86.森の中のお茶会
村人たちを治療しているこの建物の中に、そのお姉さん、イヴがやってきた。
とりあえず一段落し、やっと落ち着いて話ができる、という感じだ。
「有難うございます…村の見回りから、お付きの方々に治療の手伝いまで…」
イヴは恭しく礼をした。
女兵士たちの事を「お付きの方」と言うのがいかにも貴族らしい物言いだ。
高貴な感じは隠れようもなく伝わってくるけれど、物腰は非常に低い。
「気にしないで。困ってる時はお互い様でしょ?
それと、わたしたちに対して、畏まる必要はないわよ」
フローレンは、人助けは当たり前の事、のように考えている…
そして、自分も畏まる気はない。
身分が上の相手にも口調が変わらないのは、そういう事を気にしないフローレンらしいところだ。
「そうよね♪ それに…どう考えても、貴女のほうが爵位は上、でしょ?♪」
アルテミシアも、あまり畏まった話し方をされるのは好きじゃない。
冒険者は基本的にみんな、そんな感じだ。
作法うるさく小綺麗に食事をするよりも、一緒にお酒を飲んでお馬鹿に騒ぐほうが似合っているのだ。
「いえ…爵位など、この際、関係ありません…
我が公国の民をお救い頂いたこと、大変感謝しています…」
また畏まって、またイヴは深々と頭を下げた。
「あー、もう、そういうの、無しよ! なしなし!
もうちょっと、こう…砕けた感じで、いきましょう!」
フローレンは基本的に自由な女子だ。
堅苦しいのは苦手なのだ。
それに、この女騎士イヴの事も、もっと砕けた接し方ができる女性だ、と見ている。
「ええ…まあ、意識するようにしま…するわね…」
そこで気づいて言い直せるあたり、イヴはやっぱり砕けた話し方もできそうだ。
「えと、わたし達の事を知っていたみたいだけど?」
「ええ。貴女方がよくエヴェリエの地を経由して、行商をしている事は知っているわ… 何しろ、助爵位を持つ女性が三人もいる、ということで、私も気になって調べていたから」
「なるほど…あれ、あなたの仕業だった訳ね…」
あれ、とは…
花月兵団の一行は、エヴェリエの都に行くたびに、確認を受けていた。いつも馴染の宿に泊まるたびに、兵士や役人が訪ねてくるし…
なぜか盛大にご馳走を振る舞われた事も…。
「どうして私達が見張られているのかはわからなかったけど…貴女の興味本位だった、って事?♪」
「いいえ、大事なことよ。優れた人材について調べて知っておく事は…
エヴェリエでは貴方がた三人だけじゃあなく、レイリア様、ユーミ様、ラシュナス様の御三方のことも、花月兵団の幹部として認識しているわよ」
ロロリアとアルジェーンの事は言われなかったのは、まだ知られていないからだろうか?
それと、
(ん? 待って…今レメンティの名前…抜けてたような…?)
彼女が聞いたら「なんであの娘が入っててあたしが入ってない訳!」とか、ツンツン怒り出しそうな気がする内容だ…
「でも、いい時に来てくれて良かったわ。
あなたが来てくれなかったら、ちょっと危なかったかも…」
フローレンはあの火が投げられた時に技を構えたけど、その技で対処しきれる自信がなかったのだ。
「そうよね♭ でも、…どう考えてもかなり速く着いた計算になるんだけど…?」
アルテミシアの計算では…
花月兵団があの麓の村に訪れた頃に、伝令がエヴェリエに到着している…としても、エヴェリエから急いで出発し、全力で馬を駆けさせても、この山中の村に着くのは、最速で今日の夕刻くらいになるはずだった。
「ええ、馬を全力で飛ばしてきたので…」
「馬…?」
イヴが外に出て見せてくれたのは…
馬だ。
かなり大きい…かなり走りそうだ…。
だけど、そんなことより…
青い馬だった。
つまり、普通の動物じゃあない…
毅然としたその佇まいには、神々しいものを感じずにはいられない…
「幻獣…もしくは神獣の類、ね…♪」
通常でない獣の中でも、人類に益をもたらすものを特に、神獣と呼ぶ。
逆に害をもたらすのは魔獣だ。種類としては、こちらのほうがはるかに多い。
幻獣はそのどちらとも言える感じだけど、唯一獣などがそう呼ばれる事が多い。
ただ、この辺りの呼び方はかなり曖昧ではある。
たとえば、この麗しき女騎士がこの馬に乗っていれば、神獣や幻獣と呼ばれ、
恐るべき敵将がこの馬に乗っていれば、魔獣と呼ばれることになるだろう。
「なるほど…かなり速そうね…」
「ええ。その気になれば、一日でアングローシャまで往復する事も可能かと」
フローレンは、その距離感をすぐには計算できなかったけど、
隣でアルテミシアが「そんなに速いの~!#」と驚いていた。
それにしても…
こんな珍しく大きい馬が広間のすぐそこにいたのに…
紹介されるまでフローレンもアルテミシアも気づいてはいなかったのだ…
イヴの妹セレナも外に出てきた。
「ふぁ…り…わわゎゎ…お、お姉様…み、みなんさんの治療、終わりました…」
なんか変な驚き方をしている…
この子は、けっこう慌てやすい性格かもしれない…
でも、フローレンは、親近感を感じずにはいられない…
この姉妹の雰囲気はやっぱり、心の満たされるような懐かしさがある…。
「えっと、セレナ…
お疲れ様。大変だったでしょ?」
「貴女って、かなりすごい治癒術使いよね♪
うちの子たちが、みんな驚いていたわよ♪」
と、褒められたセレナは、恥ずかしそうに顔を赤らめ、そわそわし、なぜか一人で慌てるような感じで、
「あわわゎ…いえ…だ、だいじょうぶ、です…。はい…。
…か、花月兵団の皆様に、だいぶ、たす、助けて頂きましたので…」
セレナは…人見知りが激しいのか…わりと口調がテンパってしまっている…
このあわわゎ娘が…先ほどまでの、ものすこい治療術の使い手…とは思えない…ギャップがすごい…
「すいません…こういう子なので…」
妹に変わってイヴが頭を下げている…
当のセレナも、「すいません!すいません!」と何度も頭を下げまくって…
別に謝るような事は、何もしてないのだけど…
フローレンもアルテミシアも、「いえ…」「お気になさらず…♭」と、
なだめるように対応する…しかなかった…。
村中の家の食料が、小鬼に食い散らかされている…
持ち去られている物もありそうだ。
村の広場では、村人たちがそれぞれの家から、僅かに残った食べるものを持ち寄っていた。集めた食料をまとめて、そこで煮炊きをしている。
そして、その少ない量を、みんなで分け合って食べていた。
村人たちは、イヴとセレナに対し、とても恭しく接している。
この村人たちからすれば、公国都から来た貴人なので、敬うのは当然ではある。
食事も沢山入れて渡そうとする。
だけどイヴもセレナも、村人と同じ量しか受け取らない…
フローレンもアルテミシアも村人たちから、口々に感謝された。
たくさん食べるように勧められたけれど、ここは同様に、村人と同じ量だけ頂いた。
夕方までにはクレージュたちも戻って来るだろうから、みんな晩ごはんはいっぱい食べられるだろう。
四人の女兵士、ペリット、パティット、ルベラ、コーラーも、我慢する。
このメンバーだと…それ程たくさん食べる子がいないのが救いであった…。
その短い食事を終わらせた後すぐに、フローレンが言いだした。
「わたし達はこれから、小鬼の住処を殲滅しに行こうと思うんだけど」
それを聞いた四人の女兵士たちが、反応する…
が、フローレンが手で制した。
「いや、あなた達はいいわ。治療で疲れているし、ここに残って村の人たちをみてあげて」
四人は「あ、了解です…」という感じに、入れかけた気をまた抜いた感じに座り直した。
実際疲れている様子だし、待機と言われて安心したようなところもある。
「じゃあ…私は、ご一緒させて頂こうかしら?」
イヴが名乗り出た。行くのが当然の事のような感じで、だ。
「ええ、よろしくお願いするわ!」
そして、フローレンは、その答えを待っていた…。
イヴなら絶対に行くと言うと思っていた。
「セレナも…休ませてあげたほうがいいかな♪」
と、アルテミシアは気遣うのだけど…
「いえ! わ、わたしなら、だ、だいじょうぶ、です!」
と…セレナは、わざわざ立ち上がって、元気アピールをしていた。
あれだけ治療術を使ったのに、この様子だと、まだまだ余裕がありそうだ。
その、テンパった言い方を聞き、慌てたような動作を見ると…
「この子…ほんとに…大丈夫?」…と思ってしまうのだけど…
「さあ、行きましょう!」
「おっけ~♪ 追跡、開始♪」
アルテミシアが光る糸巻きを発生させ、針の先の追跡を開始した。
フローレンと、アルテミシア、イヴと、セレナ…
剣士、魔法使い、騎士、神官…
バランスのいいパーティが森の中を進んでいく。
イヴは重たい板金鎧のわりに、移動に困ることもなく進んでいた。
高貴な感じにもかかわらず、こういう行軍も難なくこなしている…。
慎重に、進んで行く…
見ず知らずの場所…ということで警戒しながら…
アルテミシアは定期的に反応感知を行い、索敵を続けている。
「私も、こういうケースは初めてだから…小鬼の被害は時々報告があるけれど、大抵は…野菜や家畜を盗まれる、とかそういう報告だから…」
イヴは冒険者ではないので、あまり詳しくはないのだろう。
それでも、高貴な身分でこんな森深くにまで探索に来るのは、よほど責任感が強い、という事だろう。
「そうなのよ…ちょっと、おかしいのよね…♭」
アルテミシアは腑に落ちない感じだ。
「? おかしい、というのは…?」
イヴは、冒険者の意見を素直に聞こうと、耳を傾けている。
「今回みたいに小鬼がいきなり大勢で襲ってくることは、あまり無い、って事♭」
「そうね。小鬼は人里があると、まずは様子を見に来て、小さなちょっかいをかけるのが普通から…そう、畑を荒らしたり、物を盗んだり、イタズラしたりするんだけど…」
フローレンも同様に、ずっと違和感を持っていた。
「いきなり群れで来る、って事は…よほど、食べる物がなかった、とか、そういう事よね…?」
「そう♪ ここで問題なのは…その原因が何であるか、って事かしらね…♭」
フローレンもアルテミシアも、ただならぬものを感じている…
その空気は、冒険に慣れない二人にも、しっかり伝わっている…。
森の中の、ちょっと開けた場所に出た。
ここで座り込んで、小休止、といった感じだ。
アルテミシアが、何かを探るように手を動かしてしている…
「? 何か探してる…?」
「あ、うん♪ あれ…あの装備…お二人にも渡しておこうと思って…♪」
「ああ、あれね」
そう、あれ、だ。
「あ!#」
「? どうしたの?」
「いいもの持って来てたの、忘れてた♪」
アルテミシアは、亜空間ポーチから、葉っぱの包みを取り出した…
二…三…と、全部で四つ…。
「あ…! それは確かに、良い物ね!」
フローレンも、それがあった事を思い出した。
包装用のクルーム樹の葉に包まれてる…それは明らかに食品の包みだ。
それを見たイヴとセレナも、やっぱり嬉しそうだ。
まあみんな、おなかがすいていたのだ…
さすがに昼食量が少なかった。
村人に遠慮してたので、仕方なかったのだけど…
これから戦うのだから、食べれるならしっかり食べておいたほうがいい。
「いいでしょ? じゃあここで…ティータイムにしましょう♪」
アルテミシアは続けて、筒状の物を取り出した。
これは、水筒だ。
「ティー…って、言ったって…」
「あ、えと、カップが…ないですけど…」
知らない二人がそう言うのもムリはない。
「ええ、そうね♪ まず、お二人にはこれを渡しておくわ♪」
続けてアルテミシアが取り出したのは、例の指輪だ。
そう、あれ、だ。
「付けて♪ そう、どの指でも…後で変えれるから問題ないわよ♪」
言われるままに、イヴもセレナも指輪を着けた。
銀のツタが変形して指に馴染み、ピンクの宝石が輝く…。
「で、頭の中でイメージして…ティーカップが見えるから♪」
「カップ…?? 武器が沢山見えるんだけれど…?」
イヴは騎士だけに、さすがに武器にたどり着くのが早かったようだ。
「ああ、本来そっちが本体みたいなものだから…強く念じると手に現れちゃうから、注意ね」
フローレンが注意を促した。
なんとなく、イヴが武器を簡単に見つける事は予想していた…。
カップ&ソーサに換装するのはセレナのほうが早かった…
イヴもすぐに取り出した。この二人は武器換装もかなり早くに覚えてしまいそうだ。
アルテミシアは耐熱水筒に、魔法で精製した高温の水を注ぐ…
お茶っ葉は入れてあるので、お湯を注ぐだけで、香り高い紅茶の出来上がり…
ひとつひとつ丁寧にクルーム樹の葉に包んであるのは、アルテミシアが大樹の村から持ってきた、木の実とフルーツたっぷりの焼き菓子だ。
本当はフルマーシュの店へのお土産、と考えていたのだけど、それはまた次回にしよう…。
森の中で、乙女たちのスィーツタイムが始まった…
まあ話す内容は…
女子トーク…ではなく、LV1装備の説明…
まあ…戦いに来ているのだから、無駄話はまた今度…。
イヴとセレナが着ている鎧と衣は、魔法強化が付与されていた。
エヴェリエ公国も通常の魔法付与技術は持っているのだろう。
ルルメラルア王国でも、貴族や上級武官、特殊部隊の兵士などは、このように魔法で硬化された武装を着けている事が多い。
でもそれは、論理魔法装備ではない。
だから露出部分までは守れない。
ただ、イヴが着けている特殊な髪飾りだけは論理魔法装備のようだ。
だけどその守りの範囲は限定的で、あくまで頭部から首筋までを守るための物…
つまり、重装備をする女性が、兜の代わりに着けるものでしかない。
ヴェルサリア装備LV1を渡したけれど、イヴのように重装備だと、守備効果はもとより、冷熱耐性などもほとんど発動しない。一点未満のダメージ無効の効果くらいしか発動しないかもしれない…まあそれだけでも充分な効果なのだけど…虫が多いこの森の中などでは、すごく重要だ…。
セレナも露出部分の少ない長衣だから、効果は半分程度かもしれない。
この子の場合は、衣の強度はあまりないので、脱いだほうが魔奈循環が上がって防御力が上がるのだけど…「脱いだら?」とか言いにくい…
この子はとても清楚で…多分、すごく恥ずかしがりで…胸やお尻を見せる格好は嫌がりそうだ…。
「こんな良い物を頂いて…エヴェリエに来られた際、何かお返し致しましょう…」
イヴは、可変アクセサリと予備の武器、というだけでも充分な価値がある、と思っているようだ。
「え~! 有難う♪ どんなスィーツが頂けるのか、楽しみだわ♪」
と、その言葉を受け、アルテミシアが嬉しそうだった。
「あ…そう…?」
イヴはこの魔法装備の事でお礼を言ったのだけど…なぜそういう展開になるのか…。
アルテミシアとイヴは同年齢…くらいのようだけど…なぜかアルテミシアのほうが子供っぽく見えてしまうのは…
スィーツスィーツ言ってる時のアルテミシアは乙女になっているからだ…仕方がない…。
アルテミシアが糸をたどる…
「もうすぐよ…用心して頂戴#」
だけど…着いたところは、小鬼の住処、という感じではなかった。
森の開けた場所にある、岩場のような場所だ。




