ヤバい年上夫が幼妻に求めるもの③・8日月
しんと静まり返ったサロン内には、アラサー男爵が唾を飲み込む音、女性たちが息を飲み込む音がする。
ディアーナはちょっと考えてから、香油を馴染ませた手のひらを首回りに当てた。
普通のマッサージだったら、心臓から遠い足裏から始めるところだが、これは言わば性感マッサージ。
気持ち良くなって寝られたりしたら大変だ。
「若いから肌がピチピチしているわ」
ディアーナは砕けた口調で、肩甲骨あたりをフェザータッチしていく。そういうディアーナもピチピチの16歳である。
「肌も健康的に日に焼けてステキよ」
「・・・は、恥ずかしい・・・て、低位貴族の人間は、屋敷のことも、農業も、自分たちでしなくてはならない・・・ので・・・」
あっ、などとため息を漏らしながら14歳の幼妻アンナは言った。
「そうね。貴族はそれぞれが役割を持っているわ。社交に明け暮れるお気楽な貴族もいれば、王国内や領地を駆け回る多忙な貴族もいるでしょう。
他の貴族なんて、どうだっていいわよ。
貴女は貴女のしていることに誇りを持っていて。
まともな貴族がしっかり農業に関わっていかないと、あっという間に食糧危機に陥って、王国の皆が食べものに困るようになってしまうわ」
「は、はい・・・」
ディアーナが耳たぶや耳の穴に触れると、アンナの小さな嬌声が漏れた。
「・・・どこが感じないって言うの。めちゃめちゃ感じやすい子じゃないの」
ディアーナが半ば呆れ気味に呟く。
「神経の集まるところ、太い血管があるところは、感じやすいスポットよ」
あとはもう言わずもがな。脇や背中、太もも周辺、胸へときたら、可愛いらしい嬌声がサロン中に響いて、全員が頬を赤らめることになった。
「・・・俺の完敗だ・・・」
「完敗も何も、勝負は始めから分かっていました」
アンナが着替え終わるまで、ディアーナは男爵とテーブルに向き合っていた。
頬を上気させたアンナが、凄く気持ち良くて天国に行ってきました、と言えば、お嬢様の手技が素晴らしい、自分も受けて開発されてみたいなどと、女性たちがきゃっきゃっとはしゃいで、ドレスの着替えに異様な盛り上がりを見せている。
「一体全体、どうして貴方は奥様に対して、あんな酷い扱いをするのです?あれはゲスの所業です」
ディアーナは再び、アンナを奥様と呼び始める。
「ゲスの所業・・・」
おかわりの紅茶が出され、男爵は紅茶を含んだ。最初に来た時より、何だか背中が小さくなっている。
「祖父や親父が女に対して、そんな扱いだったから、そんな風にするもんだと・・・」
はぁっ、とディアーナは大げさにため息をついた。
「親の背中を見て、素直に育った、という訳ですね。
確かに、世代によっては、女は台所と寝所にいればいい、女は男の付属品、などと思っている人もいるでしょう。
でも考えてみて下さい。
奥様がいつもオドオドと貴方の後をついて来て、何も言わない、言われるがまま、されるがままなのと、貴方の横に並んで、自分の考えをしっかり伝え、貴方をちゃんと感じてくれるのと、どちらが良いと思いますか?」
「・・・俺を感じてくれる方がいい」
「そりゃあ、そうですよね」
ディアーナは頷く。
「奥様は都合の良い人形ではありません。とても魅力的なレディーなのですから。
あのままだと、彼女は貴方に対して萎縮するだけで、本当に不感症になり、貴方はそんな奥様に嫌気がさして、浮気コースまっしぐらでしたよ」
「浮気も離縁もしない」
男爵が語気を強く言う。
「分かっています。私だって闇雲に離縁させたいわけではありません。サロンに訪れた皆さんには幸せになって頂きたいと思っているのですから」
ドレスに着替えたアンナがテーブルにやって来た。
スッキリした表情をして、心なしか垢抜けたような印象がする。
男爵は自然と立ち上がり、アンナのために椅子を引いた。これがディアーナの向かいの席だったら完璧だけど。まぁ、これでもかなり進歩したと言えよう。
「奥様、お疲れ様でした」
ディアーナが微笑む。
「水分を摂られた方が良いですね。先ほどのおかわりはいかがですか?お茶菓子はチョコレートなど」
「お願いします」
「じゃ、じゃあ・・・」
男爵がおもむろに立ち上がり、ベストのボタンに手をかけた。するとアンナが慌てて一緒に立ち上がる。
「お願いします!旦那様を許してあげて下さい!全裸土下座なんてさせないで下さい!」
と頭を下げて、懇願してきた。
「旦那様は、私が小さい頃、肥溜めに落ちた時、躊躇いもせず助けてくれた私の王子様なんです!私が小さい時からずっと、旦那様のお嫁さんになりたいと言っていたんです!」
ええっ!!とルナやスージー、ミリアムたちが声を上げた。
アレが肥溜めから救ってくれた王子様ですって!?
コラ。失礼よ。
「・・・ハナから全裸土下座なんてさせるつもりはありませんよ」
ディアーナは肩をすくめた。ミリアムがえー、と不服そうに唇を尖らせる。コラコラ。
「じゃ、じゃあ・・・離縁?」
アンナが不安気に尋ねる。
「離縁もただ煽っていただけです。私は一介の話の聞き役。そもそもお客様に要求や命令などする立場ではありません」
アンナと男爵が明らかにホッとしたように脱力していた。
「でも男爵には多少問題がありますし、これから良き結婚生活を送っていきたいのであれば、奥様には誠意を持って謝る必要があります。もちろん、ここで謝罪をする必要はありません。お屋敷に帰ってから、ふたりで分かり合えば良い話です。ただ・・・」
ディアーナはテーブルに置きっぱなしにしてあった羽ペンをくるくる回した。
「いくら成長期に食べて、動いて、寝ても、過度なストレスがかかれば、心が成長することを拒否する、ということを肝に命じておいてくださいね。
奥様を極上の玉にするのも、石ころにするのも男爵の手腕に掛かっています。奥様を可愛いがれば可愛いがるほど身体は発達し、色香が増していきますから」
「師匠!!」
男爵がまたまたテーブルに両手をついた。男爵の紅茶が受け皿に溢れる。
「し、師匠?」
ディアーナがぎょっとして聞き返した。
「どうか、俺に女体の扱い方を教えてくれ!」
☆☆☆
きゃーはっはっは!
側仕えがすぐに報告に行ったせいか、王妃殿下がその日の夕方に、ひとりで(当然、護衛はいるが)サロンを訪れて、ディアーナを見るや否や大爆笑をしている。
「本当にディアーナ、やめて。お腹が筋肉痛になりそう」
目に涙を浮かべながら、王妃は笑い転げている。
ディアーナは複雑な表情を浮かべた。
あの後も大変だったからだ。ふたりの手相を見たら、相性も抜群、実は互いに溺愛し合っていると分かった途端、人目も憚らずイチャイチャし出すので、今夜のお供にどうぞ、とチョコレートをお土産にさっさと追い出した。その時も、アンナのどこを攻めればいいのだの、男爵にはしつこく聞かれるし、実は旦那様のペニー氏はこのくらいだのと、アンナが両手で現したりして、ミリアム達を大いに沸かせた。
アンナ達が帰れば、スージーはバラの研究をしているエドに、食用のバラは今後も需要が期待できると、もっと開発をしてもらうのだと勇んで出て行くし、ミリアムも用は済んだと伯爵邸に戻って行ってしまった。
やはり面白がって手伝いに来ていたのね。
午後のサロンのお客様がなんと平和で健全だったことか。
それなのに、王妃殿下が蒸し返しに来てしまった。
「全裸土下座の報告も欲しかったわねぇ」
ひーひー笑いながら、王妃は言う。
「私はご遠慮させて頂きます」
ディアーナは眉をひそめる。
「だけど、決定事項はそう簡単に覆してはダメよ。いちいち情けをかけていては示しがつかないし、きっとこの人は許してくれるものだと、舐めてかかってくるから」
「上に立つ高貴なお方でしたら、そうなのでしょうが、私はサロンの単なる雇われ女主人なので・・・」
王妃殿下の言う事はもっともなのだが、ディアーナはサロンでのお茶会程度で、お客様に跪かせるわけにはいかないとかぶりを振った。
「わたくしが直々にプロデュースしたサロンよ。その辺のサロンと同じ扱いにしないでちょうだい」
王妃が意味深な冷笑を浮かべる。
わあ、怖い・・・
「簡単に約束事をするなと言うことですよね・・・」
「その通りよ。その場の雰囲気で気軽に決め事をしてはいけないわ。守れない約束はしない。賢者であればあるほど、有言実行あるのみ。言うだけ言って、何もしないのは簡単だけど、卑怯だし、ズルいわね」
そう言ってから、美しい仕草でローズのブレンドティーを口にした。
「このローズブレンドティーは、ブレンドの塩梅が絶妙ね。とても美味しいわ。加えて美容に良いとなれば、令嬢たちがこぞって欲するでしょうね」
・・・遠回しに、王妃殿下は王太子と自分の曖昧な関係に釘を刺してきたのだろうか。
ディアーナの存在のせいだとは、決して自惚れてはいないが、王太子の婚約者候補選定が止まってしまったそうだ。
第一候補だった侯爵家のご令嬢は、王太子が断固拒絶したため、一門の勢いが衰えてしまった。
それは、同派閥の令息による、ディアーナの別荘の不法侵入と襲撃の一件が大きく影響している。
ディアーナはいつだって、引き下がる用意はあるのだが。
再度、しっかりと王太子と話しをしなくては、とディアーナは心に決めた。
いつもありがとうございます!
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