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「天凪君!」
悲鳴を上げた蛍火の周りに、黒い壁のように八咫烏たちが囲い、守りを固める。
大混乱をきたしている広間に、志水の声が朗々と響いた。
「神官の皆様、ご安心ください。畏れ多くも神域を穢し、儀式を妨害した不埒者は、今すぐ神罰が下されましょう」
見ると、他の舞姫や神官たちは既に危険の及ばないところへ退避し、八咫烏が全員を下がらせて防衛線を張っている。
「蛍火を返せ」
天凪の目は志水ではなく少女でもなく、ひたと斎王に向けて注がれていた。
紫色の瞳の底を見透かすように、斎王はじっと天凪を凝視する。
「俺の名は天凪。十三年前あんたが殺し損ねた、あんたの息子だ」
低く呟いたその言葉が耳に届いたのは、御簾の中にいた人々だけだった。
「猊下、お下がりください」
と言い、八咫烏を押しのけて前に進み出たのは、神官服に身を包んだ怜悧な雰囲気の男だった。
長身痩躯に眼鏡がよく映えている。
「危のうございますよ、神官長様。ここは我々八咫烏にお任せください」
物柔らかに志水は忠告し、自らも剣を抜く。
すると、びいん、と空間が痺れるような音を立てて振動し、剣の放つ不可解な周波数に、平衡感覚が狂い、気持ちが悪くなった。
「おや。烏有の剣圧が分かるらしい。多少なりとも神力が通じるのかな」
男が喋るたびに、それが頭の中でぐわんぐわんと鐘のように鳴り響き、天凪は背中に冷や汗を感じて唾を飲んだ。
「殺す前に一応聞いておくけど、誰の手引きで五節の舞姫に成りすまして潜り込めたのかな。手助けしてくれた人がいるはずだろう」
無視して間合いに突っ込むと、八咫烏の少女が無慈悲な剣を振るい、空中で何度か切り結ぶ。
体格も力でもこちらが上のはずなのに、なかなかどうして少女は手強かった。
扱いづらい長刀をまるで手足の一部のように使役し、束から伸びた飾り紐の先端には鈴がつけられ、彼女が剣を振るうたびに清く玲瓏に響いた。
不思議な音色に気を乱され、妖しい磁場に迷い込んだ天凪は足をもつれさせる。
――こいつら、妙な術を使ってやがる。
舞装束姿のまま身軽に飛び回り、強靭な身のこなしを見せる天凪を見て、志水は興趣を覚えたらしかった。




