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寄稿作品  作者: 采火
個人企画
9/21

【サン玉企画】はねずのからひつ《前半》

みつい様&神崎月桂様主催「サンタさんお年玉書いてください」こと、サン玉企画の参加作品です。

2023/12/24〜2024/1/3

 近頃、ずっとお腹が空いておりました。

 くぅくぅと、くぅくぅと。

 暗くて淋しくて、なんだかじめっとした蔵の中、ずっとずっと、お腹が空いておりました。


 あんまりにもお腹が空いてしまって、近くにいる同胞をぱっくんと飲みこんでしまったこともございます。

 そんな時はしばし満ち足りた気持ちになったものですから、このひもじさを堪えることもできました。しかし非常に残念なことに、しばらくすると私の腹を暴いて誰かがその中身を持っていってしまうのです。


「これをこちらに、と。そうだわ、燭台が壊れたと言っていたわね。ついでだから持っていってあげましょう。ええと、どこに……まぁまぁ。一体誰がこんなところにいれたのやら」


 今もまた、せっかく腹におさめていたものを誰かが持って行ってしまいました。


 ああ、やめて。

 お腹が空いているのです。

 私はまたひもじくなってしまいました。


 どうしましょうか。

 どうしようもありません。


 また暗くて淋しくて、なんだかじめっとした蔵の中で、ほそぼそと昼夜を過ごします。たまにが私の足元をちょろちょろうろうろ。好奇心旺盛な子は、私の足を齧ろうとするものですから油断なりません。そんな子はぱっくん。でもお腹の中で暴れられたら私もたまりません。いつもしぶしぶ、吐き出してしまいます。


 困りました、困りました。

 お腹が空きました、お腹が空きました。


 この蔵には私より若い子たちもいる様子。そんな子たちの前でみっともなく腹が空いたと言うのも、最近は憚れるようになってしまいました。


 それでもお腹が空いてしまうのです。

 お腹が空いてしまうから、ほら。


 ぱっくん。


 蔵に仲間入りしてきたばかりの子をお腹におさめてしまいました。これはこれは、大変美味でございます。柔らかく、しっとりとして、それでいて見目も華やか。その軽さに比例して私の腹いっぱいに広がるだけでなく、薫りも良い。


 ああ、昔はこんな子をたくさん、お腹に収めたものです。

 たくさん、たくさん、お腹に詰めて、お腹が空けばまたあれよあれよと御主人様が私のために様々なものを見繕ってくださいました。


 懐かしや、懐かしや。

 腹におさめられた、とても柔らかい子。この子のおかげで、今は遠くなってしまった昔の記憶が蘇ります。


 御主人様と出会った時、私はまだまだ若く、あどけない時分でありました。

 たっぷりの朱に濡れた私の身体。金色の楔は華やかに私の身体を装飾し、御主人様の所有物である御印を斬れ味鋭い小刀で背に刻まれました。


 他の子に比べたらこの身は色味の華やかさくらいしか取り柄のないものではありましたが、その簡素さが良かったのでしょう。同じように生まれ出た兄弟姉妹の中で私だけが御主人様のお眼鏡にかない、買われたのです。


 御主人様の身の回りには洗練された者たちがかしずいておりました。私もその列の末席に連なることができたあの瞬間を思い出すと、今でも言い表せられない感情がこの身を震わせます。確かに私は、あの華々しい一間の一角にいたのです。


 それが今や蔵の中。

 しくしくくれくれ、同じようにこの身を追いやられた同胞とともに身を寄せ合っているのです。


 この蔵に追いやられたものはすべて、御主人様のご意思によるものです。

 やれ飽きただの。やれ思ったのと違うだの。今の自分に相応しくはないだの。

 それを気まぐれと呼ぶ者もおりました。けれど人の気持ちが遷ろうものだというのは、ずっと変わらずにいる私たちだからこそ言えるのです。


 そう、御主人様は変わられたのです。

 今の御主人様は鮮やかな朱が匂う私などではなく、紫檀のように年季の重さを感じさせるようなものを好まれるようになったのです。


 それが、あぁ。


 しばらくぶりの華やかな薫り。私が御主人様のそばに侍っていた頃、御主人様が焚き染めていた薫香と同じもの。

 すっかり埃と黴の匂いに慣れてしまっておりましたが、間違いなくこれは御主人様がお好きだった薫物の香りです。


 懐かしや、懐かしや。

 柔らかな味わいに満足していると、再び蔵の戸が開かれました。

 珍しいこともあるものです。蔵の戸が立派すぎて開けるのもひと苦労なのか、一度開けばまた長いこと閉ざされるというのに、この腹に物をおさめた途端、また戸が開くなんて。


「お母さまったらひどいわ。お気に入りのお着物だったのに。もう子供っぽいからと取り上げてしまうんだもの。蔵に入れたって洋子は言っていたけど……」


 暗くて淋しくて、なんだかじめっとした蔵の中に誰かが迷い込んできたようです。何かを探しているのか、声をひそめてゆっくりとこちらに近づいてきます。


「初めて入ったけれど、なんだか窮屈ね。おばあさまの形見が多いって聞いていたけれど……ありすぎじゃない。いらないものは捨ててしまえばよいのに」


 なんてことでしょう! おそろしいことを言い出しました。

 蔵の中で身を寄せ合ってきた同胞たちと、カタカタ震えそうになるのを必死に堪えます。そうしているうちにも声の主はこちらへ近づいてきて。


「見つからないわ……あら? 大きな箱。何かしら。まさかこの箱に入っているとか」


 あろうことか、私に手を伸ばしてくるではありませんか!


 ぞっとして私は身をよじろうとしましたが、うしろは壁。ならば上へと逃げようにも、私の高さよりも伸ばされる手のほうが上にあります。ああ、無慈悲にも私の頭にその指先がかかってしまいました。


「よい、しょ、と」


 成すすべもなかった私は、この身を委ねるしかありませんでした。腹の中をさらけ出し、いやいやと断るのも虚しく、その内側へと腕が伸ばされて。


「見つけたわ! 私のお着物! 洋子ったらこんなところにしまっていたのね。探すのに時間がかかっちゃった」


 柔らかな感触が宙へと消えて、私の腹はまたひもじくなってしまいました。あぁ、あぁ、お腹が空きました。困りました。私はまた、この切なさを抱えて過ごさないといけないのでしょうか。


 しょんもりと頭を下げていくと、私のお腹からからんと音が響きました。まだ何かが残っているようです。少しでもこの空腹が満たされるのであれば、なんでも喜んでこの身におさめましょう。私はぱっくんしました。


「あら? 帯留めがないわ。落ちたのかしら……あぁ、あったわ」


 ああ、ああ、やめて、やめて。

 また私のお腹を暴いて、小さな欠片すらも奪っていくのですか。


 どうか、どうか。

 私のお腹を満たしてください。

 そのお手にある柔らかいものを、私の腹に詰めてください。


 どうか。

 どうか―――


「それにしてもこの箱、古めかしいけれど良い箱ね。かなり大きいのに、中はこれだけなのも勿体ないわ。……そうだ、どうせ蔵の中にいれっぱなしなら、私がもらってもいいわよね!」


 私の祈りが、通じたのでしょうか。

 この言葉のあとすぐに、あれよあれよと言う間に私は蔵から運び出されたのです。


 埃ではなく木の葉が舞い、温かな風が私の身体を撫ぜていきます。いつぶりでしょうか。何年、何十年ぶりでしょうか。


 我楽多同然に蔵へと押しこめられ、陽の目を見ることもなく過ごしてきた日々。今の私には、大変まばゆく……そして蔵の外の景色が私の知るものとは全く違うことに、たいそう驚きました。


 柘榴や柿、無花果、枇杷……見るだけでは腹は膨れないから、実の成る若木を植えたのだと御主人様は仰っておりました。それらの樹木が、若木ばかりで見通しの良かったお庭で成長していたのです。


 私の腹にはついそ入ることのなかった木の実たち。汚れを気にされた御主人様により、私はこれらを味わったことがありせん。芳しい甘い香りは、この樹木から聞こえるのでしょうか。


 一瞬、そう感じてしまいましたが、いいえ、それは違うようです。

 お屋敷に入り、私を見出した少女の部屋に入って気がつきました。


 在りし日の御主人様を彷彿とさせるような、温かな光景が目の前に蘇ります。


 時折、蔵の中から出ていく同胞たち。

 彼らが皆、昔のように、この部屋で一同介していたのです。




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