91.古代よりの難問
長い炎の洞窟をかなり北に歩き、そこから西へ向かって、長いまっすぐな通路を歩いている。
さっきの洞窟とは打って変わって、青黒い謎素材の人工建造物であり、温度もおそらく平常…
アルテミシアとイヴは、この細い通路をひたすら真っ直ぐに進んでいる…。
しばらく歩いて、やがて通路の終点が見えた。
また突き当りに扉がある。
二手に分かれて探索するこのフロアは、ここまで他の選択肢のない一本道だ。
で、その扉はまた触れるだけで開く…
しかも両開きで横に滑るように開く…この階の最初の扉と全く同じ様に。
最初の頃はイヴもセレナと一緒に、こういう自動で開く扉とかに驚いていたけれど、何度も見てもうさすがに慣れてきたようだ。
扉の先は、正方形の部屋だった。
それほど広くはない。
先程までの通路と同じ青黒い素材でできていて、そして夜の部屋のような暗がりに、薄明かりが仄かに照らしている…。
部屋の右手奥、その北側の壁にも扉が見えた。
先に進む道は、その扉だけだ。
「この扉は…開かないわね」
イヴがその扉に手を触れて、反応を見ていた。
これまでの扉と違って、触れても開かないのだ…
「…えっと、頭に…何か情報みたいなのが…
…先に進むには…問題を、解け…って…?」
扉の横、部屋の北側は端まである長い机のようになっていて、その上の壁を埋めるように、一枚の大きい真っ黒な板がはめ込まれている。
扉に触れたイヴの頭に浮かんだ言葉…というよりイメージは…
その黒い板に表示される問題に、正しい解答を示す事を要求されている。
「なるほどね…♪」
アルテミシアも扉に触れ、そのイメージを見た。
扉から手を離すと、その巨大な板…というか、画面のほうに歩み寄った。
次に、その黒い板に手を触れると…
画面に何か表示された…
文字のようだ…つまり、古代文字…
画面内に、沢山…
同時に、その表示された古代文字の意味が、触れた手を通して、アルテミシアの頭に浮かんでくる…
「ええ…これは…そう… 計算問題ね♪」
「計算…問題…? あっ! 成程…古代の数字よね、これ…」
「そういう事♪
そう…こういうダンジョンって、強さだけじゃなくって、
こういう知力や観察力を試される仕掛けが、けっこうあるのよね…♭」
だけど計算問題というには、文字数がかなり多い…それも、縦横に不規則に組まれたように、変な並び方をしている。
アルテミシアが既に問題に挑んでいた。
空白のマスを指でなぞると、その形の古代数字が記入されていく。
隣で見ているイヴも、邪魔にならないように画面の端に触れてみる…
彼女の頭にも、この問題のルールが浮かんできた…
「計算問題…というより、数学パズルね…」
上下左右の数字を指定された四則計算記号で計算し、空白のマスに書き込んでいく。
イヴには存外簡単そうに見えるのだけれど…
最初の方順調だったアルテミシアは、数字の桁が上がったとこから、ちょっと苦戦しているようにも見えた…
「え゙~~!? 何これ~!」
フローレンが珍しく、変な叫び声を上げた。
その大声でセレナがびっくりして、つられるように慌てている…
対象的な作りだから当然、こっちの部屋でも同じ様に、出口扉横の画面に向き合っている、のだけど…
「あ゙~~…よりによって…計算問題なんて…」
フローレンの一番キライなやつだ。
「しかも、古代文字なんて…読めないし…」
どうしよ? どうしよ! と、フローレンが落ち着きをなくしている…
その様子だと…相当苦手みたいだ…
可憐で強い女剣士フローレンにも、家事以外にも苦手ごとがあるのだ…
「あ、あの…フローレンさん…?」
セレナが声掛けするのだけど…
フローレンは「どうしよ…? わたしわかんな~い…!」
と、オタオタするばかりで…耳に入っていない…
彼女がこんなに動揺する姿は、極めて珍しい…
「あの…
あの!!
…
聞いて下さーーい!!!」
と、セレナも思わず叫んでいた…
…セレナがこんな大声を出すのも、実は相当珍しい…
で、
やっとフローレンも気づいたようで…
大人しくなって…、目を丸くして…、セレナを見つめている…
「あの…フローレンさん! わたくし…やってみます…!
えっと…これ…
計算問題じゃなくて、魔方陣ですよね…」
「あ、うん…(マホージンって何だろ…?)
っていうか、セレナ…古代文字、読めるの…?」
「これ…最初の階で、昇降機?の文字盤に刻まれいてた数字ですよ…」
「うん…そうなんだけど……だけど…」(そうだったかな…覚えてないや…)
下の階で、文字盤を見かけたのは覚えている…
けど、この文字と同じだったかも覚えてない! 覚える気もない!
フローレンはいつも、そういう頭を使う事は他人任せだ。
「あ、わたし、見て覚えたので…やってみますね…」
セレナはちゃんと興味を持って学習していたようだ。
その知識に対する好奇心が、ここで役立ちそうである。
画面に映し出されるのは、5×5に区切られた正方形、
その何箇所かに古代文字…もとい古代数字が書かれている。
フローレンはこれを見た時点で、意味が全くわからず頭が真っ白になっている…
「タテ・ヨコ・ナナメの合計が一緒になるように…
「5×5だから、1~25の数字を一回ずつ使う…
「えーと…たぶん真ん中は13…だとすると…列の合計は65…
セレナはつぶやきながら、順々に空欄に古代数字を書き入れていく…
画面に真剣に向き合ってる姿からは、普段のあわわゎ…な感じはまったく無い。
今回その、あわわゎな役を担っているのは、横にいるフローレンだった…
まあ…ちょっと落ち着きを取り戻して、扉の横の壁に保たれるようにしながら、セレナが問題を解く様子を見守っている。
『もしも~し♪』
いきなりアルテミシアから連絡が来た。
『フローレン! なんかさっき、大きな声出してなかった?♭』
「あ…うん…きっと…気のせい。そう、気のせいだから」
『あっ、そう? じゃあいいんだけど…♪
で、…どう? 計算問題いけそう?♪』
「ええと…数字のパズルみたいなのだけど…
セレナが得意そうだからお任せしちゃった」
『良かった~♪ 貴方が計算問題解けなくて、取り乱して絶叫してるんじゃないか、って心配したの♪』
(してましたよ! してましたけど、何かっ!?)
まあこうして心配されるという事は…
フローレンは計算問題なんかは全くアテにされてなかった訳だ。
(というか、メチャ心配されてる…!)
そういうお節介は、なんか恥ずかしいような気もするけれど…
(まあ…解けなかったら、先に進めないものね…)
「そ、それより…! そっちは大丈夫なの!?」
『ええ、こっちは計算問題だったから♪』
「もう解けたの?」
『いいえ♪ 途中で代わってもらったわ♪』
桁数の多い乗算になると、どうしても暗算では難しい…
で、アルテミシアが計算ミスしてると、イヴが「そこ、違うわ」と教えてくれた。
どうやらイヴは計算が得意らしい。
貴族女性なので教養があるのだろう。
人の上に立ったり、経営をしていくには、数字に強くなる必要がある。
古代数字が読める件については、下の階で覚えてきたのではなくて、
今ここでアルテミシアが計算するのを、横で見て覚えたみたいだ。
『もうすぐ終わりそうよ♪』
「すごいわね? エヴェリエでは数字のお勉強が盛んなのかしら…?」
「ええ。エヴェリエでは小さな頃から読み書き計算はほとんどの子が学びますから…」
そう言ったのはセレナだ。
フローレンのほうに向き直っっている。
「神官はさらに高度な教養を学ぶんです…
わたくしも、数字はけっこう好きなんです…」
「そうなんだ…」
「そうなんです! えへっ!
あ、問題、できましたよ!」
珍しくちょっと得意げな笑みを見せた後、セレナはさらっと付け加えるように、魔方陣が完成したことを言ってきた。
画面の中の5×5枠は、そのすべてに古代数字が書き込まれていた。
その上に“完成!おめでとう!”みたいな文字が大きく描かれ、キラキラ光るように表示されている。
「やったー! すごい! すごいわよ、セレナー!」
自分が苦手でどうしようも無かった事をかわりにやってくれて嬉しかったのか…
フローレンはこの小柄な少女を、いきなり抱きしめた!
感激のあまり、抱えたまま左右に揺さぶったり、持ち上げようとしたり…
「あぅ~…く…くるぢぃ…ですぅ~…」
「あ、ゴメン…」
やりすぎだ。
ここまで羽目を外すフローレンも、これまた珍し…
『あ♪ こっちもちょうど完成~♪』
向こうからも明るい声が聞こえてきた。
「おっけー! じゃあ、進もっか!」
『そうね♪ はやく合流したいわね~♪』
フローレンは扉に手を触れた。
この扉は両開きではなく、画面のある左の側にすーっと滑るように開いた。
その扉の先は、まただだっ広い部屋になっていて…
「「あ!」♪」
フローレンとアルテミシアは、真横で顔を見合わせた…
どうやら、壁一枚隔てて、お隣り同士の部屋で問題と向き合っていたらしい…
ともあれ、やっと合流できた。
無事と再会を喜び合う…
ついでにフローレンはセレナをベタ褒めだ。
アルテミシアも、イヴの教養と応用力の高さを讃える。
イヴもセレナも、フローレンとアルテミシアの冒険経験を絶賛する…
なんだか…
即席パーティとは思えないくらい、四人の息が合っていた。
そして親近感も、少し離れて行動したことで、逆にかなり高まっている。
信じられない事に、この二人と二人は、今日知り合ったばかりなのだ…
「さて…」
「そろそろ、来るかな♪」
「…何がくるの?」
「「ダンジョンボス」♪」
冒険者組の二人は、さらっと言ってのけた。
要は、最後に一番強い敵が待ち構えている、という事だ。
「このダンジョンの外観…何階建てだったか覚えてる?♪」
「ええ…確か五階建てだったように思えたわ」
イヴの言う通り、この建物の外からは、各階に窓のようなものが見られた、その形から推測するとおそらく五階建てになる。
「という事は、中身の階層もそうなってる、って訳♪」
「そう、なんかそういうところ、律儀なのよね…古代ダンジョンって…」
地下型だとフロア数がわからないけれど、地上型はその外観からわりと推測がついたりする訳だ。
「そして、だいたい最終階かその前の階層に、最後の敵がいる、って構造♪」
「それって、絶対居るもの、なの?」
「こういう自動生成型ダンジョンだと必ず居て、最後のお宝を守っている感じ♪」
「そうね…経験上、いなかった事がないわね。そしてお宝が無かった事も、ないわ」
熟練冒険者の言葉を受けて、イヴも「そういうものなのね…」と納得するしかない。
四人が合流したその部屋は、ただっ広い部屋という感じだ。
天井も高く、いかにも大きな魔物が現れそうな雰囲気は漂っていた。
「えっと、つまり…今から一番強い敵と戦う、って事でしょ?
ヘンな事聞くけど…勝てるのよね…?」
どんな敵かもわからないのに、この質問は愚問だ。
でもイヴはそんな事はわかりきった上で聞いてる。
フローレンとアルテミシアの態度が、あまりに楽観的な感じだから、ついそういう質問をしてしまう…
「このメンバーだったら、大丈夫じゃあない?」
「そうね…相手の能力や属性や攻撃方法を見極めて、対策を立てる必要があるでしょうけど…
もちろん戦いながら、ね♪」
こういった冒険が初めてのイヴやセレナはあまり認識はないけれど…
このパーティは、攻防共に卓越している、仲間内の連携も取れている、そして相手の力量を見極める目も持っている。
何より四人の構成バランスが良い。
だから、どんな敵でも対応できる、とフローレンもアルテミシアも思っている。
もちろんそれも、これまでの敵のレベルを考えて、最後の敵の強さを予想する、という経験則に基づいた判断だが。
そういう“先輩”二人の動揺しない態度は、“後輩”二人に安心感を与え続けているのだ。
広い部屋なので、ここで遭遇があるんじゃないか、と予想もしたのだけれど…
部屋の中央まで進んでも何も起こらない…
部屋のまっすぐ向こうは一部が半円形になっている。
四角い大きな部屋にやや大きな半円の空間がくっついている感じの形状だ。
そこだけ円形に床の色が違って、模様が描かれているような感じだ。
「上の階への通路無し…ということは…」
「やっぱり、この階で来るわね♪」
二人の言葉を受けて、イヴとセレナはその円模様の空間を警戒していた。
「いや…この円からじゃない気がする…」
「私も♪」
「そうなの?」
イヴの言葉に二人が頷いた。
四人は再び部屋の中央まで戻る。
「こういう場合だいたい、部屋の真ん中に魔法陣みたいなのがあって、召喚されてくる感じなのよね…♪」
「それとも、最初から部屋の中央で待ち構えているか…よね」
でも、そのどちらでもない。
そこには今、彼女たち四人がいるのだ…
何も起こらないから、じゃあ、部屋を調べてまわるか…
と、動こうとした、その矢先…
「待って#」
やや遠くにある左右の壁が輝きはじめた。
いきなり部屋の端から端まで、青白い光が点灯した感じだ。
明かりじゃあない。
あれは、電気、すなわち雷のようだ…。
その青白い輝きは、時折弾けるような音を立てながら、輝きを増していく…
そして、その青白く眩く爆ぜる壁際から、次々に姿を現した。
電気を纏った、狼か狐のような小さな生物…
…生き物かどうかも怪しいところはある…
幻影か、そうでないにしても、魔法生物…エネルギー体のような感じにも見える。
「雷獣ってところね♪」
先程戦った氷獣や炎獣の群れのように、今度は雷獣の群れな訳だ…
戦闘の途中ですが、切りどころ難しかったので…
次回でいよいよダンジョン終了…か?




