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愛しき人とひとときのお茶の時間・上弦の月

レーラが来訪してから半月ほど経った。

王妃殿下が私財を投じて始めた完全予約制女性専用のお悩み相談喫茶(サロン)(ディアーナが勝手に呼称)には、たまにヘンテコリンな自己中貴族令嬢が訪れるが、無難な日々が過ぎている。

人の悩みというものは、古今東西、あんまり大差ないのかも知れないのね、と感じる今日この頃。


色恋、婚約、結婚等々、恋の悩み

浮気、不貞、略奪等々、異性問題の悩み

暴力、差別、いじめ、嫁姑関係、家族関係、友人関係、王宮・領地・ギルド関係、等々人間関係の悩み

勉強、仕事、位、土地、お金等々、能力や物質的な悩み

病気、ケガ、持病等々、身体的、健康の悩み

他、割愛。


「・・・疲れた」


我が王国の見目麗しい王太子殿下が疲労困憊、と言った様子で壁際に置かれた豪華なソファに身を沈めた。

男子禁制ではあるが、サロンの関係者の出入りはある。

王太子殿下だし?一応、ディアーナのにわかボーイフレンド継続でもあるし?

クタクタにくたびれているのに、そのサラサラなプラチナブロンドの髪を気怠そうに掻き上げる仕草は、サマになっている。

疲れているのに、よこしまな目で、きゃあ!そんなお姿もセクシーだわぁ!などと思われてしまうなんて、何だか可哀そう・・・


ディアーナは疲労回復効果の期待できるローズヒップとハイビスカスのブレンドティーにレモンを浮かべて、殿下に差し出した。

疲労回復にはビタミン、アミノ酸よね。もちろん前世での知識だけども。



社交シーズンの貴族たちは何だかんだと忙しい。

日中の紳士は乗馬に紳士クラブに議会にと赴き、淑女はお茶会やら、なんちゃら会などに参加して、若者ならば貴族学園などにも通う。もっとも今は長期休暇期間のようだが。そして夜は夜で晩餐会、舞踏会、オペラや観劇やらに精を出す。


専属侍女ルナは、ディアーナも積極的に社交すべきと言うけれど、大の社交嫌いのディアーナに、そもそも招待状が届かない。現在は炎上令嬢として、その名を轟かせているので、よほどの物好きでない限り、ディアーナを呼ぶ冒険はしないだろう。肝入りのパーティーを荒らされたりしたら大変だ。

先日の宰相夫人主催のダンスパーティには、王太子がエスコートを買って出てくれたのだが、冗談ではない。どんな騒動になることやら。想像しただけでゾッとする。

たまに思うが、王太子は天然に違いない。


「・・・そんなに真剣に見つめられたら、額に穴が開きそう」


王太子がちょっと頬を赤らめて、ディアーナを見た。


「あ・・・それは失礼いたしました」


ディアーナが視線を外す。


「イケメンってひどく疲れていても、ただイケメンって思われてカワイソウ、って同情していただけなのです」


ケロリと続けるディアーナのひと言に、王太子は顔をしかめた。


「なにそれ、ひどい!」


議会やら会合やら外交やらでクタクタな王太子の味方は、このサロンの看板白猫兄妹の、とりわけ妹猫のディーしかいないのかも知れない。青と黄色のオッドアイとぷにぷにした肉球が今の王太子の癒しとなっていた。


「・・・レーラの父と義兄の事件は、未だ犯人が特定できないんだ」


「そうなのですか」


ディアーナは興味なさそうに返事をした。例の侯爵親子を襲った事件そのものも、犯人も、取り立てて興味はない。残酷だな、とは思うけれど、それだけだ。

ディアーナの侯爵家についての関心はレーラにしかない。

そのレーラは現在、元貴族の男性が主宰する絵画サロンに師事している。元々独学で、しかもモノクロ絵しか描いたことのないレーラが、基礎から学ぶのは大変そうだ。ただ報告によれば、レーラは活き活きと過ごしているという。

あの侯爵家は取り潰しとなり、レーラも貴族籍から抜けたが、そもそも貴族令嬢として育てられていなかったので、貴族籍に何の未練もないようだった。


「セブンとディーの絵は当分先になりそうね」


ディアーナが兄猫セブンの喉を撫でると、セブンは喉をゴロゴロ鳴らした。


「僕にもそのくらい優しくしてくれたらいいのに」


王太子がちょっと恨めし気に言うと、ディアーナはセブンの肉球をマッサージしながら、


「どこぞのご令嬢の手を取り、腰に手を回し、胸を押しつけられて鼻の下を伸ばしながら、ダンスを踊る殿方に、優しくする気概はあいにく持ち合わせていないのです」


ふいっと言った後、肉球の匂いを嗅いで「クサッ」と呟くや否や、セブンに猫パンチをお見舞いされるディアーナに、目をしばたたかせる王太子。思わず吹き出して、


「セブンの機嫌を損ねたね」


と、からかうように言う。


「それからダンスは義務みたいなものだから、嫉妬されても困るんだけど。嫌なら僕のパートナーになるしかない」


「だ、誰が嫉妬なんて・・・」


王太子はディーをそっと床に下ろして、ソファから立ち上がり、椅子に座るディアーナの側に来た。


「僕は女性に胸を押しつけられて、鼻の下を伸ばすような単純じゃないから安心して?逆に迷惑してるんだよ。香水の匂いはキツいし、化粧は濃いし。皆、通り一遍の話しかしなくて退屈この上ないし。

ディーと一緒にいる方がずっと楽しいよ。

今日もすぐに戻らなくてはならないのが残念だ。

今夜も公爵家の晩餐会に呼ばれているから、準備があるんだ」


それからセブンに猫パンチされたディアーナの頬に唇を落とす。


「猫パンチされるご令嬢ってなかなかいないよね」


くっくっと笑いをかみ殺しながら、晩餐会中に思い出し笑いしないよう、気をつけなくては、などと言っている。


「・・・とにかく、無理しなくてはならないでしょうけれど、ほどほどになさって下さい」


「うん。ありがとう、ディー」


そうして、お茶をごちそうさま、と言い残し、王太子はサロンを去って行った。


「忙しい合間を縫って、お嬢様に会いに来て下さるなんて、まさに愛ですね」


などとうっとりした表情でルナが言う。


「お嬢様がお城へ行けば、殿下のその移動時間がなくなるんですけどねぇ」


ルナは何気なく言ったのだろうが、ディアーナの胸には罪悪感を残した。セブンに猫パンチされ、王太子に口づけされた頬に手のひらを当てる。


「お城、ね・・・」


本当に王太子は素敵な紳士だと思う。身体が弱いのが難点なところか。

何度も思うけれど、なぜ公爵令嬢が王太子を大事にできなかったのかが謎すぎる。

王太子と公爵令嬢との婚姻ならば、王家も安泰だろうに。

でもあのふたりの場合だと血が濃いか・・・


忙しいから会えないと言う男性と、

忙しいからこそ会って元気になりたいという男性


どちらが令嬢たちにとっては幸せだろう?


重たすぎる恋情は好ましくないのか。

それとも女冥利に尽きるのか。



そんな翌日、新婚ほやほやの男爵夫妻がサロンを訪れて、大騒動を巻き起こすことになる。

嵐の前の静けさに、サロンの女性たちは理想の伴侶について、おのおの思いを馳せるのであった。


いつもありがとうございます!

申し訳ありません。

感想フォームは閉じさせて頂いております。

m(_ _)m

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