王都での新たなる日常。新月に下った王妃命!
・・・一体、どうしてこうなったのでしょう。
上質なマホガニー椅子に座ったディアーナは、膝の上でゴロゴロ喉を鳴らす、真っ白な仔猫を撫でていた。
黄色と青色のオッドアイの兄妹猫。聴力が弱いのか、名前を呼んでも反応することは稀だが、こうして気ままに膝に乗ったりしてくる。もう一匹は窓の前で日向ぼっこをしていた。
☆☆☆
海辺の別荘地から、王太子殿下を追いかけるように王都へ入ると、伯爵邸へ戻るより先に、馬車は王城へ誘導されてしまった。
無事にディアーナの貞操帯の解錠とはなったが、その際に王太子と一悶着あった。
解錠に立ち合いたいなどど王太子が言い出したのだ。
それは王太子の護衛官トレイシーと、伯爵家の調理補助をしているミリアムのせい。
ミリアムが恋人のトレイシーに、自身が護身用に装着していた貞操帯の解錠をお願いしたのを、トレイシーが興奮気味、自慢気に王太子に話したからだ。
フェロモン臭がどうだの、未知の世界(女体のこと)がどうだの、王太子、いや助平男子の好奇心を煽りに煽った。
鍵の受け渡しについて、城の広間で王太子とディアーナが揉めていると、何の騒ぎだと王妃が現れてしまったのである。
見目麗しき王太子殿下が、にわかガールフレンドだとしても、伯爵令嬢の貞操帯の解錠に立ち合うだなんてあり得ない。
そもそも貞操帯など戦時中でもあるまいし、今時の貴族婦女、誰も装着などしない。
前世でだって、SMやAVの中でのアイテムでしょうが。・・・知らないけど。
しかもこの貞操帯、例のローマン大公殿下が、王太子御様子伺い依頼の際に、伯爵家へ託したと言うのだからタチが悪い。
本当にあの腹黒王弟は何を考えているのだろう。
甥っ子を心配しているんだか、意地悪しているんだか、その真意が全く分からない。
ご丁寧にも金属製と革製、お好みでどうぞ、などときたものだ。なんと革製は大公殿下のオリジナルで作らせた特注品らしい。
当然、ディアーナが金属製を装着させられた。
ちなみに海辺のデートの時は専属侍女のルナの強い依願、夜間の装着は王太子の指示だった。名目はどちらも伯爵令嬢の純潔を死守するため。・・・いい迷惑この上ない。
暴漢に襲われるかも、などとインチキ占いを専属侍女補佐スージーに見せるんじゃなかった。
想像以上に大事になってしまい、自業自得とはいえウンザリしていたディアーナであった。
結局、事態を面白がった王妃が自ら、解錠に立ち合ったのだ。
一生の汚点。顔から火などと可愛いらしいものではなく、炎が出る体験をしてしまった。
「王太子が生き生きして戻ってきたかと思ったら、こんな面白いことになっていたのね」
などと扇の下で微笑む王妃が怖い。怖すぎる。
その美しい瞳は全然笑っていませんでしたから。
それからしばらくした新月の頃、王妃命が下った。
城にほど近い街中での『慈善事業』の女主人に、ディアーナが任命されたのだ。
王妃の私財で始める特別サロンなのだという。
空き店舗を改装したサロンは、環境にも王妃の懐にも優しいらしい。
完全予約制の女性のためのティーサロンで、貴族でも平民でも利用できる。男子禁制だが、子連れと夫同伴はOK。利用はひとり40分ほど。お茶を飲みながら、ディアーナに相談事ができるというものだ。
・・・なにそれ。需要なんてないんじゃない?
などとタカをくくっていたところ、慈善事業の枠なので、無料ということもあり、三日月のオープンから、2週間ほど経った現在、予約希望が殺到しているのだという。抽選会が大変な騒ぎになっているらしい。
無料とはいうものの、寄付は受け付けているので、その額が結構な金額になっているとも聞いた。寄付金は王妃の裁量で、サロンの運営費を主に、乳児院や孤児院、教会や学校などへ振り分けるとか。
予約受付も寄付金の管理も王妃側の管轄なので、ディアーナは一切ノータッチだった。
ディアーナを手伝うスタッフたちは、サロンの環境整備や茶葉や茶菓子の仕入れなどを任されている。
ディアーナに至っては接客のみ。顧客にお茶の好みを聞いて、スタッフに用意させてから、顧客の話をただ聞いて感想を言うだけだ。要望があれば占いもするが、ほぼ全員が占いを所望する。
どの時代、どの世界でも女性って占術好きが多いのね。
でも何この茶番劇。王妃が何をさせたいのか分からない、というのがディアーナの本音であった。
なので、ディアーナの唯一の抵抗として、サロンに入入った際、まず目に留まるよう、デカデカした額を掲げさせた。その額には匠に書かせた標語を納めてある。
『尊ばれぬ者、誠の貴族にあらず』
『幸せは他人に与えられるものではない』
貴族の散漫さと他力本願な人間を嫌悪するディアーナの本音を現してやったのだ。
開業祝いにやってきた王妃と王太子がその額を見るや否や爆笑したのは記憶に新しい。
王族がこんな風に笑うだなんてびっくりだった。
そして、オッドアイの兄妹仔猫は王太子から頂いた。
しかも名前はすでに決まっていた。セブンとディーなんだそうだ。
サロンは祝日以外の週6日。10時から15時までの5時間。予約は1日5名のみ。
ちなみに、ディアーナは学校が嫌いで、貴族学園の登園拒否を入学以前から表明していたため、入学時に卒業試験を受けて合格。卒業してしまっていた。
貴族のマウント取り合戦の温床で、誰が時間を潰すものですか。義務教育でもないのですから。友人や異性との出会い?そんなモノは求めておりません。
などとのたまって、家族や学校関係者を呆れさせた伝説を持つディアーナ。
前世では6・3・3+4年と学校へ通っていたし、幸いにもその知識は残っていたので、貴族学校の勉強がとても容易であったのだ。
そういうわけで16歳にして、慈善事業に週6日も駆り出される事になったのである。
☆☆☆
「お嬢様、本日11時台のお客様、子爵家夫人がいらっしゃいました。ご長男さんとご一緒です」
品の良いブルーのデイドレス姿のルナが言う。
ベージュをベースにした温かみのあるサロン。調度品は高級品が揃っている。そして毎日新鮮な花が活けられていた。抽選になってしまうけれど、ここに平民が無料で利用できるなんて最高である。
「ですってよ、セブン」
膝の上の仔猫に言ったが、セブンはディアーナの膝から動く気配はない。ディアーナは苦笑して頭を撫でると頷いた。
「お通してちょうだい」
サロンに入って来た夫人と10歳くらいの男の子が、額の標語を見て、ギョッとしていたのを、ディアーナはすんとした表情で見つめていた。
丸テープルの向かい側の椅子を、ディアーナは座ったまま勧め、その高級な椅子をルナが引く。
男の子はディアーナの膝で丸くなっているセブンを興味深々で眺めていた。
「お茶は何にいたしますか?紅茶?気分転換ならミントティー。気分を高揚させるにはローズティー。気分が沈んでいる時などはカモミールティーがお勧めです。お好みや気分に合わせてブレンドもできますよ。ジュースのメニューも揃えております」
ディアーナに合わせるように、お茶と茶菓子のメニューを、ルナが子爵夫人と男の子に渡す。
「ぼく、チョコレートドリンクのアイスがいい。クリーム増し増しで。茶菓子はボックスクッキーで」
男の子が早々に決めるとルナはかしこましました、とメニューを受け取った。
夫人はメニューを見てしばらく悩んでいたが、
「カモミールとリンデン、レモンバームのブレンドハーブティーを。茶菓子はドライフルーツをお願いします」
そうルナにオーダーした。
子爵夫人のオーダーに、ディアーナはふむ、と考えてから
「もしかしてあまり眠れていないのですか?」
ディアーナが尋ねると、夫人はハッとしてディアーナを見つめ、涙を一筋、頬に流した。
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