転移・・・ねぇ?
死んだのかどうかすら覚えていない。ただ気がつけば、僕は見知らない場所に立っていた。わずかな眩しさに下を見てみれば、自分の足元が淡く赤い光を放っている。光の隙間から見える足元は、どうやら石畳らしい(yes)。次いで上を見上げてみれば、天井は暗く、それこそどこが天井なのかもはっきりとは分からない。周囲を見渡してみれば、石なのか何なのかは分からないけれど、大きな石柱のようなもの数本に支えられた小学校の体育館ほどの広さはありそうな部屋らしいことが分かった。足元の光以外には四方にある松明ぐらいしか光源がなく、窓の無いここはもしかしたら地下なのでは(yes)と思わせるに十分だった。
周囲が騒がしい。何人かに囲まれているようだけれど、相手が誰なのかはもちろん、その人数すらも影に隠れて判然としない。何か話し声のようなものも聞こえて来るようだけれど、どうも日本語ではない。だからと言って英語でもないらしい(yes)。
「なぁ、アンタ・・・オレの言葉、分かるよな?ココはいったいどこなんだ?・・・っていうか、どうなってんのか知ってる?」
淡い光の中、聞きなれた日本語が左後方から聞こえてきた。そちらの方へ顔を向けると、整った顔立ちの高身長な男性がゆっくりとこちらへ近づいてきた。年齢的には自分と同じぐらいに見える。20代前半といったところだろうか(yes)。
「すいません、ソレ、俺も知りたいっす」
「あの~・・・できれば私も・・・」
どうやら声を上げた者以外にも居るようで、気配が集まっているように感じられる(yes)。訳の分からない状況なのだから仕方ないとは思うけれども、どう考えても僕も同じ状況なのは分かるだろうに(no)・・・それとも何か?僕はその辺の事情を知っている人にでも見えるっていうのか(yes)?
「いや・・・すまない。僕も何がどうなっているのかは分からないかな。とりあえず、ここが地下で、古代遺跡みたいな雰囲気の場所らしいってぐらいの推測しか持ってないよ(yes)」
とりあえず集まって来た全員に聞こえるように少しだけ音量を上げつつ、それでも顔は最初に話しかけてきた同年代らしき男性の方へ向けて返した。
「ああ・・・言われてみれば・・・やっぱりアンタが一番良さそうだ」
「ん?どういう意味?」
「いや、誰よりも冷静そうだなって・・・オレは屋地 翔真。とりあえず、ヨロシクな」
なるほど「冷静」ね・・・まぁ、昔からそういうふうに見られがちではあったけれど、この状況で言われてもね。けど、名乗るだけの常識は持ってるらしい。
「ああ、僕は舞原 華焔」
ざっと集まって来た人数を目で数えてみる。目が慣れたのか、少しずつ足元の光に邪魔されることが薄らいでいるようだ。
「7人・・・これで全員かな?・・・っと、自己紹介は後だ」
目が慣れてきたわけじゃなかった。足元の光が薄れていたようで、それに合わせるように光の向こうにあった気配が近づいているようだ。光が薄れたことでようやく光の全体像を掴むことができたけれど、どうやらソレは「魔法陣」と呼ばれるモノのように見える(yes)。もしも本当にコレが「魔法陣」だとしたなら、実在するのかは知らんが、何かの魔法の結果、僕たちはここに居るということか(yes)。現実性を考えれば、周囲の気配は外国人で「秘密結社」やら「悪魔崇拝」やらの集団が意図的か偶然か、僕らを召喚した(no)?・・・まぁ、そんな「魔法」なんてもんが実在するならの話だけれど。
「おお、神よ・・・感謝します。伝承通り、7人の英雄を遣わしてくださった」
予想外だ。顔は完全に西洋系なのに、口から出てきた言葉がやたらと滑らかな日本語だとは。7人全員に確認したわけじゃないけれど、見た感じは7人とも日本人だった。とは言え、まさかそれに合わせたということでもないだろう(yes)。だけれど日本語だったおかげで彼らに何か差し迫った事情があることは分かった。これならこちらからの質問にも答えてくれそうだ(yes)。自分が「知りたい」と思う気持ちも手伝って、僕は6人を従えるかのように前に進み出た。
「そちらの言葉が理解できるということは、僕の言葉も通じているということでいいかな(yes)?」
「ええ。通じております。いろいろと聞きたいこともあるでしょうが、このような場所では失礼でしょう。部屋をご用意しておりますので、そちらでいかがでしょうか」
どうやら向こうからすると、僕たちはただの来客者という扱いではないらしい(yes)。簡単に言えば機嫌を損ねるわけにはいかない相手といったところだろう。それは分かりやすくていいけれど、この人たちの恰好・・・それに周囲に控えている者たち・・・ヨロイか(yes)?あまりに現実離れしてるけれど、僕たち7人は時間を超えたのか(no)?・・・いや違うな。資料で見た昔の鎧とは明らかに異なる。アレに見覚えがあるとすれば・・・そう、ゲームの世界観だ(no)。まだ現状はナゾだらけだけれど、それらの回答はこの後得られそうだ(yes)。あまりヘタに推測する必要もないだろう。とは言え、僕はともかく、7人全員がすんなりと彼らの後について行くこともできないだろう。
「分かった、と言いたいところだけれど、まだこの場でハッキリさせるべきことが残ってるよ。3つ答えてくれないか?」
「・・・うかがいます」
「1つ目。ここはドコだ?」
こちらかの真っすぐな視線に動じる様子もない相手は、まるで修道士かのような風貌をしている。
「貴方の質問に正しく答えるならば、ここはカルナムドと呼ばれる世界です。そして人間が暮らすラウカンシルという街の中心にあるラウカ城の地下。契約の祭壇と呼ばれる場所です」
なんだって?そんな地名は聞いたことが無い。そもそも「カルナムドと呼ばれる世界」だと言ったか(yes)?言葉どおりだとすれば、ここは僕たちの居た世界とは異なるということか(yes)?
「2つ目だ。目的はなんだ?」
少し間があった。言いにくいことなのだろう。わずかに表情が苦痛に歪んでいるように見える(no)。
「全てをお話しするには長くなります。しっかりとご説明させていただくお時間を頂戴するとして、今はこうお答えさせていただきます。人類の救済、と」
救済だと?1つ目を前提とするならば、この世界の人類は何かの危機に瀕しているということか(no)。後で説明するとは言っているが、いったい何から救えというのだろう?見た限りでは集められた7人は僕も含めてまだ若い。おそらく10代の者も何人か居るはずだ(yes)。そんな年齢の者が7人も揃って何かの特出した知識を持っているはずもない。少なくとも、僕は平凡な高卒の社会人だ。当然、喧嘩が強いわけもない。おそらく全員似たようなものだろう(yes)。
「3つ目だ。僕たちが今後、元の生活に戻る可能性は?」
「ありません。そのことについては、申し訳のしようもありません」
深々とした頭の下げ方だ。ソレが返ってその言葉の真実味を物語っているように思える。そしてその返答は、後ろに控えている6人それぞれに、それなりのダメージを与えたことだろう(yes)。崩れ落ちるような音がしなかっただけマシなのかもしれないな。
だいたいの推測はできた。僕たちは異世界に召喚された、この世界から見た「異世界人」だ。そして何かは分からないが、人類の存続を脅かす存在から守る、もしくはその脅威を排除する役割を期待されているらしい(yes)。たぶん、その存在とは魔物(yes)。チラリと見えたが、こちらを警戒している兵士の矢面に立っている者たちの耳が、僕の知っている人間のソレとは違っていた。見えた限りじゃ、僕が知っている限りじゃ、あの耳は「エルフ」と呼ばれる種族のものだ。となれば、魔物が存在している世界だとしても何の疑問もない。次の問題は、7人のうち何人の脚が動くかだ。
「なるほど、ここに居座っても何の解決にもならないコトは理解した。だけどソレは貴方の言葉を信じればの話だ。ついていけば何かしら解かるだろうし、貴方たちが僕らに危害を加えることは無い。ということでいいですか?」
「もちろんです。そしてこの世界での生活は潤沢なモノを保証いたします。ですのでどうか、どうか我らの声に耳を傾けてはもらえないでしょうか」
正直なところ「保証」という言葉に何の「保証」もないことは明らかだ。それでも、この訳の分からない状況に糸口を得ようと思えば、彼らについて行く他、選択肢は無いだろう。問題は・・・7人の総意となるかどうかだ。僕はくるりと振り返った。
「だそうだよ。どうやら僕たちは知らない世界で呼び出され・・・異世界召喚って言うんだっけ?すでに帰る方法は無いと言う。挙句は人類の脅威と戦えってコトなんだろう。たぶん理不尽この上ないと思うだろうけど、ここで立ち尽くしても・・・」
「あ~、いいよ。どーせ戻っても大した人生じゃないし、コレが異世界転移ってんなら大歓迎。チートだったり、最初苦労してもワリとハッピーな未来が待ってんじゃん?」
「そうそう!異世界転移キターって感じよね。私的には「聖女」とかがいいなぁ。楽しみしかないんだけど」
ふむ・・・どうやらこの2人は異世界転移に前向きらしい。女性の方はやはり同年代あたりだろう。OLっぽい雰囲気がある。男の方は・・・制服を着ているのか。なら高校生だな(yes)。同じように制服を着ている女の子が後ろに居るね。そちらはどうも怯えているように見える。さっき屋地と名乗った男は何かを考え込んでいるのだろうか。顔は向けていても視線は足元で意識は内に向いているようだ。他に男女1名ずつ居るけれど、どうしていいのか分からないといった雰囲気がある。
「まぁ、全員一致とはいかないだろうけど、一先ずココ出ない?ちょっと肌寒いし、何か考えるにしても、もう少し落ち着いた場所の方がイイでしょ」
何か思いついたのか、不意に屋地が口を開いた。これはコレでいいタイミングだ。僕としてもこの場で得られる情報には限りがある。ここから出れさえすれば、視覚的にももっと得られる情報が増えるだろう。
「それじゃあ、その用意してある部屋とやらに案内してくれるかい?」
「おぉ・・・ありがとうございます。それではついてきてください。なに、それほどご足労はおかけしませんので」
踵を返したローブの男の後を追うように、ノリの軽かった男女が僕の両横を通り過ぎていく。よほど「異世界転移」という言葉に喜んでいるのだろう、その足取りは軽い。屋地はというと、一番ダメージが大きいと見えるもう1人の女子高生に声をかけ、どうにか前に足を出させることに成功したようだ。見た感じ、可愛らしい容姿をしていたからかもしれないが(yes)、常識があって気配りのできるイケメンという存在は、今の状況にあっては心強い。他の2人も前の2人を追うように動き出したが、まだ悲喜は保留中といったところだろうか(no)。
さぁ、これである程度は屋地に任せることもできそうな環境は整った(no)。そんな僕はというと、特に「異世界転移」とやらには興味が無い。もちろんソレが何なのかは知っているし、その系統のアニメも少なからず見たことはある。だけれど、アニメは所詮寓話であって、今僕の身に起こっているコトは現実だ(yes)。7人の先頭を行く彼らのように楽観的には成れないし、だからと言って屋地に励まされなきゃならないほど落ち込んでも無い。現実である以上、対処、対応を模索する他ない。
幸いなコトに、前の世界にそれほど未練があるわけではない。まだ21歳であって、結婚しているワケでもなければ彼女が・・・半年ほど前に別れた。両親と妹が居るが、それとて懇意というほどでもない。向こうは息子、兄が行方不明と悲しむだろうが(yes)、現時点でソレを覆す手段は無い(yes)のだから、素直に3人には「すまない」と思う他ない。自分で言うのもナンだけれど、僕は状況の把握さえできればよっぽどじゃない限り柔軟に対応することができる。
これから移動する時間はわずかだろうけれど、差し当たって考えなければいけないことがある。思考の端々で突然頭に響いてくる「yes/no」だ。