満月の舞踏会
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ステキな月夜 or 一日でありますように
豪華なシャンデリアが煌めいて、色とりどりのドレスが舞う絢爛な王宮の大広間。喧騒とキツイ香水の匂いから逃れたディアーナは暗い庭園に出て、ホッと息をついた。
夜空には大きな満月。
「・・・ケンカが重くなる満月、ね」
真ん丸お月様を眺めながら、ディアーナが呟く。
「へぇ、満月ってそうなんだ」
と声が聞こえて、ディアーナは飛び上がりそうになるくらいびっくりした。
庭園には先客がいたようだ。全く気づかなかった。
暗闇に目を凝らすと、少し先に、背の高いシルバーグレーの燕尾服姿の男性を捉えた。
「満月にケンカをすると大事になるの?」
男性が面白そうに尋ねてくる。
「・・・そんな大真面目に受け取らないで下さい」
ディアーナが苦笑いを浮かべる。
「ええ?気になるじゃないか」
男性の言葉にディアーナは肩をすくめた。
「・・・満月には病に気をつけよ、乙女。
満月の夜にケンカはするな。長引く。
満月に訴訟はするな、拗れる。
新月には種を撒け、新しいことを始めよ。
そんな『たとえ話』が月にはあるというだけのことです」
「へー。興味深い例えだね。
満月はだんだん欠けていくし、新月はだんだん満ちていくからか。
病気の場合は、だんだん欠けて失くなるって発想でも良い気がするけど」
「そうですね・・・ただのたとえ話ですから。
どんな解釈でも良いのではないでしょうか。
人それぞれ。十人十色です。
月の模様がそれぞれ違って見えるように。
大体、こんなキレイな月夜にケンカなんかするよりも、愛を語り合った方が断然ロマンチックだと思いますし」
「・・・君の名前は?僕はローマン。ロマンチックって意味ではないけどね」
「・・・ディアーナ、と申します」
ローマンがディアーナへ少し近づいてきた。
「へぇ。月の女神か。月読みの君にピッタリの名前だ」
「月読みだなんて、また大げさな」
ディアーナは嫌そうな顔をした。預言者や占星術師みたいに思われるのはちょっと困る。
「君の満月の読みは当たる。これから大きなケンカが起こるよ」
ローマンが恭しく手を差し出してきた。
「月の女神、ディアーナ嬢。一曲お相手を願えませんか?」
せっかく騒々しいホールから逃げて来たのにな、とディアーナは思ったが、その手を拒むことはしなかった。なんと言っても見目麗しい高貴な男性からのお誘いである。
所詮は今宵、ひとときの事だ。満月の夜の夢。
ローマンとディアーナが並んで大広間に戻った途端、怒鳴り声が響いて、音楽がピタリと止んだ。
「アナスタシア公爵令嬢!君との婚約は今夜限りで破棄させてもらう!」
ホールのど真ん中に、一番派手なカップルがいた。
サラサラのプラチナブロンドの男性と銀髪ロングヘアで真っ赤なドレスに身を包んだ女性。王太子とその婚約者だ。
「ほら、始まった。王家に関わる重大案件だ」
ローマンが大げさにため息をつきながら言った。
ディアーナは違和感を抱きつつローマンの横顔を見上げ、そして王太子の顔をまじまじと見て、
「でもここだけの話。王太子殿下には死相が出ていますから、ここは破棄の流れに乗った方が良いかと」
ディアーナが扇で口元を隠し、ローマンの耳元に寄せて囁くように言った。
ローマンはギョッとしたようにディアーナを眺める。
「・・・君は一体・・・」
「ああ、別に預言者でも何でもないですよ。
そもそも王家は近親婚を繰り返しし過ぎているんです。王太子殿下は元々身体が丈夫ではありません。
ほら、見てください。誰よりも顔色が悪いし、額に縦皺があるでしょう。血行も悪く、ストレスが溜まっている証拠です。
王太子殿下に必要なのは、美しいイトコの婚約者よりも、マッサージと栄養補給と十分な休養です」
ディアーナとローマンのヒソヒソ話を遮るように、公爵令嬢の冷静な声がホールに響いた。
「婚約破棄したい理由をお伺いしても?」
「真実の愛を見つけてしまったんだ!」
王太子の傍らから、ひょっこりと可愛らしいご令嬢が現れた。誰も驚かないのは、公認の愛人だったのだろうか。クールビューティーな公爵令嬢とは対照的に、肉感的で男性の庇護欲をかき立てるような、顔のパーツが中心に寄って、鼻が特徴的な童顔美少女がにこにこしていた。
「・・・アレはダメだわ。さげまんよ」
ディアーナは思わず呟く。
「こうしてはいられないわ。急いで帰らないと」
「え!帰ってしまうのかい!?さげまんって何?それよりダンスは?」
「申し訳ありませんが、これにて失礼いたします」
ディアーナは呆然とするローマンの手をそっと払って、急いで王宮を出て行った。
***
ディアーナが従者と共に屋敷に戻ると、執事や侍女たちが失望の表情を浮かべて、ディアーナを迎えた。
「また舞踏会を途中で抜け出してきたんですか?」
「だって王太子殿下が婚約破棄を申し渡していたのよ?国の命運を左右する一大事じゃない」
「え!殿下はついにやってしまったんですか!」
ディアーナの返事に侍女たちはどよめいた。
「お嬢様の占い、今回は当たりましたね!王太子殿下のドタバタに巻き込まれるだろう、って」
ディアーナは唇を尖らして、まあね、と頷いた。
「着替えを手伝って。また占いたいの」
「かしこまりました」
侍女たちがディアーナと自室へ向かう。
ディアーナ伯爵令嬢。16歳。ブロンドのストレートロングで青い瞳。顔立ちは可もなく不可もなし。異性に特段モテるということもない。
ふたりの姉がいて、長姉は侯爵家次男との縁談も決まっているし、次姉はお家事情により、すでに別派閥の伯爵家へ嫁いでいった。三女であるディアーナはいい意味でほうっておかれている。
ありがたい。社交もコルセットもドレスも苦手だから。
ディアーナは実は、占いを生業としていた転生者である。
風水や占いが生活に密着しているとある国から、貴族社会全盛のこの異世界へやってきた。
占い師時代はとにかくお金を稼ぐことだけを目的に、随分と適当な占いをしていた。顔相、手相、水晶占いが一応の専門。
実際はつらつらと曖昧な言葉を並べていただけ。大抵は何らかのワードに引っかかったから。
俗に言う『インチキ占い師』だった。
占いに頼る人というのは、現状が幸せでない人たちが多い。
ほんの少し、運が上向くように導くだけで、カリスマ占い師などと持ち上げられたりしたものだ。
ところがある日、寿命を知りたいと懇願してきた客が来た。進行性の病に冒されたシングルマザー。
寿命を教えるのは、占い界ではタブー。御法度である。
しかしどうしても寿命を知って遺される子どもたちに、できるだけのことをしてやりたいのだと言う。
医師には余命半年だと告げられた、と話していたので、手相や顔相を見ると大差なかったため、そのようですね、と答えてしまったのが悪かった。医師は余命宣告などしていなかったのだ。
病気はどんどん進行し、3ヶ月ほどでこの世を去ってしまったのである。寿命を知り、ショックで心を病んだ結果だと、遺族には大層恨まれ訴訟問題にまで発展した。
そんなある日、出先で地下鉄に乗ろうと階段を降りていた時、背後から背中を思い切り押されたのだ。
死を覚悟したその瞬間、重い熱病で儚くなりかけていた異世界のディアーナに憑依して、転生と相なったのであった。
占い師としての知識が不思議と残っていたため、今世では丁寧な占術を心がけた。貴族令嬢に転生したおかげで、お金にこだわる必要がなかったのが最大の幸運だと思う。
なるべく多くの悩める人たちの、ほんの少しの力にでもなれたら良い。
悔恨と羞恥からのダメージ回復。挽回。
・・・言ってしまえば自己満足だけども。
そうせずにはいられない。
だってなんのために、占いの知識を持って転生したのか。インチキ占い師だったのに。
ディアーナはゆったりとしたロングワンピースに着替え、香を焚き、特注で作らせたティンシャを響かせた。
部屋を浄化させ、気分を落ち着かせる。
水晶を両手に持ちしばらく瞑想。
そして台座に載せた水晶を覗き込む。
水晶が暗色に渦巻いていた。思い違い、誤解、別離・・・
王太子殿下の死相と言っても、それは死を招くという意味ではない。きちんとした対応を取れば、最悪の事態だって回避できる。
でもあの愛人はイカン。趣味が悪すぎる。早く切った方がいい・・・けど?
「・・・うん?もしかしたらアレはふり・・・?」
ディアーナは天井を仰ぎ見る。ブロンドの髪がさらりと揺れた。そしてしばし考え込んだ。
***
数日後、ディアーナが自室で香の調合をしていると、来客が告げられた。ドレスに着替えて、応接間へ向かう。
「ローマン大公殿下。先日は失礼いたしました」
長椅子でくつろいでいたローマンに、ディアーナは膝を曲げて挨拶をした。
現国王の歳の離れた末弟君。
「やだなぁ、畏まらないでよ」
ローマンが苦笑する。
「僕の正体、バレちゃったんだ」
「それは、その・・・とっくに・・・お付きの方があちこちに隠れて?いらっしゃいましたし・・・それに・・・アナスタシア様の真の恋人だとも・・・」
ローマンは目を細めた。
「月の女神はそこまで知っていたのか」
「・・・あの愛人を仕込んだのも・・・」
ディアーナはそう言いかけて口をつぐむ。
「・・・愛人を仕込んだのも?」
「何でもありません。真実だからって何もかもつまびらかにする必要はないですから」
どうぞ座って、と促されたので、ディアーナは下座の斜め向かいに腰を下ろした。
「結論から言うと、王太子とアナスタシアの婚約は解消された。表向きは王太子の療養が理由」
真実の愛は?と聞こうとしてやめた。そもそも『真実の愛』など、どこにもなかったのだから。解決もなにもない。
「・・・あのさげまん愛人もどきは、どうなったのですか?」
「修道院行きになった」
王太子を誘惑しろと、そそのかしたであろう本人がここにいて、あの童顔令嬢はとんだとばっちりをくらったものだ。お気の毒に・・・ああ、でも幸薄そうな顔相だったわ・・・
「そうですか・・・」
「ところでさげまんって何?」
ローマン大公が尋ねる。どうしても気になるようだ。
「一緒にいると不幸にしかならない女性のことです」
「・・・だから死相が出たの?」
ディアーナは首を傾げた。
「不思議だったんです。真実の愛を見つけて、婚約破棄をするのに、なぜ王太子殿下はあんなに辛そうだったのでしょう。
普通だったら、キャピキャピ、ウフフ、ルンルン、のお花畑状態だと思います。
・・・もしかしたら、あの童顔令嬢はふりなのでは?と想像してみました。
王太子殿下は本当はアナスタシア様を想っているのではないのかと・・・
でもアナスタシア様は大公殿下の紋章の主色、ローズレッドのドレスをお召しでした。
そしてその大公殿下もシルバーグレーを身に纏っておられました。
王太子殿下は大公殿下の策謀を初めから知っていて、甘んじて受け入れていたと思えば、色々しっくりきたのです・・・」
「僕は王座に興味はない。欲しいのは彼女だけだ」
ローマン大公はキッパリと言った。
「それはアナスタシア様も同じ想いだと・・・」
ディアーナも頷いた。
ただ・・・王太子殿下は愛だの、恋だのだけの話では済まされない。玉座に座る、将来の王となられるお方なのだから。
今回はハニートラップが少々、お粗末だったと言わざるを得ないけども。
・・・そこは触れないでいた方が身のためだ。
「安心して。王太子は王位継承権を剥奪などされていないから。どこぞの伯爵が奔走してくれたおかげもあってね。
それから王太子は海辺の保養地で療養中だよ」
「・・・・・・」
ディアーナは逡巡する。
王族に関わるとロクな目に遭わないのに。
***
ざざーん。
穏やかな波音が耳に心地良い。
とある浜辺の一画に、臨時のジューススタンドがオープンした。
裏メニューで、手相占いがしてもらえると、もっぱらの評判だ。
「お兄さん、また今日もそんなつまらなそうな顔をして。はい、ビーツのジュースでもいかがですか?」
ブロンドのロングヘアをポニーテールで結んでいる若い娘が、カウンターにビーツジュースのグラスを置く。
「ビーツは血流を良くして、解毒作用も期待できますからね。でも飲み過ぎには注意ですよ。お腹を下しますから」
お兄さん、と呼ばれた若い男性は渋々、グラスを手に取る。
「身体に良いかも知れないけど、あんまり美味しいとは思わないんだよね」
「あまりに『不味い、不味い、もういっぱい!』と言われたので、今日はレシピを変えてみました。美味しく飲めると思いますよ」
「まさかの僕、味見係!?」
男性が驚きの声を上げると、娘は太陽のように明るくカラカラと笑って、
「まあまあ、タダで飲ませてあげているんだし。そのくらいはお願いします」
「ま、まぁ、いいけど・・・」
頬をちょっと赤く染める男性。
「・・・どっちみち、毒味役が先に飲んでるんだし」
ボソッと呟いた娘の声は聞こえなかったようだ。男性はゴクリとひと口飲んでから、うんうん頷いた。
「うん。これなら飲める」
「それは良かったです。では次に手のひらを見せて下さい」
男性がカウンターに両手を載せる。
娘はじっくりと眺めて
「ふんふん。血行も良くなってきているし、金星丘もふっくらしてきてますね・・・生命線はっと・・・」
男性の手のひらに、娘は彼女の長い爪をぐりぐり押しつけた。
「痛い!痛いよ!レディー・ディー。何するんだい」
男性が悲鳴を上げる。
「生命線を100歳まで伸ばしているんです」
レディー・ディーと呼ばれた娘はしれっと答えた。
「100歳!!そ、そんなに伸ばさなくていいから」
「ええ?そうですか?そんな遠慮しなくても」
レディー・ディーはにっこりと笑う。
「だって、今日は新月。きっと明後日の三日月には、ステキな出会いがありますよ」
「・・・ハニトラはもう十分だよ」
男性がレディー・ディーに思わず愚痴をこぼした。
「満月の夜には、人の本心が現れやすい。
満月の失恋は、執着しやすい。
でも、ホラ、失恋の痛手を癒すのは『新しい恋』ですよ。
三日月は願いが叶いやすいと言われます。
あくまでも『たとえ話』ですけれど。
でもロマンチックではありませんか?
三日月の夜にビーチでの出会い・・・むふふ」
「レディー・ディー。よだれ」
男性が腕を伸ばし、自身のシャツの袖口で、レディー・ディーの口元をゴシゴシ拭う。
「もともと潮風にさらされている顔だ。ハンカチでないけど、いいだろう?」
「はい。私は潔癖症ではないので、大丈夫です」
「・・・少しは意識してくれてもいいけど・・・」
男性の指先がレディー・ディーの唇の端に触れた。
ふたりはちょっと息を止め、黙り込む。
波が静かに打ち寄せている。
「・・・三日月の夜に出会いがあるなら、君に会いたい」
男性がボソリと言う。さらさらのプラチナブロンドがきらきら光っている。緑の瞳の奥が戸惑いがちに揺れた。
「もし・・・三日月の夜に会えたら、本名を教えてくれる?レディー・ディー」
「・・・お兄さんも教えてくれるなら」
レディー・ディーの答えに、太陽の光で反射する海面に負けないくらい、男性はキラキラと輝かんばかりの笑顔を見せて、大きく頷いた。
・・・もちろん、死相なんてモノは消えている。
そんな怪しげな問題発言を信じた大公はどうかしていると思う。
いくら愛し合っているからとはいえ、舞踏会の夜、互いの色を纏って『匂わせ』るなんて、王太子殿下に対して失礼すぎる。
だから、元インチキ占い師も『匂わせ』『怖がらせ』てやった。
確かに大公は、王座には興味がない。
けれども政略的とはいえ、公爵令嬢の婚約者であった王太子を憎らしくは思っていた。
だから、あんなお粗末なハニートラップで追放しようとしたのだ。
だけども、そこに元インチキ占い師が『死相』が出ているなどと世にも恐ろしい不幸予言をした。
死、以上の不幸なことはない。
甥っ子に対して、同情したのか、気が済んだのか、犠牲は最小限に抑えられたのだ。
王位継承権は守られた。
王太子殿下と大公殿下をしばらく離した方が良いと思った末の、方便だったとは一生の秘密。
もちろん、今世は誠心誠意、心をこめた占いをしようとは思うけど・・・?
レディー・ディーもとびきり輝くような笑顔を見せた。
いつもありがとうございます!
申し訳ありません。
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