や茶の調合をして、兄妹猫を愛でて、おやつ食べて、昼寝して、ディナー食べて、湯浴みして、読書して寝る。

身の回りの世話は侍女たちがしてくれるし、家事はメイドたちがやってくれるし、上げ膳据え膳のセレブニートライフ。最高じゃない。

お姉様達のおかげで婚姻に血眼になる必要もない。

いや、むしろ婚姻は自分にとって利はなく、不しかない。不自由、不便、不健全、不利益・・・お姉様が伯爵邸を継いだら、両親と領地の片隅で隠居生活でもいいけれど、やはり海辺の小さなカフェで呑気に過ごすのが一番。心にも身体にも優しい気がする。


「本日、10時台のお客様がいらっしゃいました」


そんな気まずい雰囲気を壊すように、女中が声を掛けてきた。



☆☆☆



このサロンに応募する女性たちは貴族、平民と数多いが、圧倒的に若い世代が占めている。

今回のお客様は御年60代半ば、と言ったところか。

10代後半で子爵家に嫁入りして、子どもを3人出産。孫も5人いると言う。現在は領地の一角で使用人と共に、ひっそり隠居生活を送っているのだそうだ。夫は数年前に亡くなったとか。


「そろそろ私のお迎えも来そうだから、冥土の土産に、と思って」


そう応募動機を説明して、小さく微笑んだ。


「メニューをどうぞ」


澄ました表情のルナがメニューを渡す。


「夜明けのハーブを。レモンとハチミツを添えて。茶菓子はそうね・・・ネクタリンをお願いしようかしら」


「夜明けのハーブ、ブルーマロウですね。かしこまりました」


ディアーナが頷く。


「・・・生い先短い老女の戯言を聞いてくださるかしら?」


婦人はどこか懐かしむように遠くを見つめながら、語り出した。


「夜明けのハーブティーは、彼とよく飲んでいたの。

レモンを絞ると青からピンクに変わる様子に、何がおかしいのか、クスクス笑っていてね。

・・・とても、優しい人だったわ。私も彼が大好きだった。彼から結婚を申し込まれた時は、天にも昇る心地だったわ・・・だけど・・・」


婦人はため息をつく。


「身分差がありすぎて、私はその申し込みを受け入れられなかったわ」


女中がブルーマロウとネクタリンを載せたトレーを運んできた。

婦人が色鮮やかなブルーのティーにレモンを沈めると明るいピンク色に変わり、それからだんだんとピンク色が抜けていく。

婦人は添えられたハチミツをたっぷりと入れて、口に含んだ。


「懐かしい。青春の味だわ」


「そうなのですね。ブルーマロウが青春の味だなんて、オシャレですね」


ディアーナが言うと、婦人は嬉しそうに笑顔になる。


「あんなに大好きだったのに、あまりにも高貴なお方過ぎて、踏み込む勇気が持てなかったの。彼の妻になるということは、あらゆる令嬢たちから羨望と嫉妬を受けるし、貴族たちからは厳しい目が向けられる。

そんな窮屈な結婚生活は嫌だったのよ」


「・・・・・・」


「その後、彼は非の打ち所がない身分のご令嬢と、私も身分相応の殿方と結婚したわ。でも・・・」


ブルーマロウのティーカップに視線を落とし、


「夫に抱かれながら、彼のことを考えてた」


「・・・・・・」


ディアーナは無表情で黙って聞いている。


「夫も優しい人だったわ。夫としても、父親としても申し分ない人。燃え上がるような恋情はなかったけれど、ゆっくりと親愛を深めていけたの」


再度、ブルーマロウを口にして、婦人は息を吐いた。


「私の心の底には、このブルーマロウのような海があってね。時折り、大波が立って心がざわめいたわ。

彼が恋しい、愛しい、哀しいって。劣情を抱いていたの。夫へ対しては決して抱かなかった感情ね」


そしてもう一度、ふうっと大きな息を漏らす。


「本当にいい年をして、みっともないわよね。私は若い人たちに言いたいわ。後悔しないようになさい、って」


ディアーナはゆっくりと首を振った。


「心から満足感を得られない限り、人はどんな選択をしても大なり小なり後悔はすると思います。

選んでも後悔。選ばなくても後悔。正しくても後悔。間違っていても後悔」


「そうかも知れないわね」


そうして婦人はネクタリンを口に含んだ。


「・・・このネクタリンも彼とよく食べたのよ」


ディアーナは少々鼻白んでいた。過ぎ去りし10代の悲恋を完全に美化している。


「私を天国へ(いざな)ってくれるのは夫かしら?彼かしら?正直に答えて欲しいの。月の女神さん」


そうしてテーブルに手のひらを見せるように載せた。


「・・・失礼します」


手相を見るかのように、手首に触れる。

トク、トク、、、トクン・・・不整脈だ。

夫も亡くなったのだと言うし、このまま夢を見させて、いい気分でお帰り頂くのが良いに決まっている。

でも・・・


「私はとてもとても意地悪なので、お迎えに来るのはご主人だ、と伝えますね。

仮に彼が迎えに来る未来が見えたとしても。

だから私には聞かない方が良いと思います」


ディアーナの答えに、婦人は目尻と口元に皺を作って、声を出して笑った。


この王国には、天国へは『初めての人』がおぶって、或いは手を引いて、或いはお姫様抱っこで連れて行ってくれる、というお伽話と言うか伝承がある。

その話を信じる人たちは結構いるようだ。


もちろん転生者のディアーナは信じてはいない。


「噂通りね。こちらの女神は妥協なしに毒を吐くって」


「申し訳ありません」


ちっとも申し訳ないとは思ってない口調で言うので、またまた婦人が笑う。


「命短い老女へ夢を見させてくれる気はないのね」


「・・・私の配偶者がそのような感じでしたら、殴り倒して、強引に天国へ放り投げる自信があります。天国への誘い人役を、美化された元恋人に譲る気はないので、当然、元カノも殴り飛ばします」


「・・・殴り倒して、天国に放り投げる・・・ほーっ、ほっほっほ!」


婦人は大笑いしている。


「あー!可笑しい!こんなに笑ったのは久しぶりね!夫とはよくくだらない話をして、大笑いしたものだわ」


「・・・・・・」


「月の女神の言うことに間違いはないわね。天国への誘い人は、彼を殴り倒した夫だと思うわ」


「いいですね。誘い人の座を巡って、ふたりの男が争う」


ディアーナが言うと、婦人はキラキラと少女のように目を輝かせた。


「まぁ!私を取り合うのね」


「そうですね」


「腕力では、彼は夫には敵わないと思うわ。それに・・・」


何かを思い出して、婦人はまたクスクスと笑った。


「夫は絶対に彼には私の手を取らせないはずよ。

そう、あなたと同じようにね」



☆☆☆



それから、数日後の小望月の夜明け前、婦人は天国へと召されて行ったそうだ。

眠るように旅立ったという。


「ご婦人の想い人ってもしや・・・」


ルナが探るようにディアーナに聞いた。


「先王?先代公爵の誰か?誰でもいいわよ。興味ないし」


ディアーナは自室の空気の清浄に、サンダルウッドの香木を焚きながら、関心なさそうに言う。


「誰にしても側妃や愛妾や愛人を取っていた人たちよ。今より幸せだった保証はどこにもないわね」


「高貴なお方との禁断のラブロマンスだったから、忘れ難かったのでしょうね」


ルナの言葉に、ディアーナは少々ゲンナリした。


「どうでもいいわ」


「ルナの天国への誘い人はマシュー様がいいなぁ」


「婚約するのだから、そうなるでしょうよ」


そしてディアーナは意味深な笑みを浮かべて、


「天国へ行けるなら、ね。死神が地獄へ誘うかも知れないわよ?」


などと悪戯っぽくからかった。


「ルナに限って地獄へ落ちることはありません!

ド天然お嬢様を献身的に支えているのですから!」


ルナが胸を張って断言した。


「はいはい」


ディアーナはサンダルウッドを薫せながら、婦人の言葉を思い返していた。



私の心の底には、ブルーマロウのような海があるの・・・


そこに沈むのは、誰にも悟られることのない、秘密の熱情。




いつもありがとうございます!

申し訳ありません。

感想フォームは閉じさせて頂いております。

m(_ _)m

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