92.雷と虚の相対戦
大きな部屋の左右…壁の青白い光がどんどん強くなる…
「何…? あの魔法の照明みたいなの…?」
まばゆい青白い光と共に、時々激しく爆ぜるような音が響いてくる…
「いいえ、あれは、電気ね♪
あー、えっと…電気っていうのは…雷みたいなものよ♪」
「ああ…成程…そう言われてみればわかるわ」
イヴやセレナには、電気と言ってもなじみがない様子…、
ちょっと理解できなかったようなので、説明が必要だった。
古代には魔奈を扱う以外にも、この電気を動力にして強力な魔法を行使していたとも伝えられる。
「氷、炎とくれば、残るは雷、ってコト? わかりやすいわねえ…」
フローレンの言う通り、氷と炎と雷は、九大属性の中でも、なぜかこの三つがセットにされている事が多いのだ。
この三つを三属性のように扱うのは、古代から魔法思想に基づくもの、だという。
この三系統は研究も盛んで、習得される技や術の種類も多いのだ。
フローレンとセレナが戦った炎獣
アルテミシアとイヴが戦った氷獣
今度はその纏うものを電気に変えたような、雷獣の群れが、左右からゆっくりと近づいてくる。
「セレナ! 対雷防御の術を!」
「は…はい…!
で、でも…カミナリって…あわわゎゎゎ…!」
セレナは術の展開に手間取っている。
雷を受ける機会など、まずない…
ので、あまり使い慣れない術や技は、咄嗟に出せない…
わりとある事だ。
だけれど、緊急に対応できない事や、遅れる事は、その僅かな時間差であれ、生死を分ける事になりえる…
<<電雷抵抗>> レジストサンダー
セレナが間に合いそうにないので、アルテミシアが先に防備を展開させた。
濃い闇紫の暗黒の粒子が、四人の身体を包む膜を形成する…
本職のセレナの守護の術はもっと強いという事なので、彼女がしっかり術を構成するまでの繋ぎにはなるだろう。
「いいわよ、セレナ♪ あわてず頑張って♪」
「は、はい…! すいません…」
イヴは、術と言ったけれど、セレナの使用するのが“術”なのか“技”なのかは分類が難しい。
アルテミシアの用いる学術系魔法は、“術”と呼んで間違いないのだけれど、
セレナのはエヴェリエに伝承される技術の体得のような感じなので、定義からは“技”の分類という気がする…
けれどこうした技は、魔法使いっぽい者が使用すれば、“術”と認識されてしまう事も多い…
一般の人からすれば、“術”か“技”か、なんて事は、実にどうでもいいことだろうし…
ふとそんな、それこそどうでもいい事をつい考えてしまいながら、アルテミシアは次の魔法を唱え始める…
フローレンとイヴは、それぞれ左右を受け持って、迫る雷獣を往なしている。
先刻の炎獣や氷獣もそうだが、この雷獣たちは動物というより、エネルギーで形成された魔法生物のようだ。だから物理的な斬り払いが効きにくい。
おそらく、魔法強化のない通常の武器なら、斬っても斬れないだろう。
フローレンの花園の剣も、イヴの蒼穹の剣も、高度な魔法剣だからこそ、何とか斬れるのだ…。
けれど、炎と氷のような、この“雷”の敵に対する効果的な技を持っていないのか、先程の氷獣や炎獣との戦闘の時よりも、斬り払うのに手間がかかっている。
<<虚無球体>> ヴォイドボール
だけど実は、雷にも“炎と氷”のように反する属性がある。
今アルテミシアが完成させた、この暗黒の魔法がそう…
それが九大属性で定義される“虚”属性だ。
この虚無の属性は、周囲のエネルギーを吸い込み消失させる。
特に雷や、気の属性など、光の系統のエネルギーとは相反し消滅する感じになる。
炎と氷が対であるのは子供でもわかる常識だが、雷と虚の対抗関係は魔法学や属性学の知識がないと、なかなかわからない。雷はその存在をみんな知っているけれど、“虚”と言われても普通の人には実例を上げれる自然現象がないのだ。
そのためか。虚の属性は、炎・氷・雷や気の属性と比べると扱いにくく、使い手が少ない、という難点がある…
なのであまり研究が盛んではなく、発展性に欠けるため、技にしても術にしてもその種類が乏しい…
アルテミシアの指先から、小さな暗黒球が発生する…
それが次第に大きく膨らみ、昏い紫の火花を散らす暗黒球体となって、迫る雷獣たちに襲いかかる…!
次々に生み出される暗黒球体は、雷に引き寄せられるように、雷獣を追尾し捉えていく…。
暗黒球を受けた雷獣は、その身が縮んだように纏う電光を弱め、やがてそのまま消失する。
虚の属性は、消失させる力である。
これを植物が受けると枯れ、人や動物は生命力を奪われ、奪われ切ると干からびたような屍になってしまうのだ…。
アルテミシアの放つ暗黒球で数の減った雷獣を、フローレンとイヴが、剣撃で落としていく。
斬り伏せられ床に転がった雷獣は、青白の火花だけを残し、次々に消滅していく…
ほぼアルテミシアの虚無の魔法のお陰だけれど、わりと早くに片付いた…。
「これでおしまい?」
イヴはちょっと拍子抜けな感じに佇んでいる。
セレナも、何もすることが無かったので、ぼーっと気が抜けてしまっている感じだ。
「いいえ…まさか…気を抜いちゃダメよ!」
「むしろ…今から、よね♪」
言っている端から…
また左右の壁の電光が爆ぜ、青白の輝きを増していた…
無数の雷獣が、その光から生み出されるように現れ…
そして駆け出してくる…
「さあ…第二陣…って感じなのかな…?」
「セレナ、対雷防御、頑張って♪」
「落ち着いてやりなさい。それまでは食い止めるから!」
「あわわゎ…は、はい! が、がん、がんばってみます!」
フローレンとイヴが、先程と同じように、左右に向かって構えを取った。
アルテミシアは先程と同じ、虚無の攻撃の術を唱え、
セレナも頑張って守りの術を思い出し構築しようとしていた。
雷獣が駆けはじめる…
だけど…
先程とは動きが違う…
一気に襲ってくる感じじゃなかった…
広くなった部屋の北側…そちらに駆けて集まっている…
(何…?)
四人は、警戒しつつ、そちらに向き直る。
その見ている前で、雷獣たちは重なり合い、
そして…
「え、うそ…?」
「合体…したの…?」
小柄な雷光の獣の群れが、一体の巨大な獣と化した。
「あわわゎゎゎ…」
「ちょっと…! かなり大きいわよ…♭」
見上げるほど巨大な雷獣が、激しい雷光を弾かせながら、彼女たちの前に立ちふさがっていた…。
雷獣の巨体が、天を仰ぐように吠え声を上げた…
雷鳴のようなその咆哮は、空間を震わせ空気を痺れさせる…
雷雲の間近にいるような…ものすごい圧迫感だ…
「ちょ…! なんて圧力なの…!?」
「くっ…空気が…ひりついているわ…」
フローレンもイヴも、前に進む事もままならない…
その巨体に纏った雷が、一気に放たれ…
凄まじい雷撃が吹き荒れ、この部屋中を席捲する…!
フローレンたちは、身を低く、守りを固める…ことしかできない…
「「「「きゃあぁぁぁ!!」」」♭」
嵐が過ぎ去るまで、ひたすらに耐えるしかない…
過ぎ去るまで…必至に耐えた…
「…いやん! めちゃ痺れたんだけど!」
フローレンが身を捩らせてる。
強力な電撃で痺れて、四肢の感覚が僅かに鈍った感覚が残る…
雷嵐が収まった後も、彼女たちの身体には、まだ雷がまとわりついて、時々音を立てている…
「けっこう……くるわね……」
特に、イヴが苦しそうな表情を隠せない…雷撃に必至に耐えている。
板金鎧、つまりほぼ全身の金属鎧を着ているので、電気が回りやすいのだ。
そんなイヴの身を気遣って、治癒魔法をかけようと、セレナがイヴに触れると…
バチッ!!
電気が弾けた…!
「いたっ!! あわわゎゎゎ…!!」
「私はいいから! 貴女は対雷防御を頑張りなさい!」
イヴはの言う通り…この雷を何とかしないと…戦いにすらなりそうにない。
これでも、アルテミシアの電雷抵抗がかかっている状態なのだ。
守りのアクセサリも多少は電撃を軽減しているはずだ。
それらがなければフローレンはともかく、イヴはとっくに倒れているかもしれない。
金属鎧を着た兵士たちにとって、雷の術や技は受けるだけで危険なものだ。
だからルルメラルアのような魔法後進国でも、貴族や高級武官、精鋭の兵士の鎧には、雷を避け軽減する呪紋処理などが施されているものなのだ。
雷嵐を放った雷獣は、その場で力むように、身体を震わせている。
その青白の弾ける光が、また輝きと音を増してきている…
力を増幅され…また雷を蓄えているようだ…。
「もう…# また来るつもり…!? 冗談じゃないわよっ#」
アルテミシアが虚無の暗黒球を放った。
だけれど…小さな闇の球体は、その雷の壁のような巨体に、吸い込まれるように消えていくだけだ…
巨大雷獣の纏う電撃が弱まる気配が見られない…
「やっぱり…もっと大きなの、お見舞いするしかないみたいね…♭」
しかし、大きな魔法を撃つには、大きな隙が生まれる。
さっき程の雷嵐を受ければ、魔法の構築を中断される可能性が高い…
「雷撃で妨害されるかもだけど…まあ、やるだけやってみるわ♪」
アルテミシアは魔法を唱え始めた…
昏色の魔法陣が形作られ始める…
だけど…完成はまだまだ先だ…
それまでに、あちらで雷を蓄えているようなあの獣を、雷嵐が放たれるのを防ぐことができるのか…?
「ごめん、フローレン…前、任していい…?」
そう言ったイヴはかなり辛そうな様子だ。
フローレンのほうがかなり余裕がある。
魔法後進国ルルメラルアの装甲と、魔法や属性の防御を重視する冒険者の守り、その特性の差が二人の残り体力の差になって現れている…
イヴの鎧も、若干はこういう雷などの防御もかかっているのだけど…さすがにその程度では約不足だ。
「ええ、無理せず下がって! 前は何とかするわ!」
とは言っても…雷嵐が来れば、前も後ろも関係なく、フローレンにはできることがない。
「いえ、後ろから援護するわ…
あの雷撃…私が押さえてみせる…!」
「わかった! お願い!」
イヴは何らしかの防御手段を講じるつもりのようだ。
一方、妹のセレナのほうは、対雷防御をまだ構築しきれていない…
セレナは目を閉じて必至に何かを唱えている…
守りを構築しようと頑張っている…
でも、それを形にするには至らない…
イヴは傷つきながらも、そんな妹と呼ぶ娘を守るように、その前に立つ。
<<雷切之剣・橘千鳥>>
イヴが斜めに構えた蒼穹の剣が…
その剣身の中に煙を満たしたように、黒雲色に染まってゆく…
それは、雲間の雷鳴の如く…時折、轟音を鳴らしながら、駆けるような稲妻が剣身を走っている…
イヴは、雷を帯びた黒雲の剣を両手で構え直した。
「えっ! 敵が雷属性なのに、どうするつもり!?」
「まあ、見てて…!」
雷獣の身体はもう、先程のような大量の雷に包まれていた…
そして再び…雷嵐を放つための、構えを始めた…
巻き起こる風が、空気を痺れさ、弾ける音を撒き散らす…
そして…
咆哮と共に、雷の嵐が部屋じゅうに吹き荒んだ。
フローレンはまた、少しでも受ける電撃を減らすために、身を屈める事しかできない…
けれど…
(あれ…? 雷の嵐が…来ない…?)
その雷の嵐が、引き寄せられるように収束している…
雷は束に纏まって、一箇所に…
イヴの掲げる黒雲の剣に吸い込まれてゆく…
「えっ!? 嘘…?」
(吸収したの…?#)
四人は、雷を全く浴びていなかった。
今の攻撃で全くダメージを受けていない。
すべて、黒雲色に変わった剣が吸収したのだ…。
イヴの手にある剣は、その黒雲の剣身すら見えないほど激しい雷を纏って、青白く輝いている。
「すごいわ! これで、いけそう!?」
「いえ…限界はあるわ…剣が…雷を…蓄えきれない…
多分、次の雷は半分くらいしか…」
今の溜め込んだ雷を放つにしても、また元の持ち主に返すだけだ…
それに、これだけ激しい雷なら、放つだけでも相応の負担が来るだろう…
その次が耐えられなくなる…
「…一回分、か…」
次を、どうする?
アルテミシアの魔法完成までは、まだまだ遠そうだ。
巨大雷獣は、寄ってくる気配がない。
その場で佇まいを崩さず、動く気配かない。
このまま延々と叫び、雷嵐を降らせてくるだけ、なのだろうか…?
倒せなければ進めないのだから、それだけでも充分脅威だけど…
そしてまた、雷嵐の構えを始めた…
「行くしか!」
技の溜めの間の…隙に賭け…
フローレンが斬りかかった!
だけど…
斬っても手応えが感じられない…。
雷獣が前足を上げる。
激しい雷が巻き起こり、その至近に激しい雷が散った。
フローレンは躱す事もできず、その電撃に弾かれ、後方に飛ばされた…
「きゃっ!」
吹き飛ばされた花の乙女はお尻から落ちて、派手に脚を開いて倒れる。
「フローレン!」
「あいたた…やっぱり、厳しいわねえ…」
フローレンは何とか立ち上がった…
花びら鎧の後ろ垂れの中に手をいれながら、柔らかな半出しのお尻をさすっている…
「来るわよ!」
三度、雷嵐が巻き起こる…!
それが黒雲の剣、もとい、雷光の剣に吸い寄せられるように…
先程と同じ景色が展開される…
吸収できない残りの雷が来る…?
いや…来ていない…
フローレンも、アルテミシアも、セレナも、無傷だ。雷を全く受けていない。
半分くらいはイヴの剣が吸っただろう。その雷の輝きが更に強まっている。
そして残りの半分は…
「イヴ!」
残りの雷を…彼女自身がその身に受けていた…
その板金鎧にまで、火花を散らすように、体じゅうが帯電している…
イヴが崩れるように膝をついた。
苦しげな表情を見せ、息を切らしていた…。
その帯電のせいで、徐々に体力を奪われ…
そして、このままでは…彼女は…
「だめぇーーーーー!」
セレナが叫び声を上げた。
目にいっぱい、涙を溜めている…
でも…
姉を慮る、彼女の、その想いが…
心の底から力を引き出すように…
その瞬間…
セレナの身体から、昏色の光が舞った。
四人の身体を、濃紫色の球状の影が覆ってゆく…。
セレナの感情の爆発が、魔法構築の最後の引き金になったようだ…
対雷防御が完成したのだ…
雷が軽減されたことで、帯電による負担が無効化される…
イヴの表情が苦痛から開放された。
セレナはイヴに走り寄って、治癒の術をかけている。
帯電していても、強力な防御に阻まれ、弾けた電撃にも苦痛を感じる事もない…。
「ちゃんと、できたわね…偉い…ぃ…セリナ…」
「もう…! ムリしないでください! ふぁ…り…お姉様!」
思えば…
イヴはセレナのこの必至な感情を引き出すために…
わざわざこの激しい攻撃を受けたのだろうか…?
この二人の姿を見ていると、なんだか、そう思わずにはいられない…。
自分にも他人にも厳しいこの女騎士なら、自分たちを追い込むような事でも平気でやりそうだ。
続けて、また雷の咆哮が起こった。
そして雷の嵐が吹き荒れる…
しかし…
セレナの対雷防御は、先程までの激しい雷嵐を、完全に遮断していた。
四人の周囲にだけ、昏い紫の球状が現れ、雷が届いてない。
「!! すごいわね…」
フローレンは、雷の嵐の中でも自分たちに届かない、その守りの球状空間をまじまじと見つめた。
この凄まじい防御なら、落雷でも耐えれそうな気がしてくる。
「はい、おまたせ♪」
そしてアルテミシアの大掛かりな魔法が組み上がった。
濃紫の昏い色の魔法陣と、多数の魔法文字が、空間に大きく描かれていた。
<<暗黒重力空間>> ダーク・グラビティ・ホール
発生場所は…雷獣の足元だ。
その場所から、暗黒の力場が外に広がるように…大きな半球体を描き膨らんでゆく…
周囲の電流が、吸い込まれるように、その暗黒の空間に流れてゆく…
雷獣が、大きな吠え声をあげた。
それはもはや、雷嵐を起こすための咆哮ではない。
その身体を構成する青白い雷が、逃れることを許されないように、次々に黒の力場に吸い込まれていく。
周りの電撃すら、その暗黒の重力に引っ張られるようにして、ひとつ残らず細い稲妻になって吸い込まれてゆく…。
暗黒の力場が消えた時…
そこに残っていたのは…
小さな一匹の灰色狐…のようだった。
それも、眠っているのか、気を失っているのか、動きすらない。
「? これが、あの雷獣の正体…?」
「な、なんだか、かわいいんですけど…」
激しい攻撃を乗り切り、そして小さな動物の姿に…
なんか…拍子抜けな感じだ…
だが、その時だ。
微かに、部屋の空気が動いた…
言う慣れば…魔奈の流れが起こっている…
「待って! まだ終わってないわ!##」
部屋が突然、薄暗くなった。
左右の壁の電撃が、消滅している…。
いや、そうじゃない…
壁が、青白い電光から、昏い紫色に変色している…!
そこから流れ出してくる、濃紫の…影の光の流れが…
渦巻くように、その子狐に集まっている…
虚の力を浴びた、その小さな姿が…次第に大きく…
やがて、先程までの雷獣と同じ大きさにまで膨れ上がる…
「属性が変わった…?」
「虚獣? とでも言うのかしら…♭ あんまり聞かないけれど…♭」
だがこれは…
対雷属性の形を作って戦っていたところを、真逆の虚属性に変化させる…
戦術を正反対に切り替えなければならない…
対応力や連携力が試される場面だ…
この一回で終わりませんでした…申し訳ない…
次回で古代ダンジョン終わらせます。→ 終わりませんでした。重ね重ね申し訳ない…




