83.行商と魔物討伐と
クレージュもロロリアから、この村が終わりを迎える事は聞いている。
だから今のうちに売れる作物を作って、稼いでおこうという考え、なのかもしれない…
クレージュは毎回、行商の指揮を取っていた。
代わりに誰かに行かせる事はなく毎回、馬車に荷物を積んで自ら出かける。
商業都市アングローシャやエヴェリエ公領などで、ここでの生産物を売り、必要な物資を買い揃えてくる。
荷物の輸送を仲間に任せ、自身は愛馬を駆けて先に商談に行く事もある。
花月兵団の中で一番忙しい人間だ。
冒険者組を含め、必ず何人かの女兵士を交代で連れて行く。
時々は町に連れて行ってやる感じだ。
町でしか買えない物もあるだろうし、遊びたい子もいるだろう…
彼女たちのいい気晴らしにもなる、と考えている。
元いたフルマーシュの店を商業の拠点として活用している。
最近はお店というより、物資の輸送に携わる女兵士たちが、交代で帰ってきた時の、もう一つの家のような感じになっている。
飲食の店というより、自分たち専用の宿泊所、の役割のほうが最近では大きいのだ。
そして、今回やってきたメンバーと、ここに滞在していたメンバーの交代が行われる。
こっちに来たメンバーは、ここで半月くらいは店の仕事や修行を行うのだ。
そのフルマーシュの町はさらに寂れた感じになってきていた。
経済活動が減り、街自体が暗く沈んでいる印象だった。
多くの店が閉まり、食料や生活必需品を扱う店だけが、かろうじて息をしている…。
大勢の人間が町を出ていったので、必然的に活気はなくなる…。
大半の飲食店が店じまいしてしまった中、クレージュの店はかろうじてお客が入っている。
今このお店を預かっているのは、初期メンバーで酒場担当だったクロエだ。
料理長のセリーヌもここに残って、厨房を担当している。
クレージュの商売助手であるカリラが、ここでの商売関連の管理を任されている。
その初期からいた三人は常にここにいる。
あとは、海歌族のウェイトレス、アジュールとセレステがここに残っている。
いちど大樹の村で合流したけれど、やっぱり接客業のほうが向いているらしい。
だが、この客入りの少なさでは、彼女たちも暇を持て余す事になる…。
そしてあとひとり、冒険者メンバーでは、踊り子のラシュナスがこちらにいる。
ラシュナスも一度ラクロア大樹に行ったけれど、かなり退屈がっていたので、こちらに戻したのだ。
荒事が起こっても対応できるように、戦える冒険者メンバーのうち誰かは、ここにいてもらったほうが良い。
ラシュナスはひらひらの薄い衣装を着ているふしだら娘に見えるけれど、実のところかなり強いのだ。
この娘は冒険者メンバーの中では一番弱いかもしれないが、しかし男性に対しては無類に強い。
男を虜にする色香があふれ出しているだけでなく、魅惑の術を得意としていて、ラシュナスのすべての行動に、男性に対する魅了効果が乗る感じだ。
なので冒険者組を誰か一人ここに残すとすれば最適だった。
ラシュナスは、男に接して、別の稼ぎも仕入れてくる。
旅商人などこのような情勢でもお金を落としてくれる男はいるのだ。
その“売上”を、ぽんっと全額お店に入れるので…
彼女がお昼間から飲んだくれていても、誰も文句を言わないようだ…。
「大丈夫よ。丸一日ゆっくりさせてもらったから」
クレージュは行商から帰ってきて、一日休んだだけで、また出発しようとしていた。
その一日も、朝から村中を見て回って、会議での重要事項の決め事に、各部門からの相談事、商品の荷の点検、夕方には一緒に食事作りに参加してたり…
彼女の中では、ゆっくり、の定義がどうなっているのか、問い正す必要がありそうだ…
「今回はどうする? フローレン」
今回の行商では、フルマーシュから更に東、首都オーシェ方面まで海産物や海塩の仕入れに向かう。
いつものアングローシャ経由のルートにさらに数日が加わる事になるので、ここに戻ってくるのがその分遅くなる。
クレージュがわざわざ聞く、という事はつまり、
こちらの事が忙しいなら、残っても構わない、ということだ。
アルテミシアは、フルマーシュの店の冷暖関係の装置のメンテナンスがあるので、今回は行商に参加するようだ。
ついでにアングローシャの魔法道具屋に行きたいらしい。
フローレンも、ここにいるとやるべき事は尽きない…
花月兵団の兵団長として、訓練も、探索も、本来なら全部参加したいのだ…。
だけど、訓練は隊長たちにまかせておけるし、山の探索のほうはロロリアたちがいる。
ちょっと迷ったけれど、フローレンはクレージュの行商に同行する事にした。
フローレンが気になるのは、行商そのものよりも…
魔物の出現によって、被害を受けている村がある、ということだ。
この世界…魔物というものは突然現れる。
そうでない魔物ももちろんいる。
そのほうが普通なのだけど、そういった魔物が生息しているのは、人里、というより、人間の文明圏から遠く離れた場所である。
突然現れる魔物は、その住処ごと、突然現れるのだ。
小さいものは、巣窟、とでも言うのか。
大きいものは、つまり、ダンジョンである。
これは、古代に設定された転移のシステムが、現代まで生きているからだ、という説が有力…
どういった経緯でそうなるのか、何か意味や目的があるのか…それは判明していない。
だが、そうやって現れた魔物を倒したり、ダンジョンを踏破する事で、優れた武器や道具を手にする者も現れる…
そして、踏破されたそのダンジョンは、いつの間にか人知れずなくなっているという…
ダンジョンも巣窟も、人の多い場所やその近くに現れる事はない。
かならず決まって人里離れた山中や荒野に現れるのだ。
そして、そういった大きなダンジョンの場合、魔物がそこから出ることがないので、周囲の村などへの危険は少ないという…
問題は、巣窟レベルの物が現れた場合…魔物は食料その他の理由で、そこから出てきてしまう…
そして、人里を脅かす事があるのだ。
通常、そういった魔物を片付けるのは冒険者たちだ。
あるいは、場合によっては、領主が軍を送る事もある。
しかし…
今のルルメラルア国内は、多くの兵士が北の内乱の地へ行き、有力な冒険者の大半がこの地を離れてしまった…だから、対応する者が足りない…
冒険者にしてみれば…
手強い魔物がいた場合、返り討ちに遭う危険もある…
それに、命がけで魔物を倒したところで、貧しい村から払われる報酬など、高が知れている…
魔物はお宝を持っている事が多いけれど、それも必ず約束されている訳でもなく…
つまり、命を懸けるに値するか否か、と考えると、損する公算のほうが大きい訳で…
結果的に、魔物が放置され、村の被害が大きくなる傾向にある…。
これまで実際に、フローレンたちは行商に同行する間に何度か、魔物の討伐を行っている。
先日、メメリの故郷アイーズ村を訪れた時も…
村は魔物の脅威に曝されていた…。
結果的にフローレンとアルテミシアで魔物は討伐し、エサにされる予定だった女の子たちも無事で済んだのだけれど…
弱小冒険者パーティが返り討ちに遭っていた…。
まあ…話によるとその連中は…
さんざん威張り散らし「魔物を倒してやるから」と貧しい村にありったけの食料と金品を出させるような連中だったらしく…
冒険者と言うより山賊、良くてゴロツキの類だ…
魔物と比べると、会話が成り立つ分、まだマシ…という程度だろう。
そういう連中に同情の余地はないけれど、善良な村人が苦しむのは放っては置けない…フローレンはそういう性格だ。可憐な外見に似合わず、正義感が強いのだ。
フローレンやアルテミシアは、できるだけ村に寄ったついでに魔物討伐を行う事にしていた。
ほとんど無償で、だ。
話を聞いた場所の、隣村あたりまでなら足を伸ばして討伐しに行く。
それに今のところ、それらの魔物の巣窟で手に入れたお宝が充分で、タダ働きだという気はしない…。
それどころか、財宝や高価な魔法物品が手に入った時は、貧しい村人たちを相手に炊き出しを行ったりしている。
そこそこ強い魔物なら冒険者女子だけで倒してしまうけれど、手頃な魔物なら女兵士たちにもいい修行になる。
そして、彼女たちはあまり意識してはいないのだけれど…
こうした行動によって、花月兵団の名声が広がっているところがあるのだ…
…実はこの事は、非常に重要な事なのだけれど…
フローレンもアルテミシアも、そういったことを思いもしていない…
そして、今回の行軍でもまた、魔物の脅威に怯える村を訪れる事になった…
クレージュ、フローレン、アルテミシア、そして占い師のレメンティが一緒だ。
女兵士は、
温泉クレフ村の、グラニータ、チョコラ、パルフェの不良三人娘
火竜族の、陽キャラのルベラ、陰キャラのコーラー
森妖精の、薬師ペリット、服飾職人のパティット
この十一人で出立していた。
エルロンド大聖堂を南下した位置にある街道の大きな村、ザハ村と、エヴェリエの都の、その中間にある小さな村…名も知らない、宿もないような小さな村だ。
クレージュ一行が訪れた時、村は騒然としていた。
「何か慌ただしいわね…」
村人たちが集まり、何か深刻な感じだった。
「何? いったい何があったの?」
フローレンは、そこに集まっている村人たちに話を聞いた。
「おお! 姉さんがた、その格好は…冒険者かい?」
フローレンとアルテミシアの姿を見て、村人は少し喜色を浮かべた。
…別に、この二人の衣装が色っぽい姿だから、見とれている…わけではない…もっと理由は深刻だ。
「ええ、そうだけど…。それより、この騒ぎは…?」
「ああ、実はここから東の山中に…」
村人が話すには…
ここから更に東にある山間に、人口で五十に満たない小さな村があり、
そこに魔物が現れたという事だった。
「魔物…って、どんな? 数は…? 状況を教えて」
その村から駈けつけたらしい若者が話しはじめた…
現れたのは、小型の亜人族…あるいは小鬼の類、のようだ。
詳しい種族までは、わからない。
ただの村人には知識もないので、そのくらいしか伝えられないのは無理もない…。
問題はその数。
小亜人たちは、軽く村人の数の倍はいる様子だ…
村の中にまで入られたらしい。
その小亜人は、力はそれほどでもないので、振り払いながら、なんとかみんな集まって、村で一番大きな建物に逃げ込もうとしていたようだ。
襲撃された時、たまたま馬を連れていた彼は、そのまま山を下り、ここまで駆け通してきた、という訳だ。
その判断は正解だろう。
彼までその村に籠もっていたら、その襲撃を伝える者はいなかったはずだ。
既にエヴェリエの領主には馬をとばし、救援の要請を行っているらしい。
ここはもうエヴェリエ公国の領内に当たるのだ。
ただ、その連絡が届くまでに半日、そこからエヴェリエの軍が出動する、となると…
「対応がかなり遅れるかもね…」
エヴェリエの都から馬を全力でとばしても、到着は明日の今頃になる。
まして、軍が動くなら、もっと対応は遅くなる…
「あ、えっと、占ってみたんだけど…」
占い師のレメンティが口を挟んだ。
タイミング的には空気を読めない感じだったけど、当たることに定評のあるレメンティの占いなので、全員が「聞こう」という感じに耳を傾けた。
「希望の光は天との邂逅を果たし、演義は大きく廻り始める…?
…何これ…?」
レメンティの占いは、基本的にわかりにくい。
それも…今回はまた一段と…これまでにない程にわかりにくい…
「いや…貴女が"何これ?”じゃあ、誰もわからないでしょ…#」
と、アルテミシアが呆れるのも無理はない…
「し、仕方ないでしょ! そういう風に出たんだからっ!
あたしだって、占いの結果を選べる訳じゃあないんだからね!」
とレメンティも反論する。
まあ、彼女の言い分はもっともだ。
だが…
彼女の占いは、必ず、そのとおりになる…
その事を知っているから、みんな耳を傾けたのだ。
ただ、今回は特に…意味がわからない。
何をどうするのが、吉なのか…
多分、終わった後にしかわからないような…みんなそういう気がしていた…。
「行きましょう!」
その分、フローレンは簡単だった。
迷いがない。
フローレンはいつもそうだ…
わからない事は考えない!
だから単純に、人助け、という選択をしたのだ。
「クレージュ…悪いけど、この子達、みんな連れて行くわ!
…ここで一人で待っていてくれる?」
女兵士は全員同行させる。フローレンはそう決断した。
村人を守るには、人数は多いほうが良い。
荷物の番には一人も残せない…という事を、クレージュが了承してくれるかどうか、だ。
ところが…
クレージュは、思いもしない事を言いだした。
「いえ、私も行くわ。荷物は、ここに置いていく」
総額で金貨百枚はくだらない物資である。
ここに残していく…とは、大胆な選択をしたものだ。
「ちょ…! それ、大丈夫なわけ!? 正気で言ってる!?」
「いいの!? まあ、来てくれたら大助かりだけど…」
レメンティもフローレンも反応は異なるけれど、驚きはかなりのものだった…。
「ええ、村人を守るためだったら、私程度でも、いたほうがいいでしょ?」
クレージュは、お金よりも、まだ見ぬ人々の安全を優先している…
この選択には、利がなく、そして財産を失う危険性がある…
商人として、この決断は、なかなかできるものではないだろう…
だが、迷わずこの決断ができるのがクレージュであり、そして彼女がここまで成功してきたのは、そういう人を大事に考える心が根底にあるからに他ならない…。
「お金は、また稼げばいいわよ」
それがこの女商人の器量であろう。
もっとも、今の花月兵団は、金貨百枚以上という今回の積荷をすべて失っても、あまり痛手ではない、という事情なのだけれど…。
一台の馬車と積荷をこの村に預け、その村の若者を連れて、もう一台の馬車で出立した。
「小さな亜人…何だろうね…?」
道中、そんな話になった。
「まさか家妖精とかじゃあないでしょうし…」
森妖精の二人、ペリットとパティットは、そんな話をしている。
おそらく長寿である彼女たちは、色々な体験をしているだろう。
フローレンたち冒険者でも知らないような物事を見聞きしているだろう。
彼女たち以外の誰もが、家妖精の話は知っていても、実際に見たことがない。
「そうね♪ 思い当たるのは…」
小鬼はわりと広範囲に生息する種族だ。
狡猾な亜人で、少数ならば食料や小物を盗んだり、という程度だけれど、
仲間内の連携力が強く、大勢になるほど厄介だ。
数がまとまれば、村を襲うこともままある。
鉱鬼は主に鉱石の採れる山などに現れる。
金属妖精、つまりドヮーフの対抗種族とされる亜人種で、銀を腐食させると言われており、人間の文化の中でも忌み嫌われている。
他にも思い当たる小亜人、小鬼はいるけれど、冒険者としてよく遭遇するのは、その二種族だ。
「可能性としては小鬼、のような気がするけれど…?」
「私もそう思うけど、実際見てみなきゃ、かな?♪」
フローレンもアルテミシアも、そういう仮説を立てられるほどに熟練の冒険者だ。
「へ~…大陸って、いろんなイキモノがいるんだ~」
「…嫌だ…こわい…」
火竜族のルベラとコーラーは、他の種族や魔物はあまり知らないらしい。
小亜人のような生き物は、レパイスト島にはいないらしい。
まあ、あそこは火山島だから、色々と生態系が異なるはずだ。
…というより…熱帯雨林や火山帯には、もっと凶悪なのがいるはずなのだが…
「うちら…行けっかな…?」「…行くしか、でしょ?」「…だね、行かなきゃ…」
グラニータ、チョコラ、パルフェの三人娘は、かなり緊張している…
これが始めての実戦になるのだから、そこは無理もない。
「大丈夫よ。普段やってることを、出し切りなさい」
フローレンが見たところ、この三人も最初の頃とは比べ物にならないくらい、様になってきた。特に、三人で連携させると、何倍もの力を発揮する感じだ。
相手が小鬼でも鉱鬼でも、数で押される事はないだろう。
「あ、でも、調子に乗らないこと!」
楽に勝てるとわかると、油断をしてしまう…
この三人の場合、そっちのほうが危ないかもしれない…とフローレンはちょっと心配している…
その村が見えてきた。
山間の村…というよりは、より小規模な集落のような印象だ。
村の一番大きな建物が認められた。
そして、その周囲を埋め尽くす、小柄な亜人ども…
「やっぱり、小鬼ね」
「ま、予想どおり、かしら♪」
「でも…すごい数ね…」
その数、ざっと、百は下らない…
敵の只中で、アルテミシアの魔法が爆発、軽く十ほどが吹き飛んだ。
小鬼どもの目が一斉にこちらへ向いた。
そこから、その数に任せてこちらへ向かってくる…。
「行くわよ!」
「「「「おーーーー!」」」」
フローレンが馬車から飛び降りた。
赤い幻花を咲かせた花園の剣が、先頭を駆ける。
戦いが始まった。




