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花月演義 ~~花月の乱~~  作者: のわ〜るRion
第2章 焼け崩れる山砦
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6.わりとムチャする女子×2 いや×3

この世界の主な移動手段は“徒歩”である。

だが、道がある程度整備されているなら、通常の移動手段としては、馬車に乗るのが手っ取り早い。また、馬に直接乗って駆ける方法もある。当然だがどちらの場合にも、代価を支払ったり、馬の世話をしなければならない、という軽微な課題は発生する。徒歩だと時間がかかるので、逆に食費や宿代など、経費が(かさ)む可能性もあるので、街道の旅はやはり馬車を用いるのが一般的だ。


他にも、この縦貫街道のすぐ側には大きな川も流れているので、時間が許すなら船で川を遡上するのも悪くない。交通手段には事欠かないのだ。


ちなみに。空を飛ぶ生き物に乗るだとか、ものすごく速い魔法の乗り物だとか、離れた場所まで一瞬で移動できる空間転移の秘術だとか、そういった魔法絡みの話は、魔法に関しては後進国であるルルメラルアでは、残念な事におとぎ話の域を出ないのだ。


フルマーシュから北の商業都市アングローシャまでは、途中の大きな村を経由する乗合馬車が、定期的に走っている。

あるいは行商人などに交渉し、馬車の荷台に乗せてもらったり、という方法もある。荷を下ろした後の空いた馬車などは、わりと安くで乗せてくれたりするものだ。女性だったら交渉次第で、お金ではない代価で乗せてくれるかもしれない。


だがそれは、この街道に沿った町や村に行く場合に限定される。

今回の目的地のアヴェリ村は、街道を外れ、そこからさらに山間部に入ったところにある小さな村だ。

そういった山間の村に行く人間は稀で、当然 定期便はなく、商人も滅多に訪れない。なので、どうしても街道の村の馬車屋に頼んで運んでもらうことになるのだ。


だがそれなら何も途中で乗り換えなくても、出発点のフルマーシュから馬車を借りきればいい、というクレージュの合理的な手配のおかげで、フローレン、アルテミシア、レイリア、ユーミの四人はその馬車に乗って、フルマーシュの町から王国の縦貫街道を北上していた。


天蓋ありの馬車で移動なんて、四人ともずいぶん久しぶりな感じがしていた。

十人くらいは乗れそうな空間で、左右の座席は両側二人ずつが座っても場所が余る。程よい揺れを伴いながら、馬車は街道を駆けてゆく…

のだが…


「この馬車…遅いな…」

「おそいよね」

レイリアとユーミが、二人並んでいらついていた。

馬車自体の速度はそれほど遅くはない、むしろ普通より速いくらい、のはずだ。

御者の青年は、まだ若い割に、腕はいいように思える。


が、この食い気飲み気女子二人には、早く目的地に着きたい、という気持ちがあふれ出している。

ついでに言えば、この二人はそろって気が短い。


「そうね♪」

そして今回はアルテミシアも同感なようだ。


「じゃ、急がせましょうか♪」

と、身を乗り出して席を立った。

このスィーツ好き女子も、早く着きたいのだ。


御者の隣に出た。御者はかなり若い男で、手綱裁きもかなり上手そうである。

「ちょっと失礼。速くなるわよ♪」


<<身体強化>>フィジカルストレングセン


馬車を引っ張る馬の身体が大きくなった。自然と馬力が上がり、進みが速くなる。


「もひとつ♪」


<<風纏>>ウィンドヴェール


馬と共に、引っ張られる馬車全体にかけられた、風を(まと)う魔法。


一気に速くなった。

あまりに速いので人や他の馬車にぶつかりかねない。なので、舗装された街道ではなく、その横のあぜ道を突き進んでいる。

風を纏った馬の足は、ちょっとした地面の凸凹も浮いたように回避し、倍以上の速度で進んでいく。

おかげで、馬を制する御者のほうが大変なようだ。

「ひぁー☆⇔sぁ!!!」

言葉に構成されない、ヘンな叫び声を上げている。驚きのほどが知れる。

街道はそれ程 人通りも馬車通りもあるわけでもないのだが、なにしろ速いので、先を見るのも操作するのも大変なのだ。


「ちょ…! アルテミシア! 大丈夫なの? 速すぎない?」

風を浴びる山高帽を左手で抑えながら中に戻ってきたアルテミシアに対し、フローレンが不安げに様子を伺った。若い御者では、あきらかに強化された馬を御しきれず、不定期に揺れが襲ってくる。


「そうね~、ちょっと速すぎたかしら…?♪ でもこのくらいじゃないと今日中には…きゃっ!」

言っている(はな)から一瞬、馬車が ぐらん、と大きく浮くように跳び、そして地面にぶつかった。

下からの衝撃に、全員が一瞬、ちょっと浮いた。


「跳んだでしょ!? 今! 危険でしょ! どう考えても!

 ちょっと…ユーミ! あなたも馬を御するの、手伝ってあげて!」


子供のように揺れを楽しんでいたユーミは、我が意を得た、と言わんばかりに、

「いいよー!」と元気に御者席に飛び出していった。

この子はじっとしているのは性に合わないのだ。


「もう…ムチャするんだから…」

フローレンの呆れたような目線を受けて、アルテミシアは軽くウィンクし、

「てへっ」という感じに軽く舌出し照れ笑いを浮かべた。

ある時は神秘的な歌姫、ある時は学術魔法を使いこなす高レベルな魔女、そして大好物のスィーツがからむとちょっと暴走気味になるという、オチャメ女子なのだ。


混乱し(テンパっ)てる御者の青年の隣で、熟練した器用さで手綱を操るユーミ。


ユーミは極光(オーロラ)色の大きく派手な毛皮を、雑に羽織っている。

それは、一見すると白い地に黒い縦縞の虎の皮のようにも見えるが、白と黒の虎模様に、独特で幻想的な極光(オーロラ)のようなグラデーションのかかる色合い、という見慣れない毛皮であり、何というケモノの皮なのか、持ち主のユーミを含め、誰にもわからない。

幻獣や魔獣と呼べる(たぐい)の、希少かつ強力な獣であることは間違いない。

しなやかな毛皮であり、それでいて丈夫な、斬撃も矢も通さず、火も水も通さない秀逸な防具である。

ユーミの話では、自分で倒した獣の皮であるようだが、おそらく事実だろう。


ユーミはその出で立ちから、はるか北の蛮族の地ヴァルハガルドの出身と思われるが、この娘は自分の事をあまり語らないので、経歴の詳細は不明である。

隠しているとか、話したくない、という感じではなく、話すきっかけもなく、話す必要を感じていない。

この娘の場合、あるいは覚えていない、という可能性もある。

そう、この娘は基本的に、何も考えていない。

本能のままに生きている少女、それがユーミなのだ。


童顔で可愛らしい、だけどその小柄な身体のわりに、出るべきところは出すぎるくらいに出ている。

そして、よく食べる。食べ過ぎる。ありえないくらいに食べる。どこに入るのかわからないくらいに食べる。

その上ユーミは並外れた身体能力を持っていて、特にそのちっちゃな外見からは予想もつかないほど馬鹿力で、高い破壊力を持つ恐るべき戦士である。


蛮族の地ヴァルハガルドには“獣人”という、獣系妖精族の血を引く者が多い。

そういうユーミはどこか猫っぽいので、猫獣人(キャット・ヴェルセル)と思われている。

獣人族は妖精の中でも、視覚、聴覚、嗅覚から野性的な感まで、特に優れたものを持っている。

そして動物との意思疎通がはかりやすく、だから動物の扱いも上手い。

動物の気持ちがわかる、というやつだ。


そういう訳で馬を御するのもお手の物、なのだ。

先程までは時々揺れていたのが、稀にという感じに、先程よりずいぶんとましになった。




馬車の天幕の中。

高速で走るようになった馬車のわずかな揺れだけが、この空間の変化のすべてだ。

時折、右や左に揺れる感じになるのは、前を行く人や馬車に配慮した動きをしているのだろう。


変化のない時間が続き、フローレンは手持ち無沙汰な感じだった。

席から降り床に座り込み脚を組んで、頭の後ろで腕組みしながら、退屈そうに時々天幕の隙間から外に目を遣ったりしている。


その隣で席に座ったまま、アルテミシアは手のひらサイズの紙を束ねたものを開いていた。

その表紙には裏表とも淡いピンク色の布地で覆われ、銀っぽい色でウサギや三日月のシルエットが描かれている。


楽しそうにそのページをめくったり、時々何かを書き込むような素振りが見え、

時々「うふふっ♪」と楽しそうな笑みを浮かべている。


「何、それ?」

フローレンは腕組みを解き、ちょっと席上を見上げるように身体を乗り出して、そちらを覗き込んだ。


「これ?♪」

答えるアルテミシアはうれしそうだ。

「私の、スィーツ帳♪」


「…と言うと?」

「各地で聞いたり、実際に食べたスィーツの情報を書き込んでおくの♪」

「ふ~ん…」


要するに、アルテミシアは、大好きなスィーツに関して、記録をつけている、という事だ。その記録を見て、確認して、そして一人で喜んでいる。


アルテミシアは、草木の繊維を溶かして作られた紙と思しき白い紙面に、

細い棒の先に魔法の光を灯して、文字や絵を書き入れているように見える。


紙という、その(しな)るほど薄い板に、文字や絵が記入され、情報が記録されている。

その薄い“板”を無数に束ねたものが、書物と呼ばれるものだ。

既に情報が記載された物が、雑貨や骨董の店で売っていたり、冒険でも発見されたりする。中にはとても貴重な情報が記載されていて、見かけは同じでも、驚くほど高値がつくものもあるという。


フローレンは書物に興味はなく、もちろん、記録をつけるような習慣はないので、

隣で嬉しそうにしているスィーツ魔女の行動を、あまり理解した感じではなく、それ以上興味を持つこともなかった。

文字の読み書きはできるけれど、自分から書く事は滅多になく、能動的に読む事もあまりない。基本的に無学なのだ。

冒険で見つけた難しい本の鑑定などは、アルテミシアやクレージュに任せておけばいい、と思っている。

可憐な顔立ちに妖艶な体つき、柔肌はお花の香りを(たた)え、戦士としても超一流でその戦技は絶世の美技、その上慈愛心に(あふ)れ責任感も強く多くの人を引き付ける…そんなフローレンも完璧美女という訳ではないのだ。

知識系は苦手だし、深く考える事も苦手。それ以外にも苦手ごともわりと多い。

例えば……料理とか…、洗濯とか…、掃除とか…


そもそもこの世界の住人は、それほど識字率が高い訳ではないので、読み書きができるというだけでも十分なのだ。

クレージュの店では、薄く白い木の板に塗料でメニューを書いたりしている。そのくらいの読み書きはできるように、と、クレージュが元ショコール兵のウェイトレスふたりに毎日 字を教えたりしている。


二人の向かい側ではレイリアも、紙を広げていた。

少し茶色がかったまだらな模様のある紙で、動物の皮を(なめ)して作る紙だと思われる。

レイリアの持つ紙は、巻物の要領で丸めたものを取り出して伸ばしたものだ。

置いてあった木箱の上に、紙の四隅を銅の針で打ち付け、丸まらないように固定している。そこには、文字と、何か複雑な記号と、線と円を組み合わせた図が描かれていた。

レイリアの場合は、長い銅の針の先で紙を細く焦がして文字や図形を記入している感じだ。

揺れる馬車の中でよく()れずに書けるものだ、とフローレンは感心して見ていた。



レイリアは炎の巫女である。

彼女が仕えるグィニメグ神は、この大陸の神話における太陽神であり、創造神でもあるとされる。

そのため文明や建築を司り、光と炎を司る神でもある。

その最も信仰の篤いのが、この大陸から南に海を渡ったレパイスト島で、レイリアもそこの出身である。


レパイストは火山島であり、その住民は炎の妖精である火竜族サラマンドの末裔と言われる。

人並み外れた凄まじい炎術の使い手であるレイリアは、その血を特に強く継いでいるようだ。


右側の前髪は目が隠れるくらいに前に垂らし肩先にかからない感じの長さ、左側は額を出すくらいに上にあげ、そのまま肩の後ろに流している。

その深い紅色の髪は日の光を受けると、炎を思わせるような朱が揺らめき、さらに焔のような橙に輝く。

その瞳も、普段は細めている感じだが、いざ見開くと、どこか炎が宿っているように映る。


レイリアが着ているのは、鎧という感じではない。素材は革を思わせる、覆う部分の少ない全身黒一色な出で立ちで、黒の胸当て系のトップスと、極端に短い黒のショートパンツというセパレートの上下で、女性特有の豊満な丸みが、上も下も、ぴっちりと肌に密着した黒革っぽい服に包み込まれている。

あとは黒のグラブと長いブーツ、それだけが彼女の着衣であり、

くびれた腰と、太腿から膝下まで長い脚があらわになっている。


長身なレイリアは、割りと知的な女性である。

毅然として色気があり身体のバランスも良い、いわゆる「いい女」なのだ。

が、残念な事に、色恋沙汰どころか、異性に対しまったく関心がない。

店や職場の男どもの目が、胸元や、細腰や、太腿や、着衣尻に向いている事など、意にも介していない。



フローレン、アルテミシア、レイリア、ユーミ。

近頃はこの四人で一緒に活動する事が多くなっていた。


以前は、弓使いペンセリ、毒使いリーランス、歌姫のアマロナ、盗賊のプレディア、剣士のイゾルテ、といった女冒険者仲間がいたが、近頃、彼女たちは姿を見せなくなった。

冒険者の消息がわからなくなる事はよくある事だ。

冒険をしているのだから。


その代わりに占い師レメンティ、踊り子ラシュナス、森妖精ロロリア、銀術士アルジェーン、という新たに知り合い、行動を共にする仲間もできた。


そのうちロロリアとアルジェーンは森に住んでいて、クレージュの店には一度来ただけだ。


残りは全員クレージュの店に居候をしている。

レメンティは最近、日中は町のにぎやかな中心部に行って、占い師の仕事をしているいる事が多い。

ラシュナスはいつも昼過ぎまで寝ている。まあ起きてても飲んだくれるだけで、何の役にも立たないので誰も起こさない。妖艶な彼女の場合、仕事はいつも夕方から始まるのだ。



「おーい! これ、たのむー!」

ユーミが馬車の中に投げ入れた。

御者の若い男だ。

目を回してしまっている。


「こらー! ユーミ! 人を投げちゃダメでしょ!」

と叱るフローレンの声も聞こえていたのか、いないのか。


「あ~…常人にはキツかったかしら♪」

通常の倍以上の速度で走る馬車を御せとか、フツーの人間には難しい…ということが、わかっているのかいないのか。

こういう、良く言えばちょっとオチャメ、悪く言えば常識感覚からズレてしまっているのが、絶世歌声神秘的美女アルテミシアの、欠点と言えば欠点、なのだ。


「ちょっと! アルテミシアが、無茶させちゃったから…!」

アルテミシアはちょっと気まずそうな感じに、さっきと同様に、

「ゴメ♪」と舌を出しながら軽く二本指を添えてウィンクした。


「ま、ユーミがいるから大丈夫だと思ったのよ♪」

獣人族であるユーミはケタ外れて目が良い。ユーミの動体視力と運動能力なら、

超速度でも障害物を躱しながら、止まらずに直進できるだろう。

だったら、ユーミに交代してから強化の魔法をかけろと、フローレンは言いたかった…。


「アタシも出てるよ」

レイリアが立ち上がって、御者台に出ていった。

無茶をやる小さな相方の世話を焼くのは、この対称的に長身な彼女の役目だ。立ち上がると身軽に御者台に飛び出していった。いつの間にか広げていた羊皮紙も片付けている。


フローレンは気の毒な御者の若い男を助け起こした。

だが、気を失っている感じで反応がない。


「もう…しょうがないわねぇ…」

フローレンは床に寝かせた男の頭を、そっと自分の生の太腿の上に乗せた。

ちょうど良い高さと、程よい柔らかさの枕になる事だろう。


「あら♪ サービスいいのね♪」

その姿をみたアルテミシアは、ちょっとイタズラっぽくクスクス笑った。


「何よ? わたし、何かおかしな事してる?」

フローレンは自然体である。

うら若き乙女が見ず知らずの男に膝枕をしてやっている、その事に何の躊躇も関心も無い。

もちろん、某酒場の某踊り子のように、分け隔てない男好きという訳でもないし、

同じ歳の娘たちのように色恋沙汰に興味がある、わけでもない。

どういう訳かフローレンは、この手の事には全く以て無頓着なのだ。

彼女もまた「可憐ないすばでぃ高露出なのに清楚系女子」なので激モテそうなのだが、男に全く関心がない、なさすぎるのは、実に残念な話ではある。


割と付き合いの長いアルテミシアも、彼女のこういうところには、半分呆れたような感じである。

ちなみにアルテミシアは、多少はそちらの経験はある女子だ。

「あー…ちょっと掛け直してくるね♪」

と席を立った。

知らない人が見れば、仲のいい年頃の男女、といった感じの光景、

アルテミシアはちょっと居辛くなった感じでもある。


掛け直す、とは、馬と馬車に掛けた魔法を、である。

魔法の効果は一般的に時間とともに下がっていくので、落ちきる前に掛け直しが必要になるのだ。


ちなみに。

ちょうど今日の夜は満月に当たる。

満月の前後は月兎族(ルナーレ)であるアルテミシアの調子が上がるのだ。

魔法を使える回数も威力も向上する。

そうでなければ、こんなに朝早い段階から魔法を使いまくるような行動はしない。





目的のアヴェリという村に着いたのは、太陽が中天から四半分ほど下ってきた頃だった。アルテミシアの強化魔法とユーミの馬制御のおかげで、馬車は疾風のように駆けた。

街道を北に駆け大きな村についた、そこに入らず曲線を描きつつ西に折れてからはやや山道もあったけれど、魔法で強化された馬車は問題なく駆け上がり、通常なら半日かかりそうな距離を、遥かに短い時間で着く事ができた。


フローレンは途中からずっと、この目を回してのびていた若い御者に、ひざまくらをしていた。

「起きた? 着いたわよ。…大丈夫?」


御者系男子はまず静かに目を覚まし、次に自分を慈しむ柔らかな状況にびっくりして跳ね起き、しまいには顔を赤くして慌てふためく感じになった。


可憐な顔立ちの、肌の露出の多い格好をした、しかも胸も腰も脚も絶品な、お花の甘い香りまでする女の子に、生脚で膝枕などされたら…並の男なら、特別な気持ちを抱くのが当たり前、であろう。


だがそこで、

「ありがと! じゃあ、気をつけて帰ってね!」

と、フローレンは軽く言って、何の感傷もなく、ごく自然体で別れを告げたのだった。


呆然としている御者男子を背に、歩きながらアルテミシアが、

「えーとね、フローレン…♭

 貴女は、自分がオトコたちからどう見えてるのか…ちょっとくらい理解しておいたほうがいいわよ…♭」

と忠告する。

ちなみに、アルテミシアがこの忠告をするのは、もう何度目になるかわからない。


「え? 何? 何?」

それでもフローレンは、その意味が理解できない、という感じに目をぱちぱち(まばた)かせた。

自分の魅力に無頓着な、野に咲く至高の花のような天然系乙女なのだ。


御者の若者は、まだ半分夢の中にいるような心地のまま、いつまでも手を振っていた。





アヴェリ村は山間地の農村だ。

近くに澄んだ川が流れていて、せせらぐ音が心地よい。

この辺りの山の奥深い場所では、寒い季節には大量の雪が積もる。

その雪解けの水が、良い作物を育てるのだ。

この道はさらに西方面に続き、そこにも、その先にも、さらにその先にも、同じような村があるという。

良い水が良い作物を育てる。この辺りはルルメラルア王国の食を支える穀倉地なのだ。


畑で作物の世話をする老人の姿や、苗を水に植えている村娘の姿、柵作りをしている男たち、あぜ道を行き交う、汲んだ水を運ぶ人や荷車を引く人…きれいな雰囲気の村だった。

山賊に脅かされている、と聞いていたが、村は活気を失っておらず、平常の人々の活動が保たれている感がある。


村が切羽詰まっている様子ではないので、四人も一度緊張が解けたような感じになっている。

ずっと馬車に揺られていて、昼食を摂っていないので、流石におなかに何か入れたほうが良い。他の三人につられる感じでもなくフローレンも、遅い昼食をとるくらい構わないだろう、という気持ちになっている。


そういう事で、小さな村で唯一の食事処に入ることにした。


「にく!」

「お酒!」

ユーミとレイリアの注文は、実に簡潔でわかりやすい。


「ちょっとぉ…あなた達ねぇ…」

遊びに来てるんじゃあないわよ、一応は山賊に悩まされてる村なのだから、ちょっとは遠慮して…、とフローレンは言いたかったが…

まあ、自分もお昼ごはんは摂らなきゃだし、

まあ、程々になら飲み食べするのもいいか、と思いなおし、

まあ、あえてこの二人にも、それ以上は言わない事にした、

のだが…


「まあ、いいんじゃない♪ 私も、村の特産のスィーツ、試しちゃおうかな♪」

と、二人に便乗するように食い気を出しているのを聞いて、

「アルテミシア!? あなたまで!?」と愕然とさせられる。


「村の特産の大きなお豆の粉をおコメのダンゴにまぶして食べる、絶品スィーツ♪ もう、わくわくが待ちきれない、ってカンジ~♪♪♪」

と、スィーツ愛を抑えきれないアルテミシア。

いつの間にか例の女子色手帳を取り出して、わくわくと浮かれ気分を隠せないで左右に揺れている。


「ちょっ、アルテミシア! 仕事! 仕事!」

さすがにフローレンもちょっと引いた感じになる。


「でもね、フローレン♪ スィーツは乙女の(たしな)みなのよ♪」

と人差し指を立てて物知り顔でそう言い放つ。そして微笑みのまま軽くウィンクした。

そう。アルテミシアに言わせれば、女子の食い気とは可愛げなのである。

今の彼女は、恐るべき魔女でも、神秘的な歌姫でもない、スィーツをこよなく愛するただの乙女(オトメ)なのだ。


フローレンは「わたしより年上のくせして、乙女振るかー?」とか思ったが、もはや何を言ってもムリ事は、長年の付き合いでわかる。

肉、酒、スィーツ、と食い気女子が三人ともとなると、もう手に負えず放っておくしかない。

とっとと三人のおなかと気持ちを満たしたほうが、手っ取り早そうだ。


つまり、フローレンも「仕方ないわね」と諦めた。

そういうフローレンも実は、いいお肉も、いいお酒も、いいスィーツも大好きだ。

フローレンはお金を払う時は、いつも高いものを注文する。安物はあまり嗜まない。冒険者だからお金も持っているので、それでも困ることはないのだ。





「いえ、それが…無いんですわ」

初老の店主が必死に謝っている。


「お酒が無いって、どういう事? ここ、酒場でしょ!?」

と言ってレイリアは、ばーん! と激しくテーブルを叩いた。

お酒をこよなく愛するレイリアは、訪れた先で必ずそこの地酒を注文する。

通常こういう店では昼は料理だけで、酒を出すのは夕刻からなのだが、

そんな常識はレイリアには通用しない。


「いえ、地酒は作ってますよ、でも、今出せるのは全部ないんですわ…

 お酒の醸造には時間がかかるのです、何年も、それはわかってる? はあ…

 それが、今お出しできる分が無い訳でして、その…」

気弱そうな店主は、この長身で目付きの鋭い気の強そうな女性に対し、平謝りだ。


と、その隣からは…


「ヒデンのおニクがないとか、なんでー!? ここ、おにくやさんでしょ!?」

と言ってユーミは、ばこん! と乱暴にテーブルを叩いた。

お肉をこよなく愛するユーミは、旅先で、必ずその村の肉料理を注文する。

ちなみにここは、お肉屋さんではなく食堂なのだが、

ユーミにはそんなリクツは必要ない。


「いえ、その漬け肉がないんです…漬けてあったのが、全部…」

店主は、この小柄で言うことを聞かなそうな駄々っ子に対しても、平謝りだ。


「酒!」と「にく!」の波状攻撃を受け、右、左、また右左と頭を下げまくる、気の毒な店主。


「まあまあ、ふたりとも落ち着いて♪ 甘いものでも頂きながら、ゆっくりしましょ♪」

右に左に謝る店主を見て、この二人相手では収拾がつきそうもないので、アルテミシアは助けを出したつもりだった、

のだけれど…


「いやその…それも…全部、ないんです、はい、その……」

その店主が言うのを聞いて、スィーツにわくわくしていた乙女の表情が、“喜”から“驚”に変わった。


「ない…? この村特産の、大きなお豆の粉の、おコメ団子のスィーツも?♭♯」

表情は“驚”から“無”に近くなってきた。


「はい、それです…そのキナコを、全部持っていかれまして…作れないのです…」

店主がますます気まずそうになり、右、中、左と三方向に順に頭を下げるような形になってしまった。


「持っていかれたぁ…? 誰にぃ…!?♯♯」

“無”から“怒”に入り、アルテミシアの歌口調も、もはや乙女ヴォイスではないくらいシャープになってきている。


「えと、さ、山賊に…」

「少しも残ってないの!?♯」

「はい、全部です…」


アルテミシアは、ばこーん! といい音を立てながら、テーブルを叩くように立ち上がった。

「どこにいるのかしらっ!♯♯ 

 その!私のスィーツを奪ったお馬鹿さんたちは…!?♯♯」


完全に怒りに染まって、シャープな歌口調の激しい感じも極まっている。

つまり、アルテミシア様は大変お怒りになっておられる。


「あ、あの、山の上の砦に、はい…」


「…行くわよ!♯♯♯」

と、店を出ていった。

感情が頂点に達した感がある。

ここまで来ると“怒”から“狂”が入っている感さえある…。


ユーミもレイリアも、とりあえず肉と酒をあきらめて続いて店を出た。

この二人の激しさも、スィーツを台無しにされたアルテミシアの黒い乙女オーラには勝てないのかもしれない。


「もう…しょうがないわねえ…」

と言って、「騒がせて、ごめんなさいね」と店主に謝りを入れつつ、フローレンも続く。


けれどある意味、これで良いのだ、とか思っていた。

元々は山賊退治の依頼でこの村に来たのだから。


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