76.大樹の村の生活
「花月兵団」結成の宣言も行われた。
女子たちはお待ちかねの食事会に入り、食事をしながら互いの交流を深める。
首脳陣は、一回目の人選を行う会議に移っていた。
ここから何人かのメンバーはまたフルマーシュに戻る事になる。
あるいは行商に参加するために、しばらく大樹の村を離れる事になる。
その人選のための会議である。
ここにいた数日間の実績から、暫定的に全員の役割を判断する。
クレージュは商業と店舗の運営を元に、彼女たちの資質を見ている。
ここでの農耕や工房での仕事について、全員の担当や役割を確認する。
でも、一番大事なのは、本人たちの希望だ。
仲が良くて離れ難い仲間もいるだろうし、それぞれのやりたい仕事もあるだろう。
店での接客が向く子はフルマーシュでの勤務を希望するだろうし、農業や商品の作成に専念すべきメンバーは、ここで生活する事を希望するだろう。
全員から聞き取りを行った上で、人事を行うのだ。
この人選は今回限りではなく、これから何度も入れ替えが行われる。
輸送業務でフルマーシュに戻り、そこでメンバーを交代する。
定期的にそれを行うことになる。
ここで仕事のあるメンバーも、半月程度なら誰かに任せて離れることもできるだろうし、外を回って見聞きしたり、欲しいものを買って帰ることも大事だ。
クレージュは、できるだけ全員に両方での営みを知ってもらおうと考えている。
クレージュは順々にみんなと話をして、作業の聞き取りと意思の確認を行っている。
その隣りでは、助手をしている可愛いキューチェが、板に留めた紙に記録している。
魔法の光で文字を書き込んで、消して修正して、また書き込む。
最終的に確定した情報を焼き付ける、という魔法を用いた筆記方法だ。
キューチェはアルテミシアの一番弟子で、生活魔法も戦闘魔法も、かなり使えるようになってきている。可愛いだけでなく、すごく頭が良いので、どの部署でも当てにされる有用な人材なのだ。
ただキューチェは小柄で体力がないので、無理をさせないように親友のハンナが側にいる。
ハンナは人当たりが良く誰とでもすぐ打ち解ける。
活発で身軽で指示を届けたり、各部署間の連絡が仕事になっている。
クレージュやキューチェの伝令係として、このラクロア内を毎日走り回っていて、この数日間、他の子と比べダントツで村内の移動距離の多いのが、このハンナだ。
キューチェとハンナはとても仲が良い。
買われてきた貰い子で、一緒に育てられたので、姉妹みたいなものだろう。
同じ家に住んでいるミミアとメメリの話だと、それぞれ部屋はあるのに、一緒に寝ているという事だ。
フローレンの役割は、「花月兵団」の兵団長として、部隊の編成を行うことだ。
ここに来てからの数日は、主に訓練から彼女たちの素質を見る事だった。
海歌族、火竜族、森妖精のメンバー、ならびに小さな子や大人の女性を除く、それ以外の女子たちの部隊編成だ。
それ以外にも一部、クレージュの預かりとなる女兵士もいる。
部隊分けについて、フローレンはあまり深く考えてはいない。
基本的に絆の強い子たちは、そのまま一緒の部隊にする感じだ。
「では、部隊分けを発表します」
合同訓練の前に、フローレンは整列した女兵士たちの前で発表を行った。
二つに分けた部隊、まずは弐番隊のメンバーから発表した。
弐番隊は、ユナを隊長に、フィリアとランチェ、シェーヌとレメッタ、マリエとナーリヤ、そしてイーナ、一緒に加わった八人がそのまま一つの部隊だ。
この八人はフルマーシュに来てずっと一緒に訓練していた為か、互いの連携が強固に絡み合って、なかなか隙が少ない戦いができるようになっている。
それ以外のメンバーが壱番隊、という事になる。
壱番隊、隊長はウェーベル。
隊員はネージェ、ディアン、アーシャ、つまりアヴェリ村の四人。
それと、ミミア、メメリ、料理人の長女トリュール、ブロスナム難民一家のイーオスとヘーメルの一歳違いの叔母姪たちだ。
可愛いキューチェとその相方のハンナは、クレージュの直属扱いだ。
並外れて頭の良いキューチェに至っては、クレージュが行商で不在の時は、色々と代行の仕事を任されそうである。
フルマーシュ孤児組の、花売りリマヴェラ、猟師エスター、針子トーニャ、パン屋のベルノたちも、現状はクレージュの預かり、という事になっている。
それぞれの職業の技能を、ここで生かさせようとしているのだ。
フルマーシュの店にいる、グラニータ、チョコラ、パルフェの三人も、今のところ保留だ。この村に連れてきた時に、この三人娘の編成を考える。
火竜賊の四人は、部隊編成においては、レイリアの直属という事になる。
森妖精の八人は、同じくロロリアの直属部隊だ。
海歌族の四人は、クレージュの直属という扱いになる。
チアノはフルマーシュの店にいる時、女の子たちの訓練"部長”だった。
ここでも他の女兵士たちに慕われ、彼女たちを指導する"部長”である事は変わらない。
けれど、クレージュは商売の方の助手としても使いたいし、本人も時々は行商に行きたいと考えている。
ラピリスはこの村にいても店にいても、パンを焼くだろう。
アジュールとセレステは、自分たちはフルマーシュに戻るべき、と考えているようだ。この二人はやっぱりディアンドルなセクシーウェイトレス姿が似合っている。
今後、この村での訓練の他に、隊ごとにスィーニ山の探索を行う事が予定されている。
スィーニ山は、山の恵みが多いのだ。木の実や果実、山菜や野草が豊富だ。
森妖精たちの話では、岩塩が採れる場所もある。
以前難民に聞いた話では、自然に群生する穀物まであったという。
獣もよく獲れるので、ユーミが毎日狩りに行っている。
ただ、スィーニ山には、他の集団が居を構えていたりする。
先日遭遇した山賊や、行方不明になったオノア難民集落、他にもいる様子だ。
未知の危険があるので、今のところ女兵士だけで外で行動させることはない。
探索には必ず冒険者組の二名以上が付くよう取り決めしてある。
そして…
これからさらに多くの女の子が加わってくるだろう。
そうなった時に、隊を分ける必要が出てくる。
そこでフローレンは、先にここで指名しておく。
「参番隊隊長は、ミミア
肆番隊隊長は、メメリ
あなた達にお願いするつもりよ」
他の子たちに慕われているこの二人は、明るくて努力家で、そして戦士としても伸びが著しく、かなり戦えるレベルになってきている。
フローレンの見立てでは、隊を率いさせる事でさらに伸びが期待できる。
部隊分けが発表され、兵団としての基礎的な形が示された。
たけど、それで即座に何が変わるわけではない。
みんな昨日までと同じように訓練で汗を流し、そしてみんなでお風呂に入る。
それからみんな、それぞれがここで行う仕事に取り掛かる。
明日以降は、午前中に仕事を行って、午後から訓練を行うように変更される。
訓練の後が入浴という流れになるので、仕事は先に終わらせよう、という事になったのだ。
女子たちは村の方々で、自分の仕事に勤しんでいる。
レイリアは、村の北側に作った小さな鍛冶工房で鉄を打っている。
ユナ隊のシェーヌと、引籠りのコーラー、二人の火竜族女子が助手だ。
森妖精の物作り担当マラーカが興味深そうに見学に来る。
物を作るというよりは、修理する事が多い。
女兵士たちの鎧の金属部分の破損を繕ってやったりする程度だ。
鉄の農具なんかは打診されているけれど、作るより買ったほうがずっと早い。
他の火竜族、爆乳のネリアンは砂糖の精製、
巨尻のガーネッタは砂糖酒の醸造、
細腰のルベラは陽キャラで好奇心旺盛で、クレージュについて行商行きを希望している。
ユーミはスィーニ山に狩りに行く。
ユナ隊のレメッタと、猟師のエスター、二人の獣人族女子がついていく。
一昨日、昨日と、お肉を持って帰って来ている。
エスターは工房でその獣皮を鞣す作業を行っている。
その隣りの工房で孤児仲間、針子トーニャが服飾の修繕とか行っている。
森妖精のパティットという服飾担当の子が一緒だ。
フローレンは親友のリマヴェラと一緒に花を育てていた。
大樹の影響か、彼女たちの育て方がいいのか、あまりに綺麗に育つので、今回、魔法で鮮度を保った状態で、アングローシャで売ってみようという事になった。
もう一人の孤児組のベルノは、大広場横の厨房でパンを焼いていた。
海歌族のラピリスと、小さな子どもたちが一緒だ。
だけどラピリスは明日からフルマーシュに帰ってしまうので、明日からはちびっ子たちの手伝いが重要になる。
料理人一家のキャヴィアンは、森妖精の料理担当ジェディーと一緒に、ここにいる全員の食事づくりを担当している。
娘のトリュールも、訓練のない時間は母親の手伝いだ。
人手がいるので、訓練を終えたウェーベルやアーシャ、ユナ、フィリア、ランチェたちも手伝いに来る。他にも手が空いた子たちが次々に手伝いに来るので、ご飯前にはみんなで揃って準備をするようになっている。
大樹に隣接するように水場がたくさんある。
飲料水の水場もあるし、農業用の水場もある。
水場の一つが洗濯槽として使われている。
洗濯槽には浄化用スライムが入っていて、一度キレイにしてから、大樹の螺旋階段に沿った排水溝から外に流れていく仕組みだ。
ここでは、自分の衣服は自分で洗うようにしている…のだけど、ベッドのシーツとか大きいものや公共の場所のものの洗濯は、ユナ隊のマリエとナーリヤが担当して行っている。
この村で農業に携わる子は多い。
そもそもは、ここで食料を生産し、自給生活を行うのが主目的だったので、当然といえば当然だ。
自分たちの食べるものを作るためだから、手の空いた子はだいたい農耕を手伝っている。
砂糖を入れる袋を編むために麻も栽培している。それはどちらかと言えば、森妖精の薬草担当ペリットの役目になるらしいけれど、彼女は薬以外の草には興味がないらしい…。
草と言えば、他にも香草とか、薬用のある草も多種ここで作っていて、これも商品になりうる。
そもそも森妖精の薬草は効能が高く、兵団としても在庫は持っておきたいところだ。
「色々ありますよ~。傷の治りを良くする薬草から、石の病を治す薬草まで~。
病を直すやつですか~…? いっぱい有りすぎまして~…症状を言ってもらわないと~…間違ったものを使ったら毒にしかならないですからねえ~…」
このペリットという黄緑色のダブルツインテールの森妖精少女は、薬草担当という事になっているけれど…どうも薬師のようだ。
「何にでも効くやつとか、そういうのはないのね」
「あのですね~! 薬ってのは~、本来毒なんですよ~!
特定の症状とか~、特定の病を押さえるだけのものなんです~!」
フローレンも、花の術で癒やしを行う関係上、その事は知っている。
けれど…やっぱり何にでも効く薬、即座に傷を治す薬なんかは、冒険者の夢…いや、人類の夢なのだ…
(あーあ…エルフ村でも、作れないかー…そういうクスリ…)
一応、古代に作られたという魔法ポーションは、それに近い効能がある。
だけどやっぱり…現在は作成不能、過去の遺産を使い尽くすのみ…のようだ。
むこう側で、ミミアとメメリが、森妖精の果樹園担当スヴェンと話をしていた。
「ブドウは…あんまり採れないですね~…」
スヴェンがそう言って、がっかりしてるのは、ほっそりなほう、メメリだ。
「えー…ざんねーん…
毎日おいしいぶどうパンが食べれないか、って思ったんですけどねー」
メメリはぶどうパンが大好物だ。
ぶどうパンの魅力について語らせると、止まらなくなるのでやめた方が良い…。
貧しい育ちのメメリは、子供の頃いつもそっけない硬いパンを食べていたけれど、ある日もらった柔らかいパンに干しブドウが入っていた事に感動したのだった…。
「ブドウ…私達も大好きですから~いっぱい採れたら嬉しいんですけどね~」
森妖精は葡萄が好きだ、とスヴェンは言う。
…よくよく話を聞いていると、それは葡萄酒の事なのだけど…
お酒より食い気なミミアとメメリの耳はそれを聞き逃している…
「おぶどう~私の故郷の村で、いっぱい作ってたんだけどな~」
メメリの相方で、ふくよかなミミアがそう言っている。
ミミアは、イアーズ村という農村の、豪農の娘…らしい。
小麦と葡萄をたくさん作っていたらしい。
ミミアは親友のために、この村でお世話になっている森妖精たちのために、なんとかして葡萄作りをしたい、と考えている…。
ミミアは豊かな農家で色々な事を実践しているので、経験に裏付けされた知識が多いのだ。
メメリは貧しい農村の子だけど、その分節約が上手だったり、少ない物資でうまく仕事をこなしたり、物を大事に使う習慣が身についている。
この対照的な二人が、農業に関して二人とも、他の子たちに指導する立場になりそうだった。
他に農家の子は多いけれど、あまり指導する立場の子がいない。
ミミアとメメリは女兵士の中心になりつつあるけれど、農耕のほうでも中心的な存在になりつつあった。
「やっぱり~…おぶどう植えたいよね~」
「いいですよねー…憧れの毎朝ぶどうパン…」
「毎晩ブドウしゅ~…」
ミミア、メメリ、スヴェン…三者三様に、食べたい飲みたいものは違いそうだけど…
「よ~し!」
ミミアが思い立ったようにいきなり…
「村に帰って、持ってくる~!」
と、ムチャな事を言いだした…
葡萄の苗を、である…。
クレージュとフローレンが、むこうで話をしている。
ありえないくらい大量の木材を軽々と担いでユーミが一緒だ。
その木材でどこに柵をつくるとか、そんな話をしていた。
「マム~お願いがありま~す!」
ミミアがマム…クレージュに言いだしたのは…
「故郷の村に~、おぶどうの苗を取りに行きたいです~!」
という事だった。
「葡萄は、魅力的ね。あなたの村で葡萄の苗木が買えるなら、行く価値はあるわ」
クレージュはとりあえず、ミミアの案を受け入れた。
「でも、葡萄なんて…苗木からだと実がなるまでに何年か掛かるんじゃないの?」
フローレンが常識的な事を聞いた。
「う~ん…そうなんですよね~…
でも、何年後かには、絶対食べれると思うと、植えたいんですよ~…」
ミミアは時間が掛かることは、あまり深く考えていなかったようだ。
まあ、そそっかしいところが、この子らしい…。
もっとも、何年と言わず、ここでは植物が早く育つので、もっと短い期間で実るだろうけど…。
「まあ、先のことを見据えるなら、植えるべきね。すぐに実らないとしてもね」
クレージュは葡萄の価値を知っている。
長期的視野から、大きな利益を生む、と即座に判断していた。
「あ、年月のことね!? それに関しては問題ないわよ!」
いつの間にかそこにいた畑担当の森妖精のクリスヴェリンが話を聞いていて、口を出してきた。大好きな葡萄(酒)の事だから、だろう。
「秘伝の肥料を使えば、すぐ実ると思うわ!」
そして森妖精の隠し玉を出してきた感じだった。
「え~? そんなものあるんだ~?」
「なんか、すごいですねー!」
「うん、肥料の量はあんまり作れないから、全部の作物って訳にはいかないけど」
「でも~、そのブドウを育てるくらいなら、できるかと~」
クリスヴェリンも、スヴェンも、葡萄作りに大賛成の様子。
森妖精は葡萄…もとい葡萄酒が大好きだから、その肥料とやらを特別に出してくれる感じだ。
それでこの話は決定した。
あとで森妖精の食品加工担当プレーナも、この決定を聞いて大喜びだ。
たくさん葡萄があれば、たくさん葡萄酒が作れる。当然だ。
ここの醸造所での酒熟成を考えると、かなり上物の葡萄酒が作れそうだ。
葡萄酒でも稼げるかもしれない。
高級な葡萄酒は、実に高い値がつくのだ…。
じつは…
ここでは少量の葡萄酒を作っているのだけど…
販売に回す分はない。
全部、森妖精が飲んでしまうのだ。
いっぱい作れたら、彼女たちは大喜びな訳だ。
クレージュから許可が出たので、ミミアの故郷に行って、葡萄の苗を買い付ける事になった。
ミミアとメメリはもう、どこに植えるとか、どう育て方るとか、そんな話をしていて、まだ植えてもないのに、ユーミに頼んで、葡萄棚を組んでもらおうとしている…。
「あなた達って、ほんと食べることに熱心よね…」
フローレンも、この子達の食欲には、いつも驚かされる。
でも、食欲が行動の原動力であっても良い訳だ。
「いやぁ~、ユーミさんほどじゃあないですよ~」
「私たちなんて、まだまだですよー」
それを聞いてユーミは「いやーそれほどでもー」という感じに照れ笑いしていた。
「…いや、ユーミったら、それ、褒められてないから…」
フローレンのツッコミも、耳に届いてなさそうだ…。
…だけど…ミミアとメメリは、実は褒めているので問題ないのだった…。




