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寄稿作品  作者: 采火
書き出し祭り
2/21

狂愛ミミックの愛し方

肥前文俊先生主催、第十八回書き出し祭り参加作です。

 僕たち人間の身体は、二十六万二千頁の本からできている。

 そのうち五百頁だけが、他人と違う内容が書かれているページらしい。

 それなら僕と君で、違う頁は五百頁だけ。

 いいや、五百頁も、ある、はずなのに。


「姉と全く同じ人間になる必要なんて、ないんだよ。君は、君なんだから」


 春の陽気に包まれる庭園で、苦しげに息をつまらせる君の唇をむりやり奪い酸素を送る僕は、君にとって悪魔なのかもしれない。

 かたかた震えて、双子のかたわれがいないだけで呼吸さえままならなくなる君は、まるで人形のよう。


 それでも僕は、君の婚約者だ。婚約者の僕は、君の一番の理解者であるべきだ。だけど僕は、君のことをよく知らない。君の本当の名前さえ、まだ知らない。

 でも、これからの君の人生、僕が半分預かった。

 狂った家に狂わされた君の生き方。君が常に誰かの真似をして生きるしかないのならば、僕と君の、違うはずの五百頁。その物語の百分の一でもいいから、同じ物語で埋めてしまおう。


 そうすればきっと。


「いつか君は、一人でも呼吸ができるようになるよ」


 僕と君は、兄と姉の代替スペアだなんて言われないはずなんだ。



 ◇   ◇   ◇



 僕が生まれた久瀬(くぜ)家は、代々医者を排出している。蘭学の学びから大成し、この鳴治めいじの時代で最先端の医術を駆使している家だ。

 幼い頃から医者になるように、双子の兄とともに育てられた僕は、親の敷く轍の上しか歩くことを許されなかった。兄の代替スペアとして、来る日も来る日も、兄とまったく同じものを要求されれば、誰だって反発心も生まれるもの。僕はいつか兄が家を継いで、自分が『個人』として開放される日を夢見て生きてきた。


 それが。


「「私たちは蒼月の蓮華(れんげ)でございます」」


 藍色の布地に金の蓮華が華やかに咲く振り袖を着た、蒼月家の双子の姉妹。

 僕と兄に与えられた、婚約者だ。


「ご覧の通り、娘はこのように一心同体、阿吽の呼吸でございまして。少しでも遺伝子的な差異エラーを減らすため、こうして育てた故に、長時間二人を離してしまいますと、どちらかは呼吸がままならなくなるのです。ですので婿方にはくれぐれも、寝食を共にし、また生まれる子も、今後の研究のため、環境の差異なく育てていだきまして――」


 なじみの料亭で兄と僕の見合いが進む。

 彼女たちの父である大学教授の蒼月そうげつ真実まことが、娘を紹介してくれた。

 蒼月教授の話すことは、科学的実験というよりも、ずいぶんとオカルトじみて聞こえた。それもこれも、視線の動かし方から、呼吸の回数まで全て同じな姉妹がそこにいるからだろうか? 兄のスペアとして育てたれた僕でさえ、こんな兄と同一人物になるように教育されるなんてことはなかった。


 事前に父から、蒼月家は遺伝子学に関して造形の深い家だと聞いていた。なんでも双子しか生まれない、まるで呪いがかけられたような家なのだとか。

 双子が忌み子とされてきた慣習は、大政奉還をした今の世でも深く根づいている。蒼月家はこの忌み子が生まれる機構(メカニズム)を科学的に究明するため、一族ぐるみで遺伝子学を研究しているのだとか。ただ、遺伝子学なんてものは、去年ようやく海外でその読み取りに成功したという分野だから、あんまり僕らに馴染みがないのも事実で。


 ちらりと隣りを盗み見れば、兄の長幸ながゆきも僕のことを見ていたらしい。お互い素知らぬふりをして前を向いて、父たちの話に耳を傾ける。蒼月教授の話は、医者の父にとって興味深い話らしい。


 遺伝子操作だの。

 医学的活用だの。

 そこで消費される僕らは、まるで父たちの玩具オモチャだ。


 ある程度話しに満足したのか、父たちはそれではあとは若人だけで、と部屋を出て行く。

 兄が大人しくしていたのは、そこまでだった。

 お互い、まずは親交を深めるべきだと、あてがわれた婚約者たちとの逢瀬の時間。

 兄は部屋に残り、僕は中庭へと出た。そのあとは心ゆくまで、それぞれの婚約者と語らう……はずだったんだけどなぁ。


「こんな娘が僕の婚約者だと? ふざけるなよ!」


 中庭の花壇のそばにいた僕らを見つけた長幸は、眉間にぎゅうっとしわを寄せている。納得いかないと顔にでかでかと書かれているけど、正直、今それどころじゃないんだよなぁ。


「長幸、落ち着きなよ。ちょっと今、取り込み中」

「そんなもの見れば分かる! なんなんだ! そちらの娘が部屋を出た瞬間、本当に呼吸を止めたぞ!」


 長幸の言うとおり。

 僕の腕には今、双子姉妹の片割れが、息苦しそうに震えながら呼吸を止めている。

 双子を離したら呼吸もままならない、だって?

 僕をスペアとしか見ていない父母は、子育てに向かないクズだと思っていたけれど、蒼月家はそれ以上。

 狂っている。

 二人の人間が、まばたきも、呼吸も、脈動も、一寸の狂いもないって?

 そんなの狂っている。

 だからこんなことになるんだ。


「長時間離して呼吸もままならない姉妹を嫁にして、子も同じ環境で育てろだと!? 僕には自分と全く同じ顔の奴の閨事を見聞きする趣味はないぞ!」

「すごいな、あの話の内容でそこまで飛躍できるのか。ちょっと僕にはその思考回路はなかったよ。下衆いな、長幸」

「茶化すんじゃない!」


 茶化すなと言われても、先におかしなことを言い出したのは長幸じゃないか。


「それで? 長幸は呼吸のできない婚約者を置いて、何をしに来たのさ」

「お前を呼びに来たんだ。アレは酸欠で気を失った。さすがに無意識下になれば、アレも呼吸を始めたからこちらへ来たのだが……次行つぐゆき、なぜお前の婚約者は起きている?」

「あは、ようやく気づいたか」


 一人で喚いている長幸の演説は面白いけれど、僕だって取り込み中。その理由も、同じ体験をしたばかりらしい長幸なら、理解してくれていると思ったんだけどな。


「長幸さぁ、酸欠になるまで婚約者を放っておくなんて、ひどいな」

「ひどいのは蒼月家だ! 僕じゃない!」


 吠える長幸の威勢の良さ。その威勢を父や蒼月教授の前でも出せていたら、こんなことにはならなかったと思うけどね?

 と、長幸のおしゃべりに付き合っていたら、腕の中に抱いていた婚約者殿が一際苦しそうに喘ぐ。呼吸の仕方を忘れてしまったような、その健気な姿に、僕の胸が痛む。


「っ、くそ、やっぱりお前のほうも同じか……!」

「そうだけどね。でも僕は、長幸みたいに、気をやるまで放っておくなんてこと、しないよ」


 訝しげに眉を寄せる長幸を、せせら笑う。

 呼吸ができないなら、さ。


「口づけて、呼吸の仕方を覚えさせてやればいいんだよ」


 そう言いながら、長幸に見せつけるように婚約者へと口づける。

 ふぅ、と酸素をむりやり吹き込めば、彼女の胸はふくらむ。ちぅ、といらない空気を吸い出してやれば、彼女の胸がゆっくり下がっていく。


「なっ……なっ……!」

「ほら、長幸も行きなよ。僕と同じ閨で、お互いの婚約者の艶姿、見せ合いたいわけ? 呼吸の仕方くらい、覚えさせてあげようよ」

「っ、くそ、父上の目は節穴だ! どこが僕とお前が似た者同士なんだか……!」


 可哀想に。長幸は顔を真っ赤にさせながら部屋のほうへと戻っていく。

 僕は酸素が足らずに瞳が虚ろになった婚約者の頬を撫でた。

 蒼月の蓮華。双子の姉妹。遺伝子的相違エラー


「蒼月家、か……」


 科学の発展は国の発展。遺伝子学も進めばきっと、父の言うように医療技術に役立つ日が来るかもしれない。

 だが、蒼月家がやっていることを肯定してはいけない。

 僕らを、産んだ子を、尊い命を、実験動物モルモットにするような家を肯定してはいけない。

 そのためには、まず。


「僕の婚約者の本当の名前を、教えてもらわないとな」


 二人でひとつの名前を共有するなんて冗談じゃない。

 僕は、僕の妻になる人だけの名前を呼びたいんだ。



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