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野良猫が救う

作者: 阿部イズ



「今日でキミを解雇します」



35歳 オレ


なんとなく察していた。


呼ばれた部屋に入ると、社長と営業部長が向かい側に座っていた。

何を理由でクビになったということはなんとなく覚えているがその後自分の席に戻り荷物をまとめ、会社のエントランスホールの重い出入口ドアを開いた瞬間、彼らとの会話は秋の風でどこかへ運ばれて行った。



♢♢♢



幸いなことにオレは独身。つまり直接的に迷惑をかける人がいないということ。

常に幸せな家庭を手にしたいと言い婚活パーティなどに出席しなければ、というプレッシャーが消えた。

数人と連絡先の交換はしていたがとりあえず返信は避けておこう。こちらは無職なのだから。



ーープルルーー(スマホの着信音)

このタイミングで空気の読めないやつだなと電話に出ると、唯一オレに慕ってくれている後輩からだった。


「先輩…今日飲み行きませんか?」


ああ、後輩に気を遣わせているのか。しょうもない先輩だ。


「おう、何時頃ならいいんだ?」


「仕事を終わるのが18時なんで18時半でどうでしょうか?場所はいつものとこで」


「了解」


あえて、ありがとう、とは言わずに電話を切った。

時間が少しあるので一度自宅へ戻り支度をして行こう。埃のかぶったようなオレが住むアパートは電車から一駅のところにある。


駅のホームに立ち電車を待つ、これも無くなるのかと思うと解放感と共に悲壮感も生まれた。



♢♢♢



電車に乗り駅に着く。


今日は少しだけ違う道を通り帰宅しよう。特にどうといった意味はないがもしかしたらきぶん転換をしたいと言っている自分が心の中に潜んでいるのかもしれない。


知らないスーパー、行ったことのないコンビニ、こじんまりとしたケーキ屋。

ついでにとは何だが夜の晩酌用のつまみとケーキを買った。ケーキ屋でケーキを買うのなんていつ振りだろうか。


アパートに着き買ってきたモンブランを食う。いささか甘いそれを食べ終え賞味期限1日過ぎの牛乳を飲み堅苦しいスーツを脱ぎ比較的ラフな服を装い、いつもの居酒屋へ向かう。

二人でよくここで上層部の考え方について話し合ったことが何度もある。


18時25分頃、後輩が到着。


「すみません、待たせてしまって」


「いや、忙しいのは分かってる。気にするな」


5歳下の後輩は正直オレよりもできる。最初こそ劣等感を感じていたが途中でそれを捨て、自分にできることを探し黙々と仕事をしていた。


お互いに生ビールを頼み、後輩はオレに対し労いの一言を添えて乾杯してくれた。


その後は後輩が上の考え方が分からないなどと数えきれないほどフォローしてくれた。


酔いつぶれそうな後輩をタクシーに詰込み運転手にある程度の料金を渡し手を振った。


いい後輩を持っていたんだな、と少し涙ぐみながら帰路に立つ。


若干飲み足りないオレは昼に見つけたコンビニで酒とつまみを買って晩酌でもすることにした。


酒はレモンサワー、つまみは煮干し。相性は微妙だがいつも決まってこの二つを選ぶ。


アパートへ向かう最中初めて見る公園があった。小さな公園だが、まだ外灯に光が灯っている。

外灯したにベンチがある光景を見たオレの足は自然とそこに向かっていた。


樹脂製の冷めたベンチがなんとなく心地よかった。

一歩間違えると不審者おじさんと言われても仕方が無いが、オレは今日ここで呑むことにした。


缶を開け、煮干しの袋を広げる。

たまに外灯に衝突する虫たちのパチパチという音がオレの中のストレスを解消してくれるように思えた。


いい感じに眠くなってきたところで帰ることにし、飲み終えた缶をゴミカゴへ捨てに行く。


そしてつまみを取りに戻ると ”そいつ” は居た。


黒猫?…いや口元だけ真っ白だ。そいつは煮干しを加えながら透きとおるほど綺麗な緑色の瞳でじっとこちらを見てくる。


野良猫か?ゆっくりと近づくがそいつはオレに構わず煮干しをガツガツと喰らう。

首輪がない…いや待てよ、首輪が外れてしまった飼い猫の可能性も十分あり得る。


まずは警察に連絡しよう。オレは写真を撮り、何時頃にこの公園に現れたかをメモし念のため保護しようとしたが…


そいつはオレの煮干しをまき散らして、ヒュっと逃げてしまった。

迷い猫だったら飼い主さんに本当に申し訳ない。とりあえず得た情報を警察に渡そう。



♢♢♢



翌日、朝10時。オレはハローワークに居る…はずだったが、昨夜の酒が抜けず家でくたばっている。


少しくらい自分に休暇を与えても罰は当たらないだろう。しかし毎日仕事に追われ帰ってきては飯を食ってはすぐに寝るというルーティーンが染みついていたのでこういった場合何をすべきなのか思いつかない。

オレは本棚から学生時代に読んでいた小説を取り出して読んでみたが、20ページ目で手が止まる。

やることが無さすぎたオレはソファで横になる。


ふと目を覚ますと部屋の中が暗くなっている。寝過ごした、そして頭痛がひどい。

昼寝をすると体調が悪くなるのは何故だろうかと考えながら冷蔵庫を漁るがそこには何もない。

仕方がないのでコンビニに行くことにした。


コンビニに来たオレは昨晩のことに気づいた。あの黒猫はどうなったのだろうか。

肉まんと酒、煮干しを買い昨日の公園の同じベンチで晩飯をとることにした。


肉まんを食べきった頃、



ーとっとっとっとー


機嫌の良さそうな足取りでそいつが来た。


オレは動かずこいつがどうするのか観察した。


ベンチに飛び乗りこちらを見上げる。何か物欲しそうな顔だ。何を欲しがっているかは分かっている。

ビニール袋に入っていた煮干しを取出しそいつの前に開いてあげた。


やはり野良猫なのだろうか、毛並みが荒れていて目つきもほんの少しキツいようにも見える。

どっちにしろこいつは相当腹が減っていたようだ。あっと言う間に食べつくしてしまった。


そしてまたこちらを見上げる。おいおいもう買ってねーぞと言いたいところだったが、すぐにコンビニに走った。何故かは分からない。


コンビニで同じ煮干しを2袋買ってダッシュで戻った。


が、もうあいつはいなかった。もうくれないものと思いどこかに行ったのだろう。


まじかあ、と声が漏れた。でもまあ明日も会えるだろう。

オレは切り替えアパートへ戻ることにした。


ーとっとっとっとっとー


ん?


酒をぐっぐっと飲んでいると後ろから足音が聞こえた。


振り向くと後ろにはさっきのが居た。

何しに来たんだ、と思ったが視線が明らかにビニール袋に向けられていたので理由はすぐにわかった。


「一緒に来るか?」

オレはしゃがんで煮干しを手のひらに出した。



♢♢♢



今日もハローワークに…来てはいない。

もう少し休んでもいいよなと自分に言い聞かせた。


ーガチャガチャガチャー


テーブルの上で煮干しを取出し買って食べてるやつが居る。


昨晩こいつを連れ帰ったあとに警察に連絡し、保護しますと伝えた。


…というかエサって煮干しでいいのか?とりあえず猫の育て方について軽く勉強した。


まず最優先で用意するもの。それは便所だ。

これを買わなければオレの部屋はあいつの糞と小便まみれになってしまう。

次に必要なのはキャットフード。やはり煮干しばかりでは体に良くないようだ。


時間が無限にあるオレは近くのペットショップへ足を運んだ。


店に着く。ペットショップに入るのなんていつ振りだろうか。

小学生の頃ハムスターを飼っていたことを思い出した。


猫コーナーを発見した。

何やらいろいろとある。キャットタワーにおもちゃに服?今時の猫は服を着るのかなどと新鮮な感覚に陥っていた。

おっと、さっさと最優先の便所を買わなければと思いそこへ向かった。

よく分からないがかまくら型の物を購入した。砂が飛び散りにくく匂いの拡散も防ぐそうだ。


次はエサ、いろいろと考えたが先のことも考えヘルシー志向でいこうと思った。

あんまり味の濃いものばかり食べてると体に悪いだろう。


ついでに移動用の猫バッグも買った、何かあった時病院に連れて行かなければならないからな。


会計をしてもらう……14000円だと!?猫用品ってこんなに高いのか。

しかもエサや砂は消耗品、この先何度も購入するものなのだろう。予想以上に猫には金がかかるということを思い知らされた。


オレは小走りでアパートへ向かった。


…遅かったようだ。部屋に入った瞬間中からアンモニア臭があふれ出し顔を顰めた。

最悪なことにベッドの上に黄色い染みがある。今晩の寝床はソファとなるわけだが、ソファには先客が居てスースーと寝息をたてて寝ている。



許してやるよ。



♢♢♢



1ヶ月ほど経ったが依然として警察からの電話がない。迷い猫ではなくただの野良猫なのだろうか。


この1ヶ月で変わったことがある。”クロ” こいつをそう呼ぶことにした。

名づけが面倒だったわけではない。ただ単にオレにネーミングセンスが無いだけだ。

しかし名前を呼んでも振り向きはしない、当然だろうここ最近付けられた名前だ、反応する方がおかしい。


でもクロは人懐こい。オレがベッドで寝ていると寒いのか布団に潜り込んでくる。


クロと一緒に生活をしている。今のところ何も問題は無い…いや問題が発生しそうではある。

オレ一人が生活をしていく分にはまだまだニートを極めていられるがクロと生活をするとなると話しは別だ。


ーガッガッガッー


なんの音だ?音がする方へ行くとクロが玄関ドアを爪で引っ掻いている。

外に出たいようだ。


オレは前もって買っていた猫の外出時用のゲージにクロを入れ外へでた。野良猫とはいえどこかへ行かれては困る。


外へ出たはいいがどこに行ったらいいのか…。

ふと思いついたのはあのクロと出会った公園だ。

クロもそこへ行きたいのだろうか。



公園に着く。


大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせクロをゲージから出してあげる。


するとクロは公園の匂いクンクンと嗅ぎキョロキョロと辺りを見渡している。

クロにとってはもともと住んでいた場所だ。出て行ってどこかへ行く可能性さえある。


オレも公園を眺めているとクロは何かを見つけたように走って行ってしまった。

焦ったオレは


「クロ!!」

と叫んでいた。


だがクロの足は止まらない、あいつにとってクロという名前などあってないようなものだ。

クロは植込みの中入って行った。

もとは野良猫だ、大丈夫とは言い聞かせていたがこの結末は予想していた。


煮干しを買いにコンビニへ行く。もしかしたら戻ってくるかもしれない。


煮干しを買いベンチに座り2時間は経っただろうか、未だにあいつは戻ってこない。

22時になったので一度公園を見渡した後にオレは帰ることにした。


クロの使っていたトイレとエサ入れは綺麗にし、そのままそこへ置いている。いつでも戻ってきてもいいように。


あれから数日間、夜に煮干しを持ってあの公園のベンチに座りクロを待っているが一向に来てくれる気配はなかった。


結局エサやトイレの砂を再購入することはなかった。


1ヶ月、たった1ヶ月だけだったがあいつはオレと一緒に居てくれた。

仕事がなく時間を持て余しだらだらするようなオレを救ってくれたのは間違いなくクロのおかげなんだと今になって感じた。


テーブルに置きっぱなしの煮干し、誰が食うんだよと思い、知らずに涙が流れた。



♢♢♢



オレは今日ハローワークに来ている。流石にこのまま人生を投げ出すのは馬鹿馬鹿しい。

それにクロに励まされたような気がしたオレは前に進むしかないと燃えていた。


が、思うようにはいかない。他の場所で仕事を探してみよう、とアパートへ向かう。








ーとっとっとっとー








後ろを振り向くと ”そいつ” は居た。


煮干しの賞味期限は明後日までだぞ。


私自身、野良猫を拾い一緒に生活しています。

自主体験とは大きく異なりますがこのような出会いもあるのではないかと思い書かせていただきました。

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