95.冒険終わって…村の夕餉
もうすぐ日が暮れようとする頃、やっと山間の村に帰ってきた。
村にはエヴェリエから来た兵の姿があった。
白と青とその中間色の兵装だから、公国の兵だとすぐにわかる。
日が落ちかかっているので、村の各所で火が焚かれ、村全体が明るく照らし出されている。
フローレンたちは、村の中央広場に向かった。
村の中には、十数頭の馬が繋がれていた。
軽装の騎馬隊が、エヴェリエ本国から急いで駈けつけてきた、という感じだ。
「あ、ごめん、先に行っててくれるかしら?」
イヴはセレナを伴って、兵士の集まっている場所へ行った。
兵士の隊長らしき人物と話をしている。
話を、というより、その壮年の隊長がイヴに対して一方的にかしこまって、指示を受けている感じだ。
イヴの地位の高さが、その遣り取りを見ているだけでもわかる。
兵士たちは村人と一緒になって、荷車で小鬼どもの残骸を村の外に運んでいた。
村から離れた場所に埋めるようだ。
撃退はしたが、その後も片付けが大変なのだ…。
麓の村に食料を取りに行っていたクレージュたちも、戻ってきていた。
「あら…? おかえりなさい! そして、おつかれさま!」
「あ~クレージュの、それ♪ 久しぶりに聞いた気がするわね♪」
「なーんか…ほっとするよね!」
フルマーシュのお店でいつも聞いていた、クレージュのこの言葉…
聞かなくなったのは無理もない。
大樹の村に移ってからは、クレージュが一番忙しく動き回っているのだから。
誰よりも忙しく駆け回り、みんなの生活を支えている、みんなのリーダー…
そんなクレージュに対して、もっと気遣うべきだ、とフローレンもアルテミシアも、ふと気付かされる…。
「遅くなってゴメン…ちょっと手間取っちゃって…」
「あら? 大丈夫? 小鬼以外にも強いのがいたみたいね?」
そういえば小鬼退治に行ったんだった…。
その後の戦いが激しすぎて、すっかり忘れていた…。
クレージュはフルマーシュの店で帰還者を迎える時も、いつも…まずは目を走らせて全員の安全を確認していた。
その洞察力は鋭い。
強敵と戦ったり、危険を越えてきた事も、だいたい見透かされていたものだ。
身体の負傷はダンジョンの最後で癒やされているけれど、激戦を戦ってきた後の雰囲気のようなものを、二人のちょっとした様子から感じ取っているのだ。
村では、麓から持ってきた食料で大規模な炊き出しが行われていた。
村の中心に近づくと、美味しそうな匂いが漂ってきた。
「そういえば、お腹すいたわねー」
「お昼もまともに食べてないからね♪」
昼間、ここを出発する前は、村に食料がほとんどなかったので、あまり食べていない。
アルテミシアのおみやげスィーツで、四人ともおなかを保たせていた感じだ…。
グラニータ、チョコラ、パルフェの不良三人娘が、レメンティと一緒に食事を作っていた。
「姐さん方、ご無事で!」
「遅いから、心配しましたよ~!」
「さ、さ、ごはん、できてますよ~」
フローレンやアルテミシアには、おなじみの野営料理。
野菜や野草たっぷりの、お粥だ。
「さ! このあたしが、作っておいてあげたわよ!
おなかいっぱい食べていいんだから!」
レメンティが自信ありげに、胸を張って言っている。
レメンティは占いだけじゃなく、割と何でもできる女子…
料理もかなり上手…なんだけど…
でも…どうせなら…料理はクレージュに作ってほしかった…
と考えるのは、フルマーシュでの生活が長かったフローレンやアルテミシアなら、そう考えるのが当然だ…
クレージュは、むこうでまたエプロン姿になって料理頭巾を締めて、村の女性たちを指導して、兵士や村人たちのために料理を大量に作ろうとしている。
自然とそっちを見ているフローレンとアルテミシア…
その二人の様子を見て、二人が考えている事を、何となくレメンティはわかってしまう…
「な、何よ! 私の料理が嫌なら、食べなくたっていいんだからねっ!」
このツンツン女子は、いつものように、ふてくされた…
「イヤなんて! そ、そんな事ないわよ…!
だって、クレージュの特性スパイスがあれば、誰でも料理の達人じゃない!」
「そうそう♪ それに、お腹が空いてると、何でも美味しいものよ♪」
何だか、とても失礼な事を言っているように聞こえるのだけど…
でもこれは二人とも、悪気があって言っているのではない。
なんとかフォローを入れようと頑張ったのだ。
頑張った結果なのだ…。
頑張った結果が、大変シツレイだっただけだ…
で、そんな事言われたら、レメちゃんは怒る。当然、怒る。
「あ゙ー…! あんたたちって、メチャクチャ失礼ね!
も゙ー! 知らない! 知らないんだからっ!」
とかツンツンが尖りきったようにお怒りになって、そっぽ向いてしまった…
フローレンもアルテミシアも「あ~あ…」という感じだ…
けど、まあ、いつもの事、みたいな感じだ…
二人共、別に自分たちの発言が悪かった、とも気づいていない…
なんかレメンティが面倒な人になっちゃったので、まあ何と言うか、居づらくて…
フローレンもアルテミシアも、三人娘から食事を受け取ると、そそくさと向こうの座って休憩できる場所へ、急いで行ってしまった…。
で…
二人から放って置かれた、ふくれっ面の微褐色神秘系ツンツン女子は…
「まあまあ…。レメンティさんも、料理むっちゃ上手っすよ!」
「そうよねえ? タムトの温泉街でもお店出せるレベル」
「本業占い師とか、疑っちゃうカンジ! 占い以外もカンペキな、ステキ女子!」
と、まあこの三人は料理素人なので、お世辞ではなく本気で言ってる訳だけど。
三人娘に誉められ、なだめられ…
「あ~…なんていい子たちなのかしら~…」
気をよくして機嫌を治している…割と単純な正確なのだ…
レメンティは冒険者組からはがっかり女子の印象が強いけれど、女兵士たちからは「何でもできるすごい人」とか思われていて、実は尊敬されているのだ…この事をフローレンやアルテミシアは知らなかったりする…。
不良三人娘は、入れ替わりやってくる村人たちに、お粥を提供していた。
せわしなく人のために働く、生き生きとした姿を見れば…
ただの不良だった頃からすると…三人とも成長したものだ。
ここにいない火竜族のルベラ、コーラーの陰陽キャラコンビ、
森妖精の薬師ペリット、服飾職人のパティットたち四人は、
再度、怪我したり体調の悪い村人を看に行っている。
村人の怪我も症状も軽いので、これが最後の治療、という感じだ。
フローレンとアルテミシアが休憩所で少し待っていると、イヴとセレナもやってきた。
「あー…待っててくれたの? 先に食べててよかったのに」
フローレンもアルテミシアも、まだ食事に手を付けていない。
「そりゃあ、待つわよ!」
「どうせなら一緒に食べたいじゃない♪」
イヴもセレナも、換装装備で出した食器セットに、お粥を受け取っていた。
もうすっかり使いこなしている。
四人で一緒に食卓を囲んだ。
食事しながらの女子トーク…
…な感じではなく、終始一貫して、ダンジョン攻略の反省会だ…
冒険者や軍人、神官…全員普通の女子じゃあないから、まあ仕方ない…
「兵を率いるのとはまた違う戦いを学ばせてもらったわ…
これを参考に色々な戦いを想定して…柔軟な戦術を取れるように…」
イヴは対人以外の戦いから、学ぶことが大きかったようだ。
「…うぅ…も、もっと防御魔法…練習しますぅ…」
セレナは、自分がもっとしっかり素早く防護魔法を使えていれば、
もっと簡単に勝つ事ができたことを反省している…。
「普段使わないような系統の魔法も、見直しが必要ね…♪」
アルテミシアは、ついつい使いやすい系統の魔法に頼ってしまう自分の癖に気付く…“虚”系統のみならず、“酸”や“響”の属性系統も練習しようと思った。
「お花の技をもっと極めて…まだ持ってない属性の技も使えるように…
修行あるのみ!」
フローレンも、自分の花術がまだまだ未熟だと認識した。
花術に優れた母が、花術によってあらゆる系統の技の再現が可能だ、と言っていたのを思い出していた。
各々が、自分の至らないところのレベルアップを図っていこうとしている…
ここは別に意思表明の場ではないのだけど…
仲間の前で語ることで、強くなることを誓ったような意味合いを持ってくる。
だが惜しむべき事に…
このメンバーでまたダンジョンに挑む機会は…もうないだろう…
あのダンジョンも、外に出るとすぐに消滅した。
通常、クリアされた自動生成型ダンジョンは、何処へともなく姿を消してしまうのだ…。
あのダンジョンの跡地には、小鬼の集落の残骸だけが残った。
一応確認したけれど、あの古代の筒状武器は落ちていなかった。
ダンジョンの不具合のような感じだったので、なにかの間違いであの武器が現存してしまう事を心配していた…のだけど、杞憂に終わった。
そうして反省会混じりの食事が終わると…
すぐにイヴは立ち上がった。
「? どうかした?」
「フローレン、アルテミシア、悪いけれど…私達、先に引き上げさせてもらうわ」
「え?」
「あら?♪」
「ええ、ごめんね…実は…」
イヴが言うには…
実はエヴェリエでは、年に一度の宗教的な儀式を数日後に控えている。
その関係で早く戻りたいらしい。
逆に言えば…そんな大事な時期にもかかわらず、村を救うために神馬で馳せてくるのだから…イヴは立派な騎士である…。
「後のことはあの隊長に指示しているわ。それに後続の支援部隊も、明日には到着するし」
「夜になるけど、大丈夫?」
「ええ、私の馬は速いだけじゃなくって、夜目も効くから」
この山間の村からエヴェリエの都まで、下手すると半日かかってしまう道のりだけど…あの青い神馬だったら、それほど時間もかからないのだろう。
来るときもかなり早かったのだ。
「すいません、すいません…もっといっぱいお話したかったんですけど…」
セレナがテンパったように、何度も頭を下げている…
別に謝る必要もないのに…この子は最後までこんな感じだ…。
クレージュもレメンティもやってきて、四人で見送った。
「またエヴェリエで会いましょう。都に着いたら迎えを出すわ」
「ええ、よろしくね!」
「じゃあ、また…エヴェリエで!」
「またね♪」
どうせ明日か明後日、すぐにエヴェリエで会うことになるのだけれど…
でも…
二人と別れるのは、なんだか妙に…名残惜しい…
そんな事を思っている間に…
二人を乗せた青い神馬は、一瞬で見えなくなった…
本当に速いのだ…。
「何であの人、あたしたちがエヴェリエに向かうってわかったのよ!?」
レメンティが怪訝そうに訪ねてきた。
「わかるんでしょ?」
「わかってるよね♪」
「わかってるのよ…」
フローレンも、アルテミシアも、クレージュも、
その事には何の疑問もなく、当然といった感じだ。
「もーーー! だから、なんで、よ!」
ひとり理解できないレメンティが、またツンツン全開になっている…
まあつまり…
エヴェリエ公国で花月兵団が泊まる宿を、イヴは毎回チェックしてる…
という話をフローレンもアルテミシアも聞いたし、クレージュはそれがわかっている。
まだエヴェリエに行っていない、という事は、つまりこれから行く、という事だから、
また明日か明後日に再会できる、という事になる…
のだけど…
この中でレメンティだけ、それがわかってない…
この女子はいつも何かと残念なのだ…
そうしている間に、治療にあたっていた火竜族と森妖精の四人が戻ってきた。
「村の人達、状態は…どう?」
「必要な人は包帯巻いてきました」
「お薬も置いてきたのでー」
森妖精の服飾担当パティットと、薬師ペリットが答えた。
「あとは自然治療で、もう全員大丈夫ですー!」
火竜族のルベラが、はきはきと答えた。
相方の陰キャラなコーラーはその後ろに隠れる感じで何も話さない…
「こっちも終了ー!」
「後は村の人達で何とかする、って」
「メチャ感謝されたわよ~!」
不良三人娘も戻ってきた。
三人とも、仕事をやり終えた後の、充実した良い表情をしている。
これで全員が集合した。
そこでクレージュが口を開いた。
「さて…じゃあ、私達も…今日中に麓の村に戻りましょう」
女兵士たちは「えっ! 今から?」という感じに目を丸くし、互いに見合わせている…。
みんな疲れはある…
ここに来て戦って、治療や村人を助ける活動を、夜まで行っていたのだから…。
だから今夜はここで野営だ…と思い込んでいたところはある。
でもクレージュは、村人の無事が確保されたなら、遅くなっても戻るつもりだった。
明日の村人たちのご飯の準備をし、村の女性たちに指示を残してきていた。
エヴェリエの正規軍も来たことだし、彼女たちがここでやれる事はもう終わったのだ。
「荷物を置きっ放しにしてる事が気になるの?」
「まあ、それもあるけど…」
そもそも…
予定外にこの山中に来た事で、行軍が一日遅れている、という事を…
クレージュ以外のメンバーはあまり深く考えていない…
クレージュは色々な事を考えている。
様々な条件をまとめ、計算した結果、どう行動するかを判断している。
そのクレージュが言うには…
明日ここから出立すると、麓の村で荷と馬車を回収し、積み直ししていると時間がかかる。
エヴェリエの都に着くのは、悪くすると夕刻になってしまうだろう。
イヴたちと再会する約束をしているけれど、遅い時間になるので、彼女たちの都合がつかなければ、翌日にまわってしまう可能性がある…
するとまた一日、行軍が遅れることになる…
行商の約束もあるし、ラクロアに戻るのも遅くなる。
何より、みんなに心配をかけることになる。
「だから今夜のうちに、麓に戻っておきたいの」
というクレージュの説明で、全員が意図を理解した…。
そしてすぐに行動に移る。
そもそもいかなる場合でも、クレージュの決定に異を唱える女子はいない。
夜間行軍になるけれども、今から出立だ。
村人や兵士たちに別れを告げる。
何の見返りもなく村を救ってくれたこの女子たちに、公国兵も、村人たちも、口々に感謝を述べる…
最初に村に危険を告げに来た若者は、特に名残惜しそうにしていた…
そして花月兵団の名声は、また上がることになるのだが…
やっぱりこの女子たちにそんな意識はないようだ…
「いいわよ。私が御者するから、みんなは休んでおいて」
クレージュは自ら御者台に上がろうとする。
「クレージュ、あなたこそ、休んで!」
「まかせて頂戴♪ 私たち回復してきたたから♪」
すぐ自分が無理しようとするクレージュを強制的に休ませ、フローレンとアルテミシアが御者台に乗り込んだ。
ダンジョンクリアの恩恵でピンクの光を浴びてきた…
あれは生命の光と呼ばれていて、本当に回復効果が高い魔法で、体の傷や疲れ、不調がことごとく消えてしまうのだ…。
だから朝から走り回っているクレージュより、冒険に行っていたけれどこの二人のほうがかなり元気な状態である。
アルテミシアが派手に灯した光は、かなり先を照らし、馬車は昼間と変わらないくらいの速度で山を駆け下りていく…。
麓の村に戻ったのは、村の家の明かりが、半分はもう消えている頃だった。
積荷は厳重に、村人たちが保管していてくれていたので問題なかった。
もう一台の馬車も。こっちの馬は今日は休んだので、明日はこちらの荷馬車にちょっとだけ重い荷物を積んでいく事になる。
ここまで走ってきた馬を休ませて…疲れているけれど、まだ余力のあるうちに、みんなで積み込みだけ終わらせて…
あとはみんな、荷の周りで崩れるように眠りこけて…
翌朝も早くに出立だ。




