80.山中の闘争
スィーニ山中、北のブロスナムの残党、と思しき連中の拠点。
魔物の餌になるところを救出したオノア難民乙女ベルチェの話から、拠点中の構造は大まかにわかった。
その上でアルテミシアが反応感知魔法で、敵の配置を調べている。
そのベルチェを連れて潜入し、残り二人の女の子を救出する。
潜入するのは、フローレンとアルテミシア、そして女兵士の中から、腕の立つイーオスとヘーメルを同行させる。
《不可視=透明化》 インビジビリティ
《沈黙=無音化》 サイレンス
《上記魔法に例外を設定》
→対象五体のみ互いの可視・有音を保持
そして
《消臭の霧》 デオドラント・ミスト
フローレンの肌のクサ…もとい、お花の香りを消す…
燃え崩れる山砦に潜入した時と同じ方法だ。
ただし、今は月が出ている時間ではないので、あの時よりも魔法の効果は短いだろう…
なので、すぐに行動に移っている…
獣よけの低い柵しかない…つまり、攻められる事は想定していない拠点…という訳だ。
潜入は容易い…。
すぐに西側、岩壁のほうへ向かって走った…。
フローレンたちが潜入した直後…
正面の森に、敵を誘導し、引き付ける。
今回それは、残った女兵士たちの役目。
砦を手薄にして、救出をしやすくするのが目的だ…。
ロロリアの大樹の加護が入る範囲を出ずに、外に出てくる敵を森の中の加護範囲に誘い入れ、倒していく計画だ。
もし…あの手負いの魔獣が出てきたとしても、この森の木々の間は飛んでは抜けられない。
あの鷲馬の一番の武器は、飛行による機動力だ。
フローレンは実際に戦った事でそれがわかった。
あの魔獣に対する地上戦なら、ロロリアの援護を受けたアルジェーンなら、負けの目はないだろう。
ユーミの話では、アルジェーンは大樹の下に現れる魔獣ラキアすら、一対一で倒せる、らしい…。
口から火を拭き、毒の尻尾を鞭のように撓らせる、あのデタラメな魔獣に比べれば、飛べない鷲馬など、物の数ではないはずだ。
ロロリアは後ろの森の中で、祈るように手を合わせ、目を閉じている…
魔奈の流れに精通した者ならばわかる…
彼女の全身に集う森の魔奈…聖なる緑の光の粒が…
今度は彼女の手から無数の光の流れとなって仲間たちに向かい、守りと癒やしの力となって宿ってゆくのを…。
壱番隊隊長、ウェーベルが指揮を執る…。
始めての指揮の戦闘で、緊張しているだろうけど、
訓練でやってきた事を、思い切ってやるだけだ。
「姉ちゃん、大丈夫だよ!」「わたしたちに任せて!」
ネージェとディアンが飛び出した。
ネージェはハイポニテの金髪に、ノンスリーブなタンクトップタイプの胸当てに、ショートパンツ姿の軽装備。
ディアンは同じ金髪のローポニテ、金属補強した革ベストに、下は同じくショートパンツ姿。
ぱっと見た感じ、冒険者風の装いだ。
そのふたりが並んで、集落の手前、柵の位置まで歩み寄った。
で、そこにいる男どもに話しかけている…。
「あの~…おにいさ~ん…」
「ここー、どこですかー?」
さすがにただの野盗ではない、もとは北のブロスナムの兵士だ。
相手が女の子とはいえ、デレデレした感じはなく、接し方も油断ない…。
「ん? なんだ、オマエら…? 冒険者かー?」
「あー? 道にでも迷ったんかー?」
「女の子が二人とは、アブナいぜえ?」
「まあ、ちょっと、中でゆっくりしてけや…」
男どもは、この二人の冒険者風女子を、捕らえるつもり…だったのだろう…
だけど、その前に…
ディアンが、眼の前の男をおもいっきりぶん殴った。
ネージェもいきなり、深く入る膝蹴りだ。
二人の男が倒れ、他の連中がいきり立った。
「何すんだ!」「このアマぁ!」
と、寄ってきた男どもを…
「や~い! や~い!」 「ここまでおいでー!」
と、森のほうへ誘い込む…
村の不良娘だったネージェとディアンは、こういう喧嘩ぽいのはお手の物だ。
十人ほどが、追ってきた。
森の中まで…
大樹の加護の範囲まで入る…
そこでウェーベルの合図と共に、隠れていた面々が
ネージェは細身の剣で身軽に立ち回る。
敵の長剣を躱し、躱して、躱しながら隙を待つ…。
細い剣で、相手の剣を滑らせるように受け流しながら、敵に身を近寄せ、近距離間合で蹴りを入れ体勢を崩す。
そこに斜め掛けの腰ベルトから抜いたナイフを瞬時に投げつけ、怯んだ敵にトドメを刺す。
ディアンの武器は女の子にはちょっと大きめの片手半剣。
大の男が振り下ろす剣を、脚を大きく開いて踏ん張って、頭上で受け止めている…男相手に力負けしてない。
しかも、押し返す、相手の体勢を崩す、その勢いで身体を回すように相手の胴を薙ぎ斬った。
二人とも、南街道で戦ったときよりも、かなり強くなっている。
この相手はただの山賊じゃあない、正規に訓練を受けた兵士崩れなのだ。
アーシャはおっきな胸を強調したキャミソールっぽい形の胸当てに、フリルなミニスカートの可愛らしい姿、
みんなの後ろから、覚えた魔法で援護する…。
<<地面泥濘化>> アース・マッドライズ
師匠アルテミシア直伝の泥濘化魔法。
ただアーシャの魔法力では、アルテミシアのそれと比べれば、足を取る深さが浅い…。
それでも、相手を足止めし、隙を作るには充分だ。
男どもが滑って体勢を崩し、転倒した。
…この子自身もよく転ぶのだけど、今回はさせる側だ。
「あっ…!」
泥濘にかからなかった敵が一人…
隙をついてアーシャの目前まで…迫…
…ったところで真っ二つになった…
ウェーベルが居合い一刀で斬り捨てた…。
亡き夫直伝の技は顕在のようだ。
隊長のウェーベルは、軽い胸当てに、スリット入りのロングスカートのおちついた衣装だ。
彼女が全体を見渡し、攻めや守りの弱いところを魔法で支援するのが、壱番隊の戦い方だ。
トリュールは敵を一人引き付け、その攻撃をしのぐのに手一杯だ…
ビキニ鎧の上からエプロンのような外衣を掛けた、独特な衣装…ではあるけど、料理人のこだわり以外、おそらくその格好には何の意味もない…
もともと料理人だし、まだ訓練を行ってから日も浅い…
そもそも、まだこういう実戦には早いのに巻き込まれてしまった感じだ…。
「ひぃ!」とか「ひゃ!」とか声を上げながら、なんか器用に受けたり躱したりしている…
でも…そこに仲間から魔法の援護が加われば…敵の動きが止まったり、半眠りになったりする訳で…
「とお!」
この新米兵士にも簡単に勝つことができる訳だ…。
しかし…! その横からまた新手が迫っていた。泥濘を抜けてきた敵だ。
「しまっ…きゃ!」
トリュールは不意を付かれて…おしりをついて後ろに倒れ込んだ…
その大脚開いて倒れている危険な体勢の上から男がが襲いかか…
…ろうとして、二本の針が横から突き刺さって…絶命した。
ウェーベルの“風”魔法で強化された投げ針と、アーシャの“鉱”魔法で作られた鉄鍼だ。
「あ…ありがと…」
何とか命拾いした…みたいに思いながら、ゆっくり立ち上がって、エプロンをぱんぱん、っと叩く…
でも実は…今現在この空間には、大樹の加護が注がれており…多少斬られたくらいでは傷にもならず、斬られても高速で傷が治るのだけれど…。
女兵士五人で、兵士崩れの男を五人、倒す形になった。
銀鎖のアルジェーンの側に行った半数の五人は、もうとっくに地に伏せ、動かなくなっている…。
十人いた男どもは、それ程の時間もなく、全員倒され動かなくなった。
「もうちょっと、引き寄せなきゃ、かな?」
「だね。軽いし、次、いこうか!」
「いっとこ~! いっぱい転ばせるよ~!」
「…そうですね。フローレンたちが楽になりますから」
アヴェリ村の四人は余裕、という感じだ。
料理人な新米は「マジでー…?」と、ついていくだけで大変なようである…。
フローレンたちは、ベルチェの案内で岩山の洞窟に作られた牢獄に到達した。
「生きてたー!」「よかったよ~!」
もう魔獣に食べられてしまったと思われていたようだ。
三人は、泣いて抱き合って、再会を祝している。
ベルチェと同じような黒髪だけど肌の色がちょっと深い子と、アルテミシアみたいな銀髪の子の二人だ。どちらも西のオノアの子のようだけど、人種は単一ではない、というのがわかる。
「あれ…? あなたたちは…!」
その黒髪の子が、フローレンとアルテミシアの姿に驚いている…。
「?」
ふたりとも、どこかで会ったかな、と思ったけれど、すぐには思い出せない…。
「ほら…あの村で…」
「あの麓にあった村ね♪」
アルテミシアは、なんか見覚えがある気がしてきた。
フローレンは思い出せないようだ。
「話は後。とりあえず、脱出するわよ! ついてきて!」
姿隠しの魔法はとっくに切れている。
というより、ここに着くよりずっと早く切れてしまった。
「う~ん…人数が多いから、長持ちしないのよね…♭」
アルテミシアはここで隠密型の魔法を使うのはあきらめた。
新しい二人にも指輪を着けさせ、女兵士含め五人を中心に防御魔法を掛ける。
「これで…何とか外まで駆け抜けましょう♪」
フローレンを先頭に、来た道を戻る…
牢獄の洞窟を出て、西の岩壁に沿って、全員まとまって駆ける…。
集落の境目、柵のある位置の手前辺りで、岩が内側に突き出している…
なので、少し中央側に戻らなければならない…
「待ちなぁ!」
連中は、そこで待ち構えていた…。
隠密魔法が思うように続かず、捕虜を救出に向かったのは途中からバレていただろうから、ここで待たれていれも仕方がない…
敵は、十五人ほど…
中央にいる、赤っぽい髭の特徴的な、横にも縦にも大きい男だ。
両刃の戦斧を肩に担いでいる…
「おめぇら…やってくれたなぁ…」
「俺たちゃ、ブロスナムの」
フローレンの鎧が巫女兵のものとは違うことを、見て取っているようだ。
「王国は、もうないのよ? 要するにあなた達って、残党、よね?」
フローレンが挑発する。
その男は「残党」という言葉に、頭に血が上ったようだ。
「黙れ小娘! この場で俺自ら、叩き斬ってくれるわ!
貴様も、誓え! 我らが神、軍神シュリュートの御前で、神聖なる一騎打ちを…」
「神の名なんて…軽々しく口にしてほしくないわねえ…あなた程度が…!」
フローレンが先に動いた。
花園の剣を激しく振り下ろす。
戦斧の面で受けられた。
幻花の赤とは違う、火の花が激しく散った。
そのまま右方向へ跳び、距離を開ける。
そこに髭が追ってきた。
戦斧が陽光を眩しく弾く。
位置を動かす。
フローレンの動きは、それを誘っている。
入ってきた柵の位置は、すぐそこだ。
打ち合い、また離れる…
位置が入れ替わった。
待っている位置が訪れた。
(行って!)
目で合図を送る。
女兵士たちが、柵のほうへ走る。
二人が戦う間、彼女たちは少しずつ、動いていた。
一騎打ちに注視していた敵兵どもは、それに気づいていない…
女子たちは、敵兵を迂回するように森に向かって走っている。
やっと気づいた敵兵が追ってくる。
二人が打ち合っている間に、風を纏う魔法を掛けているからだ。
そして…
アルテミシアの攻撃魔法が完成していた。
<<爆裂火球>> ファイアボール
宙に描かれた赤の魔法陣から、燃え盛る火の玉が生成される。
火球の大きさは、せいぜい敵兵一人を包む程度。
それが、敵兵の真ん中に飛ばされた。
直撃を受けた敵兵がただ一人、炎上…
否、
火球は、その中央で爆発するのだ。
集まっているおかげで、半数は炎が移り、燃え上がり、そして倒れる。
炎を横目に、女子たちが森を目指す。
横合いから、燃えなかった敵兵が、こちらを追ってくる。
「こっちは任せて!」
真昼色の髪を靡かせながら、ヘーメルが敵の前に出た。
ヘーメルは辺境の小さな村とは言え、一応領主の娘。
最下級貴族とは言え、お嬢様である。…とても、そうは見えないが。
ブロスナムの下級貴族の娘、ということになるが、国に対する思い入れはない。
ここで元ブロスナム兵と斬り結ぶ事に、何ら抵抗がある訳では無い。
ブロスナムでは女性が剣を学ぶ事も一般的で、特に貴族女性は礼儀作法以上に剣術は必須とされる。
しかも、ヘーメルはかなり長剣を使いこなす。
「ちょ! 一人で行かないの!」
イーオスも、三つ編みにまとめた朝焼け色の髪を弾ませながら、その隣りに進み出た。
領主の側室であるニュクスの妹として、少女の頃から領主館に仕え、姪であるヘーメルの武術相手をさせられていたイーオス、こちらもかなりの使い手だ。
歳の近い姪と叔母、ふたり一緒に技を磨いてきた。
あと二年後くらいには、ルクレチア神殿の精鋭である、巫女兵の選抜試験を受けるつもりでいた程の実力だ。
二人そろって面積の極端に少ないビキニ形状の鎧を着ているのは、そういった生い立ちの背景もある。
巫女兵のような赤ビキニ…ではないけれど、ヘーメルは薄い金色っぽく、イーオスは赤銅色…それぞれの髪の色に近く統一感がある。
この二人の実力はほぼ互角である。
相手もブロスナムの兵士崩れであろうが、この二人の女戦士に倍以上の人数で掛かり押しきれない…。
もちろん、アルテミシアの防御魔法と、ヴェルサリア装備の守りのアクセサリと魔法武器の効果もあっての事だが、それでもこの二人はかなりできる。
だが、数を減らさなければ、この場は動かない。
《魔的誘導弾》マジックミサイル
アルテミシアの手の先、空中に描かれる、白光の魔法陣から放たれた魔弾が、敵兵を穿つ。
倒せずとも体勢を崩した敵兵を、ヘーメルとイーオスが斬り捨ててゆく。
あとの掃討はこの二人に任せておけそうだ。
アルテミシアは捕虜だった三人を守る事に専念し、森の仲間と合流すべく駆ける。
だが…
先に走っていた三人が、急に足を止める。
そう…そこにも敵兵が待ち伏せていたのだ…。
三人が、散らばるように逃げる…まずい形だ…
三方向になると、全部を救えない…
一人は、逃げ、敵兵との距離を開けることができた。
だが…
一人は、敵に挟まれ、動けないでいる…。
もう一人が、躓くように、倒れた。
焦り…
アルテミシアの背を、冷たいものが走る…
この状況なら…睡眠か、硬直化…
だけど…次の魔法が間に合わない…
魔法とアクセサリの守りと、彼女たちの回避力…あとは運に賭けるしかないのか…
倒れた女の子に剣が振り下ろされる、その一瞬…
敵兵の動きが止まった…。
その胸には、矢が突き立っていた。
(矢…? いったい、どこから…?♭)
その瞬間、倒れていた子の手元が光った。
次の瞬間、敵兵が斬られ、血が吹いた…。
その子の両手には、偃月刀が握られていたのだ。
もう一人の子を挟んだ敵にも、矢が突き立った。
そして、その銀髪の子は、舞うように身体を回す…。
挟んだ敵が、血を出して倒れる…。
その子の両手には、戦扇があった。
逃げていたベルチェは、手に弓を構えていた。女兵士の華美な弓だ。
(換装武器…?)
倒れ込んだ子も、曲刀を手に、迫る敵兵を返り討ちに斬っていた。
アルテミシアは、この三人に指輪を渡しただけだ。
使い方はまだ教えていない。
命の危険を感じた事で、自然と武器を出すことにたどり着いた、のかもしれない…
ヘーメルとイーオスが駆けてきた。
敵兵を全滅させたようだ。
<<反応感知>> センス・リアクション
もう敵の反応はない。
感じられる反応は、ロロリアたちの七つ集まったものだけだ。
「貴女たちはこのまま、みんなのところへ向かって♪」
あとは、敵将と打ち合っている、フローレンだ。
アルテミシアは集落のほうへ歩き出す…。
フローレンは、攻撃を凌ぎつつ、森の方へ向かっている。
この男もかなりの手練だ。
軽い一撃をもらった。
花びら鎧の、下の方が、少し光となって消えた…。
こちらは数発斬りつけている。
だけど、この男の強靭さは、多少の負傷を物ともせず向かってくる…。
問題は、風を纏って襲ってくる、あの鷲馬だ…
手負いとは言え、この男と両方を相手にするのは厳しかった。
「その剣技…ルクレチアの…やはりオマエは、戦巫女か? 小娘!」
そんな質問を飛ばしてくる。
戦斧を振るいながらだ。
もともと、幼少期をブロスナムの国内で過ごしたはずのフローレンだけれど、あの国に対する思い入れは全くない…
今は、女子たちを蔑ろにする、このところのブロスナム残党に対する怒りのほうが遥かに大きい。
答える義理はない。返答の代わりに剣をくれてやる。
そして、距離を取る、いや…距離を取られる…
翼の魔獣が、ものすごい勢いで襲ってきた…。
横に跳んで、躱す。
そこに、戦斧が来る。
地を回り、避ける。また転がる、そして避ける。
斧が、地を叩き、叩き、また叩く。
魔獣は、森を避けている。
必ず、南側の上空から、こちらに突進してくる…
森…まだ、遠い…
(面倒ね…)
考えているところに、また、重たい斬撃が迫った。
後ろへ、宙返って避けた。
そしてまた、上空から、鷲馬がこちらを狙っている…
(もう…いい加減に…!)
「フローレン!#」
背中から声がした。アルテミシアの声だ。
目端で捕らえる。
アルテミシアと、アルジェーン…?
銀色の二人が並んでいる。
「こっちへ」
あるジェーンの、抑揚のない声だ。
来い? そちらへ?
「だけど…」
突進してくる鷲馬の姿…アルジェーンは“見えない”
いや、音の反響を利用して“見える”のだけど、あの上空までは、聞こえない鈴の音は届かないだろう…
「いい。早く」
アルジェーンはいつになく、少し苛立つような強い口調で言った。
(わかった! あなた達に、賭けるわ!)
下がった。
二人のその位置に…
翼の魔獣が迫る…風を斬りながら…
その直前…
アルジェーンの銀鎖が、開いた…
巨大な網となって…
(でも、それじゃあ、捕らえられない…)
無理だろう。相手の突進力はあまりに強い。
だけど…アルジェーンはいつもどおり、無表情のままだ…
その状態で突進してくる鷲馬を迎え撃つ。
そして、来た…
突進の勢いが強い…
銀鎖のアミが、魔獣を包み…
いや…
網を抜けた…?
「え…?」
「御仕舞」
アルジェーンは、いつもの淡々とした口調で言った。
V字に紐状の銀鎖だけを残して、ほとんど裸みたいになっていた。
彼女の武器は、身を纏う鎖のドレスを変形させるので、大きいものを作れば、当然裸に近くなる…。
少し返り血を浴びている感じだけど、全く気にしていない。
あの鷲馬は…?
網の向こう側…
そこに、いくつもの肉塊が、ボトッ、ボトッ、と散らばっていた…。
「ただの網じゃない。刃の網」
アルジェーンは、また淡々と答えた。
「なるほど…」
強い突進力で、刃の網に飛び込んだのだから…細切れになってしまうのは当然だ…
「衝撃とか、大丈夫…? 怪我とかも…」
アルジェーンは、かなり血にまみれている…
「問題ない。返り血」
「あ、そう…」
アルジェーンは、まだ血の滴る銀鎖の刃網の解除を始めた…。
やっぱりこの血が付いてる姿では、他の子たちが気にするから…
アルテミシアが水の魔法で洗い流してあげていた。
残りの敵は、南に逃げ去ったようだ。
いつのまにか、あの髭の大将も。
魔獣を失ったのだから、当然、勝ち目はない訳だから…。
生き残った敵の話では、ここからさらに南方面に、ブロスナムのさらに大きな拠点があるらしい。
飼っている魔獣は、あれ一頭だけだという。
倒したことで、どうやらこの山のブロスナムの勢力を減退させる事になったようだ。
「そういえば…なんか見覚えある、かも♪」
あの三人の子のうち、捕らわれていた黒髪の子のことだ。
あの、もう少し麓にある村の子だった。
フローレンは完全に、アルテミシアもそう言われるまで、忘れていたのに、この娘は二人のことを覚えていたようだ。
まあそれは…フローレンの花びら鎧も、アルテミシアの山高帽の魔女衣装も、非常に目立つので、無理もない。
あの村のことを聞いた。
「いえ…他の人たちは逃げおおせたと思います…私だけが逃げ遅れたので…
彼らは、私達に食料を集めさせて、貯まったところで、それを奪って追い出す…それを繰り返しているのです…」
二人いた子供たちを預かっている事も話した。
「ごめん、村まで送ってあげられないけれど…」
そもそも、あの村の人たちが、どこまで逃げたのかもわからないのだ…
「それについて、なんですが…」
女の子は、かしこまって、フローレン、アルテミシアに向き直った。
「よろしければ、ご一緒、させて頂けませんか…?
実は…思っていたんです…最初にお見かけした時から…あなた方のほうに行きたいと…」
「私達も、お願いします!」
もう一人の、銀髪の子が、頼み込むような目で訴えてきた…。
「お願いします。私達、戦えますし、何でもいたします…どうか…」
最初に助けた子、ベルチェも二人に続いた。
「それは、断る理由はないわよね」
「ええ、こちらこそ、歓迎するわ♪」
アルテミシアは先程の武器換装を見ているのでわかるけれど、この子たちはかなり戦える。
「私達三人、部族も違いますし、それぞれ天涯孤独の身ですけれど…」
まあ、こちら側から見て「オノア」と一口に呼んでいるけれど、彼らの中では全然違う多くの民族なのだそうだ。
他の部族と交流はあるだろうけど、全ての部族と関わりがある訳でもないし、そして仲が良いわけでもないそうだ。
まあ、そういう事情はわからないけれど…この三人は親しそうにしているので、それで良い。
最初に縛られて、食べられるところだった子が、遊牧民の狩人ベルチェ
牢にいた黒髪の子が、別の遊牧民族の曲刀の使いアルセ
一人だけ銀髪な子が、オアシス村の踊り子ナール
花月兵団も、けっこう多国籍な集まりになってきた…
集落の探索はそこそこにしておいた。
多少の食料の類はあるけれど、持ち帰る程のものでもない。財宝の類はない。
他に捕まっている者も、いなさそうだ。
火を掛ける事も考えたけれど、周囲が森だという事を考え、やめておいた。
ずいぶん遅い時間になっていた。あたりも暗くなってきている。
西側は高い岩壁に阻まれているけれど、その向こうには夕焼けがあるだろう事はわかる。
「さ、帰ろうかー…」
この調子だと、途中で夜になりそうだ。
「遅くなるけど、みんなに心配かけないかな?」
「ええ…管理領域まで戻れば、小鳥にお願いして、村に伝言を頼めるから…
お食事は取っておいて、って…いうのを忘れず、そう、三人分追加で、ね…」
言った意味がちょっとズレて受け取られている…
まあ、それはそれでいいんだけど…
そういえば、周囲が暗くなれば、ロロリアは唇の動きが読みにくくなる、という事を忘れていた…。




