78.スィーニ山の奥にて…
フローレンの一行は、大樹からスィーニ山に転移で戻り、
その山奥のほう、西方面への探索を行っていた。
スィーニ山の大樹との転移門のある周辺から、その周囲のいくらかの領域は、ずっと以前からロロリアたち森妖精が管理領域にしていた、らしい。
彼女たちが言うには…
このスゥィーニ山は自然の恵みも多く、木の実や山菜、自然の芋や野生の麦のような穀物も実る場所がある、という…。野鳥の卵も採れたり、様々な獣も狩る事ができる。
泉や湧き水も多く、岩塩が採取できる場所まで所々にあるという。
ここ一年ほど前から、山に人が増えて騒がしくなったらしい。
人に遭遇する可能性が高いので、森妖精たちはあまり山に行かなくなった。
彼女たちは山に狩りや採取に行くときも、人に姿を見せないようにしている。
ちょうど岩塩が採れる場所に人が多くなって、塩が手に入りにくい、という話は以前から聞いていた。
そしてここにもうひとり…
スィーニ山の近況については、ブロスナムからの難民一家のニュクスがなぜか詳しかった。
「このお山の、今の状況について、ですけど~…」
スィーニ山は、住むための環境は快適ではない。
けれど山の恵みのお陰で、けっして裕福でもないが、なんとか食べて生きていける。
この山の立地は、ルルメラルア、ブロスナム、ラナ、三国の中立地帯に当たる。
という訳で、この地には、戦乱で土地を追われた農民も多く入り込んでいるし、それらの国で手配された野盗なども逃げ込んできたりする。
のみならず、はるか西方のオノアからの流民も非常に多い。
「そういった難民さんや、野盗さんたちが~、いくつも集団を形成して、
山のあちこちに、小さな集落が形成されているんです~」
この事にはフローレンたちにも心当たりがある。
仲良くしていた難民の村があった。
彼らはどこかへ逃げていったけれど、その村を襲った者たちがいたようだ。
そしてこの話をしているニュクスの一家も、山賊の一団に捕らわれていた。
そういった各勢力が、互いの領域を決めて、そこから出なければ、何も問題はないのであろう。
あるいは、話し合えて、共存できる者たち同士、なら。
だが…
現実はそうはいかない。
お互いの主張が共存可能なものでなければ、当然、諍いが起こる。
そして、強者は容赦なく弱者を食らう。
弱者は淘汰され、強者はさらに成長する。
「このお山には、いくつかの有力なグループがあります~」
判明しているのは、オノアのからの難民を中心に、自警的にまとまった集団。
これもいくつかの集落に分かれている、らしい。
オノアは、西の廃都ベルセリの遺跡の、さらに西のレスタト荒野の先にある大国だ。
ルルメラルア圏では「西の大国」と認識しているが、実際は多民族が乱立している「地域」である。
主に遊牧を生業にしている部族が多い。
オノア地域では常に小国同士が戦ったり結んだりしているのだが、ここ数年は、幾つかの有力な部族が他の弱小部族を次々に切り従えているという。
七つくらいある大きな集団が、互いに組んだり敵対したりしながら、覇を争っている状態…つまり統一戦争のような情勢である。
その過程で、大種族の連合に隷属する部族もいれば、従属を潔しとしない部族もあらわれる。
従わない者たちは国を追われ東へ、廃都ベルセリを抜け、このスィーニ山まで至った、という事のようだ。
仲間とはぐれ、個別に落ち延びる者もいる。
だが、闘争に敗れた部族がまるごと流浪の民となり、新天地としてこの山に住み着いているケースもあるという。
「もうひとつは、ブロスナムの軍を中核にした組織です~」
「それって…国を追われた敗残兵の集団、って感じ?」
山道は北に抜け、旧ブロスナム領へと続いている。
戦いに破れたブロスナムの兵や民が多数、この山に逃げ込んでいるだろう。
「い~え、中核となる組織は、先の戦乱以前からこの地にいる様子です~
もちろん~、北から逃げて来られた方も、多いようですけど~」
「ずっと以前から? 駐留軍かしら?」
三国の中立地帯とは言え、どこかの国が兵を入れて支配しようと目論むことは、充分に考えられる。
ただ、山の支配は割に合わず、麓に防備を敷くほうが効率が良い、と考えるのが自然ではあるようだ。それはルルメラルア西方軍の配置を見ると、そういう感じになっているのがわかる。
「え~とぉ…お山の中で…何かを探している、とか~…」
「探して…?♭」
「ええ~…遺跡…とか、らしいですよ~」
「「遺跡~!?」#」
フローレンもアルテミシアも、思わず叫んでいた…。
ブロスナム、遺跡、という組み合わせは…
あの南街道の奥にあった、杯の遺跡を思い出す…。
この山にも、ああいった遺跡があるのだろうか…?
フローレンは、燃え落ちる砦で対峙した手練の剣士や、南街道で倒した薙刀使いを思い出していた。
それぞれ、ダリウス、ダイゼル、という名だった。
そういった百人長クラスの士官が、ここにもいるのかもしれない…。
「でも、ニュクス…どこでそんな情報を…?」
このおっとりした女性の一家は、ブロスナムから逃げてきた、と言っていた。
そして途中で山賊に捕まっている、との話だから…
どこでこんな情報を仕入れたのか、非常に気になるところだ…。
その質問にニュクスは、持ち前のおっとり口調で、
「いえ~…サンゾクさんたちに、お山のこと、調べてもらっていたんです~」
「なんですって~!?#」
「山賊に捕らわれていたと思ったら…山賊を操って情報集めたの…!?」
「ええ~…そうなんです~…」
この姉さん…
やり手だ…ってことは、なんとなくわかっていたけれど…
いつも笑みを絶やさない感じの、優しげなお姉さんなんだけど…
フローレンもアルテミシアも、ちょっと背筋が寒くなるようなものを感じた…
「色々言うことを聞いて頂きましたよ~。
でも~…女の子を拐ったりしたらダメって、言ってたんですけどね~…
聞いて頂けませんでした~…私の力不足で申し訳ないです~…」
「いや、まあ…そのお陰でこうして逢えたんだけどね…」
ちなみに…
「ニュクスはここの生活、どう? 何かしたい事とかある…?」
と聞いてみた。
「そうですね~…ここの生活は、好きですね~…
今は…子供さんたちの、先生をするのが楽しいです~」
ニュクスは図書館兼教室のような場所でいつも、八人いる子どもたちの世話をしている。中にはフェスパという実の娘もいるけれど、他の小さな子たちからも、お母さん先生という感じに慕われている。
アルテミシアはその教室と繋がっている研究室で暮らしているから、よく知っているのだ。
まあ、普通にしていれば、子どもたちの優しい先生、といった感じの女性だ。
ニュクスは、地方領主とは言え、ブロスナム貴族の側室だった。
この感じだと、それなりに政治などにも詳しい感じがする。
先日、クレージュと二人で、何か難しい話をしていたことがあった。
その様子だとどうやら、もう一つの仕事として、集めた情報の整理とかを担当してるみたいだった。
まあ、そういう情報を得てからの、山の探索である。
今回はフローレンにアルテミシア、
未知の領域へ踏み込むので、ロロリアが同行。
当然、ロロリアにはアルジェーンがついてくる。
そして女兵士壱番隊の七人を連れてきている。
壱番隊はウェーベルをリーダーに、機敏なネージェ、力の強いディアン、ちっちゃなアーシャ、このアヴェリ村の四人と、
ニュクスの妹のイーオス、ニュクスの娘のヘーメル、の一歳違い叔母姪コンビ、
そして料理人キャヴィアンの娘トリュール、
この七人が現在の壱番隊メンバーだ。
ミミアとメメリは、最初に告げていたように、メンバーが集まったので分隊して隊長になってもらっている。
ミミアは里帰りした時に同じ村の子を四人連れてきて、そのままイアーズ村出身のメンバー五人で参番隊を結成した。
隊長以下全員胸が大きいので、胸を強調した鎧を全員合わせて着ている。
メメリも同じ村の子二人と他所の子二人連れてきて、肆番隊を結成した。
全員、おしりには自信があるので…隊長以下全員、上は胸当て、下はボディスーツ姿で全員揃って大胆に食込ませて丸出しにしている…。
肆番隊の中でもマルティナという魔法使い乙女は、アルテミシアの付与魔術の弟子になって、魔法装置づくりを手伝っていた。冒険者よりも、魔法装置作成のほうが得意な感じで、はりきって作業を行っている。
魔物に返り討ちに遭った、この娘のパーティの他のメンバーは、全員ガラ悪男で、借金のカタに毎晩ひどい事をされていて…、全滅してくれたのでやっと開放された感じだった、らしい…。
この子は思わぬ拾い物だった。
だからアルテミシアも、細かい魔法文字を書き込む作業から開放されて、こうして山の探索に同行しているのだ。
フローレンが行商に参加している間にも、ユーミやレイリアたちが、時にロロリアやアルジェーンが一緒に、山の探索を行っていたそうだ。
ユーミは獣を獲るために、単身もしくは獣人族の子だけで山に入ったりしている。
女兵士たちも、木の実や山菜、キノコを採りに行って、大量に持ち帰ってくる。
そうして山に行く場合、だれか冒険者組が二人以上つくルールは厳守されている。
まだ確実に安全が確保されている訳では無いからだ。
「…まって…ここまで…」
かなり西に入った場所で、ロロリアに止められた。
何の目印もない…けれど、境界線のない「ここから先」が、ロロリアの言うところの「管理領域」を出てしまうらしい。
ロロリアはこの森の木に大樹の力を付与し、“霊樹”とする事ができる。
その霊樹と霊樹が結ぶ線に囲まれた空間内は、大樹の管理領域となるのだ。
霊樹のみならず、その範囲内の植物がすべて、大樹の末端のようになるのだ。
大樹の管理者であるロロリアは、自分が定めた管理領域内の動きがわかる。
それは主に人の動きについてだ。
管理領域内にいるのが仲間かそれ以外かは はっきりとわかり、年齢性別、強い弱い、そして人相くらいは大まかにわかるらしい。
彼女が大樹を離れる時は、森妖精八人のリーダーであるメラルダという乙女エルフが大樹の管制を代行するので問題なく領域内の様子がわかるということだ。
ここはロロリアの言うところの、管理領域外、であるらしい。
領域内なのか、領域外なのか… どう違うのかは、他の面々にはわからない。
なので、油断なく森の中を進んでいく…
特に変哲の感じられない森だった。
ちっちゃなアーシャと、料理人長女トリュールが抱き合うような距離で一緒に歩いている…。
この二人は同じ歳で、一緒に料理を行ったりするので、仲が良いのだ。
そしてこの二人は、他の五人に比べれば戦闘能力は一段落ちる…。
アーシャは今でも武器換装を習得できていない唯一の女兵士だった。
でもその代わりに道具型はほぼ全部見つけたようだった。
最初に武器以外の料理道具なんかが換装できることを発見したのもアーシャだった。
「みなさ~ん…足元には、きをつけて~…あっ!」
言いつつアーシャが転び……
かけたところを、横にいたトリュールが支えて助けた…。
一緒に歩いているのは…アーシャが転ばないように、支えてあげている…とも見れる…。
「…この辺りでいいわね…」
その周囲で一番立派な木にロロリアが歩み寄る。
ロロリアが軽く祈るような仕草を作る…
周囲の草や木の葉がそよぎ、無数の光の欠片を生む…
神々しい緑色の光は、その乙女?の手のひらに、次々に吸い込まれていく…
ロロリアは、その手に宿した新緑の光を、そっと目の前の大木に当てた…
聖なる緑の光が、大きな木に宿った。
「きれい…」
立派な大木が霊樹となる…女子たちは、その光景を魅入られるように見つめていた…。
光が消えた時、そこにあったのは元と変わらない光景だった。
それが霊樹になった印は、普通の人の目では見えないのだ…。
探索が終わった地区には、ロロリアがこうやって霊樹を作る。
点となる木に大樹の力を分け与え霊樹とする、そうやって霊樹となった三つの木の三角形の領域は、ラクロア大樹の管理領域となるのだ。
一本ずつ霊樹を増やし、、その管理領域を増やしていく。
そうやって霊樹を増やし、日が中天を過ぎ、持ってきたお弁当で昼食を取った…。
「見てみて! すごいよ! こんなキノコまであるんだ~!」
トリュールは珍しいキノコを手にしていた。
自らも母の手伝いで料理人をしているので、食材にも詳しい。
中でもキノコが大好きで、その知識はかなり豊富なようだ。
「このキノコって、香り高いでしょー…味もいいんですよ!
メッタに庶民の口には入らない、高いやつなんですよー!」
トリュールはキノコに頬ずりしている…泥がいっぱいついてるんだけど…
「そういうお宝まで眠ってるんだ…この山…」
「食べるか、売るか…迷っちゃうよね!」
ネージェとディアンも、他の女子たちも、お宝発見に盛り上がっていた。
同じキノコが何本も生えているのが見えているのだ。
真っ直ぐではなく、霊樹で三角を描くように進むので時間がかかる…。
日が少し下がってきて…そろそろ戻らなければ、暗くなる前に村に着けないかもしれない…
ちょうど十本くらい霊樹を作った頃だった。
「それ」が見えたのは。
森が開ける。
目に映ったのは、眼下に広がる、大きな広場のような場所だった。
背丈六つか七つ分低くなった位置に、ほぼ円形に広がっている…。
そして、その村の中央…
祭壇のような木の大きな台座が組まれている場所がある…
問題は、その上…
女の子が、柱に縛られているのが見えた。
 




