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寄稿作品  作者: 采火
個人企画
16/21

【おとーふ御前試合】星影のふたご 五話

おとーふ様主催「おとーふ御前試合」寄稿作品

 ノアの意識がぽっかりと浮上する。

 何もない。痛くも、つらくも、苦しくもない。流星に触れたはずなのに。


 ぼんやりとしながら、ノアは身体を起こす。

 目覚めたら、世界が変わっていた。しゃぼん玉のように不安定で、オーロラのように視界一面を覆う流星の残滓。流星がもたらした景色は、あまりにも美しい。


 そんな中、自分の身体の異変に気がついて。


「どうして、僕……」


 身体が発光している。

 その事実に、ノアが戸惑っていると。


――さぁ、瞬いて。


 誰かの声が聞こえる。

 誰かの意識が共有される。


――さぁ、輝いて。


 流星の記憶だ。

 それがずっとずっと求めていた星の力(エーテル)だと、ノアは漠然と知る。


――さぁ、煌めいて。


 あ、と気づく。

 流星は知っている。


 ノアの願いを。

 ノアの願いを叶える方法を。


 だからノアは、それらの声に耳をすませて。


(あぁ、こうすれば良かったんだ)


 星々はいつか誰かだった存在で、森羅万象の叡智を記憶している。その片鱗が今、瞳を通ってノアへと収斂された。星の力(エーテル)を宿したノアの身体は淡く発光し、虹彩が星々のようにチカチカと瞬く。


 臆することなく流星へと立ち向かった少年。彼に与えられた恩恵はあまりにも大きい。だって彼はもう、願いを現実にするだけだから。


 そのためにも。 


「ティティアを、返してほしい」


 ノアの言葉には力が宿り、その言葉を一番伝えたい誰かのところまで運んでいく。

 その言葉を受け取った誰かは、静かにノアの背後へと現れた。


「……これはこれは、本当に流れ星を掴んでしまうとは」


 シルクハットをかぶった、顔のない紳士。

 ティティアを連れて行ってしまった悪魔が、大げさに肩をすくめている。ノアはゆっくりと振り返り、悪魔と向き合って。


「……ティティを返してください」

「困りましたねェ。この人形はあなたの手に余るものではありませんか」


 人間のようにため息をつく悪魔。

 ノアは「違う」と小さく言葉を転がした。


「人形じゃない。僕が返して欲しいのは、()()()()()()()()()()()()()()


 悪魔が嘲笑う。

 気づきましたか、と嗤っている。


 あの日。

 初めて悪魔と邂逅した日。


 ティティアはまだ人間だった。


 彼女の魂を悪魔が呼び戻し、さも当然のように人形へと移し変えてくれた。ノアはティティアの魂を動かすために夜ごとエーテルを注いでいた。


 それがそもそも間違いだった。


 今なら分かる。

 ありのままのエーテルを全身に感じる今なら。


「……魂は身体に繋がることで、ひとつの個になる。僕も、ティティアも。この身体だから、僕らなんだ」


 だからこそ、おかしい。

 悪魔がすり替えた人形に、ティティアの魂が宿るなんて。


 だって、身体との繋がりが消えてしまったティティアの魂は今。


()()()()()


 ノアの右眼に、薔薇色の炎が咲き乱れた。

 右眼から零れでた鮮やかな炎は、具現化したエーテルだ。ここにいるよ、忘れないで、と存在を主張するように、大きく、艶やかに、炎の華を咲かせる。


「僕が掴んだ流れ星(エーテル)こそ、ティティアの魂だった。身体を失った魂がエーテルであるのなら、僕が採取したエーテルは、誰の魂だったんですか」


 断言できる。

 あれは紛い物だったと。

 ティティアの真似事をしていただけの〝悪魔の人形(コッペリア)〟だったと。


 ノアはもう、悪魔の虚言に踊らない。


「もう一度言います。人形じゃないティティアの身体を、返してください!」


 いっそう鮮烈に色づく、右眼に宿る薔薇色の炎。


 ノアの瞳がカメラ・オブスキュラの針穴(ピンホール)だとすれば、ノアの身体は感光紙だ。望遠鏡でしか見つけられなかったエーテルも、今は肉眼で焦点をあわせ、胎内に実像を結ぶことができる。


 それだけじゃない。

 エーテルの本質を知った今なら。


 ノアは力強いまなざしで悪魔を見つめた。シルクハットの紳士の姿が滲んでいく。瞳の奥で焦点が結ばれ、実像が定まっていくほど、悪魔の存在はゆらいでいって。


 悪魔は感嘆する。


「なるほど……あなたの瞳は(エーテル)を収斂できるようになったのですね」


 魂を弄ぶ悪魔が、魂を弄ばれる。このまま見つめられ続ければ、顔のない悪魔は魂を収斂されて、エーテルというただのエネルギーになってしまうだろう。


 それはたまったもんじゃない、と悪魔が音を上げた。


「致し方ありません。今回は幕引きといたしましょう。流れ星を掴まえた少年の物語に付き添えないのが残念です――」


 悪魔が指を鳴らすと、ごとりと音がする。ノアの視線が一瞬だけそちらに向くと、次の瞬間にはもう悪魔はいなくなっていた。


 あとに残されたのは、いつか失くしたと思っていた棺桶だけ。


 ノアは顔を歪めると、質素な棺桶に縋りつく。逸る気持ちのまま、棺桶の蓋を開けた。


「ティティ……」


 滑らかな陶磁器とは違う、渇いた青白い肌。

 華やかなドレスとは違う、簡素な死に装束。

 エナメル質の瞳とは違う、落ち窪んだ眼窩。

 

 ようやく取り戻した。

 これこそがティティアを(かたど)る器。


 目覚めと眠りを幾夜も繰り返した。

 生と死を幾度も繰り返した。


 諦めきれなかった。許容できなかった。目を背き続けた。信じたくなかった。夢だと思いたかった。


 そのすべてが過ちだった。

 でも、そのすべてが過ちだったからこそ。


「君が、帰ってきてくれた」


 ノアは不器用に笑う。

 ずっとずっと、願っていた。

 暗闇の日々を抜け出して、たった一人の片割れと一緒に日の下を穏やかに歩ける日々を。


「今度こそ、ずっと一緒だから」


 ノアは、躊躇わなかった。

 躊躇わず、薔薇色の炎が宿る自分の右眼へと手を伸ばす。右眼をえぐり、何よりも尊い遺骸へと分け与える。


――さぁ、瞬いて。

――照らして、灯して、いのちの形。


 ノアの瞳を通し、遺骸の胎内をエーテルが循環していく。それはさながら流星のように、血流のように。さらさらといのちの輝きが流れていく。


――さぁ、輝いて。

――見つけて、繋いで、いのちの糸。


 やがて人の身の熱を宿した。

 ティティアにいのちが宿っていくほどに、ノアの身体の輝きもだんだんと収縮していって。


――さぁ、煌めいて。

――願って、焚べて、いのちの舟。


 夜闇の中、地上に二つの星が瞬く。


 エーテルが散るノアの左眼と。

 目覚めたばかりのティティアの右眼。


 エーテル色に染まる双眸は、ふたごの兄妹に一つずつ。


「……お兄、さま?」

「ティティ……!」


 片目だけを瞬かせるティティアは、少し寝ぼけているような声だ。目をしぱしぱさせて焦点をあわせると、ノアへにこりと微笑みかけてくれて。


「お兄さまったら、すっごく意地っぱりだったわね」


 その言葉に、ノアの残った眼から雫がこぼれ落ちる。


 ティティアは見ていた。兄の愚行。止まらない願い。天上高くから、ずっとずっと見守っていた。


「ごめんね、ティティ。頼りない兄でごめん。僕は君がいないと駄目なんだ。だからもう、僕を一人にしないで」


 ティティアがノアの頬へと触れた。しょうがないわね、と優しい言葉を紡いでくれる。


「お兄さまったらとっても我儘だわ。でもティティアはそんなお兄さまが好きだから、ずっと一緒にいてあげる」


 うん、とノアは頷いた。


 ノアは感じている。自分の中に収容されたエーテルがどれくらいのものか。ティティアに流れていくものがどれほどか。そしてこのエーテルが砂時計のようにすべてティティアに流れていったら、自分がどうなってしまうのか。


 その時こそ、ふたごの(つい)が訪れる。


 言葉通り、ノアはもうティティアを置いていかないし、ティティアもノアを置いてはいかない。


 これ以上ない理想の終焉。

 その終わりが来る日まで、二度と二人は離れない。


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