・・・長っ!
「ベルトラン・・・それは・・・いや、そうとしか説明がつかない・・・のか?だが、そうだとするのならば、召喚そのものが失敗したという結論だぞ」
ぶっちゃけ、人間をヤメた覚えは微塵もない。だけれどココへは「転移」という方法でやってきたわけで、なんなら元の世界の最後がどうなったのかを僕は覚えていない。コレがもし「転移」ではなく「転生」だったとしたなら、僕が人間でなくなっている可能性はある(no)。
ちょっとまて・・・「NO」だって?そう言えば魔力値「0」の衝撃で忘れていたけれど、そんな僕にもギフトはあるようだ。
「いえ、しかし・・・そ、そうです、ギフトは表示されております。コレも人間にしか与えられないもので・・・シャーロック?き、聞いたことがありません・・・ね」
ギフト「シャーロック」?僕たちの世界のシャーロックだろうか?そうだとするなら「シャーロック・ホームズ」のことだろうか(yes)。分かりやすいものもあったけれど、例えば屋地の「レーヴァティン」は魔剣のことで、剣技におけるスキルだ。他にも「アイギス」の盾、「フライクーゲル」は魔弾と、象徴のようなネーミングもあった。そこから推測すると「シャーロック」は・・・探偵?(no)ならば推理か(no)・・・これも違うらしい。僕の頭に響くこの「yes/no」がシャーロックなのだろうけど、簡単に答えは教えてくれないらしい。ちなみに、魔剣や魔弾なんてのを知っているという部分だけど、僕も昔、一般的な「中二病」を患ったことがある。
「華焔様・・・アナタは一体ナニモノなのです?」
それはこちらが聞きたい。
「そう聞かれても、こちらに召喚したのはソチラだ。ついでに言えば、向こうの世界で人間だったことは間違いないと思うよ。なにせ向こうには魔族どころか亜人も居ないからね」
少し怯えた雰囲気すら見えるこの男、曰く人類最強の一角だというベルトランを従えているところを見るに、おそらく王族・・・いや、王そのものではないか?(yes)その王がこんな怯えを見せているようでは、ベルトランとしても強がる他ないだろう(no)。
「七英雄様、申し訳ありません。この王宮内にそれぞれ個室をご用意しております。そのまま王宮内を今後の拠点としていただいても、城下に拠点をご希望の場合も、こちらでご用意いたしますが、今は少し、そちらの部屋で待機いただけないでしょうか」
「華焔だっけか?彼の件だね?・・・うん、オレたちもコッチに呼ばれてここまでバタバタだ。少し気持ちなりを落ち着ける時間も欲しいところだからね。少し自由な時間をもらうとしようか」
屋地が僕を含めて6人の顔をざっと見て行ったが、誰も屋地の意見に反論は無いようだ。
「室内は基本的に誰も立ち入りませんが、部屋の外に給仕を控えさせますので、何かございましたら何なりとお申し付けください。ですが、まだ宮殿の外へはお控えいただけると助かります。宮殿内であれば、案内係をお付けいたします」
「みんなソレでいいかな?」
やはり特に誰も異論は挟まないようだ。まぁ、少しばかり状況の整理をしたり、身体を休めたりしたいというのは本音としてあるのだろう。もしかしたら、自身の得ていた「ギフト」を試したい、なんてヤツも居るのかもしれない。
「ではこれから夕食までの間・・・3時間ほどはございますが、その時間、ご自由にしていただくということでいかがでしょう?夕食の準備整いましたら、お声がけさせていただきます」
「構わないよ。オレは小腹が減っててさ。それまでの間にも何か軽く食べることってできるかい?」
「承知いたしました。軽食程度のものをすぐにご用意させましょう。他の方々はいかがでしょうか」
屋地のように軽食を希望した者は2人。水谷一馬と宮田輝雷だ。光崎桜が「私は飲み物を」と口にしたとき、残りの女性陣もそれに便乗しようとしたことに気付かれたのだろうか?すかさずベルトランが「それでは皆様に同じものをご用意いたします。飲み物は先にお持ちいたしましょう。他に何か特別なものはございますか?」と答えた。
「オレには酒を持ってきてくれるとありがたいな。なぁに、ホンキで飲もうってワケじゃないから安心しなよ」
この状況でアルコールを頼めるというのもなかなかの胆力に思える・・・いや、むしろこんな状況だからとも言えるのか?少なくとも、二十歳になってどれぐらいの月日が過ぎたのか知らないが、それ以前から手を出していたのでは?と思わせるには十分だ。ベルトランは特に年齢を気にするような素振りもなく「承知いたしました」と丁寧に応えた。
一人ずつ部屋へ案内されていく。それぞれの部屋の前では見るからに侍女だろうと解かる年若い女性が、部屋への扉を挟むように出迎えた。この世界に来てからというもの、それほど多くの人間に出会ったわけではないだろうが、それでも美男美女と言って差し支えない者たちばかり・・・いや、そうした容姿にしか出くわしていない。王宮仕えともなれば、容姿についても採用基準があるのだろうか。それぞれの部屋にあてがわれた者が入室するに合わせて、後ろを付き従うかのように後に続いた。そう言えば屋地、水谷、宮田の3人のときだけ、ベルトランがそれぞれに近づき何かを耳打ちしていたようだ。
「それでは華焔様もしばしお休みいただけると幸いです」
どうやら僕の順番は最後だったらしい。それまでのベルトランとは違い、近づいて耳打ちするようなこともなく、僕を部屋へ促すかのように深々と頭を下げた。
「さてと・・・」
あてがわれた部屋をざっと見渡してみると、なるほど、ちょっとしたホテルのスイートルームといった具合だろうか。元の世界ではごく一般的な庶民だった身からすれば十分に贅沢なコトだとは思うが、ここが王宮であることを考えれば、さっきまでの応接室らしき部屋の調度品と比べるとこの部屋のソレは物足りない。まぁ、あまりに煌びやか過ぎても落ち着けるかといわれればそうでもない性分だから、コレはコレでヨシとすべきかな。それにしても・・・2人の侍女は驚くほどの美人だ。他の部屋の前で待機していた侍女たちも美人だったり可愛かったりと男性からしたらレベルの高い女性たちだったとは思うが、今僕の目の前に居る2人は群を抜いて美人だ。身体の線もほっそりとしていて、元の世界で言えばモデルのようなスタイルを持っている。個人的な男性目線の好みはさておき、他の部屋の侍女たちと比べて胸の協調はずいぶんと控え目ではあるようだ。個人的には悪い感情を抱く理由が見当たらないけれど、彼女たちの顔を正面から見たとき、違和感と納得の両方が僕を襲った。
人間とまったく変わるところがないがただ1つ、明らかに異なる箇所があった。耳だ。エルフの代名詞とも言える尖った耳(そもそも異世界だろうに、元の世界のエルフと同じ特徴というのもヘンと言えばヘンか)。長い髪に隠れていたとはいえ、正面から見るまでその特徴に気づかなかったというのも、我ながら観察力の欠如が冷静さを欠いていることの証明だろうか(yes)。まぁ、そこは認めるとしてもだ、たぶん僕の部屋にあてがわれた侍女だけがエルフだ。コレには意味があると考えるべきだろう。というよりも、その答えは簡単だ。僕以外の男にあてがわれていた侍女は、そのあえて強調するかのような服装と相まって、全員、豊満な胸を持っていたことを思えば、彼女たちは人間だ。そして僕にだけあてがわれたエルフという種族は戦闘が得意だと言う。決定的なのはベルトランが僕を「何者だ?」と畏怖を込めて質問したことだ。僕は〝危険因子〟の可能性アリとして見張られている(yes)。
「い、いかがされますか?しょ、食事なら用意させます。眠ると言うのでしたら部屋の外で待機します・・・その・・・い、一緒にということなら、そ、お気に召すかは分かりませんけど、そのようにしますが」
?・・・どうにも様子がおかしい。と言うよりは、言葉遣いに違和感がある(言ってる内容は置いておいて、だが)。そもそも「一緒に」というのは言い方を変えれば添い寝でもしようと言うのだろうか?彼女の様子からして、そんな程度の意味ではないだろう・・・ソレが意味するのは男女の関係ということだ(yes)。
「ホンキかい?」
「・・・はい、ご希望とあらば。だが、私たちは戦士です。人間のような抱き心地は期待しないでもらいたい」
半分はコチラをニラみつける怒気の籠った表情。もう半分は屈辱を押し殺すようでもあり、恥ずかしさを悟られまいとするかのようでもある。一歩後ろ、まるで僕から隠れるかのように彼女を挟んで対角に控えているもう1人は、これは怯えているのだろうか?一言も発することもなければ、僕と視線を合わせることもなく、ただずっと足元の床を見つめているだけだ。うつむき加減だったとしても、今僕と話をしている方よりも若そうだ。この女性は僕と同じぐらいに感じるが、奥の方は女性というより少女と言った方が表現としてはピタリと当てはまる。
僕の視線が奥に向かっていることに気付いたのだろう。その視線を遮るようにスっと手が伸び、すぐに自身の身体で少女の姿を隠した女性へ、半ば見上げるように視線を移すと、その表情が一変して〝懇願〟の様相を呈していた。
「わ、わたしが何でもする。どんな辱めも甘んじて受ける。だからこの子には手を出すな・・・いや、出さないで・・・ください・・・お願いします」
言葉の途中から、まるで自らの態度が間違いだったと認めるかのように、揃えたその両ひざが床に着き、揃えた両手がそれぞれの指をスっと伸ばし、屈した膝の前方へと添えられたかと思うと、ゆっくりとその表情を隠すかのように頭が下がっていった。その所作のせいで再び僕に姿を晒す事となった少女の方は、流すまいと必死に堪えつつ、その女性の所作に〝罪悪感〟を覚えていることがありありと解かる表情を見せている。
この女性、何を勘違いしているのだろう?それとも、この世界ではこうするコトが普通なのだろうか?仮にそうだとしても、この2人の雰囲気には違和感を覚えずにいられない。
「・・・ちょっと待て。そりゃ僕だって男なんだから興味はあるけど、だからって僕にSM的なのや少女シュミなんてのはナイぞ?どう見てるのかシランけど、僕はけっこうロマンチストなんだよ」
膝を折った女性はそんな言葉は聞こえていないとでも言うかのように、まるで様子を変える雰囲気がない。それどころかよく見れば、小刻みに震えているかのようでもある。表情が見えないおかげで読み取るのは難しいが、この場合、屈辱に耐えている震えか、少女を〝守れない〟という恐れからくる震えのどちらかだろう。どちらであったとしても、この状況を変えるには僕が動くしかないようだ。
「ヤレヤレ・・・立つ気がないならそのままでいいから聞きなよ。キミたち2人がココへ来たのは、得体の知れない僕を見張れという指示と、僕が望むなら相手をしろという指示の2つだよね?だけどキミの様子からすると、それは指示じゃなければ命令でもなく、〝強制〟なんじゃないのか?」
・・・依然返事は無し。頭が上がって来る様子ももちろんない。僕は立ち上がり、何も言わずに後ろに回った。2人とも、僕の方をチラとも見ない。部屋の一角に設置されていたテーブルから椅子を2つ引き抜き、彼女たちの後ろで2つを並べ、再び彼女たちの正面側に回る。
「こんな言い方したくはないけど、ソッチの子を守りたいのなら今から言うことを聞いてもらおうか」
「・・・はい、何なりと」
・・・言葉は返って来た。それでも頭はまだ上がる様子が無い。
「まずは立ち上がってもらおうかな?」
いよいよ観念したのだろうか、顔をうつむけたまま、女性はスっと立ち上がった。頬が赤く見えるけれど、ソレが照れでないことは承知している。
「じゃあ、そのまま3歩下がってそこにある椅子に座れ。ついでにソッチの子もね」
言われたままに3歩下がり、その位置に椅子があると分かっていたかのように座した。僕の言葉そのものは聞こえていたらしい少女も、彼女に倣って椅子に腰かけた。まだ顔は下を向いたままだ。
そりゃまぁ、突然現れた異世界人、それも王や側近が危険人物認定しているような男に気を許すかと問われれば、「はい」と答えるわけがない。できる限りお近づきになりたくない相手のもとに、守りたい存在もろとも送り込まれたとなれば、自らの身や心と引き換えにしてでも守る他に術はないのかもしれない。そうした心情は理解したとしても、その本来人畜無害な〝危険人物〟としては、この部屋に充満する雰囲気そのものに息が詰まりそうだ。
「まずは2人の名前を聞かせてもらおうか?」
「・・・ロゼルルファンムル・エイン・フェニシティーロインデルハム」
「リテールルファンルム・エイン・カルフォドリューイニシス」
・・・ダメだ、長すぎてまるで頭に入ってこない。