75.花月兵団
今エルフ村にいる女子は、全部で五十八人だ。
元の住人である、森妖精たちと、ロロリアとアルジェーンを含めて。
中にはまだ小さな子もいるし、訓練に参加する予定のない大人の女性もいる。
今、フルマーシュに残っているのは、商売担当のカリラ、料理長セリーヌ、酒場担当のクロエ、の古残三人組。そしていまだ修行中の、温泉村クレフの不良三人娘、グラニータ、チョコラ、パルフェ。
その六人だけである。
本当は彼女たちも含めて一堂に会したかったけれど、拠点が二つある以上、それは叶わぬ事だった。
だからこうして可能な限りの人数をこちら側に集めてある。
フルマーシュの町は不景気で、多くの人間が町を出ていっている。
クレージュの店も、お給金の後の数日を過ぎるとお客の入りがあまりに少ない…
だから半月くらいなら古残三人に加え、あの新人三人娘だけでも、お店の方は大丈夫とクレージュは見ている。
ラクロア大樹の村に集って、四日目の朝。
大樹の村一階層にある大広場にここにいる全員が集まった。
クレージュから全員に、話がある、ということだ。
こういう集会は、フルマーシュの店にいる時から、定期的に開いていたものだ。
大体は、いつもより良い食事をしながらの、座談会になったりする。
そして必ず最後にスィーツが出てくる。
女子たちが楽しみにしている、月一の祭りみたいなものだ。
朝に弱いレイリアやラシュナスも、こういう日にはちゃんと自分で起きて出てくるのだ。
女兵士たちはちゃんと、それぞれ自分の鎧を身に着けて参加している。
主な女兵士たちのファッションは…
女兵士の中で年長な二人、
ユナは、フローレンの花びら鎧に似たビキニスタイルの、上下ともに胸と腰回りを僅かに覆うだけの露出部分の多い鎧だ。
ウェーベルは対象的に露出度が低く、胸は覆い尽くす胸当てで、下はスリット入りのロングスカートの落ち着いた感じだ。
ミミアはビスチェ型の胸当てで、一般女子では最大の胸を谷間ごとかなり派手に見せつけ、下はタイトな皮のミニスカートだ。最初は上下セパレートなのを選んでいたけれど、色々と試して今のスタイルに落ち着いた感じだ。
メメリのは上はしっかり覆う鎧だけど、下は食込みの激しいボディスーツでおしりは全出しと大胆に。
キューチェとハンナはお揃いで、上は僅かにおなかが露出する飾りの多い軽い胸当て、下はそれに合わせたフリルのフレアミニスカート姿、と可愛らしい。
女兵士の中には、肌に鎧を直接つける子もいれば、薄く服をまとって鎧をつける子もいる。
胸元を開けている子が多く、おなかを見せている子も多少いる。
フレア、タイト問わず、ミニスカートの子が半分。ボディスーツやショートパンツで、おしりも半分くらいまで見せている子が多い、少数派だけど全出しの子もいる…。
この鎧は元々がアングローシャ公爵女私兵の、ほとんど裸に近いような鎧の、そのお下がり品だから、自然と胸元や下半身の露出度は高いのだ。
海歌族は四人とも同じ、紺色のボディスーツに白い革製の胸当て、ショコール女兵士時代と似た感じの兵装。リーダーのチアノだけちょっと胸当てに飾りがある感じ。
火竜族の四人は、それぞれがお尻、胸、腰、と自分の魅力的な部分を見せつけるような鎧姿だ…何故か一番引籠り系の子が一番露出が高かったりする…
森妖精は八人それぞれ形は違うけれど、緑色系の服と茶色系の胸当ての組み合わせで、中には上下セパレートの覆う部分の少ない鎧姿の子もいる。
彼女たちは清純そうな外見だけど、実のところ戦士としてもかなりの腕を持っている。
その女兵士全員が可変アクセサリを、花の形状に並んだ赤ピンクの宝石と、銀色の三日月の組み合わせ紋章、”花と月の紋”に変え、胸元や首元、耳元や頭上に輝かせている…。
八人の小さな子どもたちは、まだ鎧はない。だけど訓練には参加している。
大人女性のキャヴィアンとニュクスは訓練に出ないし、鎧もない。
でも全員ヴェルサリア武器庫LV1は持っているので、可変アクセサリも操る事ができ、同じ花と月の紋を目立つ場所に着けている。
同じ花と月の紋章で統一された女兵士たちが集まった姿は、なかなかに壮観だ。
その女子たちを前にしたこの席で、クレージュから発表がある。
クレージュは、今回、こちらに大半の人員を集めた。
それは、ここにいる全員の前で、重要事項を話すためである。
女子たちはそれぞれ、決められたテーブルの席についた。
「ここで一度、私達の組織について、話をまとめておこうと思うの。
組織の形をしっかり整えて、みんなが理解しておく事が目的よ」
女子たちは次の言葉を待つ。
相変わらず全員の目は、彼女たちのリーダーである、クレージュに注がれている。
「今現在、私たちの組織が、どのような形になっているのか、というと…」
クレージュは説明を始めた。
この組織は一言でいうと、
「ルルメラルア王国助爵の地位を持つ行商人クレージュを頂点とする
女子たちの集合組織」
である。
もちろん、クレージュがその組織の運営者であり、代表である。
そして、この村の長は森妖精のロロリア、だけど…
「…私たちは、もう…貴女達と一緒よ…」
ロロリアはそう言っている。
ここに住んでいる他の八人の森妖精も、異論はない。
すなわち、もともとこの村の住人だった森妖精たちも、クレージュの組織に加わっている、その一部である、という認識だ。
この事に関しては、誰にも異論はなかった。
沢山の女子が村に入ってきたけれど、村を取られたとか、村の生活を壊されたとか、そんな苦情は一つもない。それどころか、むしろ森妖精たちのほうが、外から来た女子たちに、協力や教えを仰いで頼りにしている事が多い。
女兵士たちも、この村の先輩として森妖精たちを立てるし、関係は良好だ。
一緒に食事をして、一緒に訓練もしているし、一緒にお風呂にも入っている。
一緒に歌ったり、お酒を飲んで騒いだり、もう既に、別け隔てのない仲間だ。
「私達の生活は…」
主にこの村での活動によって、食料を生み出し、それで生活している事になる。
…まあ正確に言えば…今は生産を行っている段階で、まだ実ってはいないが…
そして、商品用の作物を生産し、加工を行うことで商品として、それを売ることで資金を得ている。
そのお金で、主にこの村で作れないものを買い、生活水準を向上させている。
フルマーシュにも拠点が有り、そちらにもメンバーがいるし、今後もメンバーが行き来することになる。
それが組織としての活動だ。
その事は、ここにいる全員が理解している。
「そう、今言ったことは説明するまでもなく、みんなわかっていると思う…
でも、私達の生活を守るためにも、行商を行うためにも、必要な事があるでしょ?」
と言って、クレージュは視線をフローレンに向けた。
「ええ、そうね。そのために、みんな頑張って訓練しているものね!」
フローレンのその言葉に女兵士たちが続くように、うんうんと頷いた。
「そう、自分たちを守る為に、強くなることは、必要よ。
そして、この人数になると、それは組織だったものであるべきなの」
ここまで言ってクレージュは、一つ、間に呼吸を入れた。
「その組織を編成するにあたって…
まずは…私達の組織に名前をつけようと思うの」
そう言って、クレージュは、フローレンと、そしてアルテミシアに続けて視線を送った。
「組織の…?」「名前…?♭」
「ええ…ちょうどみんなが鎧を得て、兵士としての格好がついたところで、それを考えていたのだけど…こういう事はやっぱりみんな集まった時じゃないと、ね。
まあ、簡単に言えば、今後行商をするにあたって、自分たちの名を持っておくほうが良い、という訳よ」
今も行商を行っているけれど、特に呼び名はない。
だから、ここの女子たちは「クレージュさんとこの子」とか呼ばれる訳だ。
「格好つかないでしょ?」
「たしかに…」「そうね♭」
「だから、その呼び名を、今ここで決めようということよ。
あなた達一人ひとりが、そう名乗れるような、立派な名前を、ね」
「立派な…」「名前…ね♪」
「そうよ」
と言うとクレージュは、少し居住まいを正した…。
そして、先ほどよりもっと息を大きく吸って、ゆっくりと…
「今日から、私達は…
花月兵団
と名乗ります!」
そう宣言した…。
「かげつ…?」「へいだん…?」
最初、女の子たちはちょっと戸惑った。
「かげつ…! へいだん!」
次にちょっと、いいかも、と思い始めた。
「おおー!」「やったー!」「かっこいー!」
やがて、その名に大いに盛り上がる。
「花月兵団!」「花月兵団!」
その名を、みんなで連呼しはじめた。
身に着けたアクセサリの花と月の紋が、彼女たちの胸元や首筋で、耳元や髪上で、誇らしげなピンクと銀の輝きを放っているかのようだ…。
しばらく、この盛り上がりは収まりそうもない…
「えーと、その名前、なんだけど…」
「えーと、どうして、花と月、な訳…♭」
やっと興奮が収まった時…
フローレンとアルテミシアが、少し…というか、やっぱり難色を示した…
花といえばフローレン、月といえばアルテミシア。
だから「花月兵団」という名前だと、フローレンとアルテミシアが中心、と思われても仕方がない…。
もちろん、女兵士たちも、それがわかった上で盛り上がっているのだ。
「ええ、それでいいのよ。あなた達が中心で」
二人の苦情は予想済み、という感じにクレージュは、さらっ、と言った。
この二人を、組織の中心に据える。
もともとクレージュはそのつもりだった。
いや…この二人も助爵の地位を持っているのだ…。
名・実ともに組織の中心、と宣言した事に他ならない…。
「えっと…わたし思うんだけど… クレージュ兵団、とか、フルマーシュ義勇軍とか、ラクロア遊撃隊、とか、そういう名前のほうが合ってない…?」
フローレンは何とか名前の変更を試みる、のだけど…
「そんな名前ダメ!」「センスない!」「花月兵団がいい!」
「花月兵団のほうがかっこいい!」「ずっと格好いい!」
プララとレンディに加え、ちびっ子たちから総出で即拒否された…
子供はわりとはっきり物を言う…
「やっぱり…?ダメ…」
「「「ダメ!」」」
フローレンの命名はダメらしい…
「じゃあ…
スィーツ研究兵団とか、スィーツ探索兵団とか?♪、っていうのは、どう?♪」
…こちらのアルテミシアの意見には、誰の返事もなかった…。
「あ、じゃあ…クレージュとスィーツを極める会!
すごい! 自分で言って名作だと思うんだけど♪ どう、どうかな?♪」
あくまでスィーツにこだわる辺り…皆に認められる事は絶対にないであろう…
ネーミングセンスが壊滅的な事もあって、さすがに子どもたちも相手にする気配もない…
「あのね…私の名前が入るのは駄目よ。
恥ずかしいとかそういう事じゃあなくって…」
クレージュははあくまで、商売上のリーダーでいる、という事らしい。
クレージュは兵団組織の上にいる、オーナー的ポジション、
つまり、組織的には兵団と名乗ろうと、今のままの形を継続する訳だ。
クレージュの名前を兵団に入れるのはダメ、と決められた。
クレージュがダメと言ったら、ダメなのだ。
この組織の中で、クレージュの決定権は絶対的に強い。
フローレン、アルテミシア含む全員が、頭が上がらないのがクレージュなのだ。
「レイリアは、どう思う? 兵団名は花月兵団、でいい?」
クレージュはレイリアの意志を確認した。
フローレン、アルテミシアと並び立つといえば、このレイリアだからだ。
…もう一人のユーミが役職向きでないのは、誰の目にも明らかだし…
だからレイリアに異論があれば、考え直す余地はある、という事だ。
けれど…
「その名前でいいんじゃない? アタシは問題ないと思うよ」
レイリアはあっさりと言い放った。
簡単に認めた感じだけれど…
実のところ、レイリアは責任を背負い込むのが大嫌いだ…。
有能な女性なので、多分、それなりの地位につければ、期待通りの仕事はできる…。
でも基本的に孤高の人であるレイリアは、「責任事は自分には合わない」と拒否する…
だから彼女としても、フローレンとアルテミシアに背負わせる事に異論はない、という事だ。そもそも、そういう目立つのが嫌いなので、助爵の地位も断ったようなものなのだ。
まあ…クレージュも、レイリアがそう言うとわかりきった上で聞いている…
やり手の商人であるクレージュは、このあたり抜け目なくしたたかだ…。
「何だったら“花月炎兵団”、とかでもいいんじゃないかな…?」
フローレンがまだ言っている。
責任の分散を名前で提示するけれど…
「「だめぇ~~!」」「語呂わるいー!」
ちびっこたち、即、拒否…
もう名前は「花月兵団」で確定だ。
「でも、どうして、“兵団” な訳? クレージュの商会とその私兵、って感じなのに?」
フローレンの疑問も、もっともである。
行商を主に行う団体なのに、兵団を名乗るのは、ちょっと違う感じではある。
「いいえ…これは、先を見据えて、そうしておきたいのよ…」
クレージュの考えでは…
先日、レメンティが言っていた。
「フローレンとアルテミシアが、流れの中心」になる、と。
そして、これから戦いに巻き込まれていく予想がある、とも。
こちらが避けていても、戦いは向こうからやってくる、そういうものだ。
戦いに巻き込まれる可能性があるならば、やはり、兵団をしっかりとした組織にしていく必要がある。
通常なら、兵団を名乗る、という事は、王国の民衆や為政者からも、戦う組織、と見られる訳だ。
この三人の場合、敵対するブロスナムの士官を倒したことで助爵の地位を賜っている。
だからどちらかと言えば、ルルメラルア王国に協力的な組織、という解釈がなされるであろう。
しかも、ルルメラルア王国は、女性の立場が低い国だ。
ルルメラルア王国における女性の兵士は限られる。
王宮衛兵「金護兵団」の後宮担当や王公女性の護衛の女性兵士、
王都オーシェの守備隊「紫微兵団」に所属する女性兵士、
それを似せた商業都市アングローシャのおしり丸出しの女性兵士、
いずれも、彼女たちが戦場へ出る事は、まずない。
ルルメラルアでは女性兵士とは、外征のためではなく、平和の中で治安を維持する存在、平和の象徴的な物と思われている節があるのだ。
だからどの女性兵士も、旧ヴェルサリア女性兵士の兵装を真似て、胸元は開き、おしりを半分出したくらいのボディスーツ姿で軍務に就いているのだ。魔法装備でないならこの格好は戦わせるには無防備すぎる。
戦場に出る可能性があるのは、貴族や将軍が陣中で身の回りの世話をさせる目的の、侍女兵と呼ばれる女性兵士くらいだ。あとはせいぜい、西の駐屯地で男兵士たちの“雑用”をさせられる女兵士たちがいる。精鋭兵団の下部組織に少数の女性兵がいる、そのくらいだ。
だから花月兵団、と名乗ったところで、まともに戦えるとは思われず、ましてや危険視される事はないであろう。
「まあ、言いたいことはわかったわ。
戦いに巻き込まれることも考えておけ、って事ね」
「その心構えを、みんなも持って、って事よね♪」
女兵士たちも、異論はないようだ。
ここにいる女兵士たちの大半が、かつて賊に囚われ、乱暴された女の子たちだ。
もう、あんな目には合わない。
そのために、強くなる。
だから、戦う覚悟は、できている!
女兵士たちの目には、強い光が宿っている…。
組織的には、助爵であるクレージュの立場は、兵団組織の上に位置する。
こちらの名称はないけれど、いわばクレージュ商会のオーナーに当たる。
五十人以上の規模の商会の会長だとすれば、名士と言っても相違なく、その爵位は妥当だ。
その組織に属する兵団の長として、同じく助爵のフローレン。
同じく助爵のアルテミシアは、副長、あるいは顧問、といった感じだけれど、魔法使いという特殊な技術を持つ者は、その技能だけで一つの地位として見られる事になる。
それ以外のレイリア、ユーミ、レメンティ、ラシュナスの四人、そしてロロリアとアルジェーンも、その実力を鑑みると、兵団内でも自然に幹部の位置づけになる。
部隊分けや組織の配置など、今はまだ明確に分けている訳ではない。
それは、今から形を整えていく事になるだろう。
兵団組織の上に、クレージュがいる、という事も、誰にも異論はない。
「でも、私からひとつだけ…」
クレージュは歩み寄り、フローレンの肩に手をあて、静かに、だが強い口調でこう言った…
「私に何かあった時は、貴女が指揮を取りなさい、フローレン」
絶対的なリーダーであるクレージュが既に決めているという事は、これは命令である。
「私…?」
「貴女は人を見る目があるわ。
そして、直感で判断を下す、決断力もある」
人物鑑定も、状況判断も、間違う事がない。
ずっと接しているクレージュは、フローレンの目の正確さを知っている。
「そして、それを補佐するのは、アルテミシア」
レイリア、レメンティ、ロロリア、といった主だった面々も、静かに頷いている。
アルジェーンは表情は変えないが、おそらく異論はない。
難しい話が苦手なユーミ、ラシュナスにも、何となく分かっている。
チアノ、ウェーベル、ユナ、ミミア、メメリ、キューチェたち、中心的な女兵士たちも、当然、という表情だ。
全員から異論がない。
当のフローレンとアルテミシアだけが、ちょっと戸惑っているくらいだ…
あーやっぱりかー、という感じにアルテミシアはちょっと俯いたけれど、
「当然でしょ! わたしひとりに背負わせるつもり!?」
とフローレンから強く叱責される。
フローレンは、もう受けるしかない、と諦めている。
「やっぱ、そうよね♪」
アルテミシアも顔を上げ、しょうがないわね、という感じの顔で向き直った。
フローレンは手に現した花園の剣を高く掲げた。
アルテミシアも、月琴を手に、側に添う。
二人の並び姿は、実に絵になった。
ここが、水晶ランプに照らされた、大樹の木陰にも関わらず…
彼女たちの背景に、満開の桜花と、輝く月を…
その花と月の幻を、ここにいる誰もが見ていた…
女子たちが歓声を上げる。
さらに盛り上がりを強める。
その声は、いつまでも鳴り止まない…
こうして動き始めた、クレージュたちの組織、
花月兵団
この名前がやがて…この国の歴史に大きく記される事になろうとは…
名付け親のクレージュにも、当のフローレンにも、アルテミシアにも、
予想だにしない事であろう…




