20
「俺は……」
畳の上に、熱い一滴がぽたりと散った。
「安寿園を、みんなを、……マザーを守りたかったんだ」
夜明け前の暁闇を写し取ったかのような紫紺の瞳。
紫眼の怪物と綽名され恐れられる天凪の、涙に歪む顔を知っているのは帚木だけだった。
「知ってるんだ。マザーが俺達のために必死で、ここを、お上から没収されそうになっても、商人に買収されそうになっても、戦って、守り抜こうとしてくれてるの。俺も、俺だって、そうなりたいって。なのにあいつら、ここを侮辱しやがった。『こんな掃き溜め、焼き払われればいいんだ』とか……許せなくて。どうしても許せなくて、俺」
次から次へと溢れてくる涙を拭う。痙攣したように喉がひくつく。
うつむく天凪は、温かい胸に抱きしめられて硬直した。
帚木は回した腕で天凪の背をとん、とんと優しくさすり、もう片方の手で頭を撫ぜた。
とくとくと、心臓の鼓動が聞こえてくる。乳臭い甘い匂いがして、耳の奥まで熱くなった。
「……恥ずかしいよ、マザー」
居心地が悪そうに身じろぎするが、天凪が強いて振りほどくことができないのを帚木は知っていた。
親鳥が卵を温めるように、ぴったりと寄り添いあって体温を共有している。
穏やかで、心地よくて、溶けてしまいそうだった。
マザーに抱かれる度に気づく。思い知る。
自分がどれだけ、人肌の温もりに飢え、恋しく欲していたのかを。
みっともないとか下らないなんていう子供じみたプライドなど粉々に砕いて、ただ一つ、シンプルで単純な、たった一つの真実をどれだけ希求していたのかを。
惨めで浅ましくて貪欲で――本当に嫌気が差す。
とん、とんと背中を叩く一定のリズムが、睫毛の先に光る涙の粒が、過去の指先となって触れてくる。
――生まれた時からここにいて、物心つく頃にはマザーを親と慕っていた。
小さい時は弱虫で泣き虫で、口も思ったように聞けず、年長の少年たちに苛められては泣いてマザーのところへ逃げていった。
お化けが出てくるのではないかと暗闇を恐れ、傷から流れる血を恐れ、疫病や死者を恐れ、時折やって来る野犬や野良猫を恐れた。
自分が何者かも分からず、何もかもに怯えて泣いていた。
そんな風に逃げ込んできた天凪を、帚木はどんなに忙しい時でも必ず抱きしめ、今のように背中をとんとんと叩いてくれた。
「大丈夫、大丈夫」と。
本当はしてはいけない規則だったけれど、怖い夢を見て眠れない夜、帚木の寝床に潜り込むと、彼女は天凪を抱いて一緒に眠ってくれた。
おもらしをしないようになって、背が少しずつ伸び、体が丈夫になってきて、天凪が泣かされる回数も、帚木の部屋に行く回数も減ってきた。
今ではもう、こうやって彼女の前で泣くことなど滅多にない。
俺は強いのだから、大人なのだからと、天凪は自分に言い聞かせていた。




