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忠犬  作者: 禅海
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 小滝(おたき)久志(ひさし)は朝眠りから覚めると、すぐ目を開けもせずに、起き上がらないでそのまま朦朧としていることがある。久志は日常の精神生活に、諸処の問題を抱えていた。目覚めるとこのように二日酔いの放蕩者のような顔をしているのは、そのためである。

 窓から射しこむ白んだ日光で視界が(きら)んでいる。日光の落ちている額の辺りがまともに温かい。身体にかなり汗が滲んでいる。両の瞳ばかりぎらぎら蠢いている。

 頭を揺り動かしながら身体を起こすと、昨晩眠りに就いたときより視界が一回り低い。左の頬が充血し、痺れて、腫れて、感覚が薄い。まるでその頬だけ、どこかに置き忘れてきたようだった。久志は囚人のように跪いて、灰色の天井を見上げた。

 誰かに頭を強くぶたれたために目覚めたような心地がした。天井を見上げてまた視界を下へ落としてみると、久志はどうやら一段高いベッドの上から、フローリングの木目の固い床に転がり落ちていた。頭をぶたれたような気がしたのはそのためだった。右手首には赤い刺青のような(あざ)も出来ていた。

 妙な話だが、久志はほぼ毎朝悪夢に叩き起こされて目覚めるのだった。ただもう気にするようなことでもない。何故ならそれは久志の日常の一部であるから。久志は毎晩のように悪夢を見る。そしてそれに高い崖の底へ突き落とされて目覚めるのである。

 久志に迫りくる悪夢の内容は日によって違った。悪夢は鋭い牙を剥く狼であったり、刃渡りの長いナイフを持った人間であったり、様々だった。だがそれらにはどれも共通点がある。それが久志を絶対に殺してやるという意志の現れなのだった。

 悪夢のせいで不快に目覚めるのにはもうすっかり慣れてしまっていたが、そのたびにこうして毎日ベッドの上から突き落とされて、身体のどこかを傷つけられるからには、自分はきっと無期懲役や鞭打ち刑のような、重く耐え難い罰を受けているのだと、久志は信じて疑わなかった。そして罰というのは、必ずその人の罪からくるのである。だから久志はいつも自分には罪があるべきだと考えていた。

 久志はシャワーを浴びてカッターシャツとズボンに着替えてベルトを締めた。出勤時間が迫っている。定刻のバスを逃してはならない。

 家の玄関扉を開くと、そこは夏だった。目が眩んだ。


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