表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寄稿作品  作者: 采火
個人企画
15/21

【おとーふコロシアム】竜女はまやかし皇帝を愛してる 〜あの時助けてもらった鯉です。恩返しに来ました〜

とーふ様主催「おとーふコロシアム参加作品」

 あなたは命の恩人です。

 あなたはいじめっ子たちの悪戯で土に埋められ、呼吸もできずにいた私を救ってくれました。


 あの時、あなたが不自由な池ではなく、どこまでも続く水路へと私を放してくれたから、私はこうして生きています。


 あなた。あなた。いつも寂しそうに私のいる池をのぞいていた、あなた。


 真っ赤に腫らしていた瞳に、もう涙はありませんか。ぼろぼろだった衣は誰かの愛情で縫われましたか。いじめっ子たちに切られた髪は伸びましたか。


 あれから十年経ちました。

 とても長かったですか。


 私、とても鈍くさかったから。登竜門を越えるのに時間がかかってしまいました。


 でもようやく。ようやくこうして、あなたに会いに来ました。


 私の名前は戀々(レンレン)

 あなたが恋しくて、竜になって舞い戻ってきました!


 ◇


 私、空を泳ぐこともできるようになったんです。

 悠々と冬の晴天を滑空して、私は目的の建物の前へと降り立ちました。


「な、何者だ!?」

「ここは今、朝議中である! あやしき者よ、去れ!」


 ふんふんふん。知ってます。修行した時に老師から教わりましたから!


 私はにっこり笑って、矛を向ける二人の門番にゆっくりと歩み寄ります。鯉時代の抜け髭で編んだ領巾(ひれ)をゆらゆらと風にそよがせました。


「うっ……」

「力が……っ、抜け……」


 がくりと膝をつく門番たち。安心してね、ちょっとぼうっとするだけの術なので!


 笑顔で宮殿の扉へと触れる。

 この向こうにいる。

 この向こうで待っている。


 私がずっと会いたくて、ずっと恋しくて、ずっと恩返しをしたかった人が!


 扉をゆっくりと開けます。

 扉の向こうは大広間。同じ冠、同じ衣、同じような顔の人たちがびっしり。そのさらに奥で、私の記憶にある面影を残す人が、一人だけ立派な椅子に座っています。


 大丈夫。冕冠から垂れる琉がちょっと邪魔で見えにくいけれど、竜になった私の視力ならちゃんと見分けられる。


 私は満面の笑顔を向けました。


「たのもー! あの時、助けていただいた鯉です! 恩返しに来ました!」


 しぃんと静まりかえる大広間。

 ここにはたくさんの人間がいるのに、あまりにも静かです。


 そんな中、私の喉元に冷たいものが当たります。

 剣。剣だわ。

 突きつけられた剣。


 私が会いに来た人の隣りに侍っていた恐ろしい形相の人間が、私に剣を突きつけています。


「陛下から離れろ、妖怪め……!」


 私は目を細めました。

 妖怪、そうね、私って妖怪かも。

 命の恩人のために姿を変えてまで、ここに来たのだから!


 私はにこりと笑う。

 突きつけられた剣を腕で払う。

 すごく、不愉快。

 ついでに領巾(ひれ)を揺らしてこの人も動けなくさせておきましょう。


 誰も動かない。

 誰も動けない。

 ここはもう、私の支配下の世界。


 私は命の恩人へと触れました。

 気怠げに椅子へと座り、無感動な表情で私を見上げてくる彼に微笑みかけます。


 袂をくつろげ、彼の手を取り、そっと胸の間へと指先を触れさせました。左右の鎖骨の中央に、つるりとした感触があるはずで。


「これが私の逆鱗よ。これを飲めば、あなたは不老不死になれる。お金がほしいなら、この身を刻んで万金に変えてくる。あなたが助けてくれた私の命、あなたのために使わせて」


 彼の感情が少しだけ動きました。

 無感動だった瞳に、くるりと光の魚が泳ぎ始めます。


「……そなた、これが逆鱗だというのなら、その本性は竜か?」

「えぇ! もちろんですとも。あなたが昔助けた鯉が、登竜門を越えて、竜になったの。信じられない? 信じてくれる?」


 ねぇどっち、と小首を傾げれば、彼の瞳を泳ぐ光の魚がゆらゆらと不安定に揺れました。

 玉座に座る彼は、一度瞬きをします。瞬きのうちに、光の魚はいなくなってしまって、また無感動な瞳に戻ってしまいました。


「……竜であると言うのなら、御身は尊いものであろう。そんな簡単に身を捨てるものではない」


 あぁ、ほら。

 彼はいつだって優しいの。


 私がずっとずっと会いたかった人は、優しい心の持ち主のまま、この冷たい玉座に座ってる。

 この玉座に座った彼は、血の通わない人形のよう。自分の心を殺して、誰かの言葉の通りに従うばかり。この光を隠す瞳が、諦念と諦観だけを宿した瞳が、何よりの証拠。


 だから私は、彼にもう一つ、選択肢をあげる。

 彼がもっとも望むものをあげるの。


 私は彼の耳元へ唇を寄せました。


「不老不死も、万金もいらないのなら。私があなたに自由をあげる。偽物の皇帝陛下。かつて皇太子の影だったあなた。名前も与えられず、まやかしとして生きている、あなた。あなたに名前と、自由をあげる」


 それが私の恩返し。

 今、あなたがここにいる理由を私は知っています。


 そう伝えれば、ふたたび彼の瞳に光の魚が戻ってくる。

 大丈夫。この言葉はあなたと私だけしか聞こえない。認識できない。それくらいのこと、私の領巾があればちょちょいのちょいなのです。


 だから恩返しのために、選んで欲しい。

 私が叶えられる、あなたの願いを。


「……自由を、望んでも、いいのか……?」


 ぐらり、ぐらり、揺れています。

 彼の心が揺れているのが分かります。


 ――だから私は笑顔で頷くの!


「もちろんよ! あなたが私を助けてくれたように、今度は私があなたをここから救い出す番!」


 待ってました、と私は彼の手を引こうとしました。彼を連れ出そうとしました。でも彼は――その手を振りほどきました。


「……行けない。私は、ここを離れるわけにはいかない。もう、私しかいないのだ」


 彼の表情が苦しそうに歪みます。

 ……あぁ、腹立たしい。彼にこんな顔をさせる人間たちの怠慢が。傲慢が。甚だ腹立たしいです。


 でも、彼がそうしたいと言うのなら。


「それなら教えて。私に何をしてほしいか。私にできることなら何でもしてあげる」


 そう、なんでも。

 にこりと微笑んで、優しく彼の心を剥き出しにしていく。少しだけ、領巾の力に頼りながら。


 彼はうとうとと微睡むように、瞳が蕩けはじめます。さぁ、あなたの本心を聞かせて?


「………………を……」

「はい」

「…………子、を……」


 ぼんやりとした彼の言葉が段々とはっきりしていく。その言葉に耳を澄ませれば。


「……竜の血を引く子を」


 竜の血を引く子。

 その言葉の意味を、私は老師から聞きました。


 この国はかつて、竜が興した国だったとか。竜と人が混じり、皇が生まれた。だからこの国の皇族は、竜の血を引いているのだとか。


 でも。


「竜の血を引く皇族はもういないでしょう?」


 竜の血を引く人間なんて誰一人としていない。同胞の血を継いでいるならすぐに分かるのに。

 それでも人間とは不思議なもので、いま玉座に座っている彼を、竜の末裔と思っているのね。


 でも良かった。

 だってそれなら、私が叶えてあげられるから。


 私はにっこりと微笑む。

 嬉しくて嬉しくて、たまらない!


「それなら子作りしましょう! 私とあなたで、たっくさんお子を産みましょうね」


 そうしてあなたが自由になれるのなら。

 私、喜んであなたのお嫁さんになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ