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寄稿作品  作者: 采火
書き出し祭り
3/21

万葉連理之婚姻令 〜嫁いできた皇女は赤子でした〜

肥前文俊先生主催、第二十回書き出し祭り参加作です。

 はるばる万葉(まんよう)の都から丹摺国(にすりのくに)へ参られた妻を前にして、灰簾(かいれん)はほとほと困っていた。

 今日という日を祝いに来ていた氏の者たちも戸惑っていた。

 長者である灰簾の父などは怒りに震えて怒鳴りそうだった。


 本日は祝いの宴が開かれていた。

 万葉の国を統べる(すめらぎ)の一族から皇女(ひめみこ)が参り、土師連(はじのむらじ)の子である灰簾と婚姻する。皇女を歓迎し、土師の一族総出で言祝ぐ予定だった。


 万葉の都から参られた皇女が、ようやく首が据わったばかりの乳飲み子でなければ。


「どういうことだ! 大王(おおきみ)は我らをおちょくっているのか!?」

「父上、どうどう」

「ええい、灰簾! なにが万葉連理之婚姻令だ! こんな仕打ちはあんまりではないか!」


 わなわなと震えていた父の花崗(はなおか)は案の定、怒り狂った。顔を真っ赤にさせて祝いの席であるにも関わらず、万葉の皇女を抱く勅使に殴りかかりそうな勢いだ。

 灰簾は父を宥めながらも、皇女を抱く勅使を見る。勅使の男性はなかなか堂々としていて、怒る花崗を前にしても動揺する様子はなかった。


「勅使殿、事前の話では僕の妻になる御方は十三だと聞いていたのですが」

「左様でございます。しかしながら、土師連に嫁ぐ予定でした七種皇女(なぐさのひめみこ)が急死したため、大王は急遽、末の皇女である八幡皇女(やはたのひめこ)を送り出されました」


 灰簾が十八、皇女が十三。少し年が離れているけれど、全く不釣り合いというわけでもないから許諾した婚姻のはずだった。

 それがまさか、嫁ぐはずだった皇女が。


「急死とは穏やかじゃないね」

「はい」


 灰簾は勅使をつつく。勅使の態度は揺るぎなく、灰簾に短く同意の言葉すら述べる始末。皇の責を問うように幾つか言葉を投げてみても、一分の隙もない回答をする勅使に灰簾は早々に手を上げた。


「分かりました。八幡皇女を土師連花崗が子、灰簾が謹んでお娶りさせていだきます」


 灰簾は立ち上がると、主賓の席として一段高く上げられていた御座畳(ござだたみ)を降りる。

 花崗がとてつもなく渋い顔をしていたし、祝いに来てくれていた土師氏たちも苦い笑みをこぼしている。頭の固い長老たちに、灰簾も言いたいことはあったけれど、ここですったもんだしても仕方がない。


 灰簾は勅使のもとまで、淀みない足どりで歩み出る。

 勅使は深く笑みを浮かべると、恭しく小さな皇女を掲げた。

 灰簾は覚束ない手で赤子を受け取り、その腕に抱いて。


 うとうとと微睡んでいたらしい赤子は、灰簾の腕に抱かれるとやわやわと瞼を上げた。うっすらとした黒い睫毛の下に、ころんとしたつぶらな瞳が隠れている。琥珀のように艶々としたその色を、灰簾はひと目で気に入った。


「貴女はきっと将来、とっても美人さんになるのかも。今から楽しみだ」


 破顔した灰簾に、勅使は深く頭を垂れる。


「成人前ではございますが万葉連理之婚姻令に則り、これより八幡皇女は土師連に連なるものとなります。皇の御威光を努々、お忘れなきよう」


 不満を浮かべる氏の者も多いけれど、灰簾はしかと勅使の言葉を受け止めた。

 まだ乳離れをしてもいないような皇女。生まれて早々、母親から離された乳飲み子を邪険になどできるわけもなく。


 婚姻とともに、灰簾は自分の妻を育てることとなった。






 万葉の大嶋は皇により支配されている。

 先々代の大王は渡来の僧を多く召し抱えて学び、海の向こうの大嶋にあるという国を真似たそう。国、宮城、京、律令。制度を作り、大地を整え、人民をうまく支配した。

 先代の大王は女が好きだった。先代が整えた後宮に支配した臣や地方豪族の娘をかき集めて、子を増やしに増やした。

 十五年前、激しい王位争いがあった。先代大王の兄君と先代大王の長子が争い、兄君が大王となられた。


 そうして施行された、万葉連理之婚姻令。


 大王は余計な争いを生まぬよう、先代大王が産み落とさせた皇子(みこ)皇女(ひめみこ)を各氏族につき一人ずつ下賜する令を制定した。

 禍根を断った大王は直系男児にのみ王位を継承する詔を出し、皇太子(ひつぎのみこ)を設けた。

 設けだが、その皇太子が疫病にかかり夭折した。

 大王には皇子が一人しかいなかった。妃を何人も設け皇太子を産ませようとしたものの、生まれるのは皇女ばかり。

 増える皇女をもてあました大王は万葉連理之婚姻令の適用範囲を変え、施行より十年経った今では、各氏族に自分の皇女を嫁がせている。


「詔勅がきて、皇女のために色々と用意はしたけど……まさか赤ちゃんとは」


 乳離れするまでは万葉の都から随伴してきた乳母がいるから良いものの、乳母一人に世話をさせるわけにもいかない。じゃあ誰か女手をと思ったら、父から「お前の妻だ。お前が養うのが筋だろう」と言われてしまった。


 乳母もいるし、実母もいる。嫁いで一昨年に子が生まれた姉もいるので、まぁなんとかなるかの気持ちで、灰簾は我が家に八幡皇女を連れ帰ることにした。宴は微妙な雰囲気になったものの、勅使を労わないわけにもいかない。そちらは父の花崗に任せて、さっさと抜け出してきた。


 旅疲れもある乳母は、今日のところは母の(やかた)で休ませることにした。乳母に乳を飲ませてもらってから母の館を出た灰簾は、自分の小さな家で皇女の世話を焼くけれど。


「う〜」

「うーん、どうしたの?」

「うぅ〜」

「まんま? でもさっき乳母に飲ませてもらったし……おしめもまだ濡れてはなさそうだし……」


 家に来てからずっと唸る皇女に、灰簾はほとほと困った。遊ぶにしろ、乳飲み子とどう遊べば良いのか分からない。乳母に聞いておくべきだったとさっそく後悔している。


「うーん、ほら、高い高い〜」

「う〜」

「ほら、高い高い〜」

「う〜、ふあ」

「あ、楽しそう? 高い高い〜」

「う〜」

「やっぱりだめ?」


 ちょっと喜んだと思っても、次の瞬間には唸る皇女に灰簾は「どうしよ〜」と(しとね)に皇女を寝かせようとした。とたんにむずがって、イヤイヤされてしまう。


 生家の館ほどではないにしろ、次の氏上(うじのかみ)である灰簾の家はそれなりに良い造りだ。狭い造りだけれど礎石を用いて床を高くしているから虫は少ないし、皇女を迎えるのに合わせて新しい茵も用意した。

 檜と藺草の真新しい匂い。赤ん坊はもしかしてこの匂いが嫌なのだろうか。灰簾はもう一度皇女を抱きあげると、居の中をうろついてみた。


「う〜」

「なになに。気になるのがある?」

「ふぁ、あう! あー!」

「んー? ……あぁ、これが気になるのかい?」


 ははぁ、と灰簾はようやく赤ん坊が求めていたものを見つけ出した。

 それは小さな皇女と同じ身丈はあるだろう大きさの土人形。


 土師の一族が生業にしている、土師器造り。

 きめの細かい黄赤色の(はに)の土を捏ねて、土師氏はあらゆる物を作り出す。

 土師器を作る工人(こうじん)を取りまとめるのが土師連である花崗の仕事だ。灰簾もゆくゆくは花崗の跡を継ぐために、今は工人の一人として土師器を作っている。


 その灰簾が作った物のうちのひとつ。

 埴を薄く伸ばして、輪を描くように巻いて、人形のように造形した物。

 魔除けにと作った武人型埴輪が、家の戸口の内側に門番のように立っていた。


「初めて見るかな。これは埴輪。僕らが作る物の中でも大切なもので、大王……昔は貴女のお父上からもよく作成を頼まれていたそうだよ」


 皇位継承の争いで犠牲になった者たちを弔うための埴輪を作るべく、当時は昼夜問わずに焼成の煙がこの地にあがっていたらしい。まだ三歳ほどだった灰簾は覚えていないけれど、よく宴の場では酒の肴に話題が上がるので、灰簾にとっては耳馴染みの話だった。


 たぶん意味は分からないだろうなぁと思いつつも、灰簾は皇女に話をした。この子は土師の一族になるのだから、大切なことは繰り返し聞かせてあげようと、なんとなく思って。


 当の赤ん坊はあうあう言いながら、小さな手を埴輪に伸ばしている。灰簾はせっかくだからと、武人型埴輪を触らせてあげた。


「大きいね。今の貴女よりも身丈は大きいかな? すぐにきっと、貴女のほうが大きくなるだろうけど」

「あうー、うー、あー」

『うぉおん』

「また唸ってる? 今度は何を見つけたの?」

「だぁー、ふー、う!」

『ふぅうおおおーん』


 灰簾ははたと動きを止めた。

 気のせいだろうか。

 自分と赤ん坊の会話に何か混ざっている。


「皇女……? 今、誰かの声がした気がするんだけど」

「うー」

『ぅおおー』

「待って埴輪!? 埴輪、君、動いた!?」


 赤ん坊が手をぱたぱたさせたら、武人型埴輪がカタカタと身じろぎした。確実に、動いた。

 埴輪は土でできている。中は空洞とはいえ重い。赤ん坊が触ったからって動くようなものでもないし、立っているところが不安定なわけでもない。


 灰簾は目を瞑ってみた。


「落ちつけー……。見間違いかもしれないし、聞き間違いかもしれないし……床が均しきれてなかったのかもしれないし……――いややっぱり動いているよね!? 右手に持ってた槍が逆にあるよ!?」

『ぶぉぉおお〜!』

「あばー」


 きゃっきゃと手をわたわたさせる皇女と、ばれちゃったー! と諸手を上げる武人型埴輪。


 まさかの出来事に、灰簾は天井を仰いで。


「……もしかして僕のお嫁さんは巫覡(ふげき)の力を持っているのか」


 自分の妻を育てる難しさが、また一段と上がってしまった。



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