13日月の思惑と本音
これから王宮へ戻る王太子は、それはそれは見目麗しい騎士姿をしており、女性たちはポカンと見惚れてしまう。
変装とか、武装とかなのかしら?
まぁ、何でもいいわ。王太子の事情など知らないし。
などとディアーナは内心思いつつ、
「・・・ご機嫌麗しゅう、太陽・・・なんだったかしら・・・王太子殿下」
ディアーナは口上をど忘れしてしまい、モゴモゴと口先だけで誤魔化した。
大体、これまで社交界とはほぼ無縁だったのだから、定型挨拶など意識しないのだ。
「・・・今さら白々しいから。ディー」
呆れたような傷ついたような複雑な表情を浮かべ、王太子は盛大にため息をついた。
「・・・まず、この者は連行する」
ペタリと床に座り込んで、青ざめているランドリーメイドを一瞥すると、控えている護衛騎士のマシューに向かって頷く。
仕方あるまい。伯爵家の別荘内部へ、王族の侍者とはいえ不法侵入のほう助したのだから。
マシューはランドリーメイドの腕を掴んで、引きずるように居間を出ようとする。
一瞬、ルナと目を見交わした。
「・・・で、話は戻って、ディーは僕の顔だけが好きなんだっけ?」
「いや、あの、その・・・今日もカッコいいですわ。王太子殿下」
「おべっかはいらないから」
とんちんかんなディアーナに王太子はピシャリと言う。
「さようでございますか・・・」
ディアーナは曖昧に微笑んで、
「顔だけが好き、は語弊がありますね・・・」
「ふーん、なるほど?」
ムスッとしている王太子にディアーナは怯みつつ続けた。
「尊敬いたしておりますし、敬愛の念も抱いております」
「そういう事を聞きたいんじゃないんだけど?」
王太子は壁を作ってくるディアーナに、ちょっと苛立った様子を見せる。
「じゃあ、単刀直入に聞こう。ディーは誰にでも口移しで、薬や飲み物を飲ませるのか?」
「目の前に病気や怪我などで弱った人がいて、必要とあらば当然すると思います」
ディアーナがさらりと言うと、王太子は目を剥いた。
「男でもか!?」
「弱者に老若男女は関係ありません。逆に殿下にお尋ねしますけど、弱った婦女がいたら、助けないのですか?」
「うっ・・・そ、そりゃあ、助ける、けど・・・」
王太子は狼狽えながら答え、
「で、でもあの程度だったら、わざわざ口移しなんてしなくても・・・」
などと続ける。
「確かに。殿下以外の人だったら、あそこまではしなかったでしょうね」
「だったら、なんで口移しなんて・・・」
「イケメン王子様だからです」
ディアーナの言い草に、そばで控えていたルナは、あんぐりと口を開いた。天然にもほどがある。天然と不敬は紙一重なのか。呆れてものも言えない、マナーは?淑女教育はどこへ行った?そんな表情。
「はぁ・・・」
王太子は少々疲れた様子でこめかみを揉んだ。
「・・・じゃあ、ディーは誰でも彼でもおしおきのキスを受けると言うんだね」
居間にいる面々が目をまん丸にしてから、真っ赤になる。
「それは違います。殿下と私はあの時点では、友達以上恋人未満の関係でしたから。殿下以外の人に唇は許しません。もちろん今後は分かりませんけれど」
ディアーナがキッパリと答えると、王太子は首を振った。
「それはダメだ。他の男がディーの恋人になるのは許さない」
「ええ?」
王太子にディアーナが抗議する。
「そのようなことを言われても困ります。約束はできません」
「ディーには正式に僕の婚約者候補として、王宮に通ってもらう」
王太子が宣言すると、ルナ、ミリアム、スージーが、わっ!と歓喜の声を上げた。
「だから、何度も言っていますが、絶対ムリだし、絶対にイヤです」
「「「無理じゃない」」」
王太子とルナたちが声を揃えた。
「無理じゃないと言われても、絶対にイヤです。
せっかく平和な世の中で、のんびりお嬢様ライフを送っているのに、何が悲しくて、腹黒貴族が牛耳る欲望渦巻く王宮に入らなくてはならないのですか。
貴族とは名ばかり。自分たちの出世や家門の繁栄のためなら、暗殺すらも厭わないゲスな集まりですよ?
王太子殿下は何度、飲食物に毒物を混入されたのです?
やっと、私のジュースでデトックスできて、元気なお姿でお見送りできるのです。
このまま、良き思い出だけを胸に抱き、穏やかにお別れいたしましょう・・・」
「却下する」
王太子は声を上げた。
「僕は絶対にディーを手放さない」
「私は絶対に王宮なんぞには行きません」
ルナはハラハラした面持ちで、王太子とディアーナを交互に見た。ディアーナはかなり過激な物言いをしている。良い仲の王太子が相手だから、聞き流してもらえているようだけれど、これが他の高位貴族だったら、こうはいかないだろう。
「取り敢えず今日は引くけれど、僕は諦めないからね」
「無駄な労力はお使いにならないで下さい。
私たちの関係は上弦の月夜に終了したのです」
「いいや。あの夜から始まったんだよ」
王太子は断言した。
「それに国民もディーを妃にと望んだらどうする?」
「民たちが?」
ディアーナが目をパチクリさせた。
「そんな卦体なことあり得ません。しかしながら・・・万が一、いいえ、億が一、そのような要望があったとしたら、馳せ参ずるしかありませんが・・・?
でも絶対にそのような事はないでしょう」
「そうだよね。平和と平等を重んじるディアーナ嬢は、か弱き国民の願いだったら無下にできないよね」
王太子の微笑に、んん?とディアーナは首を傾げた。
何だか変な方向に話が向かっているような?
王太子はディアーナの手を取ると、その指先に口づけを落とした。
「ディー、王都で待っている」
「は、はい・・・王都、で」
「ではご令嬢方、王宮でお会いしましょう」
トレイシーが礼を取ると、ディアーナは慌てて、
「殿下!鍵、鍵をください」
と追いかけるように両手を差し出す。
「鍵?何の?」
眉間に皺を寄せる王太子に、ディアーナは顔を赤らめ、
「て、貞操帯の・・・」
と耳元で囁いた。
「ああ。あの鍵なら荷馬車の鍵つきトランクの中だ。なんせ非常に大事なものだから、慎重に取り扱わないと」
「えぇ・・・今日、返してもらえるとばかり・・・」
ディアーナが情けない声を出す。
「返して欲しかったら、早く僕を追いかけて来るんだね。大方、ちょっとのんびりビーチで過ごそう、なんて思っていたんだろうけど?」
王太子がふふん、と腕を組んで言う。
「ほんとですよ・・・せっかくの海だから、少々泳いだりしてみようなんて思っていたけど・・・こんなのがついていたら逆に溺れてしまうではないですか・・・」
などとディアーナは貴族令嬢にあるまじき、仰天発言をしたので、王太子は目を見開いた。
「絶対禁止!早く荷物をまとめて王都に戻るように」
そうして護衛官のトレイシーと共に居間を出て行く。
「聞いたか?王宮は腹黒貴族が牛耳っていて、欲望渦巻くところなんだそうだ」
「ゲスな集まり、とも言ってましたね」
廊下で笑って話している男性陣に、ルナとミリアム、スージーは顔を見合わせて、やれやれと首を振った。
ディアーナはグッタリとソファに身を沈めると、
「いい加減、かぶれちゃうわよ・・・」
と、己の不幸を嘆いたのであった。
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