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トンデ レーラ!下弦の月、芸術家令嬢誕生!

残酷な殺人事件のシーンがあります。

苦手な方は、ご注意ください。


威風堂々と王城がそびえ立っている。王宮のいくつもの広い広い庭園を抜けて辿り着くある街区。王妃が私財を投じて立ち上げた女性専用のサロンがある。

そこの雇われ女主人の噂が今、王都中に広まっていた。

圧倒的、熱狂的に支持をしているのは女性たち。

反対に、一部男性たちからは、はしたないだの、下品だの、貴族令嬢にあるまじきなどなど非難が絶えない。


そんな噂など気にもしないディアーナは、今日も今日とて、ぽやぽやとした表情で、過激で強烈な爆弾発言を投下していた。


ディアーナの専属侍女、ルナは気が気でない。恋人の騎士、マシューから騎士団でのディアーナの評判がすこぶる悪いと聞いたからだ。

ディアーナのサロンに訪れたことがきっかけで、婚約や交際が潰されたカップルが、騎士団の中でも何組かあるそうだ。浮気や不貞、ギャンブルや不正行為等々、騎士にあるまじき行動を取った自業自得の結果なのに、逆恨みされていると言う。


「そうなの?炎上大歓迎よ」


などと、ディアーナはわけが分からないことをのんびりした口調で言うので、ルナは一層苛立った。

もちろん、ディアーナは悪くない。悪いのは悪いことをした男性たち。それがなぜか理解されない。

そこには貴族の根底にはびこる男尊女卑の思想があるからだ。今だに女性を当主や男きょうだいの道具として扱う輩が一定数いる。


「今日の14時台のお客様は、侯爵家のご令嬢です」


ルナの言葉に、ディアーナはこてんと小首を傾げた。


「今夜は宰相夫人肝入りの侯爵家のダンスパーティーが開催されるのではなかったかしら?彼女はそちらには出席しないのかしら?準備があるでしょうに」


「そうですよ。本来ならば、お嬢様も出席すべきなのですが」


ルナはため息をつきつつ言う。

だから、王太子がディアーナも出席するよう、結構しつこく誘ってきた。

貴族令嬢と言うよりも、宇宙人と言った方がしっくりくるディアーナは、大の社交嫌い。貴族学園も拒否、お茶会も拒否。ダンスも重いドレスもコルセットも大嫌い。そうそう最近は大嫌いなものが増えた。貞操帯である。


さて現在、王国は社交シーズン。あちこちでパーティーが開かれている。今までも仕方がないから、王家の主催する会だけは参加してきた。ある意味、芯が通っていると言えるだろう。


「冗談じゃないわ。あんな邪気まみれの欲望渦巻くダンスホールに誰が行くものですか。こうして猫ちゃんたちと戯れている方がよっぽと心身に優しいわ」


それに、とディアーナは悪戯っぽく微笑む。


「私が参加したら、きっと大変なことになるわよ。なんと言っても今をときめく炎上令嬢なのですから」


「なんですか、その炎上令嬢って。物騒な」


ルナが眉間に皺を寄せたその時、来客を知らせに女中がやって来た。


「侯爵令嬢様がいらっしゃいました」


その令嬢がサロンへ入って来た時、一同は言葉を失った。彼女は農作業を終えたの?という汚れっぷりだったからである。髪はバサバサ。ドレス、ではなくワンピースも汚れていた。


「ううーん」


ディアーナは唸った。ディアーナの趣味のひとつが香の調合だ。自然の香りが大好きで、悪臭は忌むべき不浄もの。でもこのご令嬢、アンモニア臭がひどい。このご令嬢と茶を飲んで語らうなど、とてもではないができない。

幸い、本日ラストの客である。


「申し訳ありませんが、女中たちの手を借りて、身綺麗にしてきて下さいな。私、鼻が敏感なの。何も化粧して、香水をつけろ、とは言わないけれど、清潔であって欲しいのです」


「す、す、すみません。窓から脱走してきたものですから・・・」


令嬢のひと言に、ぴりっと緊張感が漂う。そんな時、白妹猫のディーが、令嬢の足首に頭を擦りつける仕草をした。


「謝る必要はありません。それにディーはあなたが綺麗な人だと見抜いています。この妹猫は警戒心が強くて、あまり人になつかないから」



湯浴み、とはいかないが、香油入りのお湯にひたしたタオルで頭からつま先まで丁寧に拭われ、髪を梳かされ、薄化粧を施し、女中たちの着替え用に置いてあった濃紺のワンピースを借りた侯爵令嬢は、来た時とは見違えるくらいに綺麗になった。


「シンデレラもびっくりの変身ぶりですね」


己の姿を鏡で見て、固い表情で驚いている令嬢に、ディアーナは言った。


「・・・鏡を見たのは久しぶりです。亡くなった母にそっくり・・・」


「先ほど、窓から脱走して来た、と言われてましたよね?どういうことなのでしょうか?」


鏡から目を離さない令嬢に、ディアーナが尋ねる。


「私は政略結婚の末に生まれた長女なのですが、父は男児を望んでいたのと、元々母ではない想い人がいたので、私に愛情を注ぐことはありませんでした」


令嬢が3歳の時に、母は馬車の事故により他界。葬儀直後、元々の想い人の令嬢と再婚し、すぐに長男が生まれた。その数年後には妹も生まれたという。

長女はいないものとされ、屋敷の奥に追いやられた。暴力のような虐待はなかったものの、屋敷内を出入りすることは禁じられ、食事は毎日一食。ドアの前に置かれ、当然部屋でひとりきりで食べていたとか。


「・・・これは充分、虐待なのですが」


ディアーナはため息をついた。政略結婚?その結果がこれだとは。実にくだらない。


「自然に弱って、早く死ねば良いと望まれていたのです」


令嬢は無表情で言った。


「ある日、義妹がこちらのサロンの話を義兄と庭先でしていたのが聞こえてきました。何度か抽選に申し込んでいるけれど、当たらないと怒鳴っていました。義兄は『あんな風に、男をバカにするようなサロンに行くんじゃない』と説得していましたが・・・」


令嬢がディアーナを見つめた。


「どうしても興味があって、今朝早くに屋敷を抜け出したのです。街へ来たら、女性たちがこちらのサロンの噂をしていたので、抽選会場もすぐに分かりました。そうしたら、なぜか・・・今日の15時にサロンへ行きなさい、と言われたのです」


・・・と言うことは本来の客とは違う人物が来たのか・・・ディアーナは側仕えの女性をちらりと見た。女性はディアーナの視線に気づくことはなく、何やら書き込んでいる。


「事情は分かりました。遅くなりましたが、メニューをどうぞ。胃腸に優しく、栄養たっぷりの品がいいですね。バナナやリンゴをベースにしたケーキやパイをお茶菓子にいかがですか?」


無表情だった令嬢はそこでモジモジと顔を赤らめた。


「できれば・・・チョコレートを食べたいのですが・・・食べたことがないので」


「ではボリューム満点のチョコバナナケーキはいかかでしょう。チョコレートも添えて」


ルナがメニューを指す。いいですね、と令嬢が頷き、飲みものはアップルティーを希望した。

茶と茶菓子が来る間も、令嬢が庭師の爺やの手引きによって、家族が不在の間は庭に出て遊んでいたこと、彼から文字や言葉を覚えてきたこと、その庭師が最近、亡くなったことなどを話していた。


「逃げて教会や救護院に保護を求めようとは思わなかったのですか?」


ディアーナが尋ねると、令嬢は首を振った。


「家族の愛情は得られませんでしたが、庭師や母を慕っていた使用人たちがそれなりに気遣ってくれたので・・・庭で遊んでいても、使用人たちに咎め立てられことはありませんでした」


「咎めることもなければ、関わることもなかったというわけですね・・・」


汚れたワンピースを思い出し、ディアーナはまたまた深いため息をつく。


「でもシンデレラ嬢。貴女は今日から王妃様の保護下に入ります。教会へ行きますか?保護院へ行きますか?あなたの希望をお聞きしたいです」


「・・・シンデレラ」


令嬢が鏡に映る自分自身を見つめながら呟いた。

小柄な身体つきだが、その顔は可愛いらしい。


「下弦の月の日に、こうしてここへ来たのも、月の女神のお導きでしょう。下弦の月には過去との決別、と大きな意味を持つのです」


「・・・過去と決別」


シンデレラ、と呼ばれた令嬢がディアーナの言葉を繰り返した。


「庭師の爺やが亡くなって、私ももう儚くなっても良いかな、と思っていました。

最後にこちらのサロンへ来られたら本望だと・・・

でも・・・そうですね・・・

この国には、こんなに美味しいケーキがあって、温かいリンゴのお茶があると知ってしまったら・・・

もう少し、こちらに留まって、色々なことが知りたいと欲が出てきてしまいました・・・」


チョコバナナケーキを口にしたり、アップルティーを飲んだり、喋ったり。ひとつひとつはゆっくりした動きではあるが、なかなかに忙しそうである。


「・・・私、絵を描くことが好きなんです。絵師の元で学びたいです」


ディアーナは目を見開いてから、その目を細めた。

古今東西、シンデレラ(たん)は数あれど、たいてい不遇なヒロインが何かをきっかけに表に出て、ヒーローの庇護の下、幸せになるストーリーが多い。

だが、こちらのシンデレラは学びたいと言う。


「・・・お名前をお伺いしても良いですか?」


顧客の名前に興味のないディアーナが、初めて客に名前を尋ねた。


「レーラと申します」


「レーラ様、ぜひあなたに絵を描いて頂きたいの。

当サロンの看板白猫兄妹の絵を描けるかしら?

もちろん実力に応じた金銭をお支払いいたします。

そうそう私、忖度など一切しませんから。

私が下手だと思ったら、それなりの金額になるし、素晴らしい出来栄えだったら、それ相応の対価をお支払いいたします」


チョコレートを頼むとき以外、ほぼ無表情だったレーラが、目を真ん丸にした。


「貴女様の手を見ていたら、素晴らしい絵を描きそうだと思いました。私が一番最初の客に名乗り出たいです。

芸術の世界へ跳んで下さい。レーラ様」



☆☆☆



その後、レーラの父、義母、義兄妹が貴族牢に捕らえられた。レーラの実母に対する事故に見せかけた殺害と、レーラへの長きに渡る育児放棄の容疑がかけられたのだ。


殺人事件に関しては、レーラの父が無罪を主張する一方で、元使用人が馬車の細工を命じられたと自白していた。

レーラに関しても、育児放棄などしていないと家族全員が主張を続けている。



そんな数日後、とある私刑が敢行されていた。


牢の外壁にぶら下がるふたつの全裸の絞殺死体。

レーラの父と義兄であった。

その胸には『己の罪を認めぬ愚者』と彫られていて、なんと男根が切り落とされていた。

腸が尻の穴から垂れ下がり、切り落とされたブツが無造作に血溜まりの中に投げ捨てられている。

その惨状を知らされた、義母と義妹は発狂寸前。ようやくレーラへの虐待を認めた。

しばらくしたら、最果ての修道院へ送られるそうだ。


この残虐な私刑は、騎士団でも大きな衝撃を与えた。

私刑は認められていないので、殺人事件である。

だが、この数人がかりによる凶行は、騎士団の中に実行犯がいる可能性もあった。


そして今もってこの事件は未解決である。



☆☆☆



「騎士団でのお嬢様の悪口が一切なくなったそうです」


ルナが兄妹猫にほぐしたボイルドフィッシュを与えながら言う。


「そうなの」


相変わらず、関心なさそうなディアーナ。

インチキ占い師だった前世では、カリスマ占い師と讃えられる一方、誹謗中傷も多かったので免疫があるのだ。


「別に炎上していても良かったのに。非難されるということは、良くも悪くもそれだけ関心があったのよ。

一番怖いのは、無関心だわ。

もしかしたら、この平和な王国のどこかに、レーラのような境遇の子どもたちが、まだいるのかも知れないのよね・・・」


「・・・・・・」


なんとなく王妃様の憂いが読めてきて、口をつぐんでしまう面々であった。

いつもありがとうございます!

申し訳ありません。

感想フォームは閉じさせて頂いております。

m(_ _)m

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