【サン玉企画】ふしぎな卵と大嘘つきの魔女《後半》
みつい様&神崎月桂様主催「サンタさんお年玉書いてください」こと、サン玉企画の参加作品です。
2023/12/24〜2024/1/3
みんながレオンを笑った。
人は信じたいものしか信じないということに気がついたのは、ホリデー王立学院を卒業してからだった。
『エイプリル・フールは本当にいたんです! この卵がその証拠です!』
『レオンハルト君……君にはがっかりだよ。そんなちょっと綺麗な石が証拠とは』
『本当なんです……! ほんとう、に』
これは立派な研究成果ですと胸を張ったら、あいつは大嘘つきだと後ろ指をさされた。それがいつの間にか、広く遠くまで伝わって、レオンは今や稀代の大嘘つき。エイプリル・フールといえば、と街中で口々に登る始末。
ぽっかりと胸に穴が空いたような気持ちで、レオンはまぶたを持ち上げた。
「エイプリル・フールは、本当にいたんだ……」
がたがたと走る鉄馬車の中で目が覚めたレオンは、悔しさに顔を歪めた。学生時代の夢に少しだけ深呼吸をして、こみ上げてくるやるせなさを吐き出した。
レオンは王立学院を卒業してから、各地を旅する冒険家になった。学生だった頃に一度だけ目にした奇跡の光景を探して、エイプリルフールにまつわる場所を旅している。今もまた、鉄馬車を乗り継いで文献を元に推定したエイプリルフールの伝説の地を目指していた。
ガタガタと揺れる座席で小さく頭をふる。レオンは鞄の中から地図を出した。ざっと目を通して、何度も繰り返し見た次の目的地への道のりを再確認する。
「『滝の橋を渡ったら 冬ざれの谷』。この滝の橋がおそらく……」
推定した場所を指で弾き、よし、と意気込んだ。
次の駅で降りたらいよいよ徒歩だ。冬ざれの谷と言うからには、おそらく冬のように寒い場所なのかもしれない。次の街で防寒装備を買っておいたほうがいいかな、とレオンはつぶやいた。
次の目的地を再確認したレオンは、地図を折りたたむ。そのまま鞄へとしまおうとしたけれど、鞄の奥で何かがつっかえて上手く入らない。鞄を覗きこめば、いつかの卵が鞄の底に転がっていた。
「なかなか孵らないな、君」
指でつん、と続いてみる。
とこしえの春の中、りんごの木の合間で出会った女の子からもらった卵。
薄桃色だった卵はやがて朱に染まり、今では紅に染まっていた。
大きさもほんのり大きくなっていて、少し持ち歩くには大変な大きさになっている。それでも一つどころに落ち着かないレオンはこの卵を捨てることなく、エイプリル・フールにつながる証拠として持ち歩いていた。
「これ以上大きくなるなら、もう少し大きい鞄を買わないといけないな」
そう語りかけながら、レオンは卵を優しく撫でた。
レオンは大きく深呼吸した。
高い崖からこぼれ落ちる滝の先に向かって飛び込む。
(『滝の橋を渡ったら』……滝を橋と見立てたとして、滝の上には何もなかった。だったらおそらく、冬ざれの谷があるのは滝壺の底……!)
滝壺に飛び込んだ瞬間、身体中にとんでもない圧がかかった。轟々と落ちてくる滝の水圧に身体が揉みくちゃにされて、四肢が千切れそうになる。鞄をなくさないように抱きかかえるのに必死になった。
やがて、ぺっと乾いた大地に投げ出される。
「うわっ!? って、ここは……!」
上下左右がめちゃくちゃになったせいで、ちょっと頭がくらくらした。それでも踏ん張って立ち上がり見渡せば、白い雪が一面に降り積もっている。
木々は重たい灰を被ったようにしなだれていて、空にはたぷりたぷりと滝底がオーロラのように揺らめく。風の変わりにしぃんとした冷たい空気が漂い、ひんやりとレオンの身体に纏わりつく。
いつか見た光景と正反対。あの時は冬から春へ芽吹いたけれど、ここは春から冬へと時間が巻き戻ってしまったような寂しさがあった。
「ここが……エイプリル・フールの故郷か」
断片的に古文書に綴られていた、エイプリル・フールの隠された故郷。
いくつもの写本を解読し、断片的になっていた彼女の旅程を繋ぎ合わせ、距離や方角を計算し、はじまりの場所を推定した。ただ『いにしえの門』のようなはっきりとした入口がわからなくてずっと苦労していたけれど、推定地の範囲内に地図には載っていない滝があると聞いて、ようやくそこではないかとあたりがつけられた。
「『繭は雪のように溶けて 大魔女は姿を表した』。繭か……」
レオンは周囲を見渡した。繭のようなものがないか、目を凝らしてみる。
吹雪でもないのに視界がぼんやりするのは、天井に揺らめく滝壺の水面のせいだろうか。光の角度が不規則で、遠くを見るにも一苦労する。
魔女は人から産まれるけれど、エイプリル・フールの出生は系譜が何もわからない。エイプリル・フールの軌跡をたどるにあたって、もしその系譜がわかるとしたら、このはじまりの場所に隠されているはずだとレオンは考えた。
「歩いてみようか」
濡れそぼっていた服は気がつけば凍らないで乾いていた。冬景色なのに不思議なことだ。大魔女がいた場所なら何が起きても不思議じゃないかと、鞄から防寒具を取り出してようやく身につける。寒さが半減した気がしたが、一刻も経たないうちに暑くて全身が汗だくになってしまった。
「暑い……! 寒いはずなのに、暑くなるいっぽうだ!」
見渡す景色は相変わらず真っ白で、しゃがんで地面に降り積もる白い雪をつまめばじんとする冷たさがある。吐く息も白い。どうしてこんなに暑いのか、レオンは甚だ不思議だった。
「少し、休むか……はぁ、何も収穫はないしな……」
木々の隙間に身を寄せる。風がないので風よけの意味もないかもしれないと思いつつ、一面に降り積もる雪で壁と天井を作り、そこに身を隠した。
「暑かった……よし、少し腹ごしらえでもしておくか」
旅のお供に保存食は必須だ。ナッツと干し肉、ビスケット。何を食べようかと沈む気持ちに景気をつけつけながら、レオンは鞄を開けて目を丸くする。
「ぴ?」
「……ん?」
赤い、大きな蜥蜴のような生き物が、鞄の中にいた。
「は?」
「ぴぴ?」
赤い蜥蜴と目があった。
レオンは鞄をひっくり返した。
「ぴっぴー」
「ど、どこから入ってきたんだ……!? あっ、卵! 卵が割れている!」
「ぴぴぴー」
「つまり、この子は……!?」
レオンはおそるおそる、赤い蜥蜴に近づいた。よく見たら蜥蜴の背中には蝙蝠のような角張った羽がある。それはまるで、お伽噺に歌われる。
「竜、なのか……!? まさか竜まで実在したなんて!」
「ぴぴぴー!」
レオンは感極まって、赤い蜥蜴――いや、赤い仔竜を抱き上げた。
「すごい! すごいすごい! 僕は証明したぞ!! やっぱりお伽噺は歴史だったんだ!! 竜がいるなら、大魔女エイプリル・フールだってきっと……!」
言いかけて、ハッと気がつく。
抱き上げた仔竜の鱗の赤色に既視感を覚えて、呆然とつぶやいた。
「赤い鱗……長寿の魔女……冬ざれの谷で生まれた竜と……旅立った魔女……もしかして、魔女エイプリル・フールは……!」
レオンは赤い仔竜を抱き上げると、谷の上にある滝壺の天上を見上げた。
ここを出て確かめに行かねばならないと、強く思う。
『卵から何が産まれても、二度とここに来るんじゃないぞ。なにがあっても、だ!』
卵をくれた女の子の言葉を思い出す。
何があっても来るな、なんて、それは。
「ハハッ、さすが大嘘つきの魔女だ! そんなこと言われたら、行くしかないさ!」
レオンは仔竜を鞄に入れてやり、天上を見上げる。冬ざれの谷というように、ここは谷のようになっている。少し大変だけれど、崖を登り、木を組み立て、雪で支えを作れば、あの天上に届くはずだ。
「卵が孵ったんだ。もう一度、君に会いに行こう。大魔女エイプリル・フール!」
「ぴー?」
「君も一緒に行くんだぞ?」
「ぴっぴぴー!」
静かで寂しい色をした世界に、一人と一匹の声がこだました。
嘘つきの魔女が来るなと言うのだから、それはきっと――
※
エイプリル・フール
エイプリル・フール
みんなが知ってる大嘘つき!
魔女の口から紡ぐ言葉は どれもこれも嘘ばかり
魔女なんてここにいないよ、と
旅人をとこしえの春から追い返し
何が生まれるか知らないよ、と
授けたのは白色の卵
エイプリル・フール
エイプリル・フール
魔女の言葉はうらはらだ!
魔女の生まれた冬ざれの谷で
卵が孵り、赤い竜が生まれたよ
旅人は気づいてしまったのさ!
彼女の言葉を信じてはいけないと
エイプリル・フール
エイプリル・フール……
エイプリル・フールは嘘つきさ