74.大樹の村に温泉を作る
ラクロア大樹の村。
ここに来てからのアルテミシアは、実に多忙だ…
まともに魔法を使えるのが、アルテミシアひとりだからだ…。
彼女から魔法を学ぶ弟子は多い…
でも、どちらかと言うと…
戦闘で役に立つために魔法を覚えている、という感じの子が多い…。
この子達、武器戦闘が不得意だったり体力的に弱いから、魔法で攻撃とかサポートとかしよう、という考えだ…。
それはそれで悪くない。
でも…
(なんかこう…戦闘系だけじゃなくって、
生活に関わる魔法とか、覚える気ある子、いないかなー…♭)
と思うわけだ。
そして、
(私のやってる仕事…手伝ってくれないかな…♭)
というのが本音。
アルテミシアがここに来て行っている、主な仕事…
それは、魔法装置の作成である。
魔法装置となるパーツに、魔法文字を書き込んでいく、
食器の硬度を上げる時の呪紋処理と、やることは同じ、
狭い場所に細かい文字をびっしり書きつけるような作業なので…とても疲れる。
食器の硬度を上げるのは「硬くする」という感じに書けばいいだけ、
でも、冷却魔法の装置を作るには、「冷やす」そして「低温で保つ」みたいな複数記載が必要なので、その分書き入れる呪紋が多くなる。
しかもその呪紋処理を施したパーツを、複数箇所に付けなければいけない…。
つまり、いっぱい作らなければならない…。
今作っている、冷蔵保管庫の作成には、少なくとも六個の同じ魔法装置が必要、とアルテミシアは予測している…
もし計算通りに温度が下がらなければ、七つ、八つ、必要という事だ。
その分、また仕事が増える…。
しかも、こういった温度変化など、状態変化を生み出す系の魔法装置は、装置そのものが劣化しやすい…
ので、定期的に見直して、場合によっては呪紋を上書きする必要があるのだ…。
「アルテミシア…うわ…!」
うわ、すごく散らかってる…と、フローレンは言いたげだった。
「あら? フローレン♪ お久しぶりね♪」
そう、ずいぶん久しぶりに会った…気がする…
…もちろん、部屋に籠もりっきりで作業に没頭してるのが原因だ。
「久しぶり、じゃあないわよ! あなたがご飯、食べに来ないからでしょ!」
「そうよ♪ ご飯を食べる間も惜しんで、魔法装置を作ってあげてる訳♪」
本人はそう言うけど…、いや、違う!
単に熱中しすぎて、食べるのが面倒になっているだけだ…
で、部屋に籠もりきりだから、弟子たちがスィーツを持ってきてくれるのだけど…
「よく言うわよ! ご飯たべなくてもスィーツは絶対欠かさないくせに!」
つきあいの長いフローレンにはちゃんとバレている。
いや、フローレンじゃあなくても、アルテミシアがスィーツ中毒なのは、ここにいる女子全員が知っている事だ…
「はい、ご飯持ってきてあげたんだから! ちゃんと食べなさい!」
今日は弟子がスィーツ、じゃあなくって、フローレンがご飯を運んできた。
赤々とした人参を湯がいたやつ…
そして甘いお芋を蒸したやつ…
そして、砂糖を煮詰めた蜜をかけたパンケーキ…。
ご飯というより、スィーツに近いような気もするけれど…。
クレージュが、アルテミシアに配慮して、こういう食事にしてくれたのだった…。
「あま~い…♪ おいちい…♪」
月兎族であるアルテミシアは、人参が大好きだ。
もちろん女子として、ほくほく蒸したお芋も大好きだ…。
「パンケーキ、珍しいわね♪ 卵とか、手に入ったんだ?」
「ううん、なんかね…最後の一個だって。クレージュが言ってた」
それも、アルテミシアが作った冷蔵用の箱に入れて長持ちさせたものだった。
この村では酪農を行っていないので、卵やミルクが手に入らないのだ…
買付けにいくしかない。
この村は大樹の魔奈の影響を受けて、植物の実りは速い。
だけど、生物は影響を受けないので、鶏や牛を飼ったところで、卵やミルクがいっぱい作れるわけじゃあないのだ…。
これはアルテミシアにとっても、かなり重要な悩みであった…
そう…
スィーツには卵やミルクを使用する物が多いのだ…。
現状だと卵やミルクは、麓の村まで買いに行かなければいけない。
もうひとつの問題は、肉、だけど…
こちらはユーミがスィーニ山に狩りに行っている。
女兵士の中でも、獣人族のエスターとレメッタ、火竜族のシェーヌとルベラを一緒に連れて。そしてレイリアも同行している。
まだここに来て日が浅く、山の様子もよくわからないので、この村を出るときは、冒険者組が二人はつくようにしているのだ。
狩りの方はそこそこ成果は出ているようだ。
「そういえばレイリアも不満言ってたわね」
「レイリア? いいお酒いっぱいあるのに不満なの?♪」
レイリアはここで「試飲」と称して、毎日お酒を満喫している…。
クレージュによると、アングローシャの商会でも、かなり高値で売れる、いいお酒だとか…。
「うん、お酒のアテが、欲しいんだって」
この間…レイリアが、もとからこの村にいる森妖精たちと仲良くなって、商業都市アングローシャでオツマミを買ってきてあげたらしい…
中でも色々な味のあるチーズが、たいへんお気に召したようで…
「それ以来、森妖精の子たちが、チーズ、チーズと口を揃えて…」
「成る程…他の文化を知るのも、ほどほどが良い、って感じね♭」
知ってしまうと、欲しくなる…そういうものだ…
「でね、レイリアはミルクがあれば、ここの熟成所でチーズも作れるんじゃないか、って」
「う~~ん…できるかなあ…♭ 知識も技術もないと、難しそう…♭」
レイリアはそのあたりの知識には疎いように思える…。
原材料がミルクと知っているだけでは、作れない気がする…。
「わたしも、酪農やってる村で買うほうが早いと思うんだけどね」
フローレンの知る限りでも、山間の村でそういうところはいくつかあるのだ。
「…はい、できた♪」
フローレンと話している間に、冷蔵倉庫のための、最後の冷却装置が完成していた。
「そうね♪ 村で買って、傷ませずにここまで運ぶために、運搬用の冷却用の箱をもっといっぱい作らなきゃよね♪」
アルテミシアがそう言うのは、主にスィーツの原材料確保の為である…。
さて、冷蔵倉庫の魔法装置作成が一段落ついたアルテミシアは…
いよいよここに来てからの、村長直々の課題にとりかかる…
そう、温泉づくりだ。
この二階層にある、アルテミシアの住居兼研究所と図書館の建物、
この北側には女兵士たちの訓練所があり、そして南側には、水浴びが行える広い泉のような場所があった。
泉は二つあって、一つは胸くらいまで浸かるほど深いので、水泳場と言った感じだ。
もう一つは、腰まで浸からないほど、水位が低い。
こちらの低い方の泉を、温泉に変えよう、という話が進んでいた…。
この計画には、村長であるロロリアが、すごく拘っていて…
…先日、クレフ村で入った温泉が、よほど気に入ったものと思われる…。
ロロリアは清楚でおとなしそうに見えて…言い出したら聞かないところがある…
他の森妖精たちが全員でかかっても、この絶対的な村長を止めることはできない、という…そう、つまり…絶対本気で怒らせたらダメなタイプだ…。
まあただ、ここに温泉を作る事に関しては…
「森妖精の皆さんにお世話になってるんだから、それくらいの恩返しはしましょう」
と、クレージュも賛成している…。
まあ…実は彼女も温泉が好きなのだけれど…。
そして女子たちも…
「温泉! 温泉!」「温泉! 賛成!」「温泉、ほしい~!」
「ああ…夢の温泉生活~」「毎日温泉とか~サイコー~!」
口を揃えて大賛成。
反対者、ゼロ…。
つまり、女子たちはみんな、満場一致で、温泉を作る事に賛成な訳だ。
まあ正確には天然温泉ではなく、大露天風呂のような感じだけど…
開発責任者に任命されたアルテミシアは、充分作れそうだという認識だった。
「まあ、出来ないことはないわ…お店で作ったお風呂と、原理は一緒だから♪」
フルマーシュの店の、あのお風呂だって…
みんな当たり前のように使っていたけれど、実はアルテミシアが定期的に点検し、呪紋処理が劣化していたら書き直したりしていたのだ。
わりとみんな、使うだけ使って、彼女の影の働きを知らない…。
「ただ…ちょっと手は掛かるかもよ…♭ 水の流入口に温熱魔法を持続させる装置を作って…温度維持のためには水中にもこの装置が要るけど、この大きさのお風呂だったら、何箇所に…その温度をどのくらいに設定するか…
う~ん…けっこう課題が多いわね…♭」
温度の微調整、とか言っているけれど、実はここの女子は全員例のアクセサリで冷熱耐性LV1を持っているので、ちょっとした高温くらいなら浸かっても問題ない。
とりあえず、この水場をお湯で満たせれば完成だ。
女子たちは気が早く、もうさっそく脱衣所スペースの建築を始めている…。
この村の物作り担当の森妖精マラーカが中心になって、彼女自身フルマーシュに行って持ってきた道具を使って、木材を切って、繋いで、脱いだ服を置く棚が早々と完成していた…。
女子たちの温泉にかける情熱の強さや、いかに…
当初アルテミシアは、完成までにどれくらいかかるかわからない、と言っていたのだけど…
なんと翌日には完成した。
「えっ!? もうできたんだ…!」
フローレンはじめ、みんな驚きの早さだった。
「えとね…改造するまでもなくて、ここ、もともとお風呂だったみたいよ♪
今は魔法装置が働いてなかっただけで…
そこの魔法装置の呪紋処理をちょっと治してあげたら、ほら、こんな感じ♪」
広々とした人口泉からは、霞むほどの湯気が立っていた…
いい感じの露天風呂だ。
「うわぁ…!」
女兵士たちが喜びの声を上げる。
ここに住んでいる半数くらいは一度に入れそうな広さだ。
でもいっぺんに入ったら混雑するので、順番決めが必要かもしれない。
「じゃあ今日は、訓練終わった組から、お風呂にしましょうか」
と、フローレンが軽く言ったこの「訓練の後にお風呂」というルールは…
今後長らくここの女子たちのルールとして定着する事になる…
「訓練、がんばろー!」
「「「おー!!!」」」
と、女兵士たちのやる気も、この上なく盛り上がっている…。
温泉効果、凄まじい…。
みんなが入る前のお試しに…
と、アルテミシアが入ろうとすると…
ロロリアがもう先に入っていた…。
やっぱりここの長なのだから、彼女が最初に入るのが当然といえば当然だ。
「こんないいものがあるなんて…やっぱり人間の文化には学ぶところが多いわ…」
ロロリアは、その外見は乙女だけど、実際はこの村にかなり長くいるはずだ。
つまり、長い間ここの森妖精たちは、お湯に浸かる習慣がなかった事になる。
この大樹の村は温かいので、水浴びでも充分だった訳だ。
でも…お湯に浸かるのは、また違う、良いものだ…
ロロリアの横では、アルジェーンが一緒に浸かっていた。
普段ツインテの白銀黒銀の髪は、自然と頭の上に二つのお団子シニオンに纏まっている。
いつも目を閉じて感情を見せない子だけど、今はどことなく気持ちよさそうな感じだ…。
クレージュが、両手じゃないと抱えきれないほど大きな胸を支えながら、やってきた。
ラシュナスも、何とかギリ片手で抱えれそうな大きな胸を、でもこの娘は支えもせずに、やってきた。
「いいわねえ…お仕事の疲れも飛んでいく、ってものねー…」
クレージュのしみじみとしたこのセリフには、思わず「お疲れ様です」と誰もが言ってしまう…それほどに彼女の仕事は多岐に渡り、寝る時間も誰よりも短い…
「れすよね~、ふだんの、ぉつかれが~、とんでぃくぅ~~」
ちなみにラシュナスはここに来てから何の仕事もしていない。
いつの間にか端のほうで、レイリアが一人静かに浸かっていた…。
もちろん、お盆を浮かべて、お酒を飲んでいる…。
続いてユーミがやってきた。
「おふろ! おふろ!」
とはしゃぎながら…
ざぶーーん! と飛び込んだ…。
「こら、ユーミ! 温泉は飛び込み禁止なんだから!」
水しぶきを浴びまくって結った黒髪を濡らされたレメンティが、声を上げた。
彼女、いつの間に来て浸かっていたのだろう…。
「飛び込み禁止…っていうのは、決めておいたほうがいいかもね♪」
「そうね。小さい子どもたちにも、言っておかなきゃね…」
クレージュもちょっと髪についた水しぶきを払いながら言った。
あと、そう…そこでユーミが今やってるみたいに、泳ぐのも、だ。
みんなでゆったり、温泉に浸かる…
「あ~…幸せ~♪」
「いぃよねぇ~、キモチぃぃ~」
いつの間にかラシュナスはアルテミシアの横に来て、持たれるようにくっついている。
ラシュナスは、アルテミシアを姉のように慕っていたりするのだ…。
そして…彼女の慕い方というのは…"触る”か“触らせる”である…
「こら! ラシュナス!# ぴったりくっつかないの!#」
アルテミシアはびっくりして声を上げるけど、ラシュナスは意にも介さず、離れるつもりはない…
「え~れもぉ~…あの子たちもぉ、仲良しだよぉ~」
とかいいながら、身体をすりすりしてくる…
あの子たち、というのは…
乙女にしか見えないロロリアに、少女にしか見えないアルジェーンがもたれ掛かるようにして、お互い目を閉じて頬を赤らめながら、ゆったりくっついている…
実際何歳なのかは知らないけれど…この乙女と少女が一緒にいる絵は、なんか美しい…。
お湯は満たされたけれど、ちょっと殺風景だから飾りを置きたいところだ。
「置物とか、今度アングローシャに行った時、探してこようかしらね」
クレージュには、そういう店にも心当たりはあるのだ。
ここの作物でお金も入るし、食べるほうも何とかなりそうだ。
豊かさの、心を満たすための買い物をするのも、有りだろう。
「アングローシャでは、裸の女性像を飾るのが流行っているらしいけれど…♭」
「ええ…あの、例の女好き領主のお陰で…ね…」
美女を集めて兵士にして、肌見せ見せの薄い兵装で町を練り歩かせるような、あの領主の事だったら…浴場になら生の女性を侍らせたりしてそうだけど…。
「あ! ちょっとぉ! なに先に入っちゃってるのよー!」
訓練を終わらせたフローレンがやってきた。
「わたしが訓練頑張ってる時に、みんなそろってお風呂なんてー!」
ちょっと怒ってる…!
だけどすぐその後ろから…
「おんせん!」「おふろだ~!」「ひろ~い!」「すご~い!」
続いて、女兵士たちが、いっぱい…いっぱい揃って入ってきた…。
…その隙に先に入っていた八人は、すーっと逃げるように上がっていってしまった…
訓練後の女兵士たちが、みんなそろって露天風呂を満喫している…
これから毎日、ここで見られる事になる風景だ…。




