84.狡猾な小鬼(ゴブリン)との苦闘
人の半分ほどの背丈の、亜人、小鬼。
人間の美的感覚で言えば、醜い。
その全容も野暮で小汚く、その表情からは嫌悪感しか湧かない…。
それが、百もいる。
百を数えるであろう、その小さな亜人どもが、村の最も大きな建物の周りを囲っていた。
数匹で抱えた丸太で入口の扉を、叩いたり、
屋根に乗って侵入口を探してる小鬼もいる…。
他にも、よくわからない行動をとっている者も…
逆立ちになって桶に頭をつっこんだり、そのへんの藁を丸めたり、ウシかなにかの糞みたいのものを集めたり…奇妙な魔物だ…
そういう意味のわからない行動は、ちょっと気味が悪い…
そして、それがただの奇行ならば良いのだけど…と思ってしまう…。
フローレンが先頭で駆ける。
女兵士たちが、それに続く。
接敵するよりも早く、突然…小鬼の群れの中で、爆破が巻き起こった。
<<爆裂火球>> ファイアボール
燃え盛る炎の玉が、アルテミシアの描く、赤の魔法陣から放たれていた。
小範囲に巻き起こる爆発で、小鬼の十匹は巻き込んだであろうか。
敵が纏まっていると、この魔法が実によく効く。
そして、爆発はもう一回巻き起こる。先程のより、ちょっと爆発は小さい…。
だが、多数の小鬼を巻き込むには充分だ。
後の方を放ったのは、火竜族のコーラーだ。
ただの引籠りかと思ったら…けっこうやる!
飛び散った火が、建物の軒先に引火し、燃え残るようにくすぶっていた。
火球の爆発を見て怯むかと思ったけれど、そうはならず…
小鬼どもは、こちらに向かってくる…
まだ彼らのほうが数が多い、
そういう状況を見て、数で押そうと迫ってくるのだ。
乱戦に持ち込めば、こういった範囲攻撃は使いにくい…という事まで読んでいる…。
(厄介な相手ね…)
この小鬼という魔物は、実に狡猾だ。
力量差を数で、体格差を身軽さで埋めようと、しきりに多方面に散って、こちらを翻弄するように動き回りながら、向かってくる。
ザコとナメていると、とんでもない反撃を受ける事になりかねない…
アルテミシアは馬車の位置から援護だ。
クレージュはまだ後方から全体を見ている。
例の村の若者も、木片のような農具か何かを手に構えている。
折を見て彼を、中の村人たちと引合せなければならない。
森妖精の二人、
服飾職人のパティットは淡い緑の巻髪を揺らしながら、短い刀を振って小鬼を斬っている。
その石のような刀からは、時折風を斬るような音を響かせて…
実際に風を斬っていた。
目に映らない風の刃が飛び、後方にいた小鬼が、いきなり何かで斬られたように、血を散らせてのけぞり倒れるのだ…
薬師のペリットはその後ろで弓を構えている。
彼女の番える矢は、その先が怪しい黄緑色に染まりはじめる…。
そう、毒だ。
その矢で撃たれた、いや…僅かでも掠った敵は、秒の後、身体が痺れ…倒れる…。
その反対側では、こちらは光の矢に打たれ、小鬼どもが次々に倒れてゆく…。
火竜族ルベラの放つ、太陽神グィニメグの光の矢だ。
彼女は炎ではなく、光の系統の技を得意としている。
陽キャラなだけに、物理的にも光を放っているのは、なんだかしっくりくる…。
近接に迫られた敵には、手に現した十字剣に光を乗せ、ばったばったと斬り伏せる。
そのおちついた白の礼服のような衣装は、返り血に汚れることもない…
コーラーは火竜族らしく、炎系の技使いだ。
さすがにアルテミシアには及ばないけれど、火球の威力はなかなか。
陰キャラのくせに、フローレンにも負けないくらい肌見せ見せの高露出…
炎の尻尾を振り回すような技で、迫る小鬼共をこんがりと始末…
そして、接近されると…
「いやぁぁ!! 来ないでぇぇ!」
とかいいながら…波打つ炎状剣でバッサリ一刀両断…
で、その隙をつこうと飛びかかってきた二匹目を、返す斬り上げで、両断、
逆の横合いから迫る三匹目を、ほんの少し斜め下に傾けた剣で、またバッサリ…
性格が引籠りとは思えない強さだ…
フローレンはその中央を進む。
群がる小鬼を花園の剣の一振りで、まとめて斬り捨てる。
それを見た小鬼たちは、フローレンから距離を取る…
敵わない相手を避ける動きだ。
フローレンが寄っても、小鬼どもは間を開け、避けるだけだ…
そして…その間に…
他の小鬼どもが、その後ろにいる三人娘に襲いかかる…
どちらが強く、そして弱いか…しっかりと計っている感じだ…
しかし…
女兵士の中で一番ダメと思われているこの三人娘も、けっこう頑張っている!
フローレンや他の子たちに置いてかれないように、必死に修行を行っていたのだ…
ショートヘアで喧嘩っ早いグラニータは、拳手甲を選んだ。
大型の鉄の篭手のようなもので、そのまま敵をぶん殴る。
小鬼程度なら、きれいに当たれば、まず一撃だ。
その横合い、建物の上。
針のような剣を両手持ちに、そこから飛び降りてくる小鬼ども。
空中から迫るその小鬼どもを…
突然、網が捕らえた。
パルフェが放った捕縛網だ。
小鬼どもが地面に落ちるまでには、武器引寄せでアミを手元に戻し、また次の敵に投げる。
その落ちて来て身体を打ち、すぐに身動きできない小鬼どもを、二刀流の鋏剣で斬ってまわるのは、ツインテールで妖艶なチョコラだ。
斬りそびれた小鬼がチョコラに襲いかかる…
鋏の片側のような剣で受け流し、もう片方の剣で斬る。
死角からもう一体…
二刀を重ねるように受け止めると、そこに拳手甲が飛んできて…
小鬼はむこうの建物まで吹っ飛んだ…。
そしてまたアミ。
大きく広がる長い髪を揺らしながら、パルフェがしたたかに隙を埋めていく…。
どこでこんな戦い方考えたのか…でも、それをこうして実践している…。
この三人は強い連携を見せいた。
小鬼の群れを蹴散らしながら、フローレンたちは前進する。
かなりの数を倒した。
だが、まだ見渡す範囲は小鬼の群れで満ちている…
数というのは、力だ。
もしここにいるのが、フローレン、アルテミシア、クレージュとレメンティ、だけだとしたら…
話は簡単だ。
何も悩む事無く、斬って斬って、全滅させればいい。
だが…
村人たちを救出しなければならない…
守ることの難しさ、救うことの気の焦り…
あの燃え落ちる砦での戦い以降…ずっと考えている事だ。
「姐さん! あれ!」
三人娘の誰かが叫んだ。
三人娘の示す、その建物の右手のほう…
建物の横手から、煙が上がっていた。
当然、その犯人は小鬼たちだ。
火球が爆発した時、周囲に引火した…
その燃え残りを火種に、建物に火をつけてまわっている…
さっきそれで遊んでいると思っていた、乾いたウシのフンや、こねていたワラを燃やしている…
ただの奇行かと思っていたけれど、こういう場所で道具として使いこなしてくる…
小鬼はザコ魔物である。
その認識は、ここでちょっと改める必要がありそうだ。
知識もあり、機転も効く…
甘く見ていい相手じゃあない…。
「行くわよ! 救出する!」
中に籠もっている人たちを、炙り出す気か、燻り出す気か…
どちらにしても、急がなければ、村人たちが危ない…!
フローレンは一気に駆け寄り、丸太で扉を叩きつける作業から、扉を固めようとする小鬼共をまとめて斬り捨てた。
「三人は、扉を開けて! 中の人の安全を確保!
敵は… わたしが抑えるから!」
そしてフローレンは、後方に合図した。
おそらく、村人は外の状況がわからない。
炎や煙に巻かれても、外に敵しかいないと思えば、扉を開けないかもしれない・・・
扉を開けてもらうには、あの村の青年の声掛けが必要だろう…
レメンティが青年を護衛して、こちらに向かってきた。
そういえば…レメンティは今まで何をやっていたのか…クレージュと一緒に後方にいたのは間違いないけれど…。
そちらのほうでも戦いは激しい。
森妖精の二人と、火竜族の二人は、近接で戦っている。
その奥にいるクレージュも、既に交戦に入っている。
アルテミシアも援護を行うけれど、自分にまとわりつく小鬼を往なすのに手を焼いている…。
馬が襲われないか、その心配もある。
狡猾な小鬼は、馬を襲い、荷車を潰しにくるかもしれない…
だけど、今はそこまで気にしていられない…。
まずは村人の安全だ。
三人娘が、扉を固定している木をはがし、前に置かれた瓦礫や邪魔な物をどける。
その間、フローレンは迫りくる小鬼を、一人で斬り捨てていた。
同時に複数が来る。斬っている間に、足に抱きついてくるのもいる。
(気持ち悪いわね! もう!)
<<天堂ノ蓮華>> パラディスロータス
自分を包むように、淡い桃色の幻花が包む…
その、聖なる花が咲き開くかのように…
そこから半球状に、無数の剣閃が放たれ…周囲の小鬼どもを薙ぎ払った…。
フローレンがこの付近の敵を一層した頃…
青年の呼びかけに、やっと中から反応があった。
やがて、扉が開く…。
中から出てきた村人たちが、みな咳き込んでいる…
もう少し救援が遅れていれば、全員、炎か煙に巻かれていたかもしれない…
立ち直った村人たちが打って出てきた。
得物を手に、小鬼どもに立ち向かう。
形勢は逆転した。
同じ数なら、体格の大きい村の男たちのほうが優位だ。
やがて生き残った小鬼たちは、不利を悟り、逃げ出していった…。
扉の入口近く、小鬼どもを追い払った村人たちが集まっていた。
フローレンと三人娘も一緒だ。
ここに気の緩みがあった。
いきなり、身体が濡れた。
雨? じゃない…空は晴れている…
「何これ…油…?」
ここにいるフローレンたちや村人たちは、油を浴びせられたのだ。
屋根の上からだ。
桶を持った小鬼どもが、並んでいる。
そして…
それを、燃える松明に持ち替えて…
「!」
邪悪な小鬼どもの手から、松明の火が投げ落とされる…
油を浴びた村人たちの上に…
(しまった…!)
甘く見ていた…
油断するな。
そう言い聞かせておいて、自分が気を抜いていた…。
その松明は、ゆっくりと、とてもゆっくり落ちてくるように感じられた…
フローレンは、自分ひとりなら、何とでもできる…
だけど… この三人娘や、村人たちを、この状況から救うのは…
やれるだけ、やってやる!
フローレンは花園の剣を構える…
だが、その一瞬…
蒼穹の光が駆けた…
この見上げる、屋根の上に…
(…何…?)
アルテミシアが気づいて、水の魔法をかけてくれたのか…?
違う。
それは、魔法ではなく、剣の技だった。
<<|叢雲之剣・四之刻 豪雨>>
そして…
突如、天を覆う黒雲が現れ、暇もなく、そこから激しく降り注ぐ、雨…。
小鬼どもが投げ落としたた火が、瞬時に雨に消されてゆく…。
その屋根の上の小鬼どもも、先の青の剣閃に薙ぎ払われていた。
突然の雨の中、フローレンは振り返る。
そこに立っていたのは、二人の女性だった。
露出部分のない、板金鎧を纏った、青髪を頭上で纏めた女性と、
神官風の白いワンピースのローブを着た、金髪の女性…
鎧の女性は自分よりいくつか歳上な感じ、ローブの女性は少し歳下、とフローレンは見た。
クレージュやアルテミシアはじめ、全員がここに集まってきた。
その板金鎧の女性が、うやうやしく礼をし、
そして、名乗った。
「エヴェリエ公爵領より参りました…
…私は、イヴ、
そして、妹のセレナで御座います…
村をお救い頂き、有難うございます…」
と、その女騎士は再び、深々と頭を下げた。
村人たちにも、恭しく礼をし、彼らは逆に恐縮してしまっている…
自分たちも名乗るべきか、と思った矢先の事だ。
その、イヴと名乗った女騎士は、再び向き直って、こう言った。
「花月兵団のクレージュ様、フローレン様、アルテミシア様とお見受けいたします…」




