69.~~リルフィと孤児院のひよこちゃん~~
悠久の帝都ルミナリス
今日は光の曜日。
一般的に、休日とされる日だ。
古代は、日の曜日、と呼ばれていたとか…。
幼年学校も、その上の中等学校もお休みだし、そのさらに上の、リルフィの通う学園もお休みだ。
リルフィも、今日は朝からゆっくり過ごしている。
お友達たちも忙しいようだ。
生徒手帳の連絡機能を使っても、なかなか誰も繋がらない…。
ミリエールは、デザイナーだ。
お父さんの会社でデザインの仕事を手伝っている。
光曜日は会社の事務所でデザインに没頭しているのだと思う。
リルフィは、彼女がちょっと羨ましい…。
リルフィの両親の仕事は、なんか難しい商売のお仕事で、ちょっと手伝うみたいな事ができないのだ。
両親からは、お仕事の手伝いよりも学生のうちは、身体を健康にして、しっかりお勉強して、お友達や先生や周りの人と親しくしなさい、と言われている。
メアリアンは服飾のお店で働いている。
その伝手でこの先、モデルのお仕事もする、みたいな事を言っていた。
家が裕福じゃないから、といつも言っていて、学業の傍らお仕事も休まない、頑張りやさんだ。
…ただ、その分、授業中にこっそり眠ったりしている…。
彼女にとって、将来に必要な授業はちゃんと起きて聞いている、らしいので、問題はない…のだろう…。
リルフィは、そういうのがちょっと羨ましい。
細身の割にお尻が目立ってスタイル抜群なメアリアンに、ファッションモデルはぴったりだ。
彼女と比べると…自分はまだ何も、社会に出るような事がないのだ…。
キュリエは…
一日中家に閉じこもっていそうだ…。
水晶石板型装置で、一日中遊んでいると思われる…。
自分からは話さないけれど、キュリエはそういうゲームみたいなのがけっこう上手なのだ。
みんなの前でそれをやった時に、クラスの男の子たちがけっこう、かなり、すごく、驚いていた。
リルフィは、そういう才能がちょっと羨ましい。
すごい特技なんだから、もっと表に出せばいいのに…と思うけれど、キュリエは極度の恥ずかしがりなので、目立つことをするのを嫌がる…。せっかく大会なんかもあるのに…。
ファーナは…
今日も練習試合かトレーニングだろう…。
彼女が行うのはグレイスボールという、帝都民の間で流行っている団体球技だ。
男子の部は人気が今一つだけれど、女子の部は帝都でもとても人気が高い。
リルフィは、才能を活かしている彼女がちょっと羨ましい。
まだニ年生なのに既にプロチームからも注目されていて、卒業後はプロのスポーツ選手になるのがほぼ確定している。
でもリルフィは、羨ましいと思う気持ちよりも、お友達が各分野で才能を活かして活躍するのが嬉しかった。
自分は、焦らず、今できることをしっかり行っていく。
そして毎日を楽しむ事だ、と思っている。
ただ、しかし…
…その四人の友人たちから見れば…
その完璧な美貌に始まり、実践魔法の実力、武芸の腕、学業成績、何でもすぐに覚えてやりこなす才能、果てはお菓子作りに至るまで…、多方面に渡る才能を持っているリルフィは、すごく羨ましがられている…という事を、この子はわかっていない…。
リルフィは自分の魅力や能力、才能に気づかない系の女子なのだ…。
今日は午後からお出かけだ。
孤児院に贈り物を届けに行くのだ。
リルフィの家の裏手に当たる孤児院のことだ。
いつも黄色い髪の“ひよこちゃん”が手を振ってくれる、孤児院だ。
孤児院自体は大聖堂のあるエルロンド教会に運営されているけれど、運営とは別に寄付をしている団体も多い。
リルフィの両親の経営する会社もそうだ。
家のすぐ近くにあることから、特に気をかけている。
そして、久々に帰ってきた両親から、孤児院への贈り物を預かっていた。
尤も…リルフィが「持っていきたい!」と自分で言い出したから、そうなったのだけど…。
呼び鈴が鳴った。
「あ、はーい!」
「リルフィちゃーん」「こんにちは~」
孤児院の先生、ヘーメラさんと、イオスさんだ。
贈り物がかさばって一人では運べないので、先生たちが来てくれたのだ。
先生、と言っても、リルフィと歳は同じくらいだ。
ルミナリスでは、中等学校を出てすぐに働く子のほうが多いのだ。
フィリーちゃんやランゼちゃんみたく、中等学校の代わりに兵学校に進んで、リルフィより歳下で女兵士として働いている子もいる。
リルフィのように帝国学園など上位の教育機関に進学する子のほうが少ないのだ。
それにしても…このお二人って、姉妹のように似ているけど…
「あ、オバさん、そっちの荷物持って!」
「叔母さんって言わない! 一歳しか変わんないでしょ!」
そう…。
夢の中でもこのお二人の関係は一緒、姪と叔母だった…たぶん一歳違い、くらいの…
そしてそのお母さんとお姉さんに当たるのが…
孤児院の院長さん、ニュクセスさんなのだ…
敷地のすぐ裏なので、裏門とかあればすぐそこなんだけど…
残念ながら大通りの方から軍の分署の前を通って、遠回りしなければ行けない…。
まあそれも、散歩みたいなものだと思えば、楽しいものだ。
お休みの日の昼下がり、ゆっくり町を歩くのも、悪くないものだ。
光の曜日だから、お役所をはじめ、お仕事もお休みの人が多い。
だから逆に大通りは人が多くて活気がある。
こういうみんなが休みの日は逆に、飲食やお買い物のお店は開いている。
兵隊さんたちはさすがに今日もお仕事だ。
みんなが休みの日だからこそ、町を巡回し見回りしてくれる兵隊さんたち…
頭が下がる思いだ。
第5城郭の南側を管轄する、軍分署が左手前方に見えてきた。
五つ六つくらいの区画を担当する、帝国所属の軍の分署だ。
第26区の女兵士さんたちも、ここに所属している。
板金鎧姿の男性の衛兵に混じって、一人だけ肌露出度の高い、第26区女兵士の副長、フィーナさんの姿が見えた。
今日は光の日だから、女兵士さんのレオタードの色は白。ピンクや薄緑のライン模様がちょっと入っているけれど、光を思わせる明るい色だ。
「あら~リルフィちゃ~ん。今日もカワイイわね~」
フィーナさんは、普段からちょっと色っぽい感じの女兵士さんだ。
目つきがとろ~んとして、声もキレイだし話し方もとろけるような感じだ…。
彼女の自由な性格を表したような、薄紫色の髪が風に遊ぶようにふわふわゆれている。
八人の女兵士さんの中ではユウナさんに続く年長だけど、お子さんはいない。
後ろをわざと完全に食込ませて、後ろ姿の色気を上げている…
警備している男性の兵士さんたちも、目のやり場に困っていることだろう…
フィーナさんは、かなり男好きで男にも好かれる女性、らしい…。
リルフィにはよくわからないけど、毎晩違う男性と、どうこうしてるとか…。
軽くあいさつすると、行ってらっしゃい、という感じに見送ってくれていた。
彼女も今から見回りに出るところだったらしい。
色っぽくていい加減そうに見えて、仕事には熱心でマジメな人なのだ。
孤児院は次の角を曲がった先にある。
表向きは託児所である。その奥が、孤児院なのだ。
同じ建物の中にある…というより、同じ一つの施設なのだ。
「こんにちは、院長さん!」
「あら~リルフィーユさ~ん…いらっしゃ~い!」
院長のニュクセスさんは、おっとりした女性だ。
歳は、女兵士隊長のユウナさんや、よくコケるアイシャちゃんのおかあさんのウェンディさんと、あまり変わらないくらい、と聞いたことがある。
「今日はありがとうね~…お父さんお母さんにも、よろしくね~」
夢の中でもこんな感じに、山賊に捕まっているのにおっとりとした感じの女性だった…。
院長のニュクセスさんも、その妹と娘で先生をしているヘーメラさんとイオスさんも、山賊から救い出された一家という感じだった。
広いお部屋で十人ほどの子供たちが遊んでいた。
女の子のほうが数が多い感じだけど、男の子もいる。
「あ! リルフィおねーちゃん!」「こんにちは…」
金髪のルーシェちゃんと、黒褐色髪のフェルアちゃんだ。
託児所と孤児院がいっしょになっているのでわかりにくいけれど、この二人は孤児じゃあなくって、預かってもらってる子たちだ。
お母さんが働いているから、仕事が終わるまでここで待っているのだ。
「ママ、きょうもおしごとなの!」
「ママはね、へいしさんなの…」
光の曜日だけど、二人ともお母さんは兵士さんなので、今日もお仕事があるのだ。
二人のお母さんは第26区女兵士のマリエッタさんとナタリアさんだ。
もう幼年学校に通い始めているくらいの子供さんがいるとは思えないほど若い、丸いおしりが可愛い二十歳すぎの女兵士のお姉さんたちだ。
「ママ、おしごとがんばってるの!」
「うん、だからここで待ってるの…」
二人とも、おかあさんを尊敬している。
この子達も数年後には兵学校に進んで、この第26区の女兵士になるんだろうなー、という気がする。
母親のユウナさんに憧れるフィリーちゃんみたいに。
ニュクセスさんの娘で登場したフェスペレイアちゃんは、ここでも母娘だ。
他にリルフィが名前を知っている子、ミューズちゃんや、ブルネリちゃんたちと一緒に遊んでいる。
贈り物は日用品や衣類なんかが多くて、一人では持ちきれない程にあった。
そういったものは、ここでの生活に使うので、孤児院施設と、孤児の子たちへの贈り物になる。
だけど中には、お菓子なんかも入っている。
お菓子だったら託児所の子も合わせて、みんなで食べられる。
「は~い…おやつにしますよ~」
院長先生が呼びかけると、子どもたちは、ぴたっ、と遊びをやめて、
「おやつ~、おやつ~」と集まってきた。
持ってきたおやつを、ヘーメラさんとイオスさんが子どもたちに出している。
「すいませんー、シュミナちゃんは…?」
あの黄色の子、リルフィの呼称“ひよこちゃん”がいなかった。
ので、ニュクセス院長さんに聞いてみた。
「あら~? お部屋じゃあないかしら~?」
ひよこのシュミナちゃんは、幼年学校の高学年だ。
ここにいる子たちと比べれば、ちょっと年が上だから、遊びが合わなくて、お部屋で読書とか勉強とかしているのかも…。
「わたし、呼んできますねー」
リルフィは孤児院の奥の方へ入っていった。
ここに入って良い、と院長さんや他の先生たちからも認められているのだ。
あの子のお部屋の場所は、聞かなくてもわかる。
毎朝、そこに向かって手を振ってるのだから。
こん、こん、と戸をノック…
ちょっとすると…
ガチャ、っと戸が開いた。
「あ…」
背の低い女の子が、戸の向こうから顔をのぞかせる。
金髪、というよりは、ひよこみたいに黄色い髪の女の子。
毎朝手を振ってくれる、あの女の子だ。
「ひよこちゃ~ん! ひさしぶり~!」
久しぶりというのか、毎朝会っているというのか…
この距離で、会うのは何ヶ月かぶりだ。
「リルフィさま~!」
ひよこのシュミナちゃんは、そう呼んで、いきなり抱きつくように身体を近づけてきた。
なぜか、様呼びなのだ…
「リルフィ、でいいわよ。あと、お姉ちゃん、とかでも…」
と、何度も言ってるのに、なぜか…何度言っても改めない…。
「あいたかったです~…」
この子、シュミナは基本的に言葉遣いが丁寧だ。
リルフィより五つ六つ以上歳下なはずだけど、なんか大人っぽいところがある…。
机の上には、絵本が広げてある。
さっきまで読んでいたようだ…
えらく可愛らしい…たぶん、幼年学校に入学前の歳の子が読むような、子供向けの絵本だ…
もう十歳くらいなはずだけど…年相応…以上に子供っぽいところもある…
孤児院の居室なので、それほど広くはない。
その机と、ベッドで、部屋の半分が埋まっている…。
机の横の窓、
その外には、二階建てのお家が見える。
その二階の端の部屋、大きな出窓が見えた…
リルフィは、いつもあそこから手を振っているのだ。
「あ…」
カーテン閉めてくるの、忘れてる…。
でも、そのお陰で、例の魔導書の表紙が、虹色に輝いているのが、ここから見る事ができた。
「きれいです~あれ、大好き~」
「ええ…こっちから、こんなにキレイに見えるとは思わなかったわ…」
リルフィにしても偶然の発見だった。
これからはなるべく、あの表紙をこっちに向けておいてあげよう。
そうやってしばらく、二人で虹色のキラキラを見つめていた。
こうやって二人でいると…
なんだか、妹ができたような、あたたかい感覚になっていく…
ずっと、一緒にいたような、そんな気がしてくる…。
そう、わりとリルフィが小さい頃から、ずっと…
(…でもそれじゃあ、歳の計算があわないような…?)
リルフィが子供の頃だったら、この子は歳的には赤ちゃんのはずだ。
なんか…そういう錯覚をさせられる程、リルフィはこの子に対して、親近感がある…
(って事…? なのかな…?)
一人っ子のリルフィは、兄弟姉妹に憧れがある。
学校のお友だち、ミリエールもメアリアンも、キュリエもファーナも、みんな仲のいい兄弟姉妹がいる。
その事だけは、本当に羨ましい…。
リルフィはなぜか子供の頃から、ひよこが大好きだ。
ぴよぴよカワイイひよこが大好きなのだ。
意味もなく、大好きなのだ。
だから、このひよこっぽい子の事も、好きなのだろう。
(ほんとうに妹だったら、良かったのになぁ…)
ピヨピヨひよこのシュミナちゃんを、ぎゅっ、と抱きしめた。
「あ~リルフィさまぁ…くるちいです~」
「あ、ごめ」
愛するあまり、強く抱きすぎたらしい…。
こん、こん、と戸を叩く音がした。
「シュミナちゃ~ん、おやつだよ~」
フェスペレイアちゃんが呼びに来てくれた。
…そういえば、おやつに呼びに来たのだった…リルフィもつい忘れていた…。
このルーメリア編で、8章終了となります…
なんとかここまで毎日更新できましたが、ここから先、部分的に決めてない部分とかあるので、どこかで更新止まる可能性があります……なるべくがんばるます!




