67.山賊と難民と姐さんと
そして…
左手の高台の岩陰からワラワラと姿を現した山賊ども…
「かかったぁ! 女だぜぃ!」
「おい、見ろよぉ! 全員女だぁ~~~!」
「やったぁ! 女の子大量げっとだぜぇ~~!」
お約束のように出てきた山賊共は、二十人は下らないだろうか。
軽く背丈五つ分以上はありそうな岩壁の高みから、身を乗り出すように見下ろしてくる。
「ご大層に罠まで仕掛けて、こんな大勢で人が通るのを待ってるなんて…」
フローレンはただ呆れるだけだ。
「退屈な人たちねえ…♭」
アルテミシアも気が抜けたように、ため息をついた。
余裕な態度である。
そういう二人の余裕を見ると、怯えていた女兵士たちも安心感を覚えるのだ。
「ほらほら、動けないよなぁ? どうする~? げへへへ~」
「あきらめて、降参しちゃいなよ~? ぐへへへ~」
「かわいがってやるからよ~ ぎょへへへ~」
品性にも知性にも縁のなさそうな男どもが、勝ち誇ったように舐めたザマを見せてくる。
まあ全員というわけではなく、中には仕方なく付き合っている山賊もいるようだ。
そういうまだマシな連中は、あまり身を乗り出さず、後ろで大人しくしてる。
「もぅ、うざいなーっ!」
「群れなきゃ何もできない、情けないね…ったく…」
ユーミもレイリアも、二人揃って不愉快に、うるさそうにしていた。
ただの女の子たちがわざわざこんな所に来るわけもないし、第一彼女たちは普通の女の子ではない。
少し考えればわかるはずなのだが、やはりこの連中はアホだった…
そしてアホが調子に乗ると、長生きは難しいものだ…。
この山賊共が湧いて出てきた時、フローレンたち四人は…
正直言って、ほっとした。
あの状況から次の手として最も恐かったのは、上から連続して物を落とされる事だ。
自分たちは大丈夫でも、女兵士や子供たちや馬、荷車や積荷に被害が出かねない。
この状況ではもう、それはないので、気が楽になった訳だ。
次点で、弓や投石での攻撃も鬱陶しくはあるところだ…けれど、
その程度なら対処は難しくない。
「ま、容赦はいらないわよね」
フローレンの目配せで、ユーミとレイリアが動いた。
ユーミが前に進み出て、道を塞ぐ大木の片方を抱える。
小柄な身体が、自分の身体より太い木の幹を軽々持ち上げ、
そのまま投げ飛ばすように崖側に移動させ、最後は崖から蹴落とした。
レイリアは道の後ろを防ぐ邪魔な木の幹に歩み寄る。
歩きながらその手に出した火色金に、炎の力を蓄えつつ…放つ。
邪魔な大木を強い炎で一気に焼き払う。
一瞬で脆い木炭となって崩れ去った。
彼女たちを見下していた山賊どもが、それを見て一気に静かになった。
驚き、そして呆然とする様子が遠目にもわかる…。
「さて、手取り早くお片付けしましょうか…♪」
アルテミシアは相手の動揺を逃さない。
そして、次の行動に移る隙も与えない。
《幻惑の歌》ダズリングソング
《上記魔法の発生位置を指定》
→左斜め上方の空間、十五米先を起点に指定
→途中で歌を変調…
アルテミシアがそっと歌い始める。
歌っているように見えて、彼女は口を開くだけで、その歌声は聞こえない。
彼女の歌声は今、上から見下ろす山賊たちの真ん中から響いているのだ。
その魔法の歌の効果はすぐに現れる…
山賊共はある種の精神干渉を受ける…
一種の幻を見ているようなものだけど…
調子に乗って「女の集団だ」「カモだ」「やったあ」と囃していた連中は…
その幻惑の中でますます調子に乗り…
増々そろって…身を乗り出した。
「女がいっぱいあだ~」「大収穫だな、おい!」「今夜はオレもヤるぜぇ!」
…とか言いながら、騒いでいる…
崖っぷちぎりぎりに立って、足元の危険にも気づかず…。
そこでアルテミシアの曲調が変わる…
→変調
《眠りの歌》スリーピングソング
崖っぷちに身を乗り出してきている不安定な状態で、眠りが入るとどうなるか。
もちろん、眠気で立位を保てなくなる…
すると、足を滑らせたり、前に転がるようにして…
山賊共はそろって崖から落ちてきた…。
居並んだ賊どもが、次々に降ってきて…
グシャ! とヘンな音を立てながら、順々に地面にゲキトツする…。
下の地面は尖った岩がむき出しだから、そんな所に落ちたらタダでは済まない。
微かに身動きをしている者もいるが、ほとんどが全く動かなくなったのだった…
動かないうち何人かは、打ちどころが悪く絶命していると思われる。
人が落下死するには充分な高さと硬さなのだ…。
「全員並んで固まってたら、対処もカンタンでしょ♪ いかにもザコって感じ♪」
「うん、ザコよね」
「ザコだね」
「ざこ~」
女兵士たちは呆然としている…
ちょっと危機的かと思われた状況を、冒険者の解決法は鮮やかで、それも一瞬だった。
彼女たちは、自分たちが大勢の山賊に捕まっていたけれど、助け出された時の事を思い出した。
(この人たち、やっぱりすごい!)
と八人ともが思ったであろう…
女兵士たちは歓声を上げていた。
二人の小さな女の子も、それぞれ“ママ”と抱き合いながら。
「ザコに時間を掛けても、面白くないからね♪」
《石壁作成》 ストーン・ウオール
《上記魔法創造物の触媒を指定、ならびに形状を指定》
→崖と地面の岩を隆起させる、
角度三◯度、総距離十五米
各段の高さ二五糎の段差を形成
アルテミシアが魔法で岩場を段状に慣らしていく。
岩の地面が盛り上がり、岩の崖からも伸びだすようにして、岩が緩やかな階段状に形成されていく…
「じゃ、みんな、眠ってる奴、縛って頂戴♪」
完成した階段をフローレンが駆け上がり、女兵士たちも年長なユナを先頭に続いた。
女兵士たちは、落死あるいは気絶して絶命寸前な山賊どもを横目に、作られた岩の階段を駆け上がってゆく。
賊の中にはまだ息のある者もいるのだけど…
「か…かわいいのに…ひ…ひでぇ…こと…しやがr…」ばたっ…!
倒れながらも頑張って手を伸ばしたが…力尽き、そこで人生を終わらせた…。
岩壁の上では、何人かの山賊がその場に崩れて眠りこけていた。
「調子に乗ってたヒト達は、乗り出して落っこちたけど、
調子に乗らなかったヒトたちは、その場で寝ちゃってる訳♪」
女の子を襲うことにノリノリだった連中は、前に進んで落っこちる事になった。
崖から離れた場所で眠っている連中は、まだ善良さが残ってそうな面々、という事だ。
女兵士たちが、眠りこけている五人の賊どもを後ろ手に縛り上げる。
その間、ユーミは同じ獣人族の女兵士レメッタをつれて、周囲を散策警戒している。
そして、こういう場合、誰かが馬車のところに残らなければいけない。
隠れていた賊が、馬車ごとさらっていく可能性もありえるのだ。
レイリアが荷馬車の位置に残っていた。女兵士のシェーヌが一緒だ。
女兵士が誰かひとり付く場合、レイリアの担当は、彼女をを姐御と慕うこの鍛冶屋の娘と取り決めをしてあった。
こういう行動は相談するまでもなく、自然と誰かが担当する事になっている。
彼女たちの冒険者としての連携は完成されたものなのだ。
女兵士たちも戦いの強さだけでなく、こういう行動を見て学んでいくのだ。
そしてマリエとナーリヤも荷の番に残された。
この二人はアルテミシアの担当の女兵士だけど、彼女直々にこちらに回された。
二人の子供の面倒を見る事も考えての事だろう…。
フローレンが縛り上げた五人の男どもを尋問している。
「カシラは、誰」
「あ、あれッス」
その男は手を縛られているので、アゴの先で崖の下を指さした。
一人だけ、ちょっと派手な色合いの服を着たヤツが、ガマガエルのように情けない格好で潰れている…。
「あ、あれね」
「これまでにないザコっぷりね♪」
炎上した山砦のカシラも、光る石の鉱山の三人のカシラも、ザコだけどもうちょっと見せ場はあった…
今回のカシラは、ザコに混じったうちのひとりでしかない、という感じだ…。
「お、おねげぇがあります…」
男のうち一人が、そう言った。
だけど全員が同じことを言いたそうだった。
「なぁに? 命乞いなら不要よ」
「命まで取る気は無いわよ♪」
「あ、ちげぇます!」
「あなた方は、命まで取るような方でないのはわかってますだ…」
ここのまともな手下たちは、賢そうだ。
(う~ん…呪いをかける必要はなさそうね♭)
アルテミシアはなぜか、ちょっと残念そうである…。
「お、女の人が四人、いるんでさぁ」
「あんたがたと、一緒に連れて行ってあげてくだせえ」
元、山賊の男たちは、意外な事を口走った。
「え…?」
「オレたち…いや、ヤツらのアジトに、でさあ」
「姐さんはムリヤリ、カシラのヨメにされてんでさぁ」
「そのムスメさん二人と、妹さんも…」
「それは…」
「放っておけないわね…#」
フローレンも、アルテミシアも、救出に異論はない。
一旦ここで隊を分ける。
レイリアとユーミ、女兵士のうち半数の四名、
シェーヌ、レメッタ、マリエ、ナーリヤは荷馬車のところに残ってもらう。
…ついでにユーミにはここの“あとかたずけ”をお願いした。
…一人でやるように、お願いした…。
…子どもたちには「見ちゃダメ」することを…“ママ”二人にはお願いした…。
フローレンとアルテミシアは、残りの四人、ユナ、フィリア、ランチェ、イーナを連れて、男たちの先導で山賊のアジトへ向かった。
「ちょっと前に、そこの山道を通りかかった女の子の集団がいてよぉ…」
「それを見てたヤツが、女の子まとめて捕まえようって、言い出しやがったんですわぁ…」
「あ、それも、わたし達だし」
「半月ほど前だったら、そうよね♪」
この男たちは、襲撃に反対したようだった。
でも大多数は身の程を知らないことに、女の子だ、と聞いて、捉えようとした。
もうこの男どもの手の縄は解いている。
…呪術、もかけていない。
「ここの連中は臆病だったからなぁ…」
「ちょっとでも強そうなのとは戦わないしなぁ…」
残念な山賊どもは相手の力量を見切れず、ただの女の子だと思い込んで襲った、
が、ゆえに、実に残念な結果を招くこととなった…
「あ、ちょっと聞いて良い…?
ここから南にある村、襲ったのあなたたち…というかあの山賊たち?」
フローレンは気になっていた事を聞いた。
「いや、オレたちが来てからは、どこも襲ってねぇ」
「今の時期だったら、山で採れるモンでしのげるからなぁ…」
「てか、すぐ南にそんな村があった事も、誰も知らないんじゃねぇかな…」
ということは、村を襲ったのは何か別の集団、という事になるようだ。
「オレたちゃ、南に行きたいんでさぁ…」
「マトモに働ける村があるって聞いて…」
「仕方なく、ここで仲間に入れられてたんで…」
男たちはブロスナムからの難民であったらしい。
北は諍いの無い辺境の村でも、反乱軍による人民からの徴発が厳く、食糧事情が厳しい。
村であぶれている者たちは食うに困って村を出る者も多いという事だ。
「要するに貴方たちって、
ブロスナム反乱軍に搾取され虐げられた当地の領民、って事になるよね♪」
アルテミシアが彼らの立場に確認を入れた。
「あ、なるほど…」
「たしかに…」
あ、そうなるのか、と男たちは納得した感じだった。
(そんな現状理解もなく南に向かおうとしていたの?♭)
とアルテミシアは男どもの知力の程度に呆れた感じではあったけれど、
「だったら難民って事だから、事情を説明してこの山の南にある、ルルメラルア軍の駐屯地を頼ればいいわ♪」
と教えてあげた。
「南って、タムト村の事かしら? たしかにあそこなら仕事は沢山あるわね」
生産力を必要としているタムト村なら、難民の受け入れもしてくれるだろう。
…もしかしたら、昨日の村の人達も、南を目指している可能性もあるのだろうか。
山の中のほうに進むと、森の中にまた一段高くなった岩壁が見えた。
その岩肌に隠されたように、洞窟の入り口があるらしい。
隠れ家というのは、近づくまで入り口わからないような構造である事が多いのだ。
「姐さん!」
「助けが、きましたぜ!」
あねさん、と呼ばれたのは、真夜中のような漆黒の長い髪の女性だった。
歳はクレージュと同年がちょっと上くらいだろうか。
目をいつも閉じて微笑んでいる感じの、いかにも優しい感じが印象的な女性だ。
「あら…まあ…?」
村の女性が着る普段着のような服の上からエプロン姿で、いかにも主婦っぽい感じがする。
洞窟内だけど、洗濯干しでもしていたのだろうか…。
山賊のカシラのヨメ、という立場が…全く以て似合わない人だ…。
そして、他に女の子が三人いた。
年頃の娘が二人と、まだ小さな少女が一人。
全員髪の色が違うけれど、顔立ちがよく似ている。
ぱっと見たところ、母親と、その三人娘、という感じだ。
二人の乙女のうち、真昼のような明るい薄金色の髪の子のほう、
この子は母親と違い、ぱっちり見開いた目が印象的な子が、
「助け…? ああ、よかった…!!」
「お姉ちゃ~ん! 助かったよー…!」
と、妹らしい、夕焼け色の髪の小さな少女と抱き合うようにして喜んでいる。
「あなた達、四人、でいいのかな?」
「はい~。私達、四人だけ、です~…」
えらくおっとりしたお母さんだ…。山賊に捕らわれていたとは思えない…。
でも男たちの話では、この若いお母さんが、二人の娘と年の離れた妹を守るために、カシラに取り入っていたという事だ。
「ん? あれ? 三人は娘さん、じゃあなくって…?」
「あ、二人はあたしの娘、ですけど~…
その子は…娘じゃなくって~…そのぉ、妹です~…」
もう一人の娘だと思っていた、朝焼け色の髪の子の事をそう紹介した。
この子はちょっと眠そうな目つきが色っぽい。
それ以外は他の二人の姉のようにしか見えない。
「わかったわ。ついてきて。あなた達を受け入れる」
助かった~と喜んでいるのは妹と娘たちで、お母さんは目を閉じたような微笑みを崩すことなく、おっとりと構えている…。
なんかちょっと、ペースが狂う感じだ…。
蓄えられていた食料や使えそうな物資を運び出した。
アルテミシアがいつもの軽量化魔法をかけると、全員で持ち出すには困らなかった。
ここに食糧が少ないのは、この時期は食べるものが山ですぐ採れるので、あまり備蓄を持つ必要もないらしい。
荷物を持って荷馬車のところに戻った。
多少の食料を持って、男たちは南へ旅立っていった。
説明した通り、数日南に歩けば軍の駐留拠点にたどり着くだろう。
そしてタムト村まで行ければ、ちゃんと働くことができるだろう。
…一応、フローレンたちの事は、口外しないように念を押しておいた。
人数が増えたところで、エルフ村への行軍を再開する。
母親のニュクスと、その妹のイーオス、その長女のヘーメルは一緒に歩きだ。
妹のフェスパは、小さなふたりの女の子、ルッチェとファラガと一緒に荷台に乗っている。なんかもう、以前から友達だったみたいに、三人そろって自然に並んでいる感じだ。
アルテミシアは、この六人にも例のヴェルサリア装備LV1のアクセサリを渡しておいた。
どこで襲撃が起こるかわからないし、もう既に仲間なのだ。
フローレンたちは、歩きながら話を聞いた。
このおっとりな母親のニュクスは、ブロスナムの地方領主の側室であったらしい。
年の離れた領主は既に亡く、その正室の息子が家を継いでいたが、先の戦いで行方は知れず。
そして村にはルルメラルア軍が現れた。
話を聞くとどうやらこのニュクスさんは、駐留するルルメラルア軍の将校にも取り入って、妹や娘たちが乱暴されないように取りなしてもらっていた、らしい…。
おっとりしてて、けっこうやり手なのかもしれない…
やがて旧ブロスナム各地で反乱が起こると、ルルメラルア軍は引き上げた。
ルルメラルア軍と親しくしていた商人や有力者が裏切り者と認定され、反乱軍に捕まったり、その疑いだけで殺される者も多くいた。
ルルメラルアの将校に取り入っていたニュクスは、村人たちから逃がされた。
彼女は、娘たちだけでなく、実は村人たちの安全も保証させていたのだ。
(やっぱり、やり手かも…)
と、フローレンもアルテミシアもレイリアも、思わざるを得ない…
で、二人の娘と妹を連れて、この街道を南に向かったところを、あの山賊に捕まった、という経緯らしい。
ニュクスの妹、朝焼けのような薄橙色の髪のイーオスとは、かなり歳の離れた姉妹らしい。ニュクスの長女ヘーメルとは一歳しか変わらない。
そっくりだから姉妹に見えるけど、実は叔母と姪の関係にあたる訳だ…
「私も、戦わせて!」
「わたしも!」
そのイーオスとヘーメルは、歳も変わらない女兵士たちを見て、自分たちも戦うべき、と思ったようだ。
ヘーメルは側室筋とは言え一応、下級貴族の娘だから、多少の武術の心得があるそうだ。
イーオスも、彼女の訓練にいつも付き合わされていたらしく、心得があるらしい。
フローレンの見たところ、多少、という感じではない。二人とも相当できる…
ニュクスは…おっとりしているのに、なんか有能そうだ。
何をさせても、無難にこなしそうな気がする…。
ラクロアの大樹の姿が鮮明に見えるようになってきた。
やや日の暮れかけ、紫に染まり始めている東の空。
輝き始めた星々を従えるように聳える、あまりに大きすぎる大樹の姿。
「おっきいね~!」「すごーい…!」「かんど~!」
「ありえない~…」「この世の景色…とは思えないかも…」
それはあまりに壮大で、初めて見る女兵士たちは、疲れを忘れたようにその風景に感動していた。
「驚くのは早いわよ♪」
そう。
目指す新天地は、あの大樹。
あの木の上にある村なのだから。




